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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
124/179

Ⅳ.豊穣の歌 33

33.



馬車の窓から外の景色を眺めて、大神殿の巫女姫・シャイラは背を伸ばす。

時折すれ違う人々の表情に楽しそうな色を見るたび、頬が緩む。

実りに感謝するリビス祭が数日後に始まる。

それに出席するために神殿から王都へ向かうシャイラが、転移の魔法陣を使わず馬車での移動を望むのは自分の目で国の在り様を見るためだ。

収穫祭は王都だけではなく各地で行われるが、これから準備する町もあれば、もう終わってしまった町もある。

リビス祭は民を中心として開催される2日間の祭りで、その前夜から盛り上がってしまうのが恒例となっている。

神殿も主催者ではあるが、巫女や神父も一般人に混ざって参加するのが当たり前になっていた。

城下なので兵士やメイドも多いし、チャリティーで参加する貴族の婦人や令嬢などの姿もある。

今年は星の巡りの関係で、予定していたより1日早く出発することになった。

神官長イルの采配に口を出すことも面倒で、こうして城へと向かっている。

(空き時間に城下へ行ってみようかしら。)

街中で賑やかに準備をしている様子を見られれば楽しいだろう、という考えが浮かんでシャイラは口元を押さえた。

シャラリと澄んだ音が響く。

(王都の神殿に行くと言えばきっと可能ね。)

お目付け役のイルが同行していないのを幸いと、シャイラは予定を練る。

遠目に王城の姿が見え、シャイラは緩んでいた表情を消した。

(許可をもらわないといけないというのが、面倒ではあるけれど。)

近づく目的地から目を逸らして、シャイラは座席に沈むと目を伏せた。







城の門をくぐった時、シャイラは異変に気づいた。

それ故、気乗りのしない定例の謁見に際して型通りの挨拶をしたのち、彼女は対面の王を無言で見つめた。

見る人によっては、睨んでいたと表現するかもしれないが、シャイラの知るところではない。

無表情にシャイラの視線を受け止めた王は、やがて手を振り同席している者たちに退席を促す。

「陛下、しかしながら……。」

場の雰囲気に気後れしつつ、声をかけた側近の懸念はもっともでもある。

2人の謁見に同席したことのある者なら尚更だろう。

両者がさらに険悪になれば、城と神殿の関係にも悪影響だ。

とはいえ、顔も動かさず再度出て行けと王に手で払われて、側近の男はそそくさと部屋を出て行った。賢明だ。

2人きりになったところで、ジオが軽く首を傾けた。

で?と言いたいらしい。

「落ち着かない空気ね。たくさんの問題が山積みという感じで。」

「さぞ居心地が悪いだろうな。」

「リビス祭どころでないのではなくて?」

「収穫祭は、重要な行事だ。」

「そうね。それに……リビスの主役は民だものね。」

開催されるイベントの企画や準備は、すべて市民が主導だ。

今年の恵みに感謝を捧げる祭りで、神殿は民の祈りに寄り添う役目を負う。

城は、さらにその補助をするという立ち位置にある。

様々なイベントの警備や管理で城内の人手を城下に割くことにはなるが、『王家』が直接関わるのは神殿が行う式典の一部だけだ。

「騒がしさは、収穫祭の妨げになるか?」

「いいえ。少なくとも、神殿側にとっては。」

皮肉交じりに応える。

「なら問題はないな。」

返って来た言葉に、シャイラは鼻白む。

城に入ってすぐに精霊が騒がしいことに気がついた。

収穫祭が近づいて全体的にざわざわとした空気になりがちだが、城内のそれは質が違っている。

祭の高揚感で覆われた中に、仄暗いモノが混じっているとでもいえばいいのか。

ジオの指摘通り、シャイラにとって居心地のいい空間ではない。

「えぇ、えぇ。陛下のことですもの、万事抜かりなく成してしまうのでしょうね。」

追究しなくても、原因は王都にいない“ディア様”なのだと見当が付く。

一分の可愛げもない王の返答に、シャイラは両手を組んだ。

しゃらりと、音が響く。

(こちら側から話をふったというのに。)

