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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
117/179

Ⅳ.豊穣の歌 26

26.



フィルゼノン、首都メルフィス。

王城の地下広間に描かれた巨大な魔法陣が光を散らした。


「国王陛下、ご帰還!」


出迎えに並んだ兵士の1人。王室旗を掲げた男が声を上げた。

“緋の塔”と繋がる転移の魔法陣を作動させた“ランスロット”の騎士たちも頭を下げた。

陣の中央に国王。

その周りに近衛騎士隊“メビウスロザード”の隊長を初めとして、視察に同行していた近衛兵が付き従っていた。

術の発動で生じた風が収まるのを待って、宰相・ジェイク=ギルバートは居並ぶ騎士たちの間を王の前まで進み出た。

視察は予定通りの日程で無事に終えられた。

この後、何度かに分けて視察に出た者たちが“緋の塔”から城へと戻ってくる。

後から帰って来る者たちを待つ理由もない国王は、陣を出ると地下広間の出口を目指す。

近衛騎士たちも、彼の後に続いた。

「謁見の申し入れが何件か来ていますので、午後から大広間にて。」

「優先度の高いものから入れろ。」

歩みを止めることなく宰相に応じて、ジオは少し声を落とす。

「アルフレッド=ターナーは着いたか。」

「はい。グリサール伯爵も午後の謁見においでです。」

返事に頷いて、ジオは階段に足をかけた。

「城内のことは。」

心得ているとばかりに、宰相・ジェイクは軽く頭を下げた。

「“事情”は伝わっております。」





帰還する面々の中に、女神の姿はない。

けれど騎士たちはそれを淡々と受け入れている。

「なぁ、ディア様はどうされたんだ?」

中にはそう疑問を持つ兵士もいるが、その者へは周りの者が事情を教えることになる。


「ディア様は視察の終わりに体調を崩された。すぐに城には戻らず“ホワイトローズ”へ向かい、静養されることになった」と。









落ち着かない気持ちを抱えて、ティリアは時計に目を向ける。

さっき見た時から5分も進んでいない。

クルスの執務室。

その控えの間でティリアは、兄が戻って来るのを待っていた。

視察に出ていた一行が帰城するからと、屋敷からやって来たものの会おうとしていた人物の姿はなかった。

事情を聞こうと関係者を探せば、戻って早々彼らは何かの話し合いで会議室へ入ってしまっていた。

さすがにその部屋の前で待つわけにもいかず、こうして一番近しい者のところでやきもきした時間を過ごしている。

立ったり座ったりを繰り返して、何度目かに立ち上がった時、部屋の扉が開いた。

「やぁ、ティリア。」

驚いた顔も見せず手を上げたクルスは、取り次ぎの兵士からティリアがいることを聞いていたらしい。

「お兄様! セリナが倒れて、ホワイトローズにって……!」

本当なのかと問おうとして、後ろにいた騎士たちに気づく。

さっき探していた人物でもあるリュート=エリティスと、もう1人。

魔法騎士の姿があった。

「ティリア、すまないがこれからエリティス隊長と大事な話があるんだ。」

クルスの声にはっとして、ティリアは通り過ぎて執務室へ向かう彼を追いかける。

「お兄様、待……ッ!」

「時間がなくてね。悪いけれど事情については『彼』から聞いてくれるかい?」

示された手につられて、そちらへ顔を向けると、頭を下げている騎士・アシュリオ=ベルウォールがいた。

(ずるい!)

