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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
139/179

Ⅵ.剣と盾 48

48.



「場所を、私が知らないわけがないでしょう。」

武器庫の場所を調べると言ったセリナに、クラウスから返って来た言葉だ。

「でも、クラウスが案内しろって。」

小声で言い返せば、まったく、とでも言いたげに肩をすくめられた。

「貴女がいれば、私がそこへ近づくのに理由が立つんですよ。警備の兵士を言いくるめられるように、適当な理由を考えておいてくれればそれで構いません。」

さらっとなかなか無茶な要望を告げた男は、さっさと歩き出す。

「今から?!」

「のんびりしている暇などないので。」

嫌味なのか本心なのかわからない返答に、セリナは閉口する。

結局、セリナは小走りで男の背を追ったのだった。





セリナがいれば理由が立つと言ったのは、あくまでクラウスだけの話だ。

女神の付き添いで同行しているだけ、という理由が。

当然、セリナに武器庫に近づく正当な理由があるはずもなく。


「付けていた髪飾りを鳥が持って行ってしまったの。」


理由を考えるたいした時間も与えられず、兵士を前にセリナは表情を『無』にしていた。

「こちらに飛んで行って、この中に入ったように見えたのだけど。中に入れてもらえるかしら。」

「しかし、ここは危険物もありますので。」

オリーブ色の制服を着た兵士は、槍のような武器を持っている。

「彼が付いているから危険はないわ。」

「いえ、しかし。」

渋る兵士に困って、セリナがクラウスを見れば、彼の瞳は「早くしろ」と言っていた。

彼の援護は期待できない。

「ねぇ、私は中に入れてと言っているの。」

「っ。」

焦れたセリナが口調を強めれば、これには効果があったらしく兵士が怯んだ。

「さっきの鳥が中にいるかどうかを確認するだけのこと。私が探すのを邪魔する気?」

たたみ掛けるようにセリナが言葉を継ぐ。

一歩距離を詰めれば、足元でじゃり、と砂が鳴った。

「それともあなたは。陛下が用意してくださった髪飾りを、探しもせずに『失くしました』と、私にそう言えと?」





「もう少しマシな理由はなかったのですか。」

武器庫の扉を開けながらクラウスがため息をつく。

「う、うるさいわね。文句があるなら、自分が言えばいいじゃない。」

「そこが女神殿の腕の見せ所でしょうに。」

「望んでないけどねっ。」

いーっとクラウスを威嚇するが、相手はこちらを見てもなかった。

「これは、想像以上だな。」

ぐるりと中を見渡して、クラウスが苦虫を噛みつぶしたような顔を見せた。

文字と数字が書かれている木箱が、所狭しと積まれ並べられている。

近くにあった箱を覗き込んで、セリナも眉を寄せた。

「これ。」

黒光りする中身は、いつか見た『銃』と同じ物。

(ここにあるの、全部が武器。)

「こんなに。」

クラウスに視線を戻したところで、セリナは首を傾げた。

「クラウス。なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

声をかけたセリナに一拍遅れて、クラウスがゆっくりと振り向く。

「……最悪の気分ですよ。」

口元を押さえたクラウスの様子は、さっきまでと別人だった。

青い顔のクラウスは、何かを探すように視線を巡らせ、棚に手を置いた。

ぶつぶつと何か呪文のようなものを呟けば、しばらくの間赤い文字が棚に浮かび、そして消えた。

棚と棚の間を歩きながら、それを何度が繰り返していたが、途中で手を付いて動きが止まった。

「ク、クラウス?」

「なんでもありません。」

そう返されたが、脂汗の浮かんだ彼がなんでもないようには見えない。

立っていることすら苦しそうだ。

周囲を囲む木箱に目を走らせて、セリナはクラウスの隣に立つ。

(具合が悪そう。多分、ここにある物のせいよね。魔法使いとは相性が悪いはずだから。)

