花が咲く
店を出るとすがすがしい気持ちと同時に折り重なる何か得たいの知れないものに恐れているのだと感じた。それが全く何かわからないことに戸惑ってしまっていくのだ。マスターは前科者だとはっきりといっていた。見捨てられると思っていた会社にも救われたのだとも。社長との恩を返すために定年した後に喫茶店を開いたのだといっていた。彼がコーヒーが好きであったことを知って一から学んだのだ。店を開いてからも交流があるのだと。恩知らずじゃないと知っていたから。それに酒を飲んだが故に起こしたものなので、素面じゃなかったということもつながっているのだとしみじみと思った。横断歩道で信号のシグナルが変わるまで待っているとこちらに向かってくる人影が見えた。俺は知らぬふりをして通り抜けようとした。
「久世だろう。久世中学のさ、天文部って覚えていないか?」
「覚えているさ。嫌な思い出だからな。で、なんだ、林。」
林だと気づいたのは中学の時と変わらぬ顔をしていた。優しい顔の裏に何処か暴走したときのブレーキが利かぬようなものを得たいの知らないものをもっているようでもあったのだ。横断歩道を引き返して近くの公園のベンチに座った。林の奢りで缶コーヒーを手渡してきた。
「お前は久世の高校を出たのか?」
「それだけじゃない。大学院に行ったんだよ。今じゃあ何処かの会社員に交じったから何もないけどな。ちやほやされただけ損だった。」
久世大学院といって一流の教授がいるということで人が集まるのらしい。噂程度で実際はわからないのだ。そんなものなのだと思う。
「久世は?高校は名門行ってたんだろ。家飛び出してさ。」
「それから大学に行って会社に入ったものの社長と経理の部長が横領してつぶれると思ってやめたんだよ。」
「それで行くところはあるのか?」
林も情報をもっているらしく、心配そうな顔をしている。当時とは変わっていると思ったのだ。それはきっと井の中の蛙であったことを大学院を出てやっと知ったのかもしれない。普通なら遅いと思うのが、気づかないよりはよっぽどいいと思ってしまうのだ。
「緑谷もいるから、緑谷がヘッドハンティングされた会社にな、俺を売り込んでいたらしくていけることになったんだ。」
「それはよかったじゃないか。俺なんか平凡な生活がいいというのを知ったよ。お前の生き方が正しかったんだな。遅いけど、悪かったな。お前のことを持て遊んでさ。」
「いいさ。俺は気づいていたから。」
昔話に花を咲かせることができる。笑い話にすることのできる喜びがそこにはあった。




