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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
101/179

Ⅱ.変革する景色 10

10.



部屋の窓から下を覗く。

見える中庭に、たくさんの人影があった。

(訓練か何かで集まってるのよね、きっと。)

嵌めごろしの窓は開かないので外の声は聞こえない。

剣を抜いている彼らだが、どうやら危機に瀕してという様子ではない。

ルーイとロベルト、それからジーナの姿も下にある。少し離れたところに、クラウスも立っていた。

「……。」

こうして遠くから眺めていると、なぜ自分がここにいるのか不思議にすら思う。

この光景を見ている理由がわからない。

(“塔”に帰って、“城”に帰るはずだったのに。)

侍女と騎士の顔が浮かんで、込み上げて来るものを、両手を握りしめてやり過ごす。

目を閉じて、ふるふると頭を振った。

(今、自分にできることを考えなきゃ。)

笑いが見える眼下のやり取りから目を逸らし、セリナは部屋の扉に手をかける。

(南の海側に流れ着いて、今はアジャートの東、国境線の近くにいる。)

扉を開けて廊下を窺うが、見張りどころか人の気配もない。

砦の人間が、あれだけ中庭にいるなら、好都合だ。

気になるのはダンヘイトの見張りの少年だが、その影も感じない。

人目を気にしながらも、廊下を走り出す。

(警備は手薄。おとなしく捕まっているとでも?)

セリナとしては有難いが、逃亡の可能性をルーイはどう考えているのだろう。

馬に乗れないがゆえに、自分の足を頼りにするしかない状況。

(近くって言っても、フィルゼノンまでの距離もわからないし、移動手段もない。そういうのを見透かされている?)

昨日の会話も、こちらの質問に答えるという体裁だったが、結局、セリナの考えを探られたみたいなものだ。

元居たフロアをぐるぐる回って、ようやく階段を発見する。

(外に出られそうな窓もないし、間取りも複雑。)

外部からの侵入に備えて、ということなのだろう。

砦というものは攻められにくいように、複雑な造りになっていると聞いたことがあるのを思い出す。

「!」

階下に人の気配を感じて、セリナはとっさに近くの置物に隠れる。

(見回りの兵士? 見つかったら見つかったで、開き直って庭に出たいとか言おうと思っていたのに。つい隠れてしまった。)

こちらに気づくことなく、下のフロアの廊下を横切ったのは、しかし予想の兵士ではなかった。

(ダンヘイト!?)

見えた姿は、マルスという少年だ。

だが、セリナを探して、という様子ではない。

(どこへ行くつもり?)

音を立てないように階段を下りて、壁からそっと覗き込めば奥の扉を開けて消えて行くところだった。

周囲を見回し、セリナは少しだけ考え込んでから、その扉へと足を進めた。





扉の向こうは、砦の外。周りを囲む壁との間にある緩衝地帯だ。

(こんなに簡単に外へ出られるなんて。)

今は方向を見失っているが、東に行けばフィルゼノンがある。

マルスの姿はそこになく、砦に添っていくらか進めば、防壁側にアーチ形の小さな門が目に入った。

(あそこをくぐれば、本当に敷地外に出られるかも?)

ぎゅっと首元のペンダントを握りしめ、注意深く辺りを見渡す。

(見張りはいない。今なら、抜け出せる。でも本当に、私一人の力でここから?)

ばくばくと心臓が音を立てる。

寝間着のようなワンピースを着ただけの軽装。

履いているのは、ショートブーツのような形の靴。しかも、サイズは少し大きめだ。

(身一つで。)

ほんの僅かの距離。走れば、簡単に逃げ出せる。

ココにいることを気づかれてはいない。

ペンダントを握る手に、力がこもる。

(帰る。帰らなきゃ。)

パトリックはどうなっただろう。

アエラは?ラスティは?イサラも心配しているだろうか。

ぐっと、右足に力がこもり、一歩を踏み出す。

そうして駆け出す刹那。


ばさばさ!!


