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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
114/179

Ⅲ.理想的な地図 23

23.



ハーデンの北西。

内陸の山の端を移動していた一行は落日を受けて、海岸線に近い崖の上で足を止めていた。

ここの峠を越えれば、王都ヴァルエンもすぐそこに迫る。

「エド様。先遣隊より伝令!」

掛けた声に振り向いたエドに、アルノーは届いたばかりの手紙を渡す。

「行方が知れたようだ。夜明けを待って、このまま先を急ぐ。」

「了解しました。」

そう答えた言葉が終わる前に、仲間から声が上がった。

「後方より単騎接近中!」

一瞬だけぴんと空気が張り詰める。

「エリノラか?」

望遠鏡で偵察をしていた男に問えば、彼が眉を寄せた。

「いいえ、2人組で……あぁ! イザークです、イザーク!」

飛び出た名前にアルノーは思わず、エドを振り返る。

その視線を受けてエドは小さく首を倒すと、じゃあと呟いた。

「アルノー、彼らが合流できるよう使いを。」







ハーデンからエリノラの指示通りに彼らは馬を走らせていた。

陽が落ちて辺りが暗くなっても、山道を進むイザークは速度を落とさない。

(……マズイかも。)

イザークの後ろに乗ったセリナは、ぎゅっと目を閉じた。

道が悪い。舗装もされていないし、くねくねしているので頻繁に方向転換する。

早く合流しようとしているのはわかるが、休憩も挟まない行程に、セリナは乗り物酔いのような症状に陥っていた。

(声を…かけようか…。)

始終無言の操縦者の背中に掴まって、セリナは迷いながら息を吸う。

「……ぶ!!」

身を逸らしたところで急に馬を止められ、頭突きに近い形で前の背中にぶつかった。

結構な衝撃だったが、イザークはまるで気にも留めていないようで、上空を見つめていた。

「“盾”の仲間が近いようです。」

独り言のようなそれを聞き取って、セリナはイザークの視線の先に目を凝らす。

「フクロウ?」

バサバサと円を描くように空を飛び、近くの木に下りる。

「アルノーさんからの使いです。」

どうやら野生ではなさそうだとセリナも感じたのは、ほーほーと鳴いているその梟の足に羽飾りがついていたからだ。

ばさっと羽を広げて飛び立った鳥の後を追って、イザークは再び馬を走らせた。

(うぅー…もう少しの我慢。)





