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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
105/179

Ⅱ.変革する景色 14

14.



「もうすぐサラニナだ。おそらく“ダンヘイト”の方が先に着いてるだろうな。」

その声を聞きながら、セリナは辺りを眺める。

(なんというか、どこまでも寂しげな景色。)

砦の中も調度品など最低限で殺風景だったが、外に出てもあまり印象は変わらない。

季節のせいなのか立ち木も葉を落としているし、土地柄なのか大地も渇いている。

見える民家は心なしか傾いているし、鮮やかな色は目に入らない。

(フィルゼノンでは収穫の秋って様子だったんだけど、この辺りは穀物地帯じゃないのかな。それに軍事大国って、もっと力強いものかと。)

砦を出てからずっと代わり映えのしない風景だ。

どこかで見た気がすると記憶を探れば、ヴィラへ向かう途中で見たバッカスの土地だと気づく。

(あそこは未だ戦の傷跡が残っている、と言ってたけど。)

これが元々の姿なのか、それとも復興するだけの元気を欠いているのか判断できないが、閑散とした土地にセリナは胸を押さえた。

「どうした?」

頭上から問われて、思ったままを告げる。

「なんだか寂しい景色だと思って。人も見かけないし、土地も荒れてる。」

「……あちらの国では、収穫期か。」

「そうよ。」

「精霊の加護多き国。世界樹の息吹触れし都、ねぇ。」

「え?」

「どうしたって不公平だな。」

広がる大地を眺め、ルーイは呟く。

「神様というのは、この世界を滅ぼしたいらしい。」

「どういう……。」

「戯れ言だ。」

「ルーイ?」

口元に笑みを刻んだ相手は、それ以上口を開かなかった。

今出て来た神とは、黒の女神を指したニュアンスとは異なっていた。

「……。」

踏み込めず、セリナは視線を前に戻す。

マルクスの鎮圧に向かう一行。

侵略を繰り返すアジャートは北にあるマルクスとも敵対している。

周囲に敵ばかりを作り、戦の多い国の大地は疲弊する。

それは当然の因果かもしれない。

(だから、フィルゼノンの豊かさを求めるの?)

「あ。」

前を見たセリナの目に大きな石を積み上げて造った門が見えた。

「セリナにも見えたか。」

いくつか同じような門があるその様はストーンヘンジを思い起こさせる。

「さて、“ダンヘイト”と話をつけなければならないな。まぁ、まずは直接本人が拒否してやれ。」

「へ?」

別のことに意識を向けていたセリナは、話をふられて間の抜けた声を上げた。

「お前らとは一緒に行かない、とはっきり告げてやれ。どんな顔をするのか、それも見てみたい。」

「……。」

「本人の意向は重要だぞ。当然納得はしないだろうから、後はオレが話をつけてやる。」

ルーイは乗り気だが、本当に大丈夫なのだろうか、とセリナは躊躇う。

(ルーイに付いて行くのが正解なのかどうか。また、あんなことになったりしない、よね…?)

パトリックのことが脳裏によみがえり、セリナは表情を曇らせる。

「嫌なんだろう? それとも王のところへ乗り込むか? 望むなら、先日の協定を破棄してやるが?」

「いえ、気持ちに変わりはない。」

(2つを天秤にかけるなら、選ぶ方は決まっている。)

今最善と思える選択をするしかない、とセリナは腹を括る。

話だけで済むとは思えないが、ルーイは気にした様子もなく、軽い調子だ。

(どこまで本気なのか。)






