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ⅵ. オオカミの目的地はい〜い匂い





朗らかな木漏れ日の間をサッ、ササッ、サササッと跳び移動する黒い影…というより物体。


物体が物凄い速さで移動している。




近づいてみるとそいつは凄い形相で、といっても怒りや憎しみのそれではなく、人を(おとし)めてやろう、といったような愉快な悪事を犯す前の愚弄人のような顔だった。




鋭い牙を持ち大きな口、その口からはベロンと大きな舌が風にたなびかれベロベロと波打っている。



研ぎ澄まされた尖った大きな耳、行く手を遮る障害物がないか音を拾いながら。




金色に光ったその眼は真っ直ぐ、行く末を見、ひたすら目指す場所へとその身体を運ばせている。




その秒速五メートルのオオカミは今、ある家の主人(あるじ)の元へ向かって猛烈に走り飛ばしていた。





ヘッヘッヘ。急ぐんだ、おいら。

あいつらより早く目的地に着かなくては。

目的地?

それはな。グヘヘ。それは…





あの婆さんだ!!!!



赤ずきんのあの婆さん。


年老いて無駄肉が落ちて不味そうなあのヨボヨボの婆さん。それがおいらの今の目的地。



それにしても不味そうだ。



赤ずきんとは全くの正反対!




骨と皮だけで食うところもない!




だが今はその婆さんを仕留めなきゃいけないんだよ。





さっき赤ずきんと子ヤギはまだ森奥の入り口あたりにいたからな。




うんと時間はあるぞ。



婆さんを殺して俺が成り代わってあいつら、赤ずきんとあの生き残りのチビを待つのにな!




ザザッ、ザザッと草木をかき分けながら疾風怒濤に進むオオカミは思いを巡らせながら。




遂に、ワオオオーーーーーーーン!!!と、吠え声をあげてしまった。




その雄叫びはオンオンとこだまして遠くの森にも町にも空にも響き渡った。







「あれえ。なんだかね。オンオンと聞こえるねえ。」




その声の主は、ジョウロを片手にかがめていた腰を伸ばしひとつ溜息をついた。




「ふう。これで一区切りとしようかねえ。もうそろそろお鍋も煮えてきた頃だろうしねえ。いい匂いがしてきたよ。」




その人はそういうと、花に水をやっていたジョウロを置き、いそいそと鍋の方に近づいていった。




その人の向こう側には珊瑚色の屋根の白い家が建っていた。



そこはどうやらその白い家の庭にあたるようだ。




その庭では様々な花が咲き乱れいい芳香が漂っていた。



がしかしそれは普段のことだ。




今日は違う、その花の香りを上回る、種類の違ういい匂いがしていた。




「ううん。これは美味しくできた。ひとたび食べたら頬が落ちるねえ。あの子ももうじきここに着く頃だわ。久しぶりに顔が見れるのだから腕によりをかけて作ったよこのシチュー。ああ、早く会いたいねえ、赤ずきん!」




そうなのだ。この人は今日、赤ずきんを待ちわびているお婆さんだったのだ。




赤ずきんのお婆さん。




そう、赤ずきんが今日会いに来ようとしてた人、そして、オオカミが目掛けている目的地でもあった。





グツグツグツ。銀色に光る鉄製の鍋がふいている。




「ジャガイモにニンジン、マッシュルームにポークにそれに、ブロッコリー!なんていい組み合わせなんでしょう。」




お婆さんの名はマーサと言った。




マーサは鍋に踊るシチューの具材を木ベラで慣らしていた。



今日は天気がよく、雨の心配もないことからマーサは自らが育てた花々に囲まれる自慢の庭でレンガを組み、その中で火をくべ、熱々になったレンガの上には石を撒き広げ、その上に置いた鍋でシチューを作っていた。




「うん。外で料理を作るのもたまにはいいわね。もしかしたらこのいい匂いにつられて動物たちがやってくるかもしれないわね。例えば子鹿とか、うさぎとか…ヤギが…ヤギがいいわね。」




