裏切りと尊敬
「時計か?」
「お前は部屋上がり込んだじゃないのか。」
「あぁ、上がったさ。だけどなかったな。遺留品の中には。」
奪ったとしか思えなかった。高梨がもっていた時計は金になる品であるのだ。限定品といわれると買っていたのがないというのだ。質屋や金になったと考えてもおかしくない。むしろ、妥当だと言えてしまうのだ。高梨の豪快な金の使い方は会社内で有名であった。噂にたどった形である。
「奪ったと考えているようだな。」
「そりゃ考えるさ。高い時計をつけては見せびらかすようにつけていたからな。スーツから見え隠れするようにするんじゃなくて、あからさまだったから。部下にしてみれば何処から金がそんなに入ってくるんだって話になるだろ。今回のことがあってみんな納得したんじゃないのか。合点がいくというのが・・・。」
「寂しい奴だったんだな。金遣いが荒いことなんて限られた人間でとどまらなかったわけだ。」
奥村の口早に言う言葉にうなずいた。暴力団が絡んでいるという噂も今なお上がっている。死人に口なしっていうわけだ。しゃべらないことで盛り上がるのは勝手な話だろう。それが世間だといってしまえば、はっきりするのだろうか。ハンバーグを半分食べると奥村に渡した。
「お前も食うか?」
「有難う、俺も食いたかったんだ。此処のハンバーグは有名なんだよ。雑誌とかでさ、載っていて。」
此処が有名になる前から通っているのだが、俺に関してはハンバーグが手間がかかるといって出さないということはなかった。頼んでなくても空気を呼んで出してくれた。困ることはなかった。奥村は豪快に食べている。警察というのは体力勝負だとしみじみ思う。緑谷はなりたがっていたのを知って受け継ぐなんて楽なことじゃない。口先で偽りを言うよりはかなり苦労する。それをやってのけたのだ。
「まぁ、一から調べなおすしかないだろうな。現場は行き続けているんだけど。鑑識も大したものを上げてこなくてね。」
指紋や靴の跡くらいはあるのだろう。奥村が言っているのは経験値をもっている人間が行ったのではないかといっているのと変わらない。逃げ足より証拠を見つけているのだ。足で稼げといわれるので従って上り詰めた地位にあまり関心がないのだろうから。事件より権力に屈したとき、裏切りを生み何処かでひずみを生むものなのだ。それを感じているのだろうから。ろくに話をすることができないのだろうから。言い訳を繰り返すくらいなら口を閉じたほうが早いのだ。




