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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
107/179

Ⅲ.理想的な地図 16

16.



彼らの目的地であるオルフは、大きな町だった。

建物もしっかりしているし、活気もあるようだ。

走り続けて、昼前に到着した町は、賑やかに人があふれている。

どこをどう走ったのか、町の一角にある家の前で下ろされたセリナは中へと通された。

恐々と扉をくぐったセリナだったが、中はいたって『普通』。

庶民的というか、生活感あふれる玄関の先に、ダイニングらしい空間があり、刺しゅうを施した壁飾りやドライフラワーなどが見える。

(なんというか、『一般家庭』って感じ。)

こちらの世界に来てから、長らく遠い存在だったその空間は、見たことのない家だというのに懐かしさを覚えた。

(あぁ、あの時の……仕立屋さんのお店も、そうだった。)

そんなことを思い出している間に、前に立つエドが、玄関横に置いてあるベルを手に取り鳴らした。

「アンナ、いるかい?」

奥から顔を覗かせたのは、中年の女性。

赤毛を後ろでまとめたエプロン姿の彼女は、深々と頭を下げる。

「馬は裏にどうぞ。」

そう一言告げただけで、彼女は理由も聞かずに客を迎え入れた。

(知り合い…なんだよね、多分。)

女性がいたことに少し安堵して、セリナは息を吐く。

「そんな場所に立っていないで、君も中へ。」

さぁ、と言われて、扉の前で突っ立っていたセリナは一歩前に出る。

すると、女性が訝しんだ表情を見せた。

男の陰になって、どうやらあまり見えていなかったらしい。

セリナはフードに手を伸ばしかけて、途中でそれを止めた。

向こうの女性が改めて顔を上げて、それからはっとしたように目を開いたからだ。

「まさか、こちらの御方は?!」

「そう。さらって来てしまった。」

「!!」

笑いを含んでさらりと応じるエドと反して、アンナはその場で平伏した。

「え!? 何? ちょ、や…やめてください!」

慌てて制止の声を上げ、セリナは一歩踏み出す。

どうなっているのか、思わず救いを求めるように金髪の男に視線を送る。

「アンナ、女神の言うとおりに。」

「た、立ってください。お願いですから……。」

そう声をかけるが、アンナは顔を上げない。

「アンナ。」

セリナを援護するように再びエドが声をかけ、ようやくアンナはゆっくりと顔を上げた。

「こ、これ以上は、お許しを。」

目を伏せたままそう告げたアンナを見て、エドは苦笑を浮かべる。

「失礼します。」

部屋に入って来たイザークは、玄関先で膝をついて頭を下げた。

「エド様、お急ぎを。正午まで、あと1時間です。」

「わかっている。」

短く答えた彼は、セリナに視線を止めると申し訳なさそうな顔をした。

「時間がなくて、すぐに行かないと。用事が終われば戻って来るから、その時、今後についての話をしよう。」

「え?」

ガチャガチャと剣のベルトを腰から外して、エドは手を差し出したイザークにそれを渡す。

「イザーク、ここを頼む。」

「はい。」

言うだけ言って、エドは慌てた様子で奥の扉から出て行った。

「あの……。」

イザークという男に向かって声をかければ、相手はさらに頭を下げた。

その態度のせいで、言葉に詰まり唇が空回る。

ちらりと視線を動かせば、結局アンナも平伏したままだ。

「……。」

その光景に思わず疲労感を覚えるが、セリナはできるだけ優しく聞こえるように、それでもできるだけ有無を言わせないような口調を意識して、声をかけた。


「2人とも、とにかく立ってもらえます?」






なんとか立ち上がってもらった後で、セリナはイザークと共に家の2階に通されていた。

こちらの部屋で、エドが戻るのを待つということのようだ。

未だに、セリナは外套を身につけフードを被ったままの格好でそこに居た。

「さっきの……、あの人はどこへ行ったの?」

ようやく先程聞こうとした疑問を口にする。

さすがに膝をつくことを諦めてくれたらしい兵士だったが、距離を保ったままの場所で目を伏せ神妙な様子で応じる。

「礼拝の時間ですので、神殿へ戻られました。」

質問への答えなのかどうかわからず、反応が遅れる。

(礼拝?)

神殿と聞こえたが、セリナの思いついたそれで合っているのだろうかと、戸惑ってしまう。

(どういうこと……? 彼が、熱心な信者なの? それでいて、こんなことを。)

混乱しているセリナを気の毒に思ったかどうかは定かでないが、イザークは伏せていた顔を少し上げると言葉を足した。

「女神様、目はよろしいですか?」

不意に聞かれて、なんだろうと思っていると、窓を指さされた。

「正午に。後ろの窓から見える、白い建物をご覧になって見てください。」

レースのカーテンが閉じられた窓を、セリナは振り向く。

カーテンを少し開いて、外を窺えば、言われた建物はすぐにわかった。

「白い建物……あの高台に建っている大きな塔?」

「オルフの中心地に建つリヴァ神殿です。」

「あそこへ行ったの?」

「はい。」

「祈りに?」

「はい。」

よく話が見えず、セリナはさらに問う。

「……で、いつ戻って来る?」

「確かな時間はわかりかねます。“祝福”を終えて、抜け出せるようなら1、2時間で戻られるでしょうが、それが難しければ夕方か、もしかするともっと遅い時間に。あちらの状況次第としか。」

