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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
128/179

Ⅴ.正義の真 37

37.



将軍のところから戻ったエドが、アルノーのところに行くと言うので、セリナも同行させてもらうことにした。

ちなみに、その間にイザークは馬の世話に行くということだった。

「アルノー。」

砦の一角で身を休める“銀の盾”の仲間。

30名ほどにまで増えた仲間の中でも、体格のいい彼はすぐに見つけられた。

エドに呼ばれたアルノーは、すぐに仲間の間を縫って近くに寄って来た。

彼の日焼けした肌は港町の男だからなのかもしれない、とセリナは今更思いつく。

「この先のことを話し合おうと思って。」

エドの言葉に頷いた彼は、セリナに目を止める。

「1つだけ聞きたいことがあって、エドについて来たの。すぐに席を外すわ。」

アルノーが感じただろう疑問を解決するため、彼らの話し合いに参加するつもりではないことを告げる。

エドに視線を向けたアルノーだったが、すぐにセリナに向き直る。

その態度にセリナは、遠慮なく用件を口にした。

エドの了承は先に取り付けてある。

「エリノラさんのことなんだけど、まだ合流はしていないの?」

あぁ、と納得したような表情を浮かべた男が、気まずげに頭をかいた。

「えぇ、まだです。」

「何か知らせは?」

セリナの心配を汲み取ったのか、アルノーは腕を下ろすと背筋を伸ばした。

「おそらく、なのですが。エリノラは、ここに合流するのではなく王都へ行くのではないかと思います。」

「え?」

「最終的に王都へ向かうことは知っているので、アーフェまで追って来るより、そこで待った方が良いと判断するはず。」

「それは、確かに。そうね……行き違いになるよりは。」

もっともだと思える話に、セリナは小さく頷く。

「連絡がないとしても、不思議ではない?」

港に1人残った彼女が気がかりなのだが、アルノーはにかりと笑った。

「エリノラは“使い”を所有していないので、今の状態では連絡の取りようがないんですよ、女神様。」

あ、と呟いたセリナは、アルノーの梟を思い出した。

「エリノラなら大丈夫。賢い女性だからね。」

エドがセリナを安心させるように、口を挟む。

アルノーとエドの表情に心配の影がないのを見て、セリナはもう一度小さく頷いた。

「それならいいの。」

「合流したら、間違いなくエリノラに伝えますよ。」

「ありがとう。」

アルノーのしっかりした台詞に、セリナも微笑む。

「私の用件はそれだけだったの。どうぞ、後は2人でお話を。」

両手を広げて、彼らに話を戻す。

深々と頭を下げるアルノー。

エドは、気をつけて部屋に戻ってね、と手を上げた。

同じような仕草で応じてから、セリナはその場を後にした。





そしてそのまま、さほど距離も離れていない先程の部屋へと戻るはずだったのだが。

「なぜ、あなたがここに。」

砦の中に戻り廊下に立った途端、その人物を見つけた。

「そう不思議な話ではありませんよ。」

銀青色の髪を揺らして、彼は流れる様なお辞儀をした。

「クラウス=ディケンズ。」

「はい。」

別に呼びかけたわけではない。

セリナがそのまま沈黙していると、クラウスが口を開いた。

「ルードリッヒ様の軍がアーフェに遠征するのに付いて、ここへ来ていたのです。彼らはもう帰路に着きましたが、私は残った。だから、今ここに居る。それだけの簡単な話です。」