「ねぇ、辛いなら一度外に出た方が。」

腕を掴んでそう促すと、驚いたようにクラウスが顔を上げた。

「……。」

「な、何?」

突然、凝視されてセリナはたじろいだ。

「こんな……。」

「え?」

何か言いかけたクラウスだったが、視線を泳がせる。

それから急にセリナの腕を掴んだ。

「!」

「失礼。少し、協力願います。」

「は?」

状況が飲み込めないままセリナは、クラウスに腕を引かれてその後、武器庫内を歩き回ることになった。

顔色は優れないが、歩調がしっかりしたものになったところから判断するに、少しは調子が回復したらしい。

内部の何ヵ所かで同じ行為を繰り返し、元の入り口まで戻って来たところでクラウスはセリナの腕を離した。

「用事は終わったの?」

「えぇ、女神殿のおかげで助かりました。」

「?」

「目的を果たせたのは、間違いなく貴女のおかげです。」

嫌味ではない口調を、セリナは意外に思う。

「よくわからないけど。おかしな目的じゃないでしょうね。」

「女神殿に迷惑がかかるようなことはありません。」

「さっきのって、何をしてたの。」

「……確認、ですかね。」

目を瞬いたセリナに、クラウスは続けた。

「ここにある物。キル・スプラと呼ばれる武器なら、“ランスロット”を無力化できる。」

「っ。」

「そして。おそらく、レイ・ポイントの破壊だって造作もない。」

背筋が冷えて、セリナは改めて広い武器庫の中を見渡す。

「しかし、量もさることながら、物自体の質のせいなのか。これほどとは。」

(これを、どうにかしたいと。使えないようにしてしまいたいと。そう言って、クラウスの力を借りられたなら。)

もう一度、木箱を見つめる。

(こういう場所は、多分火気厳禁。もしくは、火薬なら湿気に弱いはず。火か水で?)

クラウスの魔法があれば、実現は容易い。

(もしクラウスがこれを利用しようとしているなら、正反対のことを頼むことになる。けれど。)

「女神殿は、これの存在を知っていたのですか?」

聞かれて、セリナはぎくりと肩を揺らした。

「量には驚いていたようですが。これ自体が何かは、わかっていた様子。」

「私は。」

息を吐いて、セリナは背筋を伸ばす。

「キル・スプラがフィルゼノンで使われることを阻止したいの。」

絞り出すように口にしたセリナの言葉に、クラウスは驚いたようだった。

「……まさか、そのためにここまで?」

セリナがクラウスを振り仰いだ。

その時。


「女神様、お探しの物は見つかりましたか?」


不審げな表情の兵士が外から顔を見せた。

「!」

「時間切れですね。」

クラウスが呟く。

セリナは両手を握りしめて、ゆっくりと兵士を振り向いた。

「いいえ、この中にはいなかったみたい。」





その後は、足早に武器庫から離れて城へと戻る。

周りに人がいなくなったところで、さっきの話を再開しようとしていたのだが。

「ディア・セリナ。こんな場所で何をしている。」

かけられた声に、セリナはぎょっとして足を止めた。

聞き覚えのある低い声。

太い柱の並ぶ回廊の奥から姿を見せたのは、予想通りアジャート王だった。

後ろに何名かの兵士を従えている。

(っ! クラウスのことがバレてしまう。)

クラウスは先に行って、と告げようとして、振り返ったセリナは固まる。

つい先程まで後ろにいたはずの男の姿は既にない。

(言うまでもなく、1人でさっさと逃げてる!)

そうしてくれとは考えたが、やられているとなんだか腹が立つものだ。

(あの魔法使いっ。)

「おや、先日と少し印象が……格好のせいか? それにしても美しい髪だ。この女神の色を厭わしいとは、理解に苦しむ。」

1人で王と対峙せざるを得ないセリナは、曖昧な笑みを浮かべた。

「それで、こんな場所で何をしているのだ。」

口調は穏やかだが、目は笑っていない。

(そちらこそ、なぜこんなところに。)