馬を下りて待っていた相手に倣い、ルーイたちも下馬する。

マルスが一足先に自分の隊へ戻ると、“ダンヘイト”隊長のギゼルが労いの言葉をかけた。

ルーイに視線を戻すと軽く頭を下げた。

「ルードリッヒ様には多大なる協力をいただき感謝を申し上げる。」

その言葉に浅い笑みで応えて、ルーイはセリナのために道を開ける。

「どうぞ。セリナ様、こちらに。」

「さて、お迎えだ。セリナ。」

手振りで示すギゼルに便乗して促すルーイの瞳はいたずらする子供のそれだ。

「……。」

その場を動かず、微妙な距離を保ってセリナはダンヘイトと対峙する。

襲撃時を思い出し自然と心拍数が上がる。

見据える先には5人の男女。

女性が1人いることに驚くが、おかげで一呼吸置くことができ冷静さを掴む。

従う理由はない。と口を開きかけた時、異変は起こった。

「なんだ?」

「……。」

ほぼ同時にギゼルとルーイは同じ方向に目を向けた。

瞬時にルーイは表情を曇らせ、すっと左手を振ると短く声を上げた。

「備えろ。」

同じく異変に気づき既に剣に手をかけていたロベルトはその声に、部下へ指示を出す。

ダンヘイトも、直立する石の向こうを睨んで戦闘態勢に入っていた。

一気に緊迫した空気に包まれるまで、僅か数秒。

「な、何?」

事態が飲み込めないセリナが呟いた直後、大地が揺れ騎馬隊が周囲から現れる。

「!?」

いったいどこに潜んでいたのか、あっという間に包囲された。

「どうやら“ダンヘイト”とお話している暇はなさそうだ。」

ルーイの声に顔を上げると、真剣な顔で敵を見据える姿があった。

ぐいと乱暴に体を押され、ルーイはセリナの背後へ声をかけた。

「マシュー、ジーナのいる後方まで避難させろ。」

「イエッサー。」

「ぅわ!?」

マシューと呼ばれた男に抱えられ、セリナの足が宙に浮く。

「ルーイ!」

「敵襲ってやつだな。危険だから安全なところで待ってろ。」

剣を構えたルーイはにかっと快活に笑って見せると、さっと背を向けた。

ルーイの言葉が終わると同時にマシューはセリナを抱えたまま器用に人波をすり抜けて、その場を後にする。

すぐにルーイの姿は見えなくなってしまった。

(て、敵襲ってなんで!? 誰が!?)

