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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
134/179

Ⅵ.剣と盾 43

43.



謁見の間を出たセリナは、まだ驚愕と混乱の中にいた。

(ちょっと、なんか、考えがまとまらない。何がどうなっているの。え? 王様との話し合い終わった?)

頭を抱えたセリナの隣に、エドが立つ。

「さっきの話、本当?」

問いかけに視線を上げると、なんとも微妙な表情のエド。

「ルードリッヒに求婚されていたって。」

「え、あ。まぁ。」

のろのろと頷くと、そう、と短く声が聞こえた。

「いや、でも……っ。」

「エドワード様。」

衛兵が1人近づいて来て、エドの前に膝をついた。

「王妃様からです。」

黒い台の上に白いカードが乗せられていた。

「すぐに行く。」

カードを取り上げてから、エドはセリナに向き直る。

「ごめん、女神。用事ができてしまった。」

私なら大丈夫、とセリナが応じると、エドが視線を巡らせた。

そのエドの視線を受けて、ルーイが頭を下げる。

「じゃあ。」

廊下の端で謁見の終わりを待っていたらしいイザークは心得たように、歩き出したエドの側に寄り、2人はその場を離れて行った。

その場にダンヘイトの兵士2人の姿も既にない。

(別に隠し事とかじゃないけど、なんだか悪いことをした気分。)

それにしても、と改めてルーイを見る。

「ルーイも。」

「ん?」

「この国の王子だったのね。」

「んー。まぁな。」

去って行くエドの背中を見送っていたルーイの表情は曇っていた。

「隠してたわけじゃねーぞ?」

だが、進んで告げる気もなかったはずだ。

「だから、ルーイが後宮の話に口を出せた。でも、それはとても特別なこと。」

驚いた。驚いているが、納得できる部分も多い。

さっきの状況でルーイの告白が、セリナにとっては助け舟であったこともわかる。

ただ、まだいろいろと飲み込めていない事情で、セリナの頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「なぜ。あんなに王の態度が。」

訊こうとして、途中でセリナは口をつぐむ。

「そこは難しいところでな。何も殿下だけに原因があるってわけじゃ……っつーか。」

「?」

「立ち話もなんだろ。こっちだ、ついて来い。」







「セリナ!」

扉を開けると勢い良く名前を呼ばれて、思わず足が止まった。

セリナの前にいた男を両手で押しのけて顔を見せたのは、白衣の女性だった。

「ジーナさん。」

「元気だった? 怪我はしてない?」

そわそわとセリナの様子を確認する女医に、セリナは苦笑する。

「平気です。」

「そう、なら良かったわ。」

セリナの手を引き、部屋の中に案内する。

中には副長のロベルトの姿もある。

(クラウスの姿は、ない。)

セリナとの会談を言い出しただけあって、どうやらルーイが事前に用意していた部屋のようだった。

ちなみに、さっき入り口でジーナに押しのけられたルーイは、制服の首元を緩めながらセリナの後に続いた。

「一応言っておくけれど。私は、セリナを追いかけようって提案したのよ?」

セリナに椅子に座るよう促しながら、ジーナが言う。

「あ! ズルいぞ、ジーナ。」

セリナがルーイに目を向けると、頭をがしがし掻く。

「“銀の盾”のことなら、知っていたからな。ダンヘイトの手に移ったわけでないなら、心配ないかと。」

あのままアーフェに向かったことを、悪いと思っているのかもしれない。

そんな必要ないのに、とセリナは少しおかしくなる。

「信用してるのね。」

「ダンヘイトから逃れるには、こっちにいるより好都合だろうと思ったんだよ。」

バツが悪そうに言い訳するルーイの態度に、セリナは首を傾げる。

(いつもの自信満々って態度が、エドに対してはないのよね。)

