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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
132/179

Ⅴ.正義の真 41

41.



「見えたよ。あれがアジャートの都・ヴァルエン。山の中腹にあるのがグランディーン城だ。」

エドの言葉に、セリナは首を傾けて前の景色を覗く。

揺れる馬上でバランスを取りながら、山を背にそびえ立つ灰色の城を見つめた。

都は山の裾野に広がるように拓けていた。

卿を預けた翌日、言っていた通りに“銀の盾”は王都へ向けて出発した。

目的としていた場所を目の当たりにして、セリナの握っていた手に力がこもる。

そうと決めた今でも、あの場所へ飛び込んでいくことが正解なのかはわからない。

(虎穴に入らずば、ってね。)

言い聞かせるように心で頷いて、左手で胸元をぎゅっと握り込んだ。


一回前の休憩の時に、それぞれが別々のルートで王都を目指すために“盾”の仲間たちは小隊に分かれていた。

大人数では目立つため、都のアジトでまた合流する手筈なのだという。

今一緒にいるのは、エドのほかにイザークとアルノーだった。

街道沿いに進んだ先の関所のような門をくぐり、王都へ足を踏み入れると、さすがに人の姿が多く賑やかだった。

道の端に避けて手綱を引いたエドに、アルノーが並ぶ。

「僕たちは城へ向かう。後は、予定通りに。」

「わかりました。アジトでお待ちしています。」

心得たようにアルノーが応じ、馬上で2人がやり取りを交わす。

「もしも僕が行けない時は、合図を待て。」

神妙な顔で頷いたアルノーは、頭を下げる。

視線をセリナに向け、もう一度会釈をしてから、馬の向きを変えて少し距離を取る。

「どうぞ、お気をつけて。」

目礼で応えるセリナ。

イザークは後方からこちらのやり取りを静かに見守っていた。

(やっぱりアルノーさんなんだ。)

