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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
140/179

Ⅵ.剣と盾 49

49.



「1日で部屋を変わるとか、何したんだよ。」

怪訝さに呆れを混ぜたような表情で、部屋に入って来たルーイが頭をかいた。

「別に何もっ……。」

反射的に言い返して、セリナは記憶を辿る。

(クラウスと武器庫に行ったけれど、その時にはこの部屋は用意されていたわけだから、あれは関係ないはず。)

「何もしてないわよ!」

「力強い答えのわりに、間があったな。」

はぁーっと息を吐いて、ルーイは手近に置かれていた椅子を引いた。

「なんでわざわざ? 貴賓室で問題ないだろーに。」

首を捻るルーイに、セリナは肩をすくめた。

「そんなの私が知らないわよ。」

ウルリヒーダは、自分で口にした通り、ルーイにはこの場所を伝えたらしい。

ルーイに会いに行くのだと、セリナが見張りの兵士と問答しているうちに相手の方が姿を見せた。

「不審者が近づかないとかなんとか言ってたけど。ここ、そんなに物騒なの?」

「オレが知るかよ。」

「それは知っといてよ。」

「セリナの真似だ。」

「……。」

「睨むなよー。」

両手を上げて、ひらひら振って見せる男に、セリナは肩を落とす。

「『物騒』ねぇ、んなことはないと思うが。王城だぞ? 警備は厳重だろ。」

椅子の背に体重を預けて、ルーイはさらに首を傾げる。

「そうだ。さっき、アジャート王が私をルーイに同行させるつもりだって。」

「あー。直接は聞いていないが、そうなるだろうな。」

緩い返答を聞きながら、セリナも椅子に座る。

「理由は聞いていないの?」

「というと?」

「何か狙いがあるはずだと思って。“黒の女神”を利用しようとしてる。」

ちらりとセリナを見て、ルーイは天井を仰いだ。

「影響が大きそうだ、とか言っておられたからな。目論見はあるだろう。戦場には連れ出すつもりだったとは思う。オレのことがなければ、国王の側に付いてってことになってたんだろう。」

「……御身の安全とかいう話と、真逆ですけど。」

「女神を矢面に立たせて危険に晒す、というつもりはないだろうさ。」

「やっぱり、戦乙女とかあの辺りの神話が影響を?」

「使えるモノは使うだろうけど…まー、勝利の女神様は、魅力的だな。」

後半の言葉には、笑いが含まれていた。

「もう、なんなの。黒の女神とかラウラリアとか。」

八つ当たりで、セリナはこの世界の神話を詰る。

「私は違うって、それだけのことが、こうも伝わらないもの? 光を導くとか、知らないわよ。」

「なんの話だ?」

「神話のことよ。ラウラリアについての話を聞いたの、建国の女神様なんでしょう?」

「ん? あ、あぁ。フィルゼノンの、な。」

「知ってるわ。アジャートの女神は、ジゼルラグでしょ? 白の女神様。」

「おう。」

「?」

相手の反応に違和感があってセリナは首を傾げるが、ルーイは納得したように頷いて見せた。

「ふーん? そうか、セリナもあちこちで大変だな。」

同情したような台詞だが、それは以前に「肩書が多いのは、羨ましいな」と言っていた時と同じ響きがあった。

ただ今回のそれは、セリナに向けられたものではない。

「……方法についてはさておき、確かにアジャートにいる方がセリナのためかもな。」

「え?」

困惑するセリナに、ルーイは軽い調子で付け加えた。

「やっぱり、フィルゼノンにはお前を渡したくないってことだよ。」

思わずセリナは目を丸くする。

突然のことに疑問が浮かぶが、動揺の方が上回って何も言葉に出て来ない。

そのままの調子でルーイは言葉を続けるが、アメジストの瞳は真剣だった。

「いつまでも今の状態は続かないし、手は打たないと。」

「ど、うして、それが戦争なの。」

セリナの口から出た言葉が揺れる。

「このまま休戦させようとは。」

「ならないよ。」

あっさりとルーイが首を横に振る。

「両国のこれまでを考えれば。それに、あの王だって『和平』を考えているとは思えない。」

「……。」

「急場しのぎの休戦が、5年も続いたことの方が驚きだ。」

返す言葉が見つからず、またセリナは黙り込む。

(でも、エドが話し合いを申し出たなら。その席を、フィルゼノン側が最初から蹴るとは思えない。)