「それまで、ここでじっと待っていろと?」

深々と頭を下げたイザークを見て、セリナは窓際に置かれていたソファに腰を下ろした。

「ここなら安全なの?」

「この町には追っ手がかかるでしょうから、安全とは言い切れません。けれど少なくとも、今すぐ“ダンヘイト”がこの家に踏み込んでくるようなことはないはずです。」

(やっぱり追いかけては来るのね。昨日の間に、先回りされてることも考えられる。)

追手などと聞けば自然と身構えてしまう。

セリナは、ソファに座ったまま窓の下に隠れるように身を低くして、外の様子を窺う。

人のいない通りから目を上げれば、視界に映る建物。

「そういえば、さっき“祝福”とかなんとか。」

そう口にしながらイザークを振り向けば、ゴーンと良く響く鐘の音が聞こえた。

「これ、正午の合図?」

さっき言われた言葉を思い出して、再びセリナはレースのカーテンを少し開く。

「よろしければ、こちらをお使いください。」

壁際に置かれたチェストの中から取り出した物を、イザークが差し出す。

「使い方はご存知でしょうか? 細くなっているこちら側に目を当て、覗き込めば、遠くにある物も良く見えるようになります。」

受け取って、セリナは目を丸くした。

「これ、望遠鏡。」

簡易な造りだが、まぎれもない品に驚く。

こういう物も同じように存在するらしい。

あの建物の中央辺り。そう言われて、促されるまま覗いてみれば、そこにさっきまでここにいた男の姿がある。

「え?!」

思わず、目を外して景色を見る。

町を見下ろすように建つ白い建物。

(神殿って。)

望遠鏡を持ち直し、再度照準を合わせる。

塀の上に並び手を振る人たちの中央辺りに、真っ白い装束に身を包んだエドの姿があった。

「信者ではなくて、神殿に籍を置く方なの?」

「はい。」

(何か、撒いてる?)

ひらひら落ちるそれは、花びらのように見えた。

「双子……ってわけじゃないのよね。」

「さっきまでここにおられた本人です。」

光景からの連想で、神官なの?と聞けば、そのようなものです。と答え。

(下っ端というふうには見えない。なぜ、そんな人があんなことを?)

「こんなこと、私に教えて大丈夫なの?」

「エドワード様は既に自ら名乗り、顔を見せています。隠すつもりはないはずです。」

セリナは、望遠鏡を返しながら質問する。

「あれは何を? 祝福って。」

「神殿の門の上から、花びらに見立てた聖札を撒いています。神の加護を、祝福を与えるために。月1回、あのように神殿から民へ……。」


「今回もたくさん集まっているぞ。」


野太い男の声が階下から響き、イザークの声が遮られた。

どしどしと階下で人の歩く音が響く。

「今回もパンとスープだ。変わり映えはない。」

どこか不満そうな声音に続いて、どうもね、とアンナの声が聞こえた。

「……。」

固まったセリナに、イザークは補足する。

「祝福というのは名目。実際はあの門の下で、施しがなされています。」

「ほどこし。」

繰り返してみたが、ピンとこない。

「正午を挟んで前後2時間程度。」

(慈善事業ってこと? 町の人みんなに配るんだったら、すごい。)

「あれに間に合うように、急いでいたのね。」

家に入って来たのは1人ではないようで、階下から話し声が続いていたが、それが急にぴたりとやむ。

思わず、セリナたちの会話も途切れてしまう。

やがて、声を落として階下の会話は再開されたようだったが、こちらの部屋の沈黙は続く。

「……。」

無言でイザークを見つめると、小さく頭を下げた。

「少し下の様子を……。」

「イザーク!」

彼が言い切るより前に、階下から声がかかった。アンナではない誰かだ。

反応して振り向いたイザークは、セリナに視線を戻す。

「どうぞ。」

「すぐに戻ります。」

席を外して構わないと示してやれば、彼は深々と頭を下げて、階段を下りて行った。


ぽすん、とソファに座り直して、1人になった部屋を見回す。

(ここも、彼らの……銀の盾の拠点の1つ?)

イザークの出て行った扉を見つめて、セリナは首を傾げる。

(ひとまずは安全だと思って、ここで匿うことにしたのよね。下にいるのもお仲間ってところかしら。)

首を回して、窓の外に目を向ける。

反乱分子とも呼ばれるという彼は、あんな『表の顔』を持っている。

(彼らの事情は知らないけれど。私は……。)

外套のフードを被ったままで、セリナは膝を抱える。

(今はここから下手に動くこともできない。)

重ねた両手にぎゅっと力を込めて、握りしめた。


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