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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
130/179

Ⅴ.正義の真 39

39.



シャトーアルジャイド所属ラウドグリム系団フラット“ダンヘイト”隊長。

それがギゼル=ハイデンの肩書だ。

国王直属の部隊だが、いわゆる王軍とは別である。

暗躍部隊などと呼ばれることがあるように、存在自体は公でありながら、その任務は外からは見えない。

ギゼル自身も他の隊長格の者たちと並び立つことはないため、仕方のないことだと思う。

諜報活動を主としているのだが、謎に包まれているためか、憶測で語られることも多い。

隊員らが『アイン』『ツヴァイ』という二組に分かれて活動することも、やはり知られていないようだ。


アジャート王国・首都ヴァルエン。

王城の一室で、任務の途中経過を報告して来たばかりのギゼルの足取りは重い。

報告に向かう足取りも重かったが、望む結果を出せていない状況に叱責を受けたばかりだ。

『ツヴァイ』の兵士が、グラシーヴァ卿の件で失態を犯したのだ。

邪魔に入ったのは“銀の盾”だという。

(これ以上の失敗を重ねては、先の女神の件も再燃する危険がある。)

ふと胸に付けた記章が少し曲がっているのに気付いて、ギゼルは丁寧にそれを直す。

オリーブ色に濃い灰色のラインが入った隊服は、国軍に属する他の者と同じあつらえだが、記章には王から許された特別な紋章が施されている。

身に着けるからには、それに見合うだけの重い責任が伴ってくるし、これまで“ダンヘイト”は、任務を完遂し責任を果たして来た。

しかし、黒の女神の件に関しては、受けていた指示をたがえる事態が続いている。

(女神の負傷については、見逃してもらえたが。)

その後についても、こと女神に関しては、王は事態に柔軟な姿勢を見せた。

意外にも思うが、ギゼルにとっては幸いなことだった。


今年の5月。アジャート王からの指示で、フィルゼノンに現れた女神を調べるため“ダンヘイト”は隣国へ派遣された。

同時に、捕らえられた女神を救出せよとも言われた。

隊員たちはアルデナ経由でそれぞれにフィルゼノンへ入国し、ペアで情報収集を行っていた。

行商人に扮した『アイン』は王都での暴動を扇動した。

結果、女神は城で保護されているらしいとわかり、ギゼルは経過観察を判断する。

王宮の奥から相手を奪うには、フィルゼノンの守りは強固だった。

アジャート王からも猶予を与えられたが、救出して丁重に連れ帰れ、という当初の指示はそのままだった。

ギゼルは隊員らの中継点として単独で行動していたが、フィルゼノン王が女神を連れて視察に出るという話を聞き、行動を起こす。

別働の『ツヴァイ』と連絡を取り合い、帰国のための手筈として船を調達した。

その後、船をつけた港町で『アイン』の2人と合流する。

『ツヴァイ』は入手した情報を基に、地上の経路で視察団の先回りをしていたので、ギゼルたちは船で海上を進んで一行を追った。

追跡先で首尾よく女神の奪取を成功させ、フィルゼノンの追っ手をまき、吹く強風を味方に海を渡ったのだ。


(そう、あの頃からことごとく思い通りに事が運ばない。)


吹く風は船のスピードを助けたが、ひどい嵐だった。

しかも怪我を負わせてしまった女神は、そこから少量の毒が入ったらしく熱を出していた。

解毒も応急処置も迅速なものだったが、『丁重に』と言われていたのだから重大な命令違反だ。

外海まで出て行ったわけでもないのに、うねる波と強風に船は悲鳴を上げ、無事に岸に着くのかも危ぶむはめになる。

実際、明朝接岸した時の船は、もう使い物にならない状態だった。

(それに。)

嵐の中で見たモノが忘れられない。

ギゼルは、信心深い性質ではない。

神事は儀礼と割り切っているし、自ら神殿に通うようなこともしない。

神話は単なる昔話だ。

“黒の女神”は、神そのものとしてではなく、政治的な駒として特別なのだと理解している。

そのはずだったのだが。

(あの黒い影は。)

