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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
141/179

Ⅶ.冠 50

50.



窓の外に目を向けると、灰色の雲が広がっていた。

案内役の兵士に示されるまま、控えの間のような場所の椅子に座ったところだ。

(会ってくれるのかな。)

前回と違って、金縁の扉はくぐっていないから、後宮に位置する部屋ではないのだろう。

緊張で強張る顔を両手で押さえて、セリナは自分の選択を早くも後悔気味だ。

メイドに整えられた身支度で、水色のドレスを着ているセリナは、スカートに刺繍された白い花模様に視線を落とした。



移動した塔の部屋は、くせものだった。

閉じ込めるわけじゃないと言ったとおり、兵士が張り付いているものの部屋から出ることはできる。

(自由なのに隔離状態だけどね。)

監視付きの行動は、概ね自由を許されていたが、どうやらセリナ自身ではなく周囲を管理しているらしかった。

ヴェールはつけられてしまうが、決まった兵士とメイド以外を見かけることはまずない。

いったいどんな命令が出ているのか、考えるのも怖い。

部屋を移された翌日には、エドとアジャート王の謁見があったはずだ。

(心配はしてたのよ。あの言い方。)

謁見の後、セリナに会いに来ると言っていたエドだが、あれから会えていない。

部屋が変わったことを知らされていないのだろう。

(教えたのはルーイにだけ。)

あの日、夕方になってもやって来ないエドに、セリナは彼の部屋まで出向いたのだが、不在だったため引き上げた。

その次の日と、そして今日も部屋へ行ったが、やはり不在だった。

戻って来るまで部屋の前で待つという方法も考えたが、実行するには至らなかったのには理由がある。

(案内された部屋が、本当にエドの部屋なのかどうか怪しい。)

廊下の感じや位置関係的にはルーイと訪れた時とよく似ているが、確かめる術がない。

カーテンも付け替えられているはずで、目を引く特徴があったわけではない。

(勝手に中に入るわけにはいかないし。呼び出しや待ち合わせしたくても、伝言がエドに伝わる気がしない。)

短い文なら手紙も書けるが、届かないなら意味がない。

(ジーナさんだって、あれから顔を見ていないし。)

ルーイはジーナを通して連絡が取れるようにしておくというようなことを言っていたが、それもどうすればいいのかわからない状態だ。

(クラウスのことも、ジーナさんかルーイを当てにしてたから。)

手立てとして考えていたことは、どれも使えない状態である。

(人と会わないようにされてるとしか思えない。)

時間がない。

それならばと、まず思いついたのは、アジャート王。

相手が彼なら、面会は叶うのではないかと。

(エドとの謁見がどうなったのか、聞こうと思えば聞ける。ルーイとの話では見えてこなかった王の狙いも、もう一度直接聞けば何か答えてくれるかもしれない。)

そうは思いつつも、実行するには躊躇いが勝ってしまう相手に代わって、次に浮かんだのは王妃だった。

(戻った息子に会いたがっていたみたいだし、仲は悪くないはず。力になると言ってくれたし、聞きたいことがあればいつでもと。)

言葉をそのまま受け取っていいのか迷いはあるが、その他に方法が浮かばない。

無茶をするなというルーイの言葉に反するが、仕方がない。

(素直に従う理由はないわけで。いえ……もちろん積極的に反抗するつもりもないんだけど。)

閉じられた扉に目を向けて、身じろぎをする。

(やっぱり無茶な方法だったかなぁ。でも、このままぐずぐずしてたら、次に城を出る時は戦争が始まっているってことになりかねない。)

