名ばかりの名
専務は社長の息子であったのだ。次期社長と促されるように会社の中でちやほやされてきた。それが今でも抜けないのだろう。1代で大きくなった会社も自分の手で壊すのだから笑えてならない。
「どうして君たちはやめるんだ?」
「簡単ですよ。この会社にもう将来性なんてものがないからですよ。会社の見通しなら久世が得意ですからね。」
緑谷は茶化すように言って俺を見ながら、出されたコーヒーを飲んだ。俺を見つめていた。専務は問うような顔をしている。
「俺は久世グループの御曹司ですから。いろんな会社を幼いころから見てました。どうやってつぶれるかなんてわかりやすいですよ。信頼っていう単語は言うほど楽に立ち直るようなものじゃないんですよ。」
久世グループと小さくつぶやく専務は茫然としている。そりゃそうだ。今までいっていなかったのだ。いってみたところで色眼鏡で判断されるのは嫌で仕方なかったからだ。だから、やめる今になって伝えておくことを緑谷は選んだ。種明かしをしているようなもの。うんざりした態度をとっているだろう。
「何故、自分の親の会社に継がなかったんだ?俺みたいに。」
「俺は両親が嫌いですから。だから、高校の時に家を出てキチンと就職するのがいいんです。人を偏見で見るのは簡単なんですよ。言い訳をしているものですからね。無論、仲がいいのは執事ぐらいです。」
「今もいるのか?」
「まぁ、心配してなんでしょうけどね。俺の言うことを聞かない執事は何時もやめさせてますから。」
俺の言うことは親父の言うことを全て鵜呑みにするななどある程度当たり前のことをいっているのだ。仕事の時は心配することはないのだから、自由に出かければいい。ただ、昼は心配であれば一緒に食事をしたりしてもいいというようなものだ。
「久世は親から全てを否定されたんですよ。それを知っているのは限られた連中だけです。」
「そうか。」
「専務さんには頼み事があるから今日来たんでした。・・・阿久津さんの行動に気を付けてください。」
阿久津という名はそこまで有名ではないだろう。暴力団を出たということを隠しているのだから、経歴を詐称しているのもを俺を知っているのだ。専務は最初の態度と変わって神妙な顔付きになってうなずいた。
「これからは貴方が動かないとこの会社はつぶれます。いや、確実につぶれます。すぐにでも株主を呼ぶべきですよ。悶々としている人が多いでしょう。それをまずは解消するのが一手です。」
俺は助言をして出て行った。緑谷も誇っているかのようにして出て行った。この会社の立て直しには時間がかかる。専務次第であるのをきっと自覚したのだろう。名ばかりではいけぬと思い知ったのは確実。




