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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
104/179

Ⅱ.変革する景色 13

13.



「交渉は上手くいったようですね。」

言いながら、ロベルトがルーイの隣に立つ。

「まぁな。」

短く答えて、ルーイは制服の上着を羽織った。

「マルス少年には気づかれないようにな。」

「わかっています。」

にやりと悪い顔を見せるルーイに、ロベルトはまったく…と呟いて息を吐いた。

「しっかし、あの少年は損な役回りだな。」

「ココに残されたくらいなのですから、隊長からある種の信頼を得ている…そう思えば、有難い役目では?」

「女神に睨まれ、繋ぎの見張り役も果たせないのにか?」

「……後半については、同情しますよ。」

「止める気もないくせによく言う。」

笑いを含んだアメジストの瞳に、ロベルトは肩をすくめた。

「言っても、聞くつもりないでしょう?」

「だな。」

隊長を見てから、ロベルトは目を伏せる。

「妙な話、だとも思いますから。」

相手がふと笑った気配がした。

「王は初めから“女神”をそうする気で、“ダンヘイト”を送り込んだのかねぇ。」

「それなら尚更、瀕死に追い込んだことは納得できませんが。」

「まー、想定外だろうな。」

遠征軍に頼りたくもなるか、と推測するが、ロベルトは眉を寄せた。

「その結果、仲間内での制裁とは。」

「ロベルトには看過しがたいか。」

「……。」

命令違反や軍紀を乱すことで罰を受けることがあるとしても、それは私刑であってはならないとロベルトは考えている。

他の隊の在り様に口を挟む権利はないが、ジーナからダンヘイト同士の諍いで怪我をしている兵士の話を聞いて、反発心を抱いたのは確かだ。

「みすみす、兵力を下げるような真似はしないが。場合によっては、そういう方法もあるだろう。」

挑むような目に、ロベルトは表情を引き締めた。

「ならば、その時は命じてください。」

「決意は評価するが、見くびるなよ。ロベルト。」

思いがけず響いた低い声。

ルーイが不敵に笑う。

「部下に憎まれ役を押しつける気はない。」

「……。」

「幸い。オレは『自分が綺麗でなければならない立場』にはいないからな。」

ルーイは自嘲するように呟く。

「それでも。必要であれば私は立ちますよ。」

ロベルトの言葉に、ルーイは顔をしかめた。

「少しは後のことも考えろ。お前を盾代わりになどしたら、どうなるか。」

「?」

「オレは、アイリーンに泣きながら刺されるのは嫌だぞ。」

心底嫌そうな顔のルーイの台詞に、ロベルトは吹き出した。

アイリーンとは、ロベルトの妻の名だ。

「あぁ、そこまで思い至りませんでした。先に、彼女を説得しておきます。」

「馬鹿が、お前にそんな真似させるだけで殺されるわ。」

上官からの非難の言葉を笑ってかわして、けれど、とロベルトは心の中で呟く。

(必要ならば、厭いはしない。)


『一度仕えると決めた主に、忠義を尽くしてこそ騎士』。


そう思うからこそ、ロベルトには認めることができない男がいる。

「……。」

その能力は認めても、彼自身を信用しようとは思えない。

たとえどんな事情があったとしても、敵国に亡命してきたクラウス=ディケンズの行動は裏切り行為。

それだけでなく、祖国に復讐を告げる彼が信頼できるとは到底思えなかった。

かつては立派な騎士であっただろう男。

彼に復讐心を抱かせて切り捨てたというなら、フィルゼノン王もまた器が知れる。

ロベルトは緩く頭を振る。

(一介の兵士が、量れる話ではないか。)

「準備は。」

問われて、ロベルトは顔を上げる。

「できています。」

ん、と鷹揚に頷いたルーイは自分の馬を引く。

その目が広場に向けられて、一点で止まったのに気づいて、ロベルトは声をかける。

「呼んでまいりましょうか?」

いや、とルーイは笑みを浮かべた。

「姫君が戻って来たら、出発するとしよう。」






玄関前の階段に座り込んだセリナは、見るともなく辺りを眺める。

遠くへ行くなと釘を刺されたのもあるが、あちこち人が立っていて、広場から出ること自体不可能な状況だった。

視線をあちこち向けているうちに、ある人物の姿を見つけた。

「……。」

次の行動に迷う。

(話をするのは、抵抗があるけど。)

昨日のやり取りから生まれた1つの可能性について。

それを確かめるべく、セリナはポケットにしまっていた物を握りしめると立ち上がった。





「クラウス。」


名を呼ばれて振り向けば、そこにいたのは予想外の人物。

「これは女神殿。」

昨日の今日で、向こうから声をかけて来たことに単純に驚く。

無言で近づいて来た少女にじっと見上げられて、クラウスは息をのむ。

(こんな瞳の色……。)