「ルーイと、一緒に行かなくていいわけ?」

「私の行動は私が決めることです。」

そういえば、部下ではないのだというようなことを言っていたと思い出す。

目の前の人物を見つめたまま、セリナはその場に立ち尽くす。

「まぁ、実際のところ。女神殿がアーフェに来るらしいと知って、待っていたのですよ。」

「待っていた?」

目を瞬いたセリナに、クラウスは静かに告げる。

「おや、調べ物を依頼したのは貴女でしょう? お忘れに?」

『調べ物』という単語に、セリナははっとする。

「パトリックのこと、何かわかったのね?!」

クラウスは口角を少し上げると、半歩下がった。

「では、女神殿。少し場所を変えてお話を。」

優雅な動きでひらりと廊下の先を示し、セリナの歩みを促す。

誘われるままセリナは、彼の言葉に応じた。





着いた先は内部の部屋ではなく、塀の上だった。

砦のそれは当然民家の塀とは異なり、石造りで回廊のように繋がりあっていて、そこを馬が走ることもできるほど強固な物だ。

間隔を置いて小塔が建ち、そこは監視台も兼ねる場所になっている。

囲われているので外部からは遮断されているが、内部からの見晴らしは良い。

その塔の内に2人は立つ。

近くに兵士の姿は見えなかった。

長身の男に、セリナは向かい合う。

「パトリックのことを調べてくれたのでしょう? でもあの時は、私のために動く理由はないと。」

「対価を持っていなかった以前とは状況が変わったのですよ。騎士の安否をお伝えする代わりに、女神殿にやってもらいたいことが1つあります。」

考えてもいなかった展開にセリナは身構えるが、それを気にしたふうもなくクラウスは先を続ける。

「難しいことではありません。むしろ、貴女になら可能とすら言えます。」

さわさわと、乾いた風が頬を撫でて行った。

「ただ、情報の対価として女神殿の行動を指定することは、取引として平等ではありません。なので、貴女に有利な条件で、取引を提案し直します。」

「取引……。」

「前提として、知りたがっていた情報を私は現実に貴女に提示することができる。」

困惑を隠せないセリナに、クラウスは視線を合わせる。

「こちらの条件は1つ。ヴァルエンの王城内にある武器庫に私を案内すること。」

「っ。」

内容に、セリナは思わず息をつめた。

「取引が成立した場合、私の情報はこの場で開示する。」

「それだと、聞くだけ聞いて、途中で逃げ出すかも。」

「だから、女神殿に有利な提案だと言っているのです。」

意地悪めいて言い返してみたが、事もなげに答えが戻って来た。

(信用されているとは思えないのだけど。)

「武器庫になんの用が?」

「詮索は無用です。」

武器庫を目指しているのは、セリナも同じだ。

近づく方法はわからないが、案内だけならば悪い条件ではない気もする。

けれど。

「目的がわからないのに手を貸すことはできないわ。」

「なるほど。賢いですね。」

驚いたような顔を見せて、クラウスは少し考え込む。

「キル・スプラ。」

「え?」

「いえ、……ある武器に興味を引かれましてね。それを探しているのです。」

クラウスは言い直したが、セリナの耳は初めの言葉も聞き取っていた。

(あの銃のような武器を、クラウスも狙っている?)

魔法使いである彼にとっても、相性の悪い武器であるはずだ。

それとも、自ら利用しようとしているのだろうか。

「『それ』が、城の武器庫にあるの?」

「予想が正しければ。」

(どうするべきなんだろう。安否は知りたい、けど。のってもいいものかしら。)

彼の目的がわかったとは言い難い話だ。


「そして、もう1つ、貴女に有利な話を。」


考え込みそうになっていたセリナは顔を上げる。

「わざわざここまで移動したのには、もちろん理由が。」

そう言って、クラウスは外に目を向けた。

つられてセリナも同じ方向を見る。

「柵が並べられているのが見えますか? その奥の丘陵、それを越えればマルクス領で、右手側の山の向こうに砦が建っています。」

「?」

柵は見える。カルダール山脈から伸びる稜線も捉えることはできた。

その先を追って目を凝らすが、霞んでいてよくわからず、砦も位置的に目視することは難しそうだった。

「マルクス国の辺境警備隊が詰めている場所です。」

へぇ、という感想に心はこもっていない。

広がる大地は荒れていた。生き物の気配を感じない。

所々大地が黒いのは、どうやら焦げているかららしい。

ここはルーイが向かおうとしていた場所で、現在騒動は起きていない。

帰路に着いたというクラウスの発言からも、鎮圧という任務を無事果たしたのだと知る。

「アルフレッド=ターナーという人物を知っていますか?」

言われた名前に、セリナは首を傾げる。

どこかで聞いたような気もするが、誰だかわからない。

「フィルゼノンのグリサールを治めている伯爵。」

そこまで言われて、視察途中で通った地名に思い当たる。

(グリサールって、神殿に寄ったあそこ。確か領主は『すてきなおじさま』?!)

記憶に残っているのは、相手への感想がそんなふうだったからだ。

クラウスは、セリナの表情から知っていることを判断したようだった。

「その伯爵の使いの者が、あの砦にいるらしい。」

「え?」

思わずきょとんとして、目を瞬いた。

「あそこに、いるって。どういうこと。」

「フィルゼノンから派遣されて来たのでしょう。噂では、マルクスにはフィルゼノンへ行き来できる魔法陣があるとか。」

「なんで、そんなことを知っているの?」

「噂ですよ。」

「違うわ、フィルゼノンからの使いが来ているなんて、どうして。」

「まぁ、方法はいろいろと。このタイミングですから、女神殿と無関係ということはないでしょう?」

そう言われても、セリナには何もわからない。

「伯爵の単独行動だなんてことも、あり得ないでしょうね。」

クラウスの台詞に、セリナは男を振り仰ぐ。

相手は顔を動かさず、翡翠色の瞳だけがセリナを向いた。

「当然、指示した者がいるはずです。」

言われて浮かんだ顔がある。

セリナは、ぎゅっと胸元を両手で握りしめた。

「そんな……。」

今、自分がどんな顔をしているのか、わからなかった。

フィルゼノンは女神を見捨てた、とルーイは言ったけれど。

「どうしますか?」

問われて、頭が真っ白になる。

何を聞かれたのかわからない。

「今なら。あの砦まで行けば。」

「……。」

クラウスの言葉を待った。

「グリサール伯爵の使いが、女神殿をフィルゼノンへ連れ帰ってくれるかもしれません。」

息をのむ。

(そんなことが?)