浮かんだ批判に、兄を振り仰ぐ。

が。事情を知らないリュートを前にそれを口に出すことはできなくて、ティリアは閉口する。

その一瞬の沈黙が肯定になり、クルスは満足げな表情で執務室の扉を開けた。

リュートを呼び入れ、扉に手をかけたまま、クルスは騎士へ声をかけた。

「アシュレー、さっき言った通り説明を頼む。」

「はい。」

神妙な顔で頷く青銅色の髪を持つ魔法騎士に、ティリアは唇を引き結んだ。

予想外の展開に動揺していると、クルスと目が合った。

「ティリアは、ラシャクのことを彼に説明しておいてくれ。」

その言葉に、息をのむ。

意図を読み取ろうと眼鏡の奥の瞳を見つめるが、間をあけずに言葉で返された。

「リビス祭もあるし、もし急に屋敷へ来られたら……困ったことになるだろう?」

誰が、とは言われなくてもわかる。

今は領地のマナーハウスにいる両親のことだ。

王都へ来るという予定は聞いていないが、可能性がないわけではない。

「彼を早く城へ連れ帰るべきだが、ティリアだけでは運べないし、迎えに行く者が必要だ。」

「それを、アシュレーに?」

問いに明確な返答はなかったが、クルスは頼むと一言だけ残して扉を閉めた。

それがティリアとアシュレーのどちらに向けた言葉かは、わからなかったけれど。


「ティリア姫、失礼ながら今のはどういうことでしょうか。」


兄妹の会話に顔色を変えなかったリュートと違い、アシュレーの方は事情をまだ知らないらしい。

さっきまで視察に行っていたのだから当然と言えば当然だ。

控えの間に2人残され、ティリアはアシュレーに向き直る。

「アシュレー、そのばかげた口調はやめて。」

しかし、と言いかけた相手の動きを制して、ティリアは背を伸ばす。

(お兄様のばか、アシュレーを連れて来るなら来るって一言言ってくれればいいのに……っ。)

「必要ないと、何度も言っているはずよ。」

アシュレーが視線を彷徨わせ、ややあってから困ったように眉を下げた。

「わかったよ、ティリア。さっきの話だと、ロンハール卿は、もしかして今アーカヴィの屋敷に?」

口調を変えたのは、そうしなければ話が進まないと理解したからだろう。

気持ちが重くなるのを感じながら、ティリアは大事な事態について頭を切りかえることに努める。

「お兄様が連れて帰って来たの……って、待って。先にセリナのことを聞かせてちょうだい。」

ラシャクのことも重要だが、まずはそちらからだ。

「ラシャク様のことを説明、ってお兄様は言っていたけれど、わたくしも正直どういう事情なのかよく知らないの。けれど、それもきっと、そちらのことと関係しているのね。だから、視察で、セリナに何があったのか。静養するにしても、どうしてホワイトローズなのか。聞かせて。」

「……。」

「お見舞いだって、王領では許可をもらわなければ近づけもしない。」

「ティリア。」

椅子へ座るよう促されて、目を瞬く。

どうやら簡単な話ではないらしい、と気づいてティリアはぎくりと身体を固くした。

「ねぇ、セリナは無事なのよね? ちょっとした過労なんでしょう?」

不安げな表情のティリアに、アシュレーは静かに口を開いた。

「実は……。」









自室へ戻ったジオは襟元を緩めた。

世話のために入って来た侍女を追い返し、ソファに沈む。

午後の謁見開始までは、まだ少し時間があった。

見慣れない1冊の本が机の上にある。

表紙を見なくても、それが視察の途中でクルスに依頼しておいた物だと知れる。

(『ファトレ』、予言の書か。)

ソファの背に両腕を広げて、天井を仰ぐ。

賢者から受け取った『ラ・サウラ』はまだ荷物の中だが、内容には目を通し切っていた。

「ノア=エンヴィリオ。」

ぽつりと呟いて、ジオは右手で顔を覆った。

そのまま髪を掻き上げて、しばらく天井を眺める。

カタン、と窓が揺れて、ジオはそちらを振り向いた。

変わりのない景色が見えるだけで、どうやら風の仕業らしいと判じる。

「……。」

直後、脱力するように両手で頭を抱えて俯く。

何を期待したか、わかっている。

そんな自分に驚き呆れただけだ。

(アジャートにいることはわかっている。)

ただ安否は知れない。まだ、その知らせは届いていない。

ぐっと握った拳に力がこもる。

「まだだ。」

現状に後悔の意を認めるのは、まだ早い。

目を固く閉じ、頭を切り替える。

(アジャート王、ウルリヒーダ=ハイネスブルグ。その手に女神を置いてどう扱う?)

あの国の王が“黒の女神”を手に入れたがっていることはわかっていた。

配下の者を送り込んで来るだろうことも。

(傷つけることはない。次に取るだろう行動。狙い。)

ゆっくりとジオは瞳を開く。

(どこまで読み切れるか。)

やらなければならないことがあり、それは待ってはくれない。

「自分がすべきことは、わかっている。」


けれど。


―――『こうなっても尚、あの時の判断を悔やみはしない』


ジオに、そう告げた相手は亡き先王、彼の父親だ。

(そう告げた判断を、否定したくない。できるはずがない。)

もう一度、窓に目を向ける。


(だから今度こそ。)



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