羽音に驚いて、セリナは呼吸を止める。

「!」

慌てて姿勢を低くし、茂みに身を寄せる。

頭上を見上げれば、大きな鳥の姿があった。

(あれは……鷹?)

くるりと旋回した鷹は、すぅっと降下する。

一向に静まらない心臓を押さえて、緊張したままその方角へと近づく。

砦の角を曲がろうとして、再度マルスの姿を発見する。

(彼が。)

驚くことに、少年の腕に先程の鷹が止まっていた。

鷹の足に白い紙のようなものを、器用に取り付けている。

(こんな人目のない場所で、こそこそと?)

セリナの心に、じわじわと苦い感情が蘇る。

顔も見たくないし、言葉を交わしたくもない。

様子が気になって後を付けてみたが、確認してどうするかまで考えていたわけではない。

薙ぐように腕を払ったマルスの動きに応じて、鷹が空へと舞いあがる。

行方を見送るように顔を上げていたマルスは、出し抜けに身を翻した。


「っ。」


目が合う。体が動かず、逃げそびれた。

「これは、女神様。」

驚いているのかどうなのか、読めない冷静な声だった。

「こ、こんなところで、何をしているの。」

「女神様こそ、こんな場所で何を。」

「質問しているのは私よ。今の鳥は何。」

落ち着き払った相手に、セリナは腹を括って虚勢を張る。

砦の陰から一歩、外側へと出る。今更逃げ出せない。

顔色一つ変えないままで、マルスはセリナに向き直る。

そして、恭しげに頭を下げた。

「伝令の鷹です。我が王に、現状について報告をしなければなりませんので。」

(……。)

あの雨の日を思い出せば、足が震える。

声を聞くだけで、冷や汗が流れて、気分が悪くなる。

握った拳。踏みしめる両足。

「『しなければならない』のは、それだけじゃないでしょう。」

体はここから、離れたがっている。

けれど、目の前にいる相手は、このアジャートでパトリックに繋がっている糸だ。

フィルゼノンに繋がっている、といってもいい。

「言ったはずよ。パトリックが無事であるという証拠を示して、と。」

「証拠。」

「助けるから、大人しく来いと言った。条件が守られたのかどうか、知る権利が、私にはある。」

声よ、震えるな、と心の中で叱咤する。

マルスが近づいて来ないのが、不幸中の幸いだ。

「では、あの騎士が無事だとわかれば、女神様は大人しく我々に従ってくださると、そういうことですか。」

「私は、来ているわ。もう果たしている。」

「リシュバインへ、という話ではなかったでしょう。」

「アジャートへは来ている。」

「我々が行く先は、王の元です。」

「そこまで聞いてない。」

なるほど、と唸って顎に手をやる。

「僕も女神に恨まれるのは遠慮したいので、その要望は叶えたいところですが。残念ながら、その証拠を示す方法がありません。」

「あんな脅迫をしておいて、それで言い逃れできるとでも?」

「そうですねぇ、では例えば。」

ひょうひょうと答えるマルスに、セリナは鋭い視線を向ける。

「僕の代わりに、安否を探ってもらえませんか?」

何を、と言いかけて、セリナは少年の視線が逸れていることに気づく。

見ている先を追うように振り向く。


「どうです? クラウス=ディケンズ、あなたならその方法を持っているのでは?」


いつの間に来ていたのか、少し離れた場所にクラウスが立っていた。

さっきは中庭にいたはずだから、セリナたちの動きに気づいて様子を見に来たと考えるのが自然だ。

(気づかなかった。)

