楽と苦
緑谷は定食が来るなり、即食べ始めた。急ぎでもあるのだろうか。人事であるから言われもないことを流されていたりはしないのだろうか。
「お前の後ろ、いつもの奴がいるぞ。」
「がたいがいいのだろう。しょうがないだろう。俺が断ってもな。ダメだといって抵抗するからさ。」
「堂安も大変だな。お前も知っているんだろう。施設を出て働き場がなかったからいい仕事だって教えたのが、お守だとはな。」
堂安は俺の執事でもあるのだ。俺の家はいいところだと周りは騒ぐが俺は嫌だから逃げだしたも同然だ。緑谷は堂安も知っているから話せるのだ。長くそばにいるからといって立ち入らないことをしないのは決まりだ。誰が決めたのかなんて無駄な問いはしないのだ。緑谷ががつがつ食べているが、俺はそんな勢いで行けない。堂安を欺くためだ。
「俺が頼んでないんだよ。数多の奴が頼んだんだ。」
「数多はいいのか。それで。今、確か大学生だろ。親は会社員より大学生を心配するんじゃないのか。」
「だから、別の人を雇ったらしい。何処まで無駄な金を使うんだろうな。」
ため息をついたところで吐き出した空気がかえって来るほどお人よしでもないのだろう。神を頼るのは都合のいいときなのであるのだ。
「それはさ、お前の生まれたところが決めたんだよ。」
彼が言うべきことが分かっているのだ。久世家は大正時代の時から続く家なのだ。爵位のある由緒ある家なのだとぼけた久世の家の人はつぶやくのだ。俺はぞっとするほど嫌なのだ。だから、継ぐべきところを自分で選んだのだ。数多は逆でそれを利用するまでやっているのだろうから。名前も嫌いなのは小学生の時からだ。
「俺の名前も家もついてないんだよ。」
刹那、きわめて短い時間なのだ。
数多、数多く、たくさん。
ついていないのだと感じているのだ。
「俺の気持ちなんてわかりもしないのだ。」
「お前が俺に愚痴をぼやくのはいいのだろうから。たまに飲みながら話すか。堂安を欺くようにな。」
小声で話すのは堂安に悟られないように。緑谷の勘の良さに毎度助けられているのだ。迷惑をこうむっているのに厚かましいと思っているのに、やさしさを感じているのだ。昼休憩が終わってまた部署に戻る。嫌な場所を感じているのだ。数字を見る度に誰も横領していないのかと思っているのだ。
「久世、久世。」
「はい、なんでしょうか?」
立ち上がって高棚部長のそばに言った。無謀な手を言ってくるときがあるのだ。
「これを終わらせろ。」
偉そうに言ってのだ。