発砲
心の中を邪悪なものが支配しているみたいな気分だ。邪悪なものが支配するなんて言い方はゲームじみた考え方だったかもしれない。回収しきれない何かを誰かが救ってくれるのならまだしも、救い方もわからないのに偉そうに言えないのだ。俺は目の前の薄汚れた窓を見た。穢れていると思っているのだろうかと。阿久津の腕は振るえる。にじんだ記憶を変えることなど不可能だ。うるさいほどの外の騒がしさが入って来たようだ。革靴の音からスニーカーのゴムの音が鳴っている。勢いよく開けたようだ。空気が変わる。
「兄貴、何やってんだよ。」
「彼だよ。全ての爆破事件の首謀者とか黒幕とかいうのはさ。探偵事務所に行ったかいがあったよ。探れてよかった。」
「お前の考えはやっぱり夏目が良くわかっていたよ。黄劉会とのやり取りをしたことを伝えてくれたからね。物のやり取りをしたら伝えるように言ってあったなんて用意周到過ぎる。」
奥村の読みというのはやはり長年の勘に近いもの以上のものを抱えているのだろうから。動機も薄くでもわかっているはず。俺は阿久津の腕にある黒いものに目を向けた。
「撃てよ。」
「ダメだ。阿久津さん、貴方の思惑は失敗しています。小峠剛の事務所での爆破、黄劉会本部の爆破は・・・。」
「わかっていたよ。久世が此処に来た時、あぁ失敗したんだなってね。恵美子の無念を晴らすことは簡単じゃないなと。復讐は俺の中では昔はあったんだ。事件当初は。けど、時間が経つにつれて、事件への愛着が薄れていく。そんなものじゃないと思って、計画を立てた。忘れないように・・・。」
事件よりも今の自分の人生の忙しさに追いやられて忘れてしまいそうだったのを思い出すために行ったのだ。むなしい計画ではなかった。阿久津には久世グループで化学の研究者としても実績をもっていた。それを利用しようと。暴力団との付き合いも切っていたわけじゃなかった。まだ、残っていた分を使って、火薬を売買した。多額だが、安く思えた。という感じだろう。
「小峠は鬼塚恵美子の事件にかかわっていた証拠をまだ警視庁がもっていたので殺人教唆の罪で逮捕しました。黄劉会のメンバーのかかわっていた関係者についても同様です。まだ、貴方は復讐をしますか?」
「もう復讐だったかなんて区別がつかなくなってしまっていて・・・。たぶん、誰かに止めてほしかったのかもしれないな。久世、有難う。大ごとにならずに済んだ。」
「もうすでに大ごとですよ。新たな罪は増えることはないってことです。」
俺の乾いた笑顔に阿久津の乾いた笑みがかえって来た。




