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ⅴ. テニャスの町の人々






その頃お祭り騒ぎの町では老若男女の人々が噴水を中心とした広場に集まって出て来ていた。



燦々(さんさん)とした太陽に照らされていつもより元気よく湧き上がって見える噴水のフチに腰掛けてママナはいつも商売道具として並べるしかなかったブローチで、首にサラッと巻いたスカーフを留めていた。




「あら、アッサムくん。」




ママナ目掛けて駆け寄って来たその男はアッサムだ。



アッサムは汚れた作業着から小綺麗なセットアップに着替えてここに来ていて、ママナに声を掛けた。



「やあ。ママナさん!ご機嫌よう。お一人で来られたのですか?娘さんは?」




「私は今来たばかりよ。今日のパーティをまずは目で楽しんでいるわ。娘は…後から来るのじゃないかしら。そのセットアップ似合うじゃない!あなたのためのものかしらまるで。」



ママナさんに今日の出で立ちを褒められたアッサムはいやあ、と照れながら頭をかいた。




「みんなあっちにいるからご一緒に行きませんか?オードブルもあるし、食事とお喋りを楽しんでいますから。」




アッサムの誘いにママナは喜び、よっこいしょと腰を上げて、同行した。





「近頃は景気が良くて嬉しい悲鳴だねえ。私もだけども部下もさ。会社が軌道に乗ればさ、社長の私の(ふところ)も緩んで手取りが弾むんもんだよ。部下の顔が笑うのがさ、私も嬉しい。我慢してよかったよ、開拓の頃を。」



手のひらサイズに切った四角いパンに乗せ、半焼きにしたマグロにソースを絡ませたオードブル。



ワインやレモネードに丸くくり抜いたフルーツを入れ、甘く香るサングリア。



丸ごと焼いた香ばしいきつね色に仕上がったチキンも。



それらが横長のテーブルに美しく並べられ陽の光にキラキラと照らされ輝いている。




景気がいい、と言った小洒落た黒(ひげ)の男はそのオードブルを一つ手に取りサクサク、と美味しそうに頬張っていた。




その横では男の話に愉快そうに相槌を打ちながらパーティを楽しむご婦人がワインを(たしな)んでいた。





「いやあね、あなたも成功者でしょう。私の話よくわかるよね?あの開拓時代は長いようで短かった。進むべき道が目の前にレールとしてあったから短く感じたね。何もなかったから貧乏で苦労してたけど、それはみんな同じだった。」




髭の男のその話に相槌を打って聞き、話を振られたご婦人はそろそろ右手に持っている赤ワインの味にも慣れて来たので話に加わり始めた。



「あたしもこんなドレスが着れるとはまさか思ってなかったですわ?この町を…テニャスを皆で作り始めた頃は少しのお金と服と家具と…。ね?今に比べたら、ね。何もないのに等しい。まあ、でも希望があった。」



希望、と言った言葉にその場にいて、お喋りを楽しんでいた皆がうんうん、と頷き同調していた。




ご婦人はこの日のために淡い紫色のスラッとしたドレスを新調していて、首や手首、それに幾つかの指にジュエリーを(まと)わせていた。



「ドレスといえば、あなた。ご存知?六番街の辺りに小さなドレスショップが出来たのよ。そこが評判からどうもとってもセンスがいいらしいの。色選びだけじゃないわ、胸元を彩ってるジュエリーの様なストーンなんかも素敵みたいなのよ!」




胸躍らせ、少しばかり興奮していたお隣にいた、白い上品なワンピースを召すご婦人は皆にドレスショップのその小さなニュースを広めていた。




そんなニュースの中に、挨拶と共にアッサムとママナの二人が仲間入りして、会話はとめどなく続いた。




アッサム「みなさん、ママナさんがいらっしゃいましたよ。噴水のそばにいらっしゃったのでここまで連れてきちゃいました!」



ベナン「いやあ!ママナさん。ご機嫌よう。いやいや。普段着のあなたも美しいが今日はより一層輝いて見えますな!」




ママナ「ご機嫌よう。ベナンさん、ドレスを褒めてくれてありがとう。あなたのお髭もいつもお洒落で素敵ですわね。」




シェリー「あら、私の方が先に美しい、と思ったわよベナン。あなたの方が口が早かったのね、うふふ。ママナさん、そのドレスいいわね。あなたの輝くブルネットをより引き立たせてくれる深い青色だこと。」




ベナン「ハハハッこれは失礼シェリーさん、レディファーストを忘れるとは紳士にあるまじき行為でしたね。」




ソフィー「いやですわ?最近物忘れが多いの。うちの亭主。ねえ?ベナン。ジョークにしてしまわないでよ。まったく。」




シェリー「歳をとれば仕方ないわよ、ソフィー。物忘れなんて誰でも通る道よ。それにベナンはあなたの良き旦那様なのだから、ね。独り身の私には羨ましい限りよ。いやだわ、もう!」




アッサム「アハハッみなさんのお喋りは楽しいなあ!私がひとたび抜けた時はどんな話をしていましたか?何か聞き逃した事はないかなあ?」




皆はアッサムがママナを迎え帰ってくるまで何分か時間があったのでその中で話していたお喋りを軽く触れた。そして、あのニュースは再び話題に上がった。




「…というわけであなた方そのニュース話の真っ只中に来られたのよ。挨拶はもうこれくらいにして、その話の続きをしましょうか。」



そう提案したのはソフィーだ。




何