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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
116/179

Ⅲ.理想的な地図 25

25.



夜明け前。

まだ暗い中を、銀の盾の一行は起きだした。


休めたのかどうかわからないながらも、セリナは周囲の気配に目を覚ます。

外套を羽織り直して天幕の外へ出ると、イザークが待っていた。

「女神様は、エドワード様と一緒に移動を。」

「……そう。」

「出発の準備が整うまで、もう少し時間がありますからお待ちください。」

「わかった。」

寝起きで少しぼぅっとした頭のまま、セリナはイザークの言葉に従う。

「エドは?」

「エドワード様は、向こうでアルノーさんと通る街道の最終確認をしています。」

ふぅん、と頷いている間にも、周りの天幕が手際よく片付けられていく。

張られていた幕は3つ。ここにいるのは、全部で12名ほどだった。

セリナはイザークに目を止めて、浮かんだ疑問を口にした。

「どうして呼び方を変えるの?」

「え?」

「イザーク、エドの呼び方が時々変わるから。」

「エドワード…エド様からも、『エド』と呼ぶように言われているのですが、クセが抜けなくて。それに畏れ多くもあって、つい。」

「クセ?」

「神殿にいる時は、エドワード様とお呼びしていたので。」

「あぁ……盾の時はエド、と。」

身分のこともあるし、偽名とは言わないまでも呼称を変えているのだろう。

「オルフの神殿でも、エドに仕えていたの?」

神官ではなく下働きだと言っていたことを思い出して問う。

セリナの問いに、イザークは静かに頷いた。

「僕は。エドワード様に拾っていただいたのです。住む場所と仕事を斡旋してくれただけでなく、なにかと目をかけていただいて、専任の下僕にまでしていただきました。」

「拾って…って。」

「戦争によって焼かれた村で、すべてを失ったところを。」

「ごめんなさい。無神経なことを聞いた。」

「いえ、お気になさらず。」

静かに応じるイザークに、セリナは唇をかんだ。

深く考えずに投げた言葉を後悔する。

「あの……女神様。」

呟くような声に、え?と見やれば、気まずそうに少年は視線を落とした。

妙な沈黙が間を作った後で、イザークは首を振った。

「いえ、なんでもありません。失礼しました。」

「?」

何か言いたいことがあるなら、と促そうとセリナが口を開いたところで、別の者の声が響いた。

「イザーク。」

イザークとセリナは同時に声の方へと顔を向け、そこに立つ男を認めた。

「アルノーさん。」

「イザーク、ちょっと頼まれてくれ。こっちのカゴ、お前の馬に乗せてくんないか?」

「あぁ、もちろん構いませんよ。」

アルノーが差し出したカゴを、イザークがあっさり受け取る。

「助かる。」

「カゴ? 何?」

目の前のやり取りに、セリナは思わず首を傾げる。

「中をご覧になりますか?」

イザークの抱えたカゴにかかった布を、アルノーがぴらりと開く。

「あ、昨日の。」

中にいたのは梟だった。

種類まではセリナにわからないが、足元についている羽飾りには見覚えがあった。

「伝書鳩みたいに、フクロウも使いに飛ばせるなんて知らなかった。」

「賢いですからね。コイツの場合、『示石』の訓練もしてるので重宝してますよ。」

「シセキ?」

「魔力を宿した石です。行き来させたい相手同士で持つんですよ。」

こんなやつです、とアルノーが首元から革ひもを引き出し、赤い石の欠片を見せた。

「1つの石を割って、お互いに持つ。で、使いのコイツにも持たせる。引きあう力が作用して、それを辿って相手のところまで飛ぶって寸法です。」

伝書鳩は、帰巣本能を利用したものだから、希望の場所へ飛んで行ってくれるものではない。

その点アルノーのいう方法なら、双方向のやり取りが可能だ。

「その相手ってエド?」

「えぇ。示石が近くにそろっているので、コイツも安心してるみたいですね。」

(そっか。じゃあ、これまでもこのフクロウで連絡を取り合っていたかもしれないんだ。)

話している間も目を閉じたままの梟はぴくりとも動かない。

少し屈んでいたセリナが身を起こしたのを合図に、アルノーが布をかけ直した。

「訓練次第で、昨日イザークに飛ばしたみたいに、持っていない相手に向けても使うこともできます。」

「フクロウ以外でもできる?」

「はい。向き不向きがあるので、なんでもとはいきませんが。まぁ、鳩はよく見ますねぇ。あとは鷹とか。」

(そういえば、マルスって兵士も砦から鷹を飛ばしていた。王に連絡するんだって。)