アジャート王では実を結ぶと思えない方法でも、相手がエドなら可能性はあるはずだ。

「今の流れを変えるなんてこと、よほどの大きな力でもなければ難しい。」

大きな力、と口の中で繰り返して、セリナはルーイを見つめる。

「アジャートはフィルゼノンを手に入れたいの?」

「……。」

渋い顔をしてしばらく口を閉ざしたルーイだったが、やがて肩を落とす。

「今回、全土を狙っているわけじゃない。フィルゼノンの西、海側をバッカス辺りまで落とす想定だ。」

「バッカス?」

視察地で見た景色が蘇る。

「実り豊かな黄金の大地。」

「っ…そこを、戦火で焼いたのはアジャートじゃない! それをフィルゼノンの国民が、収穫ができるような土地に育てたのよ! それをまた奪おうっていうの?!」

思わず立ち上がったセリナは、ルーイに一歩ににじり寄る。

出会った人たちの顔が浮かぶ。

セリナに果物を差し出した少女の笑顔も、心を震わせた景色も。

(再び、戦で壊すなんて冗談じゃない。)

「戦火でと言うなら、セリナが通って来たアジャートの土地もそうだ。ノーラ…の惨状は記憶にないか。リシュバインの砦からサラニナまで。」

ルーイに言われて、セリナは記憶を辿る。

「寂しい景色だと言ったのはセリナだろう。人もいない、土地も荒れていると。」

「……えぇ。」

「あの辺りも穀倉地帯だった。アジャートの民だって、あの土地を捨てたわけじゃない。ずっと大地と向き合い、作物を育てようとしている。」

ルーイの言葉に、セリナはさらに記憶を掘り起こす。

あの時も、ルーイは苦い顔をしていた。

「フィルゼノンは収穫期だと言っていたな。同じ時間、同じように荒れた大地を前に、同じように収穫のできる地を目指した。なのになぜ、こうも違う?」

問うような声だが、答えを求められているわけではないとわかる。

「フィルゼノンが精霊の加護多き国だからか? 王様が、バッカスの土地に精霊の加護を与えたんだってな。」

「……。」

「さすが魔法大国だよ。真似のしようもない。人間の努力じゃ到底越えられない御業で……。」

言葉を止めて、ルーイは緩く首を振る。

それから、ゆっくりと椅子から腰を上げた。

「とにかく、世界は不公平なんだよ。そういう違いが格差や軋轢を生む。」

「でも、力で他者を踏みにじって奪い取る理由にはならないもの。」

ふ、と息を吐くように小さく笑って、ルーイはセリナの髪に手を伸ばす。

「別に、戦争することをセリナに理解してもらおうと思っちゃいないよ。……犠牲は避けられず、憎しみが連鎖する。多数の利害や思惑で、関係のない者まで巻き込み傷つける。」

髪に触れるのかと思った彼の手はそのまま空を切り、下ろされた。

「セリナも、その巻き込まれた者の1人だな。」

肩をすくめたルーイは、口角を上げて表情を緩めた。

おそらくは、意図的に。

「ま、流れに乗っているオレもだな。明日からしばらく忙しくなるわけだ。」

戦の準備だと、セリナは気づく。

「ジーナを通して連絡は取れるようにしておくけど、数日は会いに来られないかもしれない。1人で無茶はするなよ。」

セリナは無言で、ルーイを見上げる。

返事のないセリナをルーイは深追いしなかった。





塔との渡り廊下を通り過ぎてから、ルーイは一度振り返る。

(不審者。)

「……いや、まさかな。」

硬い表情のまま否定の言葉を口に出し、緩く首を振った。

(今はそれよりも。)

このところずっと、いつ開戦を言い出してもおかしくない空気に包まれていたから、動揺は少ないだろうと算段する。

マルクスは鎮圧したばかりだから、背後の憂いも少ない。

(軍議が開かれるのが2日後。そこで公表するおつもりか? その翌日には、先遣隊が出される。本隊が出兵するのは、さらに2、3週間後。アイツらに交代で休みを取らせて。それから、ロベルトに……。)

すべきことを考えるが、時間的な余裕はない。

(フィルゼノンとの戦か。)


