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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
111/179

Ⅲ.理想的な地図 20

20.



夜明けを待ってベリラの村を発った3人は山道を進む。

野営の場所を、痕跡一つ残さず片付けたのはイザークだった。

それがダンヘイトの追跡を意識したものか、村人の目を意識したものか、セリナにはわからない。

街道を避けているせいか、足場の悪い道無き道を走る。

(あとどのくらい走るのかな。)

エドの言っていたように、追っ手がオルフに留まっていればいいけど、と思いながら、セリナは外套のフードを押さえる。

ちょうどその時。

連なる木々が陽光を遮り、急に冷たい風を感じた。


「見つけた。」


その小さな声が耳に届いたのは、風のせいだったのだろうか。

え、と身を強張らせたセリナが周囲に目を向けるより早く、横の斜面から突進するように一頭の馬が飛び出して来た。

「?!」

慌てて手綱を引いたエドのおかげで衝突は免れたが、前方を走り抜けた馬はそのまま去ることなく、すぐに向きを修正した。

セリナの目に、馬の背にいる見覚えのある黒装束の人物が映る。

「“ダンヘイト”!」

呻くように正体を紡いだのは、イザークだ。


「どぉこへお出かけで?」


変に間延びした問いかけに、布で覆った顔の下半分は見えないのに笑っているのだとわかる。

見えている目は笑っていないのに。

「!!」

ぞわりと、セリナの肌を嫌なモノが這う。

思わず身を引いてしまい、後ろのエドにぶつかった。

「女神?」

驚きと心配を見せたエドに、セリナはしかし反応できない。

両手で口元を押さえて、叫びを飲み込んだ。

この声を、セリナは覚えている。

(この人だ……!)

まるで楽しむように剣を振るい、パトリックを蹴りつけた男。

馬に乗ったまま相手が剣を抜く。

「そこの女神サマとやら、返してもらうか。」

一拍遅れて、イザークが剣を抜いて対峙した。

ダンヘイトの兵士が向ける視線は、セリナを見据えている。

「……。」

向こうにいる人物に浮かんだのは怒り。

けれど、止めることのできない震えは、恐怖からくるものだった。

セリナと黒装束の男を交互に見た後で、エドは片手でセリナを包んだ。

「大丈夫だよ。」

柔らかいその声に、セリナはエドを振り仰ぐ。

「大丈夫。」

告げて、エドはセリナを突然馬から下ろす。

「!?」

「後ろの木に隠れていて。」

セリナに笑って見せてから、エドは剣を抜いて敵に向かい合う。

「この俺様とやり合おうってか?」

にやにやと笑っている様子だったが、言葉には不愉快さが滲んでいた。

「イザーク。」

「はっ。」

「もうそこまで来ているはずだ。」

「……はい。」

セリナには意味不明の会話を交わした2人は、剣を敵へと真っ直ぐに向け、そして馬を駆けて出た。

「ちょっとした暇つぶしにはなるか?」

なんだか気怠そうに評した兵士は、振り下ろされた剣を受け流すと、体勢を整えた。

「2人まとめて、かかってきな。」





木の陰に隠れながら、セリナは成り行きを見守る。

2対1の攻防だが、エドたちの方が押され気味だった。

(2人が弱いってわけじゃない……多分、向こうが強すぎる。)

苦しそうな表情のエドたちと対照的に、兵士は楽しんでいた。

笑いながら剣を振るう男に、まだ本気を出していないのだと気づき、セリナは嫌な汗をかく。

(こんなの相手になんて。)

いっそのことこの場から逃げ出したいのに、張り付いたように足が動かない。

目の前の戦いを、成す術もなく見つめる。

(嫌だ、もう二度とあんな光景は……!)