「どうやら“黒の女神”は、歩き回るのがお好きなようだが。供の1人もなく行動するのは、感心せぬな。」

深い意味などない散歩だと、素知らぬ顔をして笑え。と頭では指令を出しているが、セリナはその場で固まったように動けなかった。

武器庫に行ったことはバレていないはずだが、セリナに確信は持てない。

「ディア・セリナ。」

静かな声で呼ばれて、冷や汗が流れる。

「……。」

やれやれ、とでもいうように、軽く首を振ってウルリヒーダは後ろに控えている兵士を指で呼んだ。

「彼女を部屋へ。」

失礼いたします、と断られつつも、両脇から兵士に腕を取られる。

「え。待って、何する。」

「連れて行け。」

「離して! っ、アジャート王!」

すれ違い、肩越しに振り返って声を上げるが、返されたのは一言だった。

「余計な真似は慎むことだ。」





連れて来られたのは元の貴賓室ではなく、城と空中回廊で繋がった塔。

塔といっても、地上3階建てくらいの高さで、離れのような場所だ。

「しばらくこの部屋で安全に過ごされるといい。」

遅れて、部屋にやって来たアジャート王が入り口に立つ。

部屋自体は、広さも内装も貴賓室と差がない。

天井が高い分、こちらの方が広いくらいだった。

「閉じ込める気?」

兵士の拘束から解放されたセリナは、腕をさすりながら問う。

セリナの言葉に、アジャート王は小さく笑った。

「まさか、閉じ込めたりなどしない。外へ出るには護衛をつけさせもらうが、それだけだ。ディア・セリナの安全のためだよ。」

(そうは思えないんだけど。)

「まだ答えを聞いておらぬからな。後宮に置くわけにはいかないが、ここなら不審者が近づくことはできない。まぁ、用意が整うまでの間だ。」

怪訝さがセリナの表情に出ていたのか、ウルリヒーダは説明を足す。

「ディア・セリナには、ルードリッヒに同行してもらおうと考えておる。」

「同行って、どこに?」

首を傾げたセリナに、王は同じような態度を見せた。

「なんだ、思い当たらぬのか?」

「……。」

「“黒の女神”は良い旗印になる。」

そう言いながら、ウルリヒーダは兵士たちを退室させる。

「信心とは諸刃でな。“黒の女神”がこちら側に立つだけで、あちらに及ぼす影響は計り知れない。士気が下がるのは、誰にも止められぬ。」

「そんな役目、お断りよ。」

目の前に立った王を見上げて睨むが、相手にはなんの効果もないようだ。

「こちらの部屋に移ったことは、ルードリッヒに伝えておいてやろう。」

ウルリヒーダは重そうなマントを掴んで、身を翻す。

「欲しい物や足りない物があれば、メイドに伝えよ。」

ぜひ快適に過ごしてくれ、と言い残して、王は部屋の扉を閉めた。

「っ!」

閉まった扉をしばらく呆然と眺めてから、セリナはその場に座り込んだ。

(ルーイに同行? やっぱり、利用しようとしているんだ。あちらって、フィルゼノンのことよね。)

顔を上げて、部屋を見渡す。

部屋の扉は1つだけ。

通って来た空中回廊が唯一の道で、外には見張りが置かれている。

窓はいくつかあるが、開きそうなのは換気用の小さな窓だけだ。

「落ち着け。閉じ込められたわけじゃない。」

王の口振りでは、そう長期間というわけではなさそうだった。

(つまり、すぐにアジャートの準備が整ってしまうってこと。)

助力を求めるなら、と浮かんだのはルードリッヒだった。

「同行させる狙いが、きっとある。」

(彼なら話を聞いてくれる。狙いが分かれば、打てる手もあるはず。それから、もう一度クラウス=ディケンズとも。彼となら、『取引』さえ成立させることができれば、あるいは。)

それから、それから、と何かに急かされるように頭を働かせていたが、不意にセリナは体の力を抜く。

「落ち着け、私。」

言い聞かせるように呟き、深呼吸をする。

それから、胸元を服の上から両手で押さえた。

(大丈夫。)

ぎゅっとソレを握りしめて、目を閉じる。

(……まだ、だいじょうぶ。)



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