―――どうして、それが戦争なの。


先程のセリナの言葉が蘇って、ルーイは眉を寄せた。

野心を持ち、好戦的な性格。強い力を誇示してこその権威。

5年前の休戦の申し出は、隣国の息子と変わらぬ年の相手から。

それを受けざるを得なかったのも、その状態を続けているのも屈辱。

望み求める豊かな大地。

目的を果たすために剣を取るが、むやみにそれを振り上げるわけではない。

(陛下には。ソレ、でしか得られないものが見えている。)





自室に戻ったエドは、出迎えに来たイザークの横を通り過ぎる。

謁見のために正装していた上着を脱ぐと、それを握りしめる。

イザークが受け取ろうとしたが、エドはそれを窓へと叩きつけた。

「っ。」

金具や飾りがついた上着が派手な音を響かせるが、窓枠に当たったらしくガラスが割れることはなかった。

深緑色のカーテンを力任せに掴み取り。

「……。」

やがて、エドはそれからゆっくりと手を離した。

「エドワード様。」

「さすがに連日、これを用意させるのはイザークに悪いからね。」

ふぅ、と疲れたように息を吐いて、ソファに沈んだ。

床に落ちた上着を、イザークが拾う。


「話し合いにもならなかったよ。」


片手で顔を覆ってエドが、独り言のように呟く。

「お前は神殿にいるはずの者、女神を手に入れたいのか、野心なら捨てろ、と。こちらの話など聞くつもりもない。」

言葉に苦渋の色が滲む。

「覚悟はしていたけれど、ここまでとは。どこまで勝手なんだろう。」

イザークが跪いて、そっと湯気の立つカップをテーブルに置く。

「あのカーテン。用意したのは、王妃様の侍女だろう?」

「はい、城内での中継ぎはすべてあの方がなさっています。」

ふふ、とエドが小さく笑う。

「そうだろうね。僕は今、城内にいないはずの人間だ。」

「?」

「さっきの謁見すら、公式じゃない。」

腕を下ろし、エドは天井を眺める。

「戦争の準備は、もう整っている。先遣隊はいつでも出せるはずだ。止めるつもりも、考え直す余地もない。」

「“盾”に?」

「連絡して。合図を待てって。」

頷いたイザークが立ち上がる。

「……女神を隠された。」

「え?」

「昨日いた貴賓室から別の場所へ移されたらしい。」

「そんな。」

揺れるイザークの声を聞きながら、エドは身を起こす。

謁見の後、その足でセリナを訪ねたのだ。

だが、貴賓室にその姿はなく、移動した先を知っている者はいなかった。

「探す。」

ルードリッヒの求婚話があるため、後宮に置かれたとは考えにくい。

顔の前で両手を組んで、エドはカップから立ち上る湯気を睨む。


「必ず、探し出す。」









「連絡が来た。」

短く告げて、アルノーは白い紙片を机の上に置いた。

机を囲む6人の男女が、それぞれ無言でそれを見つめた。

そこには何も書かれていない。

けれど、それで伝わる。

「情報が確かなら、合図は3日後。」

「正午きっかりに。」

そして頷き合う。

「中央の『下』は、間に合ったのね。」

確認の言葉に、アルノーが頷く。

ろうそくの火が揺れる。

「では、それぞれの健闘を祈る。」

国の首都と東方、南西・南東・北西・北東の6区に散らばり、“銀の盾”を組織し、支えて来た者たち。

首都に集まった彼らの、その代表たちが、静かに決意を固めていた。





この翌日。

王城で開かれた軍議であがった議題は、ルーイの予想したものと相違なかった。

さらに次の日。

王城から先遣隊となる一軍が東へ向けて出発する。

いつでも出陣できるよう、既に装備をかためていた部隊だ。

そして、3日目。

王都を離れた彼らは、当然のことながら1日分進んだ先の場所にいた。

城に残っている王軍を含めた本隊の者たちは、進軍に向けて組織と装備を準備すべく動き出したばかりだった。

前後の期間を含めてみれば、その日、城の守りはもっとも手薄になっていると言えた。


それが、彼らの狙った『決行日』。


厚い灰色の雲が広がる空の下、時計の針は正午を指し示す。





Ⅶ.冠 へ続く

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