周囲を確認するが、他の人の気配はない。

マルスとセリナを交互に見て、クラウスは眉をひそめた。

「なんの話だ。」

「日頃、フィルゼノンの内情に探りを入れているあなたならば、女神様の騎士1人どうしているのか調べることは簡単ではないのか、と。」

マルスの説明に、クラウスの眉間のしわが深くなる。

「なぜ、そんな真似をしなければならない。」

明らかに面倒だという表情だ。

「“ダンヘイト”のために動くとでも?」

「女神様のためです。」

「同じことだ。他人の指図は受けない。」

「おや、ルードリッヒ様の下にいるのではなかったのですか。」

「部下になったつもりはない。」

険悪なムードに、セリナは口を挟む。

「言い争いなら、後でやって。クラウス、あなたならさっきの件、やろうと思えばできるの? パトリック=ライズという、“ラヴァリエ”の騎士。無事かどうか、調べることはできる?」

セリナの問いに、クラウスはしかめ面のまま応じた。

「無理です。私は、その騎士を知らない。知らない者を、探すことはできない。」

「知っている相手なら、わかるの?」

「相手によります。とにかく、何の手がかりもなく探せと言われても、できません。魔法は万能ではありませんから。」

「そう……。」

きっぱりと言い切られて、セリナは肩を落とす。

「それで、2人してここで何を。」

ちらりと壁の門を見たクラウスは、鋭い視線をマルスに向ける。

その疑念を感じ取ったのか、少年は愛想笑いを浮かべて口を開いた。

「女神様を連れ出そうとなんてしていませんよ。ココにいる間は、ルードリッヒ様の顔を立てないと、隊長にも怒られてしまいます。」

胡散臭そうに眺めてから、クラウスはセリナに向き直る。

「っ別に、私は……。中庭へ行こうかと思って。」

「……。」

「その途中で、その人を見かけたから。」

しどろもどろに言い訳していると、クラウスの視線が先に外れた。

「中庭なら、こちらです。」

背を向けて歩き出すクラウスに、ついて来いという意味かと解釈する。

思わず門に目を走らせるが、既に走り出す意思はセリナから削がれていた。

歩き出し、横を通り過ぎる時にマルスが頭を下げた。

一緒に来る気配がないのは、顔を見せないという宣言のせいかもしれない。









ヒュン…ッ、と風を切る音が響く。

クラウスに案内されるまま、セリナは中庭へと辿り着く。

「はっ!」

鋭い意気と共に、剣戟の重い音がしてセリナは目を見開いた。

身を翻した男の足元で砂塵が舞う。

真横に空を切った剣先は、さらに流れるように上下して十字を描く。

訓練に興味を持っていたわけではないが、目の前の光景に思わず息をのんだ。

(すごい。)

剣を交差させているのはルーイとロベルトだ。

どちらも負けていない。

何度か剣を交差させた後、距離を取り合って動きが止まる。

ルーイの口元が動くが、何を言っているのかまではわからない。

ロベルトもそれに答えて、2人は同時に剣を下ろした。

セリナにはわからないが、手合せは決着がついたようだ。

先程までの気迫が嘘のように、互いに笑いすら見せながら軽口をたたき合っている。

「……。」

目立たないように、邪魔にならないように、とセリナは壁際へ寄る。

自分の剣を鞘へと収めたルーイは、庭を横切りながら隊員たちを眺める。

「腰が入ってないぞ、腕だけで押すから競り負けるんだ。」

「はい!」

「脇が甘い。」

「ぅ、オッス!!」

腕組みをして視線を上げたルーイは、向こう側にいる男たちに声を張り上げた。

「だらだら走るなー。後10秒で戻れなかった奴は追加20周~。9、8、7…。」

「うげっ!!」

「ひでぇ、隊長ーーー。」

カウントの続きをロベルトに任せて、ルーイはカカと笑う。

突然の災難が降りかかった仲間に、周りの男たちは他人事と破顔する。

「マシュー、足の具合はどうだ?」

「はい、もうすっかりですよ! ご迷惑をおかけして。」

「そうか、ならいい。早く勘を取り戻せよ。」

「イエッサー!」

さっきとは打って変わって気遣いを見せるルーイの後ろで、ロベルトの無慈悲な声が飛ぶ。

「貴様ら情けないぞ、じゃあ、追加行って来い。」

「ひぇ~~。ロベルト副長、まじでーーー。」

「ちょ、ちょっとだけ休憩を…!」

「50走りたい奴だけ文句を聞く。」

「うお!? 行ってきます!」

「走り終わるまで食事はお預けなー。」

思いついたように叫んだルーイの台詞に、遠くで非難の声が返された。

横暴に見えるやりとりだが、どちらも楽しげだ。

(……アジャートだって同じ。)