もう一度、鈍い色の広がる窓に目を向ける。

「お待たせしました。どうぞ。」

「っ。」

なんの前触れもなく、声をかけられてセリナは反射的に立ち上がる。

声の方向を見れば、取り次ぎの侍従が頭を下げて立っていた。



「失礼します。」

足を踏み入れたセリナは、執務室のような部屋の様相を意外に思う。

装飾より実用を考えたような室内には、書物や書簡が整然と並んでいた。

「こちらよ。」

部屋の奥から呼ばれる。

一角が応接間のようになっていて、赤いドレスを着た王妃は、既にそこに座っていた。

「ちょうどお茶の相手が欲しかったところなのです。座って?」

有無を言わさない口調に、セリナは一礼してから侍従の引いた椅子に腰を下ろす。

すぐに侍女がワゴンを押して来て、テーブルの上に茶器を並べる。

「もう一度お会いするのが、こんなにすぐだとは思いませんでしたよ。」

「お時間をいただきありがとうございます。」

「ルルーチャです。芳ばしい香りが特徴で、お口に合えばよろしいのだけど。」

王妃の言葉通り、カップからは良い香りが立ち上っている。

「あの。」

口を開いたセリナだったが、それを遮るようにグレーティアは扇子を振った。

白磁のカップに口をつけた王妃が、それをソーサーに戻す。

すっと向けられた視線に、はっとしてセリナはカップを持ち上げる。

ヴェールは顔の上半分を覆っている長さなので、飲食には支障ない。

一口飲み、美味しいです、と告げると、王妃がようやく纏う空気を緩めた。

「何かお話があるとか。」

どうやら合格だったらしく、セリナの話を聞いてくれるようだ。

「はい、お聞きしたいことがありまして、こちらに伺わせていただきました。」

「わたくしの知っていることならば、お答えしましょう。」

鷹揚に頷いた王妃に、セリナは膝の上で手を握る。

「では、エドワード王子が今どこにいらっしゃるのかご存知でしょうか。」

グレーティアが目を見張る。

「ディア・セリナが王子を?」

驚いた様子で王妃はセリナを見つめていたが、やがて微笑んだ。


「エドワード王子は、オルフのリヴァ神殿におります。」


「え?」

「王子をお探しだとは、驚きました。」

穏やかな様子の王妃とは対照的にセリナは混乱していた。

「オルフ?」

(何も言わずに城を出た? 会えないのは、だから? でも、謁見の後に話をしようって。)

「え、っと城にはいないのですか?」

「えぇ。」

微笑んだ表情を変えることなく、即答だった。

(もしかして“盾”のところへ行ったの?)

王妃が再びカップに手を伸ばす。

「せっかくここまで聞きに来たのに、会えなくて残念ね。」

含みのある台詞に、セリナはグレーティアを見つめる。

(これは……どういうこと。)

困惑するセリナをよそに、王妃は焼き菓子を勧めてくる。

「会う約束を、していたのですが。」

「まぁ、そうだったの。ならば、王子にはわたくしから話を通しておきましょう。約束を果たせるように。」

(この返し、なんだかこれ以上追及できない感じ。どうして? エドと、会わせたくない?)

神殿にいるというのは信じがたいが、城にいないという言葉は否定する材料がない。

次の糸口を掴めないでいるうちに、急に部屋の外が騒がしくなった。

「何事です?」

王妃が表情を曇らせたと同時に、部屋の扉がノックされる。

「グレーティア様。あっ!」

取り次ぎの侍従が部屋の外から声を掛け終わる前に、扉が開く。

「!!」

一瞬驚いたようだったが、入って来た人物を見た王妃はすぐに立ち上がるとその場で腰を折った。

「ウルリヒーダ王。」

王妃とセリナを順に眺めてから、ウルリヒーダは口を開いた。

「邪魔をしたか。」

「いいえ、とんでもございません。」

ゆっくりとテーブルに近づいて来るアジャート王に、ようやくセリナは身じろぐ。

驚きすぎて、まったく動けなかった。

「こちらにお見えになるなんて、珍しいこと。急にどうされたのですか。」

「ディア・セリナがここに居ると聞いてな。2人でなんの話を?」

グレーティアはウルリヒーダに椅子を勧めるが、王はそれを断る。

「お茶の相手をお願いしていたところです。今は、後宮のことなどを少しお話しておりました。」

流れるような台詞に、セリナは目を瞬いた。

「ふむ、では後宮の方に興味が傾いていると?」

「選ぶには、いろいろ知ることも必要ですから。ね、ディア・セリナ。」

「へ?」

「どちらにせよ、そろそろ結論を聞きたいものだ。」

「い、や。その。」

突然再燃した後宮話に、セリナは目を白黒させる。

(3つ目の選択肢の話をしたら、どんな反応をするんだろう。怖いから、言えないけど。)