それからすぐに、セリナとイザークは“銀の盾”と合流を果たしていた。

先導するように飛んでいたさっきの梟は、今はアルノーの腕に止まっている。

イザークが事情を話し終えた後で、エドがセリナの前に立つ。

「まさか戻って来るとは思わなかったよ。」

驚いたな、という割には落ち着いた様子で、小さく笑った。

「あ、あの……あのまま船に乗っても、ダメだと思ったの。それに、あなたは、戦を止めるって言ってから。」

「うん。」

「私もこの国とフィルゼノンの戦は、なんとしても阻止したい。そのために、私にできることがあるとしたら、海に逃げてはいけないと思って。」

いざ思いを伝えようと口に出せば、まとまりのない言葉になってしまった。

「エドたちの迷惑にならないようにはと思っているのだけど、ここで私にもできることがあるんじゃないかと……。」

切れ切れの説明の途中で、エドは急にセリナの前に膝を折った。

「迷惑になるはずがない。むしろ、ここを選んでくれたことに感謝する。」

言って、エドはセリナの右手を取る。

「貴女が。我々に協力してくれるというのなら、この上ない喜びだ。不遜ながら、請うてもいいだろうか。」

「エド?」

「ぜひ、我々と共に来て欲しい。」


「は、はい。」


答えたセリナは、息をのんで周囲を眺めた。

「エ、エド。」

「礼を尽くしているだけだよ。」

なんでもないことのように彼はそう告げる。

「……。」

周りにいた“盾”のメンバーが、揃って平伏したのだ。

困惑を隠しきれないセリナは、いい加減泣けてくる扱いに途方に暮れかけた。

「皆さん立ってください、お願いですから。」

「みな、女神の御心のままに。」

初めにエドが立ち上がり、そう声をかけるとようやく一同はのろのろと頭を上げ始めた。

「ハーデンからずいぶん急いだんだろう? イザークもご苦労だった。」

「いえ。」

「しばし休め、誰か食事を。」

「はい! すぐに!」

「あなたも顔色が良くないな。」

指摘されて、セリナはたじろぐ。

確かにまだ調子は悪いが、馬を下りたので回復するのは時間の問題だとわかっている。

「こちらへ。またすぐに移動することになるけど、今日はここで野営だから。」

素直に原因を口にすることもできず、言われたとおりに従う。

天幕を張った場所の前にたき火が燃えており、セリナはそこへ腰を下ろした。


「どうぞ。」


そう言いながら、セリナに食事の入った器を差し出したのはアルノーだった。

受け取って、セリナは横にいる彼の方を向いた。

「あの……1つお願いが。」

膝を折ったままで男は先を待つ。

「エリノラさんが合流したら、私にも教えてもらえますか。」

「エリノラ? えぇ、はい。わかりました。」

一瞬だけ不思議そうな声を出したが、アルノーはすぐに了承の意を示した。

囮のような役目を買って出た彼女の無事を確認したかったし、突然の変更に即座に応じてくれた礼も告げたかった。

「女神様が気にかけていると知ったら、感激のあまり倒れちまうかもしれませんね。」

冗談か本気かわからない調子でアルノーの声が聞こえた。

立ち上がったアルノーをセリナが振り仰いだ時、彼はほのかに笑っていた。

一礼して、やって来たエドと入れ替わるように彼は仲間の元へと戻って行ってしまう。

「隣に座っても?」

声をかけられ、セリナは慌てて視線をエドに向けると頷いた。

彼の手には銀色の取っ手付きコップが握られている。

「僕たち“銀の盾”のことを話す前に、いくつか確認しておきたいことがあるんだけど聞いてもいいかな?」

セリナはもう一度頷く。

「さっき戦を阻止するために戻って来たと言っていたけど、あれは“銀の盾”と行動を共にするという意味? それとも、君が思う『阻止』の方法が何かあるということなのかな?」

核心を探るような質問にセリナは、少し言葉を迷う。

持っていた器を地面に置いて、エドを見据えた。

「戦を止めたいと、そう言っていた言葉は嘘じゃないのよね?」

「あぁ。」

「正直に言うと、“銀の盾”の仲間になろう……という思いでここに来たわけではないわ。何か有効な手立てを持っているわけでもない。」

「……。」

「けれど目指すモノが同じエドなら、力を借りることができるんじゃないかと思って。」

「力を貸す? 僕が女神に?」

ふぅ、とセリナは一度息を吐いて、覚悟を決める。

「王都へ行こうと思うの。“ダンヘイト”に掴まって連行されるのではなく、こちらから乗り込もうかと。」

「それは……まさかと思うけど後宮に。」

「それはない。できるならその話も、どうにか消し去りたい。」

少々口調がきつくなってしまったことに気づいて、セリナは咳払いする。

「乗り込むとは言ったけれど、あいにく道がわからないから……王都まで連れて行ってもらえないかと。都合のいいお願いだとはわかっているけど。」

「いや、この峠を越えれば、王都は近いし、そこへ送り届けることくらいはなんの支障もないけれど。乗り込んだ先のことは、どう考えているの?」

「……具体的には何も。」

「有効な手立てはないって言ったから、そうかなとは思ったけど。非常に無謀な話だね。」

「でも行けば、王様が何を考えているのかを聞くことができるでしょう?」

“女神”がどのくらい影響力を持つのかはわからない。

(事態を止めることは無理かもしれない。でも、少しくらい引き延ばしたり停滞させたりすることなら……名前を利用すれば、私にもできるかもしれない。それに城に入り込むことができれば、あの武器に近づくことが……。)