国としてのアジャートは、セリナの中で敵だと認識があった。

フィルゼノンの人と大地を傷つけた、好戦的な侵略者。

けれど、そこに生きる人たちは。

(彼らの剣は傷つけるため? それとも……何かを守るため?)

仲間に囲まれて笑うルーイに、セリナはぎゅっと胸を押さえた。

「見惚れるのは結構ですが、そんなふうに睨みつけていては、いらぬ恨みを買いますよ。」

抑揚のない声に顔を上げれば、クラウスが側に立っていた。

「部屋から出る許可は、誰が出したのですか。」

そんな相手がいないことをわかっていて尋ねているのだから、意地が悪いと思う。

(別に抜け出したことがばれたって、後ろめたく思う必要はないはずよ。)

自己弁護しつつ、セリナは彼の台詞を受け流す。

「ルーイって強いの?」

「あの年で一軍を任されていることが、答えです。戦将軍と言われるほど、先の戦いで功績を挙げた人物。」

「すごいのね。」

「さすがですね。」

「何が?」

「彼を褒めることができるというのは、さすがだと。フィルゼノンからすれば、とんでもない相手です。」

「つまり。私は部外者だから、無頓着にのうのうとそんな台詞が口に出せるんだってことを皮肉りたいのね。」

セリナは横目で睨みを利かせる。

「そこまで言ってはいません。」

クラウスは動じた様子もなく応じる。

(「そんなことは」じゃなくて「そこまでは」ってことは、結局言ってんじゃない。)

「そう言うあなたはどうなの?」

問いに、クラウスはチラリとセリナを見下ろした。

「どう、とは?」

「とんでもない相手の元に身を寄せてるのは、彼を認めているからではないの?」

肩をすくめたクラウスの仕草に、セリナは眉を寄せた。

(部下ではないと、さっき言っていたけど。)

「あなたは城に仕えていたんでしょう? 魔法が使えるなら“ランスロット”所属の騎士?自分の国を裏切ったのはなぜ?」

「『裏切る』と、貴女にそんなことを言われる筋合いはないと思いますが……。」

一度言葉を切って、クラウスは視線を遠くに投げた。

「あの国を出るなんて信じられない、とでも言いたげだな。」

投げやりな口調に、薄い笑いが混じる。

「……。」

「女神殿の見てきたあの国の王は、素晴らしい人物だったか?」

「助けてくれたわ、民にも慕われてた。責任を知っている人、他人の声を聞く人、決断を下せる人よ。」

「助けた? “女神”を? なるほど、別に否定はしないさ。確かに決断は下せる。どんなに苛烈だろうとね。」

苛烈との言葉に、セリナは表情を曇らせる。

「切り捨てることができる人だ、必要ならその手で。慕われる、というより人心を掌握するのが上手なんだろ、貴女だってその1人だ。」

「な…っ。」

「その特別さを、利用されたにすぎない。でなければ、なぜ災い呼ぶ者を側に置いたりする。これ見よがしに。」

違う。と言葉は浮かぶが、声にならない。

表情を読んだのか、クラウスは鼻で笑う。

「受け入れがたいことでも事実は事実、だろう。」

「事実なんて、あなたが何を知っているの。」

「女神を保護したのは善意や優しさからではない、という事実さ。」


―――この国は君を受け入れようとしている。

セリナが、その台詞を聞いたのは少し前の話。

あれが嘘だとは思わなかったし、今更思いたくもない。

少しは認められたのだと、そう理解していた。


「一国の王よ。そんなの当たり前だわ。」

「どうして貴女がそこまで信じ切っているのかはわからないが、断言してもいい。あの王は女神すら利用しようとしている。自国のために、ね。貴女のためなどでは決してない。」