「さっき聞いていた話のことだけど。エドは、アジャート王と。その、なんていうかあまり仲が良くないの?」

「……第1王子という立場上、厳しく当たられているというのもあると思うが。」

「だけど、あまりにも。」

ルーイに対するものと態度が違いすぎる。

(あんなふうに目の前で。)

黙り込んだセリナに、ルーイが苦笑する。

「ちょっと複雑な事情もあってな。」

椅子に座ったルーイが、ため息をつく。

「腹違いの兄だけど、これでも小さい頃は仲が良かったんだ。」

ロベルトが机の上に、人数分のカップを置いていく。

それに会釈で応じてから、セリナはルーイに視線を戻した。

異母兄上あにうえは頭が良かったから勉強を教えてもらったり、オレが高い絵画を破いた時も一緒に怒られてくれたりしてくれて。」

当時を思い出したのか、少し笑う。

「だが、そのうちに話をすることさえ、周囲にいい顔はされなくなって来て。そんな状況に気がついたら、お互い自然と距離をとるようになってた。兄上が神殿に移ってからはほとんど顔を合わせることもなくて、今じゃ会っても他人行儀に挨拶する始末だよ。」

ルーイ自身は、エドを敬い兄を立てようとしているように見えた。

「どの兄弟も似たようなもんだが。」

「ルーイ様。」

ロベルトに呼ばれて、ルーイは肩をすくめる。

ルーイがあっさりと口にした腹違いの兄弟という事実。

後宮があるのだから、王の妃は1人というわけではないのだろう。

以前、「愛人も多いぞ」と言っていたのは確かルーイだった。

(血筋や派閥? 王宮には、ややこしい人間関係があるってことかな。)

「オレのせいで気まずくなったか?」

「ルーイのせいってわけでは。」

「話したいなら、兄上の部屋に案内する。」

「いいの?」

「陛下には黙っておけよ。」

釘を刺されてセリナは、もちろんと頷く。

「王妃様に呼び出されていたようだから、もう少し時間がかかるだろうけどな。」

「さっき兵士が持って来ていた、あのカード?」

「あぁ。」

まったりとした表情でカップに口をつけていたジーナが、しみじみと頷いた。

「王妃様も、さすがに我が子が城に戻ったと聞いては、久々の再会を望むというものだよね。」

我が子、とセリナは思わず繰り返す。

「エドが、正妃の息子?」

「そうだよ?」

今更どうした?とジーナが目を瞬く。

ルーイとは腹違いだというエドが、第1王子で、王妃の息子。

(ということは、ルーイは側室の子どもってこと? 素直に考えれば、エドが順当な後継者だよね。だからこそ厳しくされている? いえ、だけど、あの態度は。)