「王の考えを理解したいと?」

問いかけに、考えていたことを中断して顔を上げる。

「理解、というか。私、なぜ連れて来られたのか、確かな理由もまだ知らないから。」

「で、“ダンヘイト”ではなく、“銀の盾”を選んだ。」

「ダンヘイトに助けを請うことは、ないと思う。」

カップに口を付けて、エドは少し考える素振りを見せた。

「フィルゼノンへ戻るという意思は?」

「それは今でも変わらないわ。」

「…………そう。」

揺れるたき火を眺めて、エドはしばらく黙り込んだ。

すっと背筋を伸ばすと、セリナへと視線を向ける。

「でも今は戦争回避のために、アジャートに残る道を選んだわけだね。」

ややあってから頷いたセリナに、エドは微笑んだ。

「“女神様”のために、出来得る限り我々は力をお貸しします。」

ほっとしたセリナの耳に、離れた場所で集まっている盾のメンバーの笑い声が聞こえた。

エドの耳にも届いたらしく、向こうの騒ぎが収まるのを待って彼は先を告げた。

「それで、貴女の目的を成すためにも1つ提案が。」

「?」

「戦を止めるためでもあるけど、“銀の盾”にも“女神”の力をお貸しいただきたい。」

「“女神”の力を……? けど私には何も。」

言いかけたセリナに、エドは首を振る。

「“盾”にいる、とそれを示すだけで十分な効果がある。」

「それが、戦を止める助けになるの?」

「なる。大いなる力だ。」

エドは持っていたカップを地面に置く。

「まずは今の“盾”の状況についてから説明しようか。そして僕自身のことについても、話をしておこう。」

それから、とエドはセリナを見つめた。

「“黒の女神”についても。」

「?」

「きっとすべてを聞けば、僕の言葉の意味もわかるはずだから。」


ぱちぱちと音を立てて燃える炎を並んで見つめながら、エドは語り始めた。


「僕らは今北に向かっている。実は、街道を見張っていた者から、ハーデンにいた“ダンヘイト”の兵士が1名北へ向かったという報告がアジトに届いたんだ。王に呼び戻されたと考えている。」

「“ダンヘイト”が、ハーデンを離れたの?」

セリナがハーデンに潜伏していたことはバレていたはずだ。

連れ戻そうと女神を追って来たなら、離れるのはおかしい。

「初めは罠かとも思ったんだ。わざと隙を見せて、どこかで待ち構えているつもりだと。ところが、どうもそうではなかった。」

「?」

「数日前の出来事になるが。スーラ・レイで……イレの地で領主の交代があった。」

イザークも口にしていた話だ。

「カルダール山脈の裾野、北東辺りの地域をスーラ・レイという。古くはイレ族、いわゆる山の民が暮らしていた場所。鉱山を開き、さらに製鉄の優れた技術を手にしている。硬い地盤でも彼らの手にかかれば道を成す。オルフの地下通路を通ったはずだね。」

「えぇ。」

「あの技術はイレのものだ。そしてそこを治めていたのは、グラシーヴァという領主だったのだが、突然所領を取り上げられて、別の者がその座に就いた。」

「何かの政変?」

「王の采配だ。」

「前領主が何か不正でも?」

「いいや……いや、嫌疑はあるようだが。まぁ、詳しい説明は省略するけれど、グラシーヴァは穏健派と言われていた人物で、後任の者は王のお気に入りの強硬派。前領主はスーラ・レイから追い出された。ここで話が戻るけれど、ハーデンを離れた“ダンヘイト”の兵士。」

セリナに説明するのに、順を追って話している様子のエドだったが、口調はいつもより早口だ。

「失脚させた前領主を暗殺するために北へ向かったのだと見ている。」

「え!?」

「グラシーヴァは、僕にとっての恩人で、“銀の盾”にとっても大事な存在だ。このまま成り行きを黙って見ているわけにはいかない。それで急だが、僕たちはアジトを発ったんだ。」

「その人を助けに……?」

強行される王のやり方に、介入しようとするエドたちの姿勢は、セリナの時と同じだ。

「王都へ戻れば捕えられるのは明らかで……今は逃走中だ。狙われているのは本人もわかっているだろう。向かいそうな先には心当たりがある。“ダンヘイト”より先にあの方を見つけなくてはいけない。」