目を逸らしかけた時、風を切る音がした。


「!!」


急に兵士が馬の向きを変えて、奥へと距離を取った。

ほぼ同時に、その馬の足元に矢が刺さる。

「来たか。」

エドが呟き、向きを変えて敵から離れる。

イザークも距離を取れば、さらにダンヘイトに向いて矢が飛んだ。

「ちっ、ナメた真似しやがって。」

矢を剣で払い落として、舌打ちをする。

向こう側から、弓を構えた男が姿を見せた。

以前と同じ光景にセリナは身を固くする。

けれど今回、弓を引いたのは黒づくめの男ではなく、深緑色の外套を羽織った人物だった。

黒装束の兵士はくるりと周囲を眺めて、「あー」と気の抜けた声をもらした。

「ったく、もう少し遊びたかったのに。」

さらに飛んで来た矢を薙いで、後退する。

すぅ、と細めた目で、セリナを捉える。

さらに剣先を真っ直ぐに少女へと向け、告げた。

「逃げられると思うなよ。」

「っ!」

威力のある捨て台詞に、セリナは息をのむ。

さらに飛んで来た矢を避けて、兵士は馬の向きを変えると木々の向こうへ姿を消した。






しばらく警戒してその行方を睨んでいたが、ふうと息を吐いてエドは剣をしまう。

向こうに立っていた男は弓矢を収めると、フードを外しエドに近づく。

「お迎えが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。」

「いや、近くまで来ているのはわかっていた。アルノーのおかげで助かったよ。」

何度か耳にした名前が、エドの口から出る。

(アルノー…。来てるって言っていたのは、この人のことだったんだ。)

なぜわかったのかと疑問が浮かぶが、セリナの知らないところで知らせが届いていたとしても不思議ではない。

(元々合流する予定だった、とか?)

「さすがは“ダンヘイト”の兵士。向こうが単騎で助かったな。」

その言葉にアルノーが頷く。

「えぇ。仲間は近くにはいないようですし、単独行動は独断でしょう。」

「みんなは?」

馬上からエドが尋ねると、男は少し顔を上げた。

「無事です。先にハーデンへ向かいました。」

おずおずと木の陰から出たセリナに気づいて、エドが目の前まで馬を進める。

「彼はアルノー。“銀の盾”の仲間だ。」

紹介されて改めてそちらを見れば、男はその場で膝をついて頭を下げていた。

顔は伏せられ、体付きも外套に隠れているので、どんな人物なのかセリナにはほとんどわからない。

「さぁ、乗って。」

差し出されたエドの手に掴まろうとして、まだ手が震えていることに気づく。

驚いたように目を見張ったエドだったが、ひらりと馬を下りるとセリナの前に立った。

「さっきの“ダンヘイト”と何かあった?」

心配そうな表情で問うエドに、どう答えていいのかわからずセリナは目を伏せる。

同じダンヘイトの兵士でも、砦で対面した2人にはこうはならなかった。

「……。」

そっと、セリナの手を包むようにエドが手を伸ばした。

ぱっと顔を上げたセリナの目に、安心させるように笑みを浮かべたエドが映る。

「守るって言ったでしょ? 大丈夫だよ。」

「あ……。」

触れられた手からじわりと熱が伝わり、徐々に震えが収まる。

思わずじっとエドを見つめていると相手が首を傾げた。

「?」

いえ、とセリナは小さく首を横に振る。

「ありがとう。」

「ふふ、礼には及ばないけど。どういたしまして。」

手を離したエドは馬の手綱を引き、再度セリナに向き直った。

「さ、乗って。」




「アルノーさん。」

後方から声をかけられて振り向けば、さっきアルノーが乗り捨てたばかりの馬をイザークが連れてくるところだった。

「おお、すまんな。」

手綱を受け取ったアルノーは、イザークと並ぶ。

「あの御方が女神様、なんだろう?」

「はい。」

「まさか、こんな日が来るとは。」

感嘆を含んだアルノーの言葉に、イザークもまたその光景に目を向けた。

「アルノー、先を急ごう。」

「!」

エドに促されて、イザークとアルノーは慌ててそれぞれの馬に乗る。


こうして弄ぶかのような接触をやり過ごした一行は、さらに南を目指して駆けた。


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