黒だと知っていたその色に、今更妙な感慨が浮かぶ。

「これ。」

ずいと差し出された物に、クラウスは目を細める。

「葉? これは、オリーブ? いったい、なんのつもりです。」

ちらちらと周囲を確認してから、セリナは不本意そうに口を開いた。

「手がかりがあれば、探せるかもしれないのでしょう。」

「……。」

意味を掴みかねて、クラウスは眉を寄せる。

「昨日の話。パトリック=ライズという騎士の、無事を探れないかと。」

「これで?」

「彼が…お守りにと、渡してくれたものだから、もしかしたらと思って。」

「元々、彼の持ち物だったのですか?」

葉を取り上げたクラウスからの確認の言葉に、セリナは気まずげに目を逸らす。

「そういうわけでは……。」

ほんの数秒、彼の手にあっただけの物だ。

どこかくたびれて見えるこの一葉が、“サーチ”の手がかりになるはずもない。

良くてセリナの『気』が残っている程度だ。

「実に言い難い話ですが。」

「でも! 本当に、これしかないの。」

ぎゅ、と握る手に力が入るのを見て、クラウスは口を閉ざす。

「……。」

彼女に告げた『手がかり』が、これくらいの物でないことはセリナもわかっているのだ。

(パトリック=ライズ、“ラヴァリエ”の騎士と言っていたか? 女神の護衛。)

無理な話だと言いかけて、思い直す。

先の割れた葉を摘まみ、出そうになった嘆息を飲み込んだ。

「ひとまず預かります。」

「!」

ぱっと顔を上げた相手に、釘を刺す。

「ただし、今の私に、女神殿のために動く理由はないということはお伝えしておきますよ。」

「あ。」

「その騎士の情報を探る対価に、女神殿は何をしてくださいますか?」

黒い瞳が、所在無げに揺れた。

答えがあるとは思っていない。

「……。」

ふ、と視線を感じて、クラウスは持っていた葉を懐にしまう。

向けられているのは、ルーイとロベルトの目だ。

「ルードリッヒ様のところへ戻られた方が良い。」

あ、と後ろを見たセリナが顔を戻すより前に、クラウスは一礼して相手に背を向ける。


(なるほど、確かに彼女には何もない。)









広場の光景を少し離れたところから眺めていたマルスだったが、横から肩を馬の鼻先に押されて視線を外した。

「……。」

早く乗れという催促なのか、借りた馬は賢いらしい。

軽く撫でて、いなしてやりつつマルスは軍の将を探す。

見つけたところで、ルーイの手を借りて彼の馬に乗ろうとする少女に視線が止まった。

回復した相手に安堵する。

(死なせたりなどしたら、全員の首が飛ぶ。)




―――黒の女神が現れた。

その噂を聞いたのは、5月の初め。

程なくして命を下され、海路でアデルナに渡り、ロザリア経由でフィルゼノンへ潜入を果たした。

織物を扱う旅の行商人として。

折しも、中央へ人が集まる社交期、容易い任務だ。

組んだ相手のイヴァンは、剣さえ持たなければ危険はない。むしろ、接客ならあちらの方がうまいくらいだ。

幽閉されたという当初の情報は誤りであると早々に知れた。

軟禁状態という認識に切り替えたが、暴動を収めに出て来た王を考えても、どうやら『排除』する気はないらしかった。

噂通り厄介な魔法による防壁をかいくぐりつつ、取り入った出入り業者に同伴して、城のパルド広場までは入り込めた。

困難を伴うものの密かに連れ出す手がないわけではなかったが、その機会には恵まれなかった。

微かな違和感が、行動を慎重にさせたのだ。

勘としか言いようのないそれは、結果として、当たりだったのが。


別働隊が、アジャートへ帰る手筈として整えていたのは船。

当初の予定では、リジャルから出航するはずだった。

しかし、調達が上手く行った船は既に港町を出て、岬を回り西側につけていたため、合流地点はハルリーという町に変更されていた。

それが幸いした。

(危うく足止めされるところだったね、あれは。)

感じていた違和の正体は、南部へ向かう道中に判明した。

目を付けられていたらしく、フィルゼノンを発つことを気づかれ、途中で妨害を受けたのだ。


(フィルゼノンの兵士を指揮していた男、ロンハールと呼ばれていたが。まさか。)

きゅと眉を寄せたところで、後頭部を押された。

「……。」

横で不満げな顔をしている馬の仕業だ。

ぐいぐい押してくる相手に負けて、マルスは思考を止めた。

一行は既に動き出している。

置いて行かれるぞという忠告なのか、置いて行くぞという警告なのか。

これ以上放っておくと、乗せてもらえなくなりそうだ。

「わかったよ。」

ひらりとまたがり、マルスは離された距離を縮めるよう早足で駆ける。

スカーフを巻いた女神の姿を捉えると、一定の距離を取った位置で並足に戻す。

(無事、王のところまで連れて行けるといいけど。)


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