「……。」

「幸いなことに、仲間が既に行方を掴んだと報告があったばかりでね。明日、さらに北上して彼らと合流する予定だ。」

エドたちにとって大事な人物で、命を狙われているのを助けに行くというのは当然のことに思えた。

「イレの地を、こんなにも強引な手段で強硬派が押さえたということは、開戦までもう一刻の猶予もないということ。」

「イレって、そんなに重要な土地なの?」

じっとエドの薄紫の瞳がセリナを見つめる。

「軍事大国と名高いこの国の『武器庫』と呼ばれる場所だ。」

「!?」

「イレの地はその重要さから、ずいぶん厳正な管理がされていた。国土全域を賄えるほどの資源、発掘・製鉄・加工製造、その技術は簡単に真似できるようなものではないからね。グラシーヴァは、その製造物の流通にはかなり気を遣っていた。特に武器類は、国内外へ過剰供給されないように……そしてその技術が悪用されないように、イレ族と協調姿勢を崩さず上手く統治をしてきた人だ。」

「そんな人が降ろされた。」

セリナの呟きに頷いて、エドは炎に視線を戻した。

「イレに留められていた『武器』が、もう大量に流れ出ている。中央でも武力が強化され、戦の準備が進んでいる。いやむしろ、そのための交代だったんだろう。グラシーヴァの統治下では、望むようには手に入らなかったから。」

(武器! それがあの……!)

「暗殺を画策しているのも、イレの民の反発を抑えるためだと推測できる。グラシーヴァがいれば、イレは彼の復権を望むだろうからね。」

「そんな一方的に力で抑え込むような方法で。」

「それが王のやり方だよ。」

「……。」

口元を押さえて話を整理しようとするセリナに、エドは眉を下げる。

「今後我々はグラシーヴァ卿を保護し、さらに将軍閣下の庇護を請うつもりだ。」

「将軍?」

「北西の国境、アーフェの地を守る将軍。」

聞き覚えのある地名に、セリナは目を丸くする。

「忠誠心に厚い武人。王の信頼を得ていたが、ある時の諌言が怒りを買って北の地に飛ばされてしまった。だが、以後はアーフェの地でマルクスとの攻防を繰り返しつつ、全面戦争を水際で食い止めている優秀な将軍だよ。」

「その人は“銀の盾”に協力してくれるの?」

「さぁ、断られるかも。」

「え?!」

「けれどグラシーヴァの安全を保障できる場所は、そこしかないからね。行くしかない。」

(あぁ、そちらの庇護……。)

「それが成せれば、次に向かうのは王都ヴァルエン。開戦を急ぐ王の気をなんとか変えなくてはならない。」

「何か手段が?」

さっき問われたことを、今度はエドに尋ねる。

困ったように表情を崩した男は、指を組んだ。

「さっきの将軍のこともそうだけど。王は、臣下の諌言を聞き入れることをしない。一部の『お気に入り』の者を除いては。」

何それ、と浮かんだ感情を、セリナは言葉としては出さなかった。

口を挟める様子ではなかったからだ。

「このままではこの国は滅びてしまう。隣国を手に入れるために戦争を続けて、土地と民を疲弊させているのに……国内に目を向けようともしない。収穫も十分ではないのに、さらに戦で土地を焼く。この冬を越えられない民がどれほどいるのか、そんなことも考えていないのだろう。」

赤く揺れる炎が、エドの瞳も赤く映す。

「確かにこの国を強くし、支えて来たことは間違いないけれど。ひどく歪んでしまったようにも思う。ただ、歪ませてしまったのは我々にも責任がある。怒りを恐れて、告げることを止めた周囲にも。取り返しのつかなくなるほど国が衰退してしまう前に、争いの道を進み続けるこの国の針路を変えねばならない。」

強い光がその瞳に宿る。

「誰かが変えなければならない。」

やけに重たい言葉に、セリナは違和を抱く。

「エド……?」

ふ、とエドは息を吐き、セリナに視線を向けた。

「僕は一度逃げた、その重責から。」

「え?」

悲しげなエドの視線はすぐに逸らされた。

「僕の名は、エドワード=シュタット=ハイネスブルグというんだ。」

「ハイネス……って。」

ルーイからそれと同じ名を聞いた覚えがあった。

「そう、炎帝ウルリヒーダ……現アジャート国王。僕はその息子なんだよ。」

「っ!」

「争いばかりのあの場所が嫌いで、僕は城を出た。神官としてオルフの神殿に仕え、それで王族としての務めを果たしているつもりでいたけれど、ただの言い訳だね。王に意見できる者は、もう城にはいないのかもしれない。第一王子でありながら、城から出て行くべきじゃなかったと、今は後悔している。もっと早く行動していれば、ここまで国を荒廃させてしまう前にあるいは、と。」