神殿や巫女姫の力を借りる気は一切ない、ということなのだろう。

「収穫祭の前に、外出すると聞いたが。」

話題の転換に、シャイラは目の前の男を見つめる。

睨んではいない。多分。

「城下の神殿に参ります。街の様子も見たいので。」

「許可の条件は、詳細な行程表の提出とその遵守だ。」

「硬いわね。」

肩をすくめたくなる条件だが、シャイラはそうすると頷いた。

「くれぐれも無理をしないように願う。」

ジオの言葉に、ふと口を閉ざす。

返事は、と言うように剣呑な視線を向けられるが、意に介さず相手を見つめ返す。


「貴方こそ。」


告げたのは一言。

本当はいろいろ言いたいことはあるが、聞き流されるのは目に見えている。

寄せられた眉根に、相手の機嫌を損ねたことを知る。

ゆるりと立ち上がり、シャイラは唇に弧を引く。

「では、これで失礼しますわ。ジオラルド国王陛下。」

胸に手を置き、綺麗なお辞儀をする。

動きに合わせてしゃらりと音が鳴った。



部屋を出たシャイラは、青空を見上げる。

目には映らない魔法壁。

意識を集中させ、その存在を探る。

城・街を守る結界のさらに外側のそれへ。

綻びのない壁を認めて、シャイラは顔を戻す。

(ジオラルド、国王陛下。)

歪みかけた表情を動かさずにいられたのは、巫女姫としての振る舞いの訓練の賜物だ。

廊下で待っていた巫女と護衛の神官たちが側に立つ。

「……。」

長いスカートの裾を翻し、シャイラは振り向かずに歩き出す。

「外出の許可を頂いたわ。準備を。」

「かしこまりましてございます。」







部屋へと戻ったジオは、歩みを進めて窓に手を掛ける。

使いの鳥が1羽、姿を現す

届いた知らせは“女神”の行方。

(砦を発ったか。軍の行き先はアーフェだが、おそらく途中で王都へ送り届けられることになるのだろうな。)

その移動の日数を予想し、息を吐く。

「失礼いたします。」

声がして振り向けば、クルスが頭を下げていた。

「入れ。」

指で弾き鳥を光に変えてから、ジオはクルスを近くに呼ぶ。

「“女神”の不在を明かすのは、リビス祭の最終日。翌日、隊長らをホワイトローズから引き揚げさせろ。」

リビス祭は民が主導の催しだ。

“黒の女神”に何があったとしても、リビス祭が無事に終わってさえいれば下手な騒ぎにはならない。

「御意。」

答えてから、少し迷った様子でクルスが口を開く。

「いなくなったのは、いつだったということにしておきますか。」

「初日の式典と同時刻に姿を消したということに。それで都合が悪いようなら、収穫祭の前日にはいなかったということにしてもいい。」

都合が悪いとは、万が一、収穫祭で何かトラブルが起こってしまった場合だ。

「“黒の女神”の災い、という話にならなければいい。」

どちらにせよ積極的に公表するということではなく、バレた場合に不在を隠さないというだけだ。

「わかりました。」

眼鏡を押し上げるクルスを眺めて、ジオは一度口を閉ざす。

「ジオラルド様?」

怪訝そうな表情を向けた相手に、ジオは浮かびかけた表情を消した。

「“転移”の魔法陣を1つ、いつでも使えるように準備しておいてくれ。」

「はい。行き先はどちらに設定を?」



――貴方こそ。



不意に聞いたばかりの言葉が蘇り、ジオは自分を嘲笑しそうになった。

(ふざけるな。)

ぎりっと強く拳を握る。

厭わしい場所だとしても、そこでなければならない。


「ルディアス領“ダイレナン”だ。」


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