剣のぶつかる音と馬のいななき、怒鳴りあうような喧騒は大地にも響く。

突然の戦闘開始に、まだセリナは事態がのみ込めない。

「ドクトル・ノーファー! 彼女を頼む。」

マシューの声に、少し先でジーナが顔を上げた。

「怪我を!?」

互いに木の陰で落ち合い、セリナはようやく地に足をつける。

地響きを感じて不安げに後ろを振り返る。

「いえ、大丈夫です。戦闘が鎮まるまでお願いします。」

頷いたジーナを確認してマシューは立ち上がると、もと来た道を引き返して行った。

呆然と男を見送っていると、前触れもなく石門の向こうで光の柱が空へ走った。

「!!」

声にならない悲鳴を上げたセリナにジーナはあぁ、と呟いた。

「あれがクラウス=ディケンズの魔法か。」

「クラウス。」

では、彼もあの中にいるということだ。

「いったい何が起こったの。」

ジーナは戦闘の激しい方向を見据えたまま、敵襲をかけて来た相手方を見極めようと目を凝らす。

「……非正規軍、とでも言えばいいのかな。」

「?」

「戦闘の輪が広がってる、もう少し遠くへ避難しておこうか。」

怪訝な顔をしたセリナに構わず、医者は移動を促す。

「どうやって今日のことを知ったのかわからないけど、完璧な待ち伏せだったね。ルーイ様の一軍と“ダンヘイト”を潰しちゃえっていう目論見かな。」

「……。」

「狙いは君かも、だけど。」

セリナに視線を向けて、ジーナがくすりと笑う。

「やだなぁ。私、現場の戦闘要員じゃないって言ってんだけどなー。」

緊張感のないのんびりした口調で言いながら、ジーナはセリナを背中へとかばうように押した。

顔を上げれば近づいてくる騎馬兵。

「!!」

さっき見たばかりの顔を認めて、セリナは青ざめた。

ジーナがその正体を口にする。

「“ダンヘイト”ラルフ=シュバイザー。」

「ドクトル、女神をこちらへ。」

「戦線離脱? あっちはいいの?」

「我々が女神を保護します。」

ジーナのはぐらすような問いには応じず、抑揚のない声で告げる。

その態度と口調で、セリナはパトリックに弓を引いた男の姿を思い出した。

無意識にジーナの背中に隠れ、その服の裾を掴む。

「保護? 私といる方が安全じゃない?」

じりじりと後ずさるが、ラルフとの距離は縮まる一歩だ。

キン、と高い音がする。

瞬きをする一瞬、相手の動きは早すぎて何が起こったのか理解が遅れた。

「っ!」

息を詰めたジーナの喉元に付きつけられたのは剣先。

「邪魔をするならドクトルとて容赦はしない。此度の任務遂行は王命だ。」

「あーあー、だからもう、最前線に引っ張り出さないでって言ったのにー。」

軽口をたたくが、ジーナの顔には冷や汗が浮かぶ。

「こちらへ。」

有無を言わせない強さは、もはや命令だ。

相手を睨むように見上げてから、セリナはジーナの白衣から震える手を離した。

「セリナ。」

咎めるようにジーナはその名を呼ぶ。

「私のためにその身を捧げるとかなら、一生君を恨むよ。というか、私が誰かさんに一生恨まれるんでやめてくれるかな。」

「……は?」

「輝かしい経歴に傷をつける気? 左遷されたらどうすんの?と。ま、それは半分冗談だけど。とんだお人好しねぇ。」

「半分も!?」

ふざけているような会話に、ラルフが苛ついたように顔を歪める。

その次の瞬間。

「味方に剣を向けるとは、ずいぶんな仕打ちだな。ラルフ=シュバイザー。」

冷たい声音とともにラルフの首に剣が向けられた。

「反逆罪に問われたいか。」

「さすがウォルシュ君、救世主ってのは君のことを言うんだよ。」

ロベルトの登場に、ジーナが息を吐く。

騎馬の状態で睨み合う男たちをしり目に、ジーナがセリナを押して後退する。

ラルフはセリナを逃がすつもりはないだろうから、阻止しようとするロベルトとの交戦は免れない。

今ジーナにできることは、その隙にセリナを遠くに逃がすことだけだった。

再び、石門の向こうで光の柱が空へ伸びた。

その爆音を合図に、ロベルトとラルフの剣が交差した。

「王命に逆らうならば、お前こそが反逆罪に問われるべきだ!」

「王命の言葉を盾にッ、戦う相手を見極めることもできない者が偉そうなことを!」

「セリナ、こっちへ。」

手を引かれ、セリナは道の反対側へ走る。

「っ。」

動悸がするのは、今の緊迫した状況だけが原因ではない。

(あの時の……襲撃の時と似てる。)

雨は降っていないが、クラウスの魔法がまるであの日の雷のようだ。

(……!)