「最終確認だけど。行き先は、グランディーン城でいいんだよね?」

気持ち振り向いた体勢で、エドがセリナに尋ねる。

薄紫の瞳と視線を交わして、えぇ。とセリナは頷いた。

「了承した。」

それから彼は深緑色の外套を肩から落とした。

「?」

不思議に思っているセリナに構わず、エドはそれをイザークに渡す。

イザークも黙って受け取り、自分も外套を脱ぐと、それらをくるくるとたたんで手早く荷物にしまった。

「じゃぁ、行こうか。」

「え、あ。うん。」

馬が動き出し、疑問もそのままにセリナはエドの白い上着の背を掴んだのだった。

街を抜け、城へ続く門を目指す。

その手前にかかった赤レンガの橋まで来たところで、エドが口を開いた。

「さすがというべきなのか、迎えが来ている。」

迎え?と聞き返しそうになって、セリナも気づく。

門の前に、騎影が2つある。

顔は見えないが、“ダンヘイト”だとすぐにわかった。

唇を噛んだセリナは、エドを見上げる。

「歓迎されてのことだと思うよ。」

「待ち伏せしてるのが?」

ヴァルエンを目指していることも、向こうに筒抜けだったのだろうか。

今日ここに到着することも、把握していたと言わんばかりだ。

「エドは平気?」

「まぁ、ここで敵意を向けられることもないだろうからね。」

苦笑したのが雰囲気でわかった。

「じゃあ、行こうか。イザークも遅れないように。」

「はい。」


「お待ちしておりました。」


にこやかな表情でそう告げたのは、オリーブ色の制服を着たマルス=ヘンダーリンだった。

ルーイたちが着ていたその服を、彼らが身に着けていることが奇異に感じる。

今までと服装が違うのは、ここが王城だからだろうか。

「ご案内しますわ。」

真っ赤な唇の女が、先頭に立って馬を進める。

セリナとエドは顔を見合わせて、無言でそれに従った。

周りに彼ら以外の人影は見えない。

外門をくぐって、山道を登る。

緩やかな斜面は綺麗に整備されており、さほど標高のある山ではないので、蛇行した道をしばらく登ると城壁に辿り着いた。

王都の様子が一望できる高台に建っているのがグランディーン城だ。

低い城壁に囲まれた広場のような場所を抜け、開いている大きなアーチ門の前で、先頭のビアンカ=ハウゼンが馬を下りる。

「ここから内部は歩きなんだ。」

騎乗してこの先へ進めるのは、緊急時と特別な許可を得た者だけだとエドが教えてくれた。

先に下馬したエドの手を借りて地面に足をつけ、セリナは改めて城を見る。

山を切り開いて造った城は、要塞のようだ。

近くで見上げると首が痛くなった。

着たままだった深緑色の外套、そのフードを押さえてセリナは呟く。

「少し意外。」

「グランディーン城がどうかした?」

エドに訊かれて、セリナはぽつりと返す。

「城の背後が山だから。」

場所的に山の北東に建っている城は、南西が山影になっている。

背後は海で、視界としてはフィルゼノンとマルクスに向いて開けてはいるが。

セリナの疑問をどこまでくんだのかはわからないが、エドがでも、と説明を始めた。

「山の向こう側まで城は続いているんだ。イレの技術……あの地下通路を造った技術で、今いるこの王宮からさらに奥へ中宮、南宮と続いている。」

「山を通り抜けられるってこと?」

「通り抜ける、というよりはこの一角を、元々の山の地形を活かして王城として拓いた、というか。見晴らしも日当たりもいいし、要塞としての機能も高い。」

トンネルのような城なのかと一瞬驚いたが、日当たりがいいという言葉にイメージを修正する。

(固い岩盤を利用しつつ、城を築いたのね。)

「南側からも城へ入れるの?」

「出入りはできるよ。ヴァルエン側から登るより、ちょっと斜面が急だけどね。」

へぇ、と答えて、視線を周囲に向けると、いつの間にか乗って来た馬たちが並んで繋がれていた。

「では、こちらへどうぞ。」

建物内へと入り、再び先頭に立ってビアンカが進む。

それに、エド、セリナ、イザーク、マルスの順で続く。

壁や柱の一部に岩肌が感じられるところもあるが、両サイドの高い位置に窓が続いていて、中は明るかった。

装飾も繊細で美しい物だ。

エドの背中を眺めていたセリナは、少し歩調を遅らせイザークに近づく。

「ねぇ。」

小声で話しかけ、感じている疑問を投げる。

「盾、が何をしようとしているのか、イザークは知っているの?」

驚いたようにイザークは目を丸くする。

「どういう意味ですか?」

逆に問われて、セリナはうーんと唸る。

「なんていうか。」

静かに次の言葉を待つイザークに、セリナはつい視線を逸らしてしまう。

「その、イザークってそういう話し合いの時にいつも会話に参加してないなって思って。」

さっきの別れ際もそうだが、たいていエドとアルノーで話が進み、イザークが口を挟むことはない。

そもそも、今後を決める話をすると知っていながらも、同席しないこともある。

右腕と明言し、こうして側に置いてエドが城に連れて来ているのはイザークだが、盾の中での立場はよくわからない。

「目的は存じています。ただ、僕には難しい話はよくわからないので、『そういう話し合い』で役に立てることはないのです。」

「……そっか。」

卑下ではなく、本当にそう思っている口調だった。

(前も感じたけど、イザークって自己評価が低い?)

先を歩くエドの白い背中を見つめる。

(ここへは王子として戻って来たのよね。王を説得するために。)

だから途中で、“銀の盾”で使っている外套を脱いだのだと思い至る。

(だけど、アルノーさんと予定通りにとか合図とか言ってたから、あれは何か企んでいるってことで。説得に失敗したら何か……。)


「大丈夫ですか。」


背後から声を掛けられ、肩を揺らす。

振り向けばマルス=ヘンダーリンが、小首を傾げていた。

知らないうちに立ち止まっていたセリナは、前との距離を詰めるために早足になる。

「これから王に会われるのですから、緊張するのも無理のないことです。」

訳知り顔で頷くマルスを一睨みしたものの、言われて急に現状が迫って来た。

(まぁ、なんかあっさりアジャートの王城入っちゃってるし。ちょっと、いや。かなり緊張してるけどって……ん?)

「これからって、そんな簡単に会えるの?」

だって忙しい立場の人でしょう、と僅かな期待を込める。

「求めてやまない“黒の女神”様が、ようやくこうしてお越しくださったのに、会わない理由がございますか?」

心底不思議、という表情を向けられる。

(展開早ッ。いや、心の準備はして来たけど。なんとか交渉のテーブルに引きずり出せるように、知識をひねり出して乗り込んで来たけど!)