マーサの家の近くにはなだらかな草原に似た平野も広がっていたのでヤギやうさぎなどの小動物が森に来ることもあった。



マーサは期待を込めて、


「どうせなら子ヤギさんがいいわ。小さい、可愛いの。私あの小さい子ヤギさんを見るとついつい撫でてしまうの。可愛くって。」



そう言うと鍋から離れ、家の中に戻って行った。






ガサガサッ。




草木をかき分けながらその者は何やら独り言を言っていた。





「いい匂いにつられてここまで来たけど。い〜い匂いだ。なんの食べ物だろう?どうやらこの家から匂って来るようだけど。まあ目指してた場所もここだけど。おいら。」





マーサの家の少し離れた木の陰からとひょっこりと顔だけを出して様子を伺っていたのは。



茶色毛のあのオオカミだ。




オオカミの目の先には美味しそうにグツグツ音を言わせているシチューがあった。




オオカミはよだれを垂らしながら気配を殺して抜き足差し足で一歩また一歩と間抜けにそのシチュー目掛けて近づいて行った。




周りは誰もいないな?




一歩進んだぞ。




しめしめ他の家もシンとしていないな?



皆、あの忌まわしい大オオカミの祝事にでも出てるんだろう。




トテテテテテッ


オオカミは周りに誰もいないのを見計らって、音を立てないようにつま先だけでいい匂いのする鍋の元へ近づいて行った。




オオカミが無事に鍋の真ん前にたどり着くと、とてつもなく香ばしい、いい匂いがオオカミの鼻いっぱいに広がって




思わずオオカミはフーン!と大きく鼻を鳴らしてしまった。




静かな森。


グツグツと鍋の音。



それ以外には物音はしない。




よし、婆さんには気付かれていないようだ。



この美味しそうな食べ物に思わず鼻を鳴らしてしまったぜおいらってば。



あー、危ない、危ない。



「う〜ん、なんてうまそうな匂い!」


オオカミはそういうと近くに備えてあったかき混ぜ用の木ベラをとって食べ始めようとした。



見つかるまいと、焦りを感じていたのだろうが思わず熱々の鍋の取っ手に手を掛けてしまい大きな叫び声をあげてしまった。




「ギャアアア!あづい!あああ!」




その悲痛な叫び声にマーサが家から飛び出してきた。



「あらまあ!なんてこと、つまみ食いをしてるじゃないの、オオカミが!」


可愛い子ヤギを期待していたマーサは驚愕よりも先にがっかりしていた。



同時にオオカミはマーサの登場にびっくりして二、三歩後退(あとずさ)りした。




「あらあ…そんなに驚かなくていいのよ。オオカミさん。シチューが欲しいならそう言ってくれればいいのよ。」




そのマーサの恐れもしない言葉にオオカミは怪訝な顔をしたが、驚きが去って行くと共にさっき熱い鉄を触った痛みが代わりにジンジンと痺れを携えてやってきた。




「あ、あづい、熱いよお。」



オオカミは自分の手をふうふう、と吹きながらなんとか痛みを退けようと熱さの余韻を冷ましていた。




「オオカミさんよ、そういう時は流水に手を突っ込んでごらんなさい。外には…川まで行かないとないからお家へ上がんなさいな。ね。ほれ、こっち。」



と、マーサは涙ぐんだオオカミに優しくたしなめ自らの家に誘導した。



オオカミはとにかく今は左手の痛みを無くしたかったのですんなりマーサの家へと上がり込んだ。



「さあさ、こっちへおいで、ほら。水道のところに。ここからしばらく水を流してその左手を冷やしてなさい。火傷になる前に。水ぶくれになったら大変。」






言われるがままに水道に案内されるとオオカミは素直に左手を出しそのまま流水へと突っ込んだ。




その瞬間ハアーーーッと気の抜けたように顔の筋肉が緩み口が開いて大きい舌がデロンと出た。






―泣いたカラスがもう笑った。―










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