個室
阿久津の嘆きのような声を隣でうるさいと思いながら仕事をしていた。明らかに違うのは高梨がいないこと、かえって来ないことでほっとした空気が流れ込んでいた。抵抗する余地がなかった状況とは全く違うのだ。俺は就業時間が終わったため、帰ろうと鞄に荷物を詰め込んでいると阿久津から声をかけられた。
「此処やめるのに1か月かからないってさ。問題起きてるし、社長の件があったから人事も歯止めがかからないからやむ負えないということで特例だってさ。これで全てが終わるな。」
「やめるんですか?」
「まぁ、此処の動向だけを見てやめたくなったらやめるよ。引き抜かれた人間じゃないから何も思わないけどな。」
彼の乾いた笑みを見せた。今まで見たことのない笑顔だった。何時もならはっきりとした表情を見せているのに驚きを見せぬように立ち去った。どうせ部下だの上司だのの関係じゃなくなってしまう。会社のビルを眺めた。此処に残りたいなどの未練は残っていなかった。どうやって立ち去るべきかを考えている。横領した相手を擁護する気力もない。ビルを少し眺めた後、路地に入って行った。
「堂安、今日飲みに行くことになったから。」
「かしこまりました。」
「きてもいいぞ。奥村とか喜ぶだろうから。」
「そうですか。なら、行きます。」
俺と堂安は路地を出た後、車に乗った。奥村が指定した店の前についた。何処かしゃれた店だ。あいつらしくない。どちらかといえば居酒屋を好むのだから、なぜこんなところなのかとも思わなかった。久しぶりに意地を張ってみたくなったのかもしれない。それか西條の請負かもしれない。それもいいのかもしれない。店内に入るとこだわりに染まった椅子や机が並んでいる。
「予約している奥村ですけど。」
「あぁ、そうですか。お連れ様が来ています。」
個室に案内された。ワインにこだわっていることが分かる。コルクをつるしている。ワイン樽も置いてあったりするのだ。ワイングラスもおしゃれにランプになっているのだ。先に来ていたのは緑谷だった。
「堂安、久しぶりだな。何時もぶりかな。」
「そんなに会ってないことはないです。数日程度です。」
「そうだよな。昼に行けば会えるし。」
「張本人は仕事に追われているのか。」
仕事を知っているだけあって寛容になるのだ。堂安と緑谷が隣になっている。ワインを飲みたいらしいが来ていないので飲めないのだ。まぁ、いいけどな。2人はたわいもない話をしている。誰もが知っている政治家の愚かさを笑っているだけだ。