突然の告白に、セリナは驚く。

だが同時に、感じていた彼の立ち振る舞いや雰囲気への印象があるべき形に落ち着くような気持ちもあった。

(非正規軍のリーダーで、神殿の神官で、この国の王子。)

「自分の責任を果たすべきなんだと思っている。」

決意を感じるエドに、セリナはためらいがちに声をかける。

「なぜ、そんな重要なことを私に?」

問いに、彼は少しだけ表情を緩めた。

「力を貸して欲しいと頼むのに、隠しておくことではないと思ったから。」

赤い炎と同じように周りの影がちらちらと揺れている。

「君は、良くも悪くも特別なんだ。“女神”というだけじゃなく、フィルゼノンのことも知っていて……きっと中立に立てる。」

中立、という言葉にセリナは目を瞬いた。

「フィルゼノンの王は、戦を望んでいないのだろう? こう言ってはなんだが、現実的に考えてこの国が今の兵力で侵略を進めても、統治などする能力はない。荒廃する土地を広げるだけだ。戦ではない方法でも、両国の長く続いた戦争を終わらせることができるのではないかと……そんな道を探りたいと思うんだ。君ならわかってくれるだろうか。戦いたくないと、思っているなら。」

窺うように向けられたエドからの視線に、セリナは目を伏せる。

「戦争は嫌だわ。休戦したまま終わりにすることができるなら。」

それはとても理想的な方法だ。

「できれば、フィルゼノンともマルクスとも和平条約を結んで他国の侵略に怯えることのない国を作りたい。民には武器ではなく、農具や道具を。収穫を、安寧を、家族を当たり前に笑い合うことのできる国を、取り戻したい。イレの持つ技術だって、侵略のための力ではなく、繁栄のための力になるはずなんだ。」

組んだエドの両手に、ぐっと力がこもる。

「国は疲弊したけど、まだ人の心までは死んでいない。」

「え?」

「まだ、やれる。僕は彼らを信じている。」

微笑んだ顔には自信が浮かんでいた。

「彼ら?」

「国民だよ。」


「あ……。」


セリナの脳裏に黄金に揺れるヴィラの地が蘇る。

(同じ。)

大地を信じる人々と人々を信じる王と。

心が震えたあの景色に、通じるものをエドに感じてセリナは胸が熱くなった。

ぎゅっと胸元を握りしめる。

「私……アジャートとフィルゼノンの戦いを終わらせたい。」

それができたら胸を張ってフィルゼノンへ帰ることができる。

この世界に来たのは、誰かに災いをもたらすためなんかじゃないのだと。

(賢者ノアの描いた国ではないこの場所からなら、あるいは予言なんて笑い飛ばしてしまえるかもしれない。)

「君の力を貸してくれるかい?」

その時。

純粋にアジャートのために何かしたいと思ったわけではない。

けれど、望むものが同じなら、と。

フィルゼノンを離れ導かれるように異国で出会った彼の言葉は、セリナにも響いた。

(災厄じゃなく、平和を運ぶことができたなら。)

フィルゼノンで出会った人たちに、報いることができる。

「私に、できることはある?」

「“女神”がいてくれることで、“盾”は強くあれる。それこそ、グラシーヴァを将軍に託す時にも、貴女が側にいるという事実は大きな意味があるんだ。」

「同行しているだけで?」

「共にあるということが重要だから。将軍もきっと力を貸してくれるはずだ。卿の身柄は、この先アジャートが平和を求めるなら必ず必要になる。」

セリナはこれまでの説明を思い返して、顔を上げた。

「エドの目指すものは、私の目指すものに通じている。アーフェに行くことでそれが果たせるのなら。」

「ありがとう。」

礼の言葉に、セリナは首を振る。

「なんだか不思議ね。」

ぽつりと、セリナの心がこぼれる。

「フィルゼノンとは“女神”への扱いが違うから……。」

自嘲気味なセリナの言葉に、得心したようにエドが応じる。

「“黒の女神”は 信仰する神の1人だ。決して厭われるような存在ではないよ。」

その話もしなくてはね。と前置きして、エドは思案するように視線を上に向けた。

「少し、創世の物語を聞いてくれるかな。」


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