「……。」

「先の戦を鎮めた功労者、若き賢王。国民に慕われ、国を良く治める、というのが表側。その姿を作るための裏側がないとでも?」

「だからって、苛烈に切り捨てる人だということにはならない。きっと、ジオにはそうするだけの理由があったはずよ。」

「ジオ? もう国王をそんなふうに呼べるような仲に? よほど心を許した様子だな。」


―――懐柔できれば、なるほど上出来だ。


「!!」

昨日言われたばかりの言葉が蘇り、セリナの頬に朱が上る。

「あの椅子に座り続けるには、血筋があればいいってものじゃない。残酷なまでの冷静さが必要だって、少し考えればわかるだろう?」

すべて計算だとでも言いたげなクラウスに、セリナは首を振る。

「違う。そんなことないっ。」

懐柔されたわけではない。

交わした言葉のすべてが、計略だったとは思わない。

けれど、昨日ルーイに言い返したほどの勢いで否定できない。

ルーイから聞かされるぶんにはまだ虚勢が張れる。

いくら蔑むようなことを言ったって、あなたは彼のことを何も知らないじゃない、と。

けれどクラウスは違う。

かつて王家に仕えていたという彼が相手では、セリナよりもジオのことを知っているんだと言われてしまいかねない。

「おや、失礼。優しい王に、騙され続けている方が楽だったでしょうね。」

「っ!」

「けれど、そういう甘えきった愚かしい姿を見せられると、我慢できないんです。」

悔しくて、望みもしない涙がにじんでくる。

それを堪えようとセリナの顔が歪み、手が震えた。

「国を捨てたくせに……!」

その台詞に、どこか余裕を見せていたクラウスの顔が凍った。

「何があったのかもわからないで、知ったような口を利くな。」

冷たい怒りを含んだ声。

向けられた鋭い怒りは、激昂して怒鳴られるより恐ろしかった。

「クラウス=ディケンズ。そこまでにしてもらおうか。」

すっと割り込んで来たのは、鞘に収まったままの剣を握る腕。

盾のようにセリナの前に差し出されたそれを持っている人物は、ロベルトだ。

「フィルゼノンへの恨みを、彼女に向けるのは筋違いだ。」

「現実を教えて差し上げただけですよ。」

「……あまり調子に乗るなよ。魔法使い。」

「調子? ルードリッヒ様に目をかけられているから?」

揶揄するような口調に、剣を握る手がぴくりと動いた。

「嫉妬ですか? 副長殿。」

「侮辱するか、貴様。」

一触即発。

身動きできない緊張がその場に張りつめる。

さっきまで賑やかだった中庭は、咳払いひとつ聞こえない。


「2人ともいい加減にしろ。」


その空気を割いたのは腕組みしたルーイだった。

「……。」

先に構えを解いたのはロベルトで、不満げな表情のまま剣を下ろす。

クラウスは一歩後ろに下がると、ゆっくりと一礼した。

ルーイに、くいと顎で示されて、クラウスはその場を立ち去る。

「どうした、セリナ。この世の終わりみたいな顔をしているぞ。」

ルーイに声をかけられて、セリナはビクリと体を揺らした。

「………ぁ。」

(この世の終わりって。)

なんでもないと取り繕おうとするが、言葉が巧く出てこない。

「大丈夫?」

近づいて来たジーナが、心配そうに顔を覗き込みセリナに手を伸ばす。

「ディケンズの言葉など気にしなくていい。部屋へ戻ろう?」

抵抗する元気はなく、セリナは促されるままその場を後にした。

足元が心許ない。

そこに入ったいくつものひび割れを修復する術が、セリナには見当たらなかった。


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