真っ暗な夜の海で、それも吹きつける雨で視界が悪い中のことだ。

本来なら、見間違いだと笑い飛ばしてしまうようなことだというのに。

(深海の魔女。)

夜の海に姿を現すという女神・イズリア。

港町や船乗りの間で語られる物語。

信心深くはないギゼルでさえ、不意に考えてしまった。


女神を危険に晒したがゆえに、神の怒りをかったのではないか、と。


その嵐を何とか乗り越え、ノーラの第3砦まで辿り着いたものの、兵士の疲弊は明らかだった。

女神の熱は下がらず、任務に支障をきたしたまま城へと戻るわけにはいかなくて、救援を求めに走った。

休息の時間を得て回復した後、見張り1名だけを残して報告に城へと戻った時、王は冷静だった。

「では、しばらくルードリッヒの下に居るのか」と。

彼の軍が別の任務に向かうから迎えに行けと言われたが、サラニナで黒の女神を奪われた。

ルードリッヒ=オーフェンも賢いもので、身柄を引き渡した後での出来事だからと、責任を回避して来た。

襲撃者を無視して女神を追ったこちらの態度を不愉快に思っていたようだから、妙な告げ口をされるよりは、とギゼルはそれを受け入れたのだった。

“銀の盾”という襲撃者たちを追って南下。

以前から不穏な動きを見せる一団ではあったが、監視止まりで放置されていた存在。

誰も口にはしないが、それを動かしている者の正体も薄々感づいていての措置だ。

王に報告した時は、なぜか楽しそうですらあった。

「今度はそちらに身を寄せたか。」

追いかけ、居場所を突き止め、身柄を確保できる段になって、王から命令が下りた。

「逃げ出さないよう監視はしておけ。」

命令に従うのがギゼルの役目。

そこから、女神に直接手を出す展開には至っていない。少なくともギゼルの知る限りは。


アジャート王は、厳格で強固な意志を持っている。

愚かな臣下、軟弱な兵士、無用な意見陳情を嫌う。

そしてなにより失態を許さない。

グラシーヴァ卿の件は、まさに失態そのものだ。

女神に対する柔軟な態度が特別なだけで、それに気を抜いていたら己の首が飛ぶ。

受けたばかりの叱責を思い出したギゼルは、口を引き結んで城の廊下を早足で進む。

(『ツヴァイ』め、2度目はないぞ。)









