ⅷ. マーサはなんでもお見通し・1
―ほお。見事な宝石じゃないか。
人間の生活の中でこれは高く売れるだろうなあ。
おいらってば。
宝石ばっかり見ていて。
「あの婆さんを目の前にしてもツバひとつ出ねえ。」
ふっくらした肉がいいんだよな、もっとこう、食べ応えがあるような、あんな、貧相な婆さんじゃなくて。
オオカミは人の肉付きについて考えながら、手を冷やし…いや、蛇口から出る流水に手を突っ込みながら人の肉やら骨やらについて考えていた。
そして、金目の物も目に入れながら。
「おいら、食べ物だけじゃないんだ。金目の物を売っておいらの欲しい物をたくさん買うんだ。こないだは望遠鏡。森に住む人間たちの家にはあんまり置いてない豪華な望遠鏡。おいらの、あの、高い岩で囲まれたあの寝床の上から眺める森。その森をもっとよく見るために買った望遠鏡。」
オオカミはその景色を思い出しながらうっとりしていた。
どうやら、美的センスに優れたオオカミのようですね!
「あとは手鏡。おいら、おいらの格好良さに惚れ惚れしちゃう。だって、狩りもうまいし、身体も大きいし、脚だって早くて、すばしっこいし、それにこの毛並み。みんなは茶色毛茶色毛ってただ言うけどよく見ると違うんだ。お腹の方は灰色がかって、しっぽの裏側は真っ白なんだよ。自慢の毛並みなんだよ。自分でも見とれるぐらい。だから…手鏡で自分を映す時間は大事なんだよな。」
その自慢の茶色毛をつまんでこよりにしてはまた戻してを繰り返して、さっきまで荒々しく駆け走っていたオオカミとは違う顔で自らに陶酔している。
そんなオオカミは、“人間肉”が気になるところだが今はマーサの家中に飾ってある陶器や、マーサの娘が作った宝石の装飾品などを目で物色していた。
あるぞあるぞ!ここにはお宝が数え切れないくらい。ある!
グヘヘ。
「どうだい?おてての具合は。少しは痛みも引いたかね。ジンジンからチンチン、ぐらいになったらもう水から手をお引き。手当てしてあげるからこちらへおいで。」
マーサにそう言われたオオカミだがグヘ、グヘ、と想像力を駆使して金目の物をこっそりと奪う計画を立てていたのでその問いかけやらにも気付かなかった。
マーサはオオカミにこれ、とついていた杖で頭を軽く叩き我に帰らせた。
ハッとしたオオカミはそれまでの卑しい考えがマーサに気付かれなかったか一度舐め回すようにマーサの顔色を伺って確認したがマーサはニコニコと、微笑んでおり、自分の考えが明らかになっていないことに安心し、マーサの向かうリビングへとついて行った。
「ほれ。こうしてね、この塗り薬を塗っておくと水ぶくれにならなくて済む。特別な薬だよ。薬草を採って煎じたものだよ。すぐ治るから大事にしておいで。」
ソファに腰掛けたマーサは隣で大人しく言う通りにしているオオカミを手厚く看護してやった。
オオカミはその優しさに触れて少し気持ちがほころんだようにも見えたが、その瞬間真向かいにある暖炉の上に飾られてあった写真立てを見て本来の目的を思い出したので気直った。
その写真立ての中には赤ずきんがお母さんのママナ、お婆さんであるマーサと一緒に仲良く写っていた。
―おっと、いけねえや。そうだった。おいら、赤ずきんたちに一泡吹かせにここに来たんだよ。
この婆さんを殺して成り代わって…そうだ、ベッド!ベッドがいい。
成り代わったあと、ベッドで休んでるふりをしてあの二人を待ち構えよう!グハハッ。楽しみい〜〜!
ポン!!
「いでっ」
オオカミをまた杖で叩いたマーサは人の話をお聞き、と自分の考えで現実世界から遠去かっていたオオカミに分からせた。
がしかし、マーサはそれ以上もう薬草の話や、火傷の話をすることもなく、ソファから立ち上がった。
「さて、私はまたお料理の準備の続きをしようかねえ。出来上がったらあんたも食べていくかい?さっきはつまみ食いに失敗したようだから。ふっふっふ。」
「もちろん、食べていく。だってこんなにお腹が空いてるから。」
と言いつつもさっき丸呑みした六匹の子ヤギたちを入れた腹をさすりながらまだ動く子ヤギたちを外側からボン!とたまに小突いては収めようとしていた。
そして、その様子をマーサは遠巻きに確認していた。