走り出したものの、いくらも行かないうちに足は止まる。

「ちっ!」

不似合いにも舌打ちをしたジーナのその視線の先には、交戦中の兵士たちの姿。

「こっち。」

進行方向を変え、道を下る方を選ぶ。

けれど、横合いから騎馬兵が姿を現した。

「逃がしはしないわ。」

先程見かけたダンヘイトの女性兵士に道を阻まれ、思わずセリナは呻く。

「また……!」

「どうやら“ダンヘイト”は襲撃者を放置の上、女神を奪って戦線離脱ということらしい。」

ジーナの皮肉めいた台詞に、女は口角を引き上げて笑んだ。

「我らは任務を遂行するのみ。さあ、こちらに引き渡せ。」

じりじりと後ろへと下がるが、確実に追い込まれてゆく。

「そういえば、“ダンヘイト”の紅一点。ビアンカ=ハウゼン。君に聞きたいことがあった。」

「……。」

「女神殿へ応急処置を施したのは、薬師である貴女だよね。」

「なんの話。」

「とても純度の高いナラティアを使っていたから、どこから『ナーラス』を手に入れたのか医者としては、興味があってね。」

ふ、とビアンカは鼻で笑った。

「残念だけど、ドクトル。時間稼ぎにのるつもりはないよ。」

剣先をさらに伸ばしたビアンカに、ジーナは冷や汗を隠して薄く笑いを見せる。

「ふーん?」

ジーナはゆったりと答えて、一歩後ろへ下がる。

「あのナラティアを調合できるなら、同時にとても純度の高い副産物“トリトニシアン”もできたはずだよね。」

「さぁ、どうかしら。」

真っ赤な唇が弧を描く。


ジーナの言葉から、目の前の兵士もセリナを助けようとしてくれたらしいことを知るが、この不穏な空気のせいで感謝の念は浮かばない。

(どうすれば……。)

なんとか突破口を開こうと焦燥に駆られ、セリナは周囲に視線を走らせる。

言い知れぬ不安に、気だけが急く。

「!?」

がさり、と茂みが揺れたのと、馬の鳴き声、そしてセリナの視界が回ったのはほぼ同時だった。

「セリナ!」

「っ!」

ジーナの声と、苦渋の表情を浮かべたビアンカを認識する。

やや遅れてセリナは自分が疾走する馬の背に乗せられていることに気づく。

視線を上げれば兜を付けた兵士がいた。

「“ダンヘイト”に捕まりたくはないでしょう? 落ちないようにしっかり掴まっていて。」

思いがけず、告げられた声は柔らかくセリナは困惑した。

言われなくても、駆ける馬から飛び出すほどの無茶をするほど勇気もないし、馬鹿でもない。

「きさま!」

後を追いかけてくるビアンカ。

更にスピードを上げた兜の男とビアンカとの間に、同じような兜を被った者たちが割り込んだ。

新手に阻まれ追撃の中断を余儀なくされたビアンカは、目の前の敵を散らすべく剣を振り上げた。






ぐんぐん石門が小さくなっていく。

戦闘の音は遠ざかり、土埃すら遥かだ。

彼の仲間が阻止しているのか、追っ手の姿は見えない。

(いったい何が起こってるのっ、この人たち何者?!)

ルーイたちと戦闘を繰り広げたくらいだから敵ではあるのだろうが、正体は不明だ。

(ど、どうしよう。)



「ここまで来れば平気かな。」

他の仲間たちが追手を引き止めたため、彼の後を来る者はない。

ぐるりと後ろを確認して、再び体勢を戻すと彼は兜を脱いだ。

兜の下から現れた顔にセリナはしばし言葉を失った。

(なんだか思ったより優しそうな人。)

柔らかい金色の髪に薄紫色の瞳。

中性的な容貌は一見すると女性にも見えるが、その声と体躯は間違いなく男性のものだ。

馬を御する腕もルーイたち軍人ほど鍛えられてはいないが、それなりに引き締まっている。

「突然だったから、驚かせてしまったね。大丈夫? 怪我はしてない?」

「……えぇ。」

「それは良かった。君の同意なく勝手に連れて来てごめん。国王軍同士で仲間割れと見えて、君は逃げていたみたいだから一応助けに入ったつもりでいるんだけど、実は余計なお世話だった?」

「いえ……ええと、そういうわけでは。」

かなり追い込まれた状態にいたのだから、彼の乱入で助けられたのは確かだ。

ただ、そのせいでルーイたちからはぐれてしまった。

「助かったけど、純粋に危機を救われたって様子じゃないね。」

そう評して苦笑を浮かべる。

「ひとまず先に言っておくけど、僕らは君の味方だから。」

「え?」

「今後君がどうするか、どこに行きたいかは後で相談するとして。今はこのまま先を急ぐよ、捕まりたくないからね。」

言うだけ言うと男は再び兜を被る。

「え? あ、あの…っ。」

駆け出した馬の早さにセリナは途中で口を閉じて、落ちないように馬にしがみついた。

(だ、誰かこの状況を説明してーーー。)


こうして行くはずだった道は、予期せぬ闖入者によって大きくその進路を変えることになった。


Ⅲ.理想的な地図 へ続く

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