クラウスを見つめる。

何を驚いているのか、とでも言いたげにクラウスが不思議そうな顔を作った。

震える両手をさらに握り込む。

(帰れる? 向こうの砦まで行けば、フィルゼノンへ?)

降ってわいた魅力的な選択肢だった。

(フィルゼノンへ。)


戻れるのなら、クラウスと取引をする理由もない。

戻れるのなら、自分で事実を確認できる。

戻れるのなら、先の見えないこの状況から解放される。


山の向こうへ、視線を凝らして。

セリナは塀から身を乗り出すほどに、先を見つめた。

乾いた風を受けて、髪が流れる。

「……。」

やがて、かかとを下ろして、塀から両手を離す。

視線は山の向こうを見たままで。

「ムリよ、行けないわ。」

ゆっくりと呟いた。

「戻りたいとは思わないのですか?」

「っ! 戻りたいに決まってるでしょう!!」

反射的に、セリナは語気強く言い返した。

「それが本当で、フィルゼノンに戻れるなら、すぐにでもっ。だけど今、途中で逃げ出すなんて。」

銀の盾の力を借りようとしたのはセリナ自身だ。

ここで離脱すれば、セリナを信用して正体を明かしたエドを裏切ることになる。

思い切れず走り出せなかったリシュバインの砦の時とは違って、きっと本気でそうしたいなら、ここからマルクスの砦に向かう道はあるのだろうけれど。

「私は、フィルゼノンとアジャートが戦争をすることを阻止したい。そのために、ここにいるの。フィルゼノンのために、私にできることをしようと。」

「フィルゼノンのため?」

「クラウスにはクラウスの、フィルゼノンを恨む理由があるのかもしれないけれど、私には私の……フィルゼノンの力になりたい理由があるの。」

感情の読めない翡翠色の瞳が、静かにセリナを見つめていた。

「それに、あなたの言葉を信用できるかどうか怪しいわ。」

セリナの言葉に、クラウスは、はっと声を出して笑った。

「確かに。私は大嘘つきですからね。」

「……。」

「貴女は人を信じすぎるようだから、そうして少しは相手を疑うことをした方がいい。」

胡乱な目で男を眺めたセリナは、思いがけず真剣な瞳とぶつかって息をのむ。


「後で、痛い目を見るのは貴女自身だから。」


(何、急に。疑えって、ジオのことを言ってるの? それとも……。)

「では、条件がそろったようですし、取引開始としましょう。貴女は取引相手として不足ない。」

クラウスの言葉に、セリナは引っ掛かりを覚える。

「今の、どういう意味。」

「何がですか?」

「相手として不足ないって?」

まるで、今そう判断したという口振りだった。

否、実際その通りなのかもしれない。

「ここであちらへ帰る相手と、できる取引ではないでしょう。」

相手は悪びれもせず肩をすくめた。

(それはそうでしょうけど。取引を持ち掛けておいて、それを壊すような情報を提示するなんて、何考えてるの。)

掴み切れない男だ。

(滅びの訪れを歓迎する、と言っていたけれど。)

セリナは以前ルーイから言われた言葉を思い出した。


―――理由が知りたいなら、本人に尋ねてみろ。


クラウスを改めて見つめ、セリナは顎を上げる。

(聞くなら、今しかないかもしれない。)

「では、『平等』な取引のために、私もクラウスがどういう人物か知るべきよね。」

「へぇ、交渉のつもりですか?」

「フィルゼノンを憎む理由は何。」

さっきまで余裕の態度を見せていたクラウスが、ピクリと反応したのがわかった。

「クラウスの出した条件も、それと無関係ではないのでしょう。」

見上げるセリナに、視線を落として。青年は短く息を吐いた。

「憎む理由など知ったところで、面白くもないでしょうに。」

乾いた風が、銀青色の髪を揺らす。

視線を外したクラウスは、しばらく沈黙した。

答えてはくれないかも、とセリナが諦めかけた頃、呟くように相手が口を開いた。


「我がディケンズは、先祖代々王家に仕える魔法一族でした。……あの戦いまでは。」


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