「大丈夫か? セリナ。」

怪訝そうにルーイに名前を呼ばれて、セリナは顔を上げる。

「ちょっと、ここに来てから、いろいろありすぎて……混乱してる。」

「そうか、そうだな。今日は、もう部屋に下がるか。ジーナも、無事なのを確認できて満足しただろう?」

「えぇ。話し足りないけれど、無理をさせたくはないわ。」

何一つ解決していないし、聞きたいことはたくさんあるはずなのだが、情報の整理が追い付かない。

ルーイの言う通りにしようとセリナが立ち上がると、それを見ていたジーナが首を傾げた。

「ねぇ、セリナ。もしかしなくても、その格好で国王陛下と謁見を?」

深緑色の外套と動きやすい旅装束は、銀の盾で調達してもらったものだ。

服の裾をつまみながら、セリナは頷く。

「城に着いてすぐにって。ダンヘイトって何考えているのかしら。女の身支度、整えるくらいの間、待てないの!?」

「いや、オレを睨まれても。」

とばっちりで非難されたのはルーイだ。

「女神を女神として迎える気、本当にあるのかしら。セリナが疲れちゃうのも無理ないわ。」

ぷんぷんと言い出しそうなジーナに、ルーイも腕を組んだ。

「確かに。後宮に入れると言っていた割に、ずいぶんあっさりしてたな。」

呟くような言葉に、セリナは顔を上げる。

「もう少し、陛下の不興をかうかと思ったが。」

「“黒の女神”を手に入れたがっていたんでしょ。わざわざ攫わせたのに、なんだか変なの。」

「フィルゼノンには置いておけない、ということでしょう。」

ロベルトの言葉に、ジーナがふぅんと呟く。

「ここで守っているつもり?」

「女神への執着は確かにあるはずだ。でなければ、ダンヘイトを動かしてまでは、な。」

ルーイの言葉に、セリナは眉をひそめる。

(何か、違和感ばかり。)

女神を殺す、と言い切ったあの言葉の強さは、引っかかる。

「そうだ、セリナ。」

ルーイの声にはっとして、セリナは相手を窺う。

「陛下は猶予をって言っていたが。」

「?」

「もう選ぶ方は決まっているだろう? 答えを告げに行くなら、オレも一緒に行こう。なんなら明日にでも。」

「いや、決まってないから。」

「え?! 迷ってるのか?」

なぜ本気で驚いた顔をするのか。

「そもそも、なんで二択なの。」

むっとした顔で答えれば、ルーイが笑った。

「そー言われると、まーな。」

「笑い事じゃない。」

くっくっくとさらに笑った後で、困ったように眉を下げた。

「こんなところに、乗り込んでくるからだよ。」

そう呟いて、ルーイは笑顔を引っ込めた。

「セリナ1人の力で、戦を止められると。本気で思っているのか?」

「……。」

ルーイの側にいる方が影響があると、そう言っていた意味はわからないが、アジャート王が“黒の女神”を思ったよりも重要視してはいないのかもしれないと。そう気づいて、前提が崩れた。

“黒の女神”なら、アジャート王と交渉できると。

(とんだ思い上がりだった。質問1つですら、満足な答えをもらえていない。こんなんじゃ、開戦を遅らせるためにどうこうなんて、とても。)

「対峙する方法を選んだのなら、覚悟を決めろ。」

「っ。」

「言っただろう。」


「この手を取れば。アジャートにいる間は、オレがセリナを守ると。」


向けられるアメジストの瞳に、セリナは息を詰める。

(きっとウソじゃない。その力も地位も持っているし、なんなら私に力を貸してくれさえするんだろう。)

「なんの話?」

隣でジーナがロベルトに小声で問う。

いやぁ、と青年は返事を濁す。

「いつの間に、隊長ったらセリナに惚れてたのよ。」

いやぁ、と同じ返答をしたロベルトに、ジーナは鋭い視線を向ける。

「陛下と取り合いの最中だ。」

真面目な顔でジーナに応えたのはルーイ自身だった。

「まぁ! まぁ、まぁ、まぁ!」

きらりと効果音が付きそうなほど目を輝かせたジーナが、立ち上がって両手の指を組む。

「1人の女性を巡って、2人の男がっ。」

冷静な頭でジーナの台詞を聞きながら、セリナは遠い目をした。

(なぜだろう。言う通りのシチュエーションのはずだけど、この『そうじゃない』感。)

