ⅸ. -M-
――今日は晴天だなあ!
雲ひとつ無い、いい空だ。
ああ、これでハクギンオオカミにも出会えれば…いや、見掛けるだけだけでもいい、運は。
その後は俺が動くから…。
運がありますように。
そう願ったアッサムは分厚いベストの内に隠れていたペンダントをわざわざ取り出すと右手でギュッと掴んで思いっきり強く願った。
「あの馬車に絶対に豪華な毛皮を敷きたいんだ。お願い!」
森の入り口でそんな風にしばし立ち止まりながら、願掛けたアッサムは強い決心とともに緑の奥へと入り込んで行った。
光の粒が木々の隙間から降りてきて非常に優雅な気分になる。
まるで金色の妖精がダンスしているようである。
アッサムの目にもそれは映っている。
彼にとっては見慣れた光景だが、長いこと森を離れていたので珍しいかのように、目に焼き付けていた。
「懐かしいな。こんな風景がまた見れるなんて思わなかった。狩りは仕事のためにもうやらないと決めていたから。」
久しぶりの“狩り”という趣味の解放に緊張、もしくは精神の集中、とでも言うのだろうか。
長く眠らせていた彼の強さが疼いているので、気持ちは硬く張り詰めていた。
なので、明朗な言葉の中にもどこか綻ばずに凛とした姿勢があった。
「あれ。」
急に足を止めたアッサムの目に飛び込んできたのは道の真ん中に落ちていた一枚のハンカチ。
雰囲気だけを伺ったらどこからか風に流されてきたように見える。
「あれえ。これってさ。Mって文字が入ってる。うん?Mは…イニシャルかな?ここいらで頭文字Mの人は…それにこの施された可愛らしい花と子鹿の刺繍。これは大人が持つものじゃ無いな。若い、女の子だろう。思いつくのは…これは赤ずきん、赤ずきんちゃんのだ。彼女の本当の名前はメイジーだから。」
そういうと、アッサムはふと頭によぎった出来事があり思い出していた。
「そういえば広場でママナさん、赤ずきんちゃんが遅れてくるとかなんとか言ってたな。もしかして一人でこの森を歩いていたのか?
となると何かあったのかもしれない。」
幼い頃から赤ずきんを見守り遊んできたアッサムは彼女のことをよく知っている。
約束も破らない、忘れ物もしない、それに落し物をしたことなど一切見たことがないのだ。
なので彼のその心情はもやもやとしていた。
―何か起きた?
―今どこにいる?
―無事なのか
そんな不安に似た気持ちを思い巡らせ、この時ばかりはハクギンオオカミのことも忘れて赤ずきんが心配になってしまった。
「まだ日は浅いから、ハクギンオオカミは後にして、赤ずきんちゃんの安否を確認しよう。これは、少し急いだ方がいいな。」
アッサムはハンカチをポケットにしまうと立ち止まっていた足を踏み出し、目の届く程度の視野に神経を研ぎ澄ませながら赤ずきんを探し走った。
「赤ずきんちゃんー!いるかい?いたら返事しておくれー!?」
革の靴がしなってギシギシ言っている。
その重い靴が土を踏みしめて足跡を作っている。
アッサムの足跡は草木を越えて藪の深い深淵の方まで続いていった。