直接対決の前に、一旦落ち着くタイミングが欲しかった。

話を聞く限り優しい人物だとは思えない。

手の平に浮かんだ汗を、外套の下でそっと拭う。

(炎帝って聞いたけど、いきなり怒鳴られるとかないよね。とにかく、交渉で大事なのは“女神”を演じること。)

自らの思考の波に翻弄されているセリナを知ってか知らずか、マルスがセリナを見上げた。

「こちらを選んだのですね。」

目が合って、一拍。セリナは言われた意味を、考える。

「そちらを、選ぶわけがないでしょう。」

意外と冷静な答えが口から出て行った。

だが、少年兵士から返って来た台詞はさらに意外なものだった。

「女神殿は、もしかするとアーフェから帰ってしまうのではと思っていたものですから。」

「は……?」

「おや、その様子ではもしかして知らされていない?」

マルスの物言いに、セリナは目を瞬く。

おやおや、とさほど困った様子でもなく、少年兵士は肩をすくめる。

「マルクスの砦に、フィルゼノンの騎士が来ていると、せっかく教えて差し上げたのに。」

さらりと重要なことをこぼす。

「あなたがクラウスに情報を?」

「クラウス?」

きょとんとした表情を見せて、彼は首を傾げた。

「いいえ。僕が情報をもらしたのは、彼ですよ?」

視線が前を向く。

その先にいるのは、エドワード。

(え?)

セリナは、一瞬胃がきゅっとなるのを感じた。

「僕から伝えるよりは、信用してもらえるかなーと思って情報を流したんですけど、そうですか。それはそれは。」

いちいち嘘くさい態度で語るマルスだが、内容に偽りはなさそうだった。

「エドに?」

(でも、そんなこと一言も。)

アーフェに滞在していた時間は短いが、話をする機会は何度もあった。

「えぇと、誰でしたっけ。ルヴァリー? リヴァ……あぁ、ラヴァリエ。」

「っ!」

少年の口から出た単語に、セリナの体に衝撃が走る。

「来ていたのは“ラヴァリエ”の騎士隊長だとか。」

「な……。」

思わず足を止めて、その場に立ち尽くす。

一歩先で立ち止まった少年が振り向いた。

「お知り合いで?」

(リュートが? あの時、リュートが来てたっていうの?!)

クラウスは伯爵の使いだと言っていたが、あり得ない話ではない。

誰かの指示を受けて、伯爵の使いとして騎士隊長がフィルゼノンから。


(エドが、それを知っていた?)


「まぁ、アーフェではイヴァンがその機会を狙っていたようなので、飛び出して行かなくて正解かもしれませんね。死闘が起きていたでしょうから。」

またも肩をすくめた少年に、反応が返せない。

(イヴァン……ダンヘイトの、兵士。)

単身で姿を見せたあの兵士だと想像できて、背筋が冷えた。

呆然とするセリナに、前を行くエドたちが足を止めて振り返った。

「どうかした?」

戻って来るエドの顔には心配そうな表情。

セリナの隣に立つマルスを見て、珍しくエドが眉をひそめて相手を眺めた。

「な。なんでもないの、行こう。」

エドの腕を取り、先を促す。

歩き出したセリナに合わせて、エドも廊下を戻る。

「大丈夫?」

覗き込むように視線を向けて来たエドと目を合わせられないまま、セリナは頷きを返す。

なんだか迷惑そうな顔をしていたビアンカは、戻って来たセリナたちを待って止めていた足を踏み出した。





濃いえんじ色のじゅうたんが敷かれた広い廊下を歩いたのは、それほど長い距離ではない。

豪奢な扉の前につくと、ビアンカとマルスは左右に分かれて、同時に3度ノックをした。

そうしてから、ゆっくりと扉を押し開いた。

中央に立たされたセリナは、エドの隣で、開く先に見える光景に息をのむ。

謁見の間だろう大広間。

正面の立派な椅子に、座る人物が見えた。

雰囲気に気圧されそうになっていたセリナに、エドが微笑む。

「僕たちの目指すところは同じだ。」

「……。」

優しい色を浮かべたエドの瞳を、セリナはただ見返す。

小さく頷いて、セリナは背筋を伸ばした。

(そう、戦いを始めさせないためにここまで来た。)


「国王陛下に申し上げます。“黒の女神”様、只今ご到着にございます。」


それを告げたのは、広間の中にいたダンヘイト隊長・ギゼル=ハイデンだった。





Ⅵ.剣と盾 へ続く

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