「まぁ、いい。女神を連れて、行きたいところがある。席を外させるぞ。」

一方的に宣言したウルリヒーダに、王妃は礼を取る。

「え?!」

思わずセリナは王妃に縋るような目を向けるが、微笑みながら見送られてしまう。

「機会があれば、またお茶をご一緒しましょう。」

そういうことではなくて、とは言えなかった。

来たばかりの部屋を早くも出て行くという事態に、抵抗する術はなかった。





王に連れて来られたのは、とある部屋だった。

床から天井までの壁一面にたくさんの本が並んでいる。

図書室というよりは書庫のようだと感じたのは、本と棚以外には机が1つあるだけの光景だったからだ。

「その机の上に本がある。あぁ、段差があるのだ、足元に気をつけよ。」

アジャート王が差し出した手に引かれて、セリナは恐る恐る部屋の中央に置かれた机に近づく。

「手に取ってみてくれ。」

赤い装丁のハードカバー。文字は読めない。

手を離され、妙な指示に警戒しながらゆっくり本に触れる。

(こ、これ電流が走るとか、ふぅ……なわけないか。)

持ち上げてみるが、いたって普通の本だ。

金色の字が綴られた少し重たい本。

「これが何か?」

振り向いて、王の視線に固まる。

「それは別に何ということはない。神話が書かれているただの本だ。」

「……。」

一歩離れた王がゆっくりと腕を上げ、その手の平を『何か』に押し当てた。

まるでそこに見えない壁があるかのように。

彼の手はそこで留まる。

ちょうどさっきの段差の上方だ。

「っ。」

謀られた。と気づいた時には、手遅れだった。

一気に血の気が引く。

段差の角にあった『何か』をウルリヒーダが踏み消した。

大げさな身振りで腕を振り、彼は段を降りる。

「素晴らしい。」

「……ぁ。」

「一度我が目で確かめておきたくてな。」

ウルリヒーダは重そうなマントを掴んで、距離を詰める。

赤い本を抱えたまま、セリナは唇を震わせた。

(なんでもっと警戒しなかったの。)

そこに何があったのか、セリナは言われなくてわかってしまった。

「聞いただけでは、いささか疑問もあったが要らぬ心配であった。他者に有効なことも実証できた。」

(聞いた。ということは、知っていた?)

『それ』を認識できるのは、ポセイライナでの行動を見ていた者だけだ。

(あの時、既にダンヘイトが近くに?)

「その力。アジャートのために使ってもらう。」

「力、なんて持ってない。」

「くく。健気で無意味な嘘だな。」

「っ。」

伸ばされた太い腕。

武骨な大きな手がセリナの顎を掴んだ。

「魔法防壁を無効化する、素晴らしい力ではないか。」

アメジストの瞳に射すくめられて、言葉を失う。

「難しく考えることはない。ただただ国境に立てば、役目は果たせるのだ。本人の気が向かないなら、縛り付けてという方法もあるな。」

掴んでいた手が離れ、セリナは一歩後ろに下がった。

王もまたセリナから一歩距離を取る。


―――レイ・ポイントの破壊だって造作もない。


(国境を越えて、レイ・ポイントが壊されれば、以前の戦争と同じことに。)


―――“ランスロット”を無効化できる。


(いえ、キル・スプラが使用されれば。以前よりもっと悲惨なことになる。)

その惨劇の扉を、セリナに開けさせようというのか。

(ずっと黙っていたのに。こんな簡単な方法に引っかかって。)

それを伝えるのは、セリナの責任だと思っていた。

約束をしたのに。

ぎゅっと胸元を握り込む。

「“黒の女神”が運ぶ、災厄。」

セリナの呟きに、アジャート王が眉を寄せた。


「思い違いをするな、ディア・セリナ。」


低い声に、セリナは顔を上げて王を見る。

ウルリヒーダは何か言おうと口を開きかけて、引き結ぶ。

その躊躇いの様子は、先程までの強気な態度からは想像できないものだ。

「あの国の、賢者の予言とやらは足枷のようなものに過ぎぬ。」

アジャート王は、別のところを眺めたまま言葉を続ける。

「“呪い”と言った方が分かりやすいかもしれぬな。」

硬い表情のままのセリナに、ウルリヒーダは短く命令した。

「来い。」

逆らえない口調に、戸惑いながらもセリナは足を踏み出す。

「……本を抱えたまま来るつもりか。」

指摘されて、セリナは慌てて机に戻す。

背中越しに一瞥をくれたアジャート王は、静かに告げた。

「先日から、うるさい物があってな。」


「女神にも見せてやろう。」


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