鈍く光る剣先を眺めて、男は首を捻った。

随分と痛んでいる。

そんなに乱暴に扱ったつもりはないが、手入れをするのが好きではないので、すぐに切れ味が悪くなるのは常だ。

ダンヘイト兵士、イヴァン=ナリッツ。

彼の人生には、物心ついた時から剣が側にあった。

戦の臭いが濃いこの国だが、彼にとっては居心地の悪さなどない。

実力があれば認められるこの国だからこそ、イヴァンは生きてこられた。

剣を鞘に納めて、横に置く。

小さな神殿の椅子に深く腰掛けた彼は、両手を組む。

祈りの時間だ。

頭を垂れ、神の前に自身を置く。


静かな時間。


彼の大切な時間。


親を知らず、施設で育った。

そこで幼いうちから剣を習い、戦う術を学んだ。

彼のいた場所には、同じような境遇の子供がたくさんいて、ソコからは多くの戦士が生み出されていたが、自分以外の者のその先は知らない。

側に陵があり、神殿を模した石碑が建っていた。

そこで祈るのが習慣であり、施設を出た後もイヴァンの祈りの時間は習慣づいている。

それは任務でフィルゼノンへ赴いていた間も変わらなかった。

王都の南に立派な太陽神殿が建っていたが、人の出入りが激しいそこに足を向ける気にはなれず、代わりに見つけたのはひっそりと佇む小さな教会だった。

建物と建物の間に押し込まれるように存在していたそこはひと気もなく、ちょうどいい場所だった。

祈りはどこにいても行えるし、己の身1つあればいいというところも、イヴァンは気に入っていたが、落ち着ける空間があればそれに越したことはない。


長い祈りを終えた後で、彼は赤い瞳を開ける。


「コイツはもう駄目だな。新しいのを手に入れるか。」

彼には剣に対するこだわりはない。

斬れればどれでもいい。

刃こぼれも頻回だし、折れることも錆びて使えなくなることもある。

ひどい場合は、最初から使い捨てだ。

乱暴に扱っているつもりはないが、周りからの評価はそうではないようだ。

「手加減っつーのができねぇからなぁ。」

と呟いて、首を傾げる。

「いや、手加減するつもりもねーケド。」

剣を振るう間こそ、生きている、と思える瞬間だ。

手放すつもりも使い方を改めるつもりもない。





フィルゼノンで商人の真似事をしていた時、同じ『アイン』を組んでいたのはマルスだ。

「接客ができたとは意外でした。」

隊長の調達した船へと合流するため、南下する道中。

妙なことを言うものだと眉を寄せた。

あくまで商人の真似事だ。フリである。

本気で商売をするわけではないのだから、意外と言われるほど難しいことではない。

これに限らず、少年剣士はイヴァンには理解しがたい発言を良くする。

あの時も、追って来る影に気がついて剣を抜いたはいいが、片割れを仕留めることを邪魔された。

「剣を交える相手に手抜きは失礼だろうがよぉ。」

意識のない男を前に、剣を鞘に納めたマルスを睨んだ。

「勝負ならついたでしょ。」

「なんでトドメささねぇの? 知らせが飛ぶと厄介だろうが。」

「そうだけど、止めておいた方が無難ですから。」

「ブナン?ってのはなんだ? こっちのヤツと何が違うんだっつーの。」

「んー、“色”かな。」

へらっと笑う少年。

「あぁん? おめーはホント意味わかんねー。お前がやらないなら、オレが。」

と、近づいたところで、マルスはさらにニコリと笑う。

「“弱いの”相手にするの、イヴァン嫌いじゃありませんでしたっけ?」

「……。」

それは、『時間のムダ』と同義だ。

「くそが。」

「ほら、不要な時間を取られました。港へ急ぎましょう、隊長を待たせてしまう。」



フィルゼノンの西の地、森の中でもイヴァンの邪魔をしたのはマルスだった。

その前に邪魔はいくつもあったが、最後は彼だ。

あの時も、イヴァンには理解しがたい発言だった。

(コーリツなカコンがどーとか。)

とはいえ、イヴァンのやり方を非難したらしいことだけはわかった。

瀕死の騎士の件はともかくとして、対象者に剣が向いたのは“制裁”されても文句は言えない。

だから、あの場では引いてやったのだ。不本意ではあったが。

「いつも小難しいんだよな、ガキのくせに。」

強いか弱いか。

やるかやられるか。

そういう単純なのが、分かりやすくていい。

(細かいことはめんどうくせぇ、いつでも本気で向かうだけだ。それが礼儀ってもんだろうよ。)



神殿の扉を開けると、庭にいる神官の姿が見えた。

目が合い、イヴァンは頭を下げた。

「また、いつでもおいでなさい。」

穏やかな声に見送られて、イヴァンは敷地を出た。

すぐ目の前に強固な砦を守る壁。

彼はアーフェの砦の、その内側に建っている神殿から出て来たところだ。

(マルスのヤツがまた『妙な話』をしてたから、張ってみたが……どうもアレは空振りらしーな。)

興味のあった件がダメだったところで、そういえば、と頭に浮かぶ。

今回『ツヴァイ』として送られた北の地で、果たす任務はなんだったか。

忘れがちなのは、多分“弱いの”が相手だからだ。

(……と思うが。どうだったか。)

やれやれ、と首を傾げて、思い出すまでに剣でも調達するかと頷いた。

なんなら『ツヴァイ』の片割れが、もう任務を果たしているかもしれないと、やる気のなさを正当化しながら。



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