グレーを選ぶ
林は最初は平凡という言葉が嫌いだった。待遇を受け続けていたが故の汚点であったのだろうから。久世グループに入っていればなお受けていたのだろうが、受けるのを断ったのだという。
「俺もさ、生ぬるい中にいるのも嫌になったんだよ。お前の親父から役員になれるという保証付きのさ、言い方だったけど。誰もが嘘をつきそそのかされるんだって。」
今の会社では色眼鏡をかけて見られるだろうが、痛みを感じるのも悪くないのだと思っているのだろう。それでなければはじけた笑顔なんてできっこない。ベンチには木のぬくもりが存在するが、感じ取るだけでは難しいのが最もだ。
「昔さ、緑谷か奥村か忘れたけど言っていたことがあったんだよ。」
「お前は何処へでもやっていける力を養っているときだって。嘘だけじゃない。人を守る嘘も行動もすることがきっと生き抜く方法だって。他人の所為にして逃げるのは傲慢が故の落ち度だとかさ。俺が幼かったから喧嘩になったはずだ。今の政治家を見てるとうんざりするぞ。嘘や偽りの横行に傲慢の積み重ね。うわべの言葉にうわべの同情なんていらない。」
吐き捨てるように言うのは無知をいいことに自分たちの行いに対して甘えを見せているのだと。安い言葉には敵もないのだろうから。
「それじゃあ俺は仕事があるから。また、会ってくれるよな。久世。」
「改心しているからな。まぁ、時間があったらな。」
ベンチに座ったままの俺は手を挙げた。林は笑顔を見せた。此処には光があっているのは一方なのだと知っている。俺の目には闇が映っている。崖が目の前にある。突き落とされるだけが手段ではないのだ。自らが選ぶこともまた手段なのだと感じた。林がいなくなった後、俺はため息をついた。行き場のない手はふらふらとしている。空気を握っても変化はない。誰も変わりえないものを得ようとしているだけなのだと。こぶしを作った手には後があった。強く握りすぎたのだろうから。血がにじんでいるのだ。痛みを感じないのだ。ただ過ぎ去っていく時間と戦うすべを俺はもっていない。目の前の出来事から逃げずに、無残な姿を見せびらかしているのだ。俺は重い腰を上げた。背伸びをした。始まる時を待てるはずがない。進んでいくときに逆らうのもきっとつらいのかもしれない。歩き出した足跡が残っている。かけがえないのないものを消えてしまうのを待っていたのだろうか。振り返ることを選ばない。俺の足は光か闇かも選べないのだから。