「おっと、そろそろ出発です。」

その声にセリナが周囲に視線を戻す。

さっきより少し明るくなった景色の中で、エドの姿を見つけた。



「何を話していたの?」

エドの馬に引き上げてもらいながら問われて、素直に答える。

「フクロウを見せてもらっていたの。」

賢いのね、と感想を述べれば、エドが微笑んだ。

「そうだね、便利な鳥だよ。」

セリナが前に乗る男を見上げたところで、出発の掛け声がかかって馬が動き出した。


「フィルゼノンはどんな国?」


エドから不意に尋ねられた。

「どんな?」

「魔法が盛んだと。」

「そうね。自然と日常に溶け込んで存在している、という感じ。ひどく特別なもの、という印象ではなかった。」

「理を重んじると聞いたことがある。」

「えぇ、摂理を曲げることはできないと。」

「知っている? 遥か昔、それこそ五王時代にはフィルゼノンの王宮は、空に浮いていたという。」

「空に?!」

「アーク・ザラ上には、浮島がいくつもあった。もちろん、アジャートにもね。フィルゼノンはその内の1つに城を築いた。時代を経て、浮島は高度を下げ、今はこの世界の内には1つもないと言われている。」

「島が…浮く……。」

おとぎ話のような話だ。

「そういえば、昨日の神話でもこの世界は浮島だって。」

「そうだよ、世界樹の周りを巡るいくつもの世界……浮島の1つ。」

あっさり頷かれ、セリナは目を丸くする。

(大樹の周りを浮いた島がいくつも巡る……。アーク・ザラとか精霊界とか?)

イメージして、スケールの大きさに眩暈がする。

(ここの世界は丸くないの?)

相変わらず、この世界の常識はセリナの常識に添わない。


「フィルゼノン王も理を重んじる人かい?」


問われて、エドが何を言いたかったのかを悟る。

「道理を知らない人ではないわ。」

「両国には深い溝がある。和平の話に耳を貸すと思う?」

思う、という言葉を、セリナは一度飲み込んだ。

それは単なるセリナの意見だ。

「私には、彼がどう判断を下すのかはわからない。その判断を左右できる力もない。」

「そう……。」

「けれど、戦争を起こしたいなんて思っていないはずよ。平和を望んでいるもの。」

「それは信頼から来る言葉?」

訊かれたが、その答えはセリナにもわからない。

そう思う気持ちに、確かな根拠はないのだ。

「……おかしいかな。ルーイは、見捨てられたのに不自然だって。」

かつての言葉を辿り、知らず俯く。

やや考え込むような間があいてから、エドが静かに応じる。

「不自然とは言えないよ。きっと、そう感じるだけの時間を過ごしたんだろうと思うから。」

「……。」

「見捨てたとか……裏切ったとか、僕には言えない。親切とか優しさとか、たとえ裏に事情があろうと、感じた君の心に届くものがあったのならそれは真実だ。」

馬の背で揺られながらも、エドの声は途切れず聞こえた。

「信じる気持ちを否定などできないよ。」

セリナは目を伏せ、それから顔を上げた。

「手を取り合えるような未来が、現実のものになればいいのに。」

前に座るエドが、笑った気配がした。

「そう在れるよう行動するんだ。」

「……そうね。」


「やっぱり、君は特別な存在だな。君は、ただ君であるだけで素晴らしい。」

エドの独り言のような台詞が、セリナの耳を掠めていった。

男を見上げて、けれどそれ以上反応を返すこともなく、セリナは掴んでいた男の外套を握り直した。


「イズリアの帰る時間だ。日が昇る。」

誰かの声が聞こえ、広がる景色に目を向けた。

さわり、と少し冷たい風が吹いて、木々の向こうに煌めくのは海。

崖になった舗装されていない山道の横に、広がる大海。

「イズリア……。」

「深海の魔女の名前だよ。夜明けを表現する、使い古された言葉だけど初めて聞いた?」

その名前を耳にするのは初めてではない気がするが、セリナは頷いた。

(どこかで。)

耳に聞いたのは不思議な響きだったと浮かんで、思い出す。

(そうだ、ポセイライナで精霊が口にしていた。)

「夜の間、魔女は深海から姿を現す。そして、日の出とともに海の底へ帰る。彼女も神々の仲間だ。」

そうエドが言っている間にも、右手側から陽光が差し込んでくる。

水面がきらきらと光る。

届く光がみるみるうちに海の色を変えていく。

それはまるで魔法のように。

黒い海が、青に。



世界はセリナの足元から、果てしなく広がっている。

迷いや疑いで崩れかけていた足元にも、地面は確かに広がっていて。


―――心に届くものがあったのならそれは真実だ。


ぎゅぅっと外套の上から胸元を握り込み、セリナは世界を見つめた。

景色に心が震え、セリナは再び思い出す。


(この世界は美しい。)


Ⅳ.豊穣の歌 へ続く

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