「私の昔を思い出すわぁ。」

セリナの腕に抱きつきながら、ジーナが夢見るように呟く。

「え、自分の話ですか。」

「ジーナにそんな過去があんのかよ。」

呆れたようなロベルトと、怪訝そうなルーイからの反応に、ジーナが不満の表情を見せる。

話を追及してくるのかと思っていたセリナは、ほっとした。

「あったしみたいな、超絶美女を捕まえて何言ってくれちゃってんのかしらー。」

「魔女の間違いでは。」

驚いたようにロベルトが反応する。

「美魔女なら許す。」

さらりと言いおいて、ジーナはポーズを決めた上で緑色の髪を手で払った。

「年齢不詳。オレが子どものころから、あの姿だ。たぶん、妖の類だな。」

こっそりとセリナに耳打ちするルーイだったが、ジーナは聞き逃さなかった。

「そこ、妖精なら許す。」

びしりとルーイを指さす。

「ポジティブか。」

呆れ顔のルーイがこめかみを押さえた。

「は、いやだわ。総合的にまとめてみると、つまり。魔法は使えないというのに、私の溢れんばかりの才能ゆえに魔法使いとの称賛を受け、光り輝く美貌と、生来の神秘的かつ儚げな姿に、この世ならざる妖精の面影をまとう絶世の美女医師、という肩書に収まるってことね?!」

「おさまらねーよ。」

「全然まとまっていない。」

確認で振り仰いだジーナに、ルーイとロベルトから同時にツッコミが入る。

セリナは呆気にとられて、置いていかれ気味だ。

「じゃあじゃあ……。」

「その話長いですか? そろそろ切り上げても?」

時計を見つめて、ロベルトが眉をひそめる。

「まったく、面倒な話に捕まったな。」

「あんたたちの命預かってる美人女医に、この扱い?! 知らないわよ、次の時、地味に消毒液塗り込んでやるーーー。」

「あ、それは痛そう。」

「想像すんなよ。」

ようやく反応できたセリナの感想に、ルーイが間髪入れずに応えた。

「さては、さっさと切り上げて帰る気……って、そういえば、ウォルシュ君。」

「なんだ?」

「君の、ピンクのお姫様、帰って来たの?」

「あぁ。帰って来ている、それが何か?」

「いやー、愛する旦那様がやっと王都に戻って来たのに、お姫様が留守にするなんて珍しいなーと思ってたけど。なんだ、やっぱり帰って来たか。」

「家出とかケンカとか、変な噂流してないだろうな。」

「その前に戻っちゃった。」

「やる気だったと。勘弁してくれ、ジーナ=ノーファー。」

「ひひひ。」

魔女の笑いだ、とロベルトが呟いて、ジーナに殴られた。

「ピンクのお姫様?」

「ロベルトの妻のことだ。」

「髪の色がね、ピンクなの。ふわふわの、可愛いお姫様。」

「へぇ。」

「すっげー夫一筋のな。」

「超絶、過激な愛をぶち込む、ね。」

ルーイとジーナの説明にセリナは目を瞬かせる。

「ぶ、ぶち込む?」

右手をひらひらさせながら、ジーナが語る。

「なんだったっけ? ほら、愛しい愛しい運命の相手と結婚するために、元々あった婚約を破棄をしなきゃならなくて、邪魔する実の父親を失脚させかけたって逸話。」

「……お。」

「ほら、あれだ。仕事の拘束時間が長すぎて、愛する旦那となかなか思うように会えないからって、直属の上司に殴り込みかけたっていう伝説持ちの。」

続けて語ったのはルーイだ。

「……お姫様。」

「セリナ様。一応断っておきますが、2人の話は大げさですから。」

「いや、殴られたのオレだし。」

「その節は、申し訳もなく。」

(事実!!)

「止められるのは、ウォルシュ君だけっていう。愛に生きるお姫様。」

「少し思い込みの激しいところがあるだけで。」

「あれが少しとか言っちゃうぅ?」

「そうやってお前が甘やかすから。いつか絶対アイツ、オレをヤりに来る。」

「それは、ないですから。」

「「それはどうだろう。」」

疑惑の表情を浮かべながら口をそろえて返したルーイとジーナに、セリナは思わず吹き出す。

「ふふ、ごめんなさい。つい。」

3人のやり取りから仲の良さが伝わって来る。

なんとか笑いを引っ込めて顔を上げると、ルーイと目が合った。

がりがりと頭をかいてから、男はセリナに手を差し出した。

「そろそろ部屋に行くか。案内する。」

「ん、お願い。」

ルーイの申し出に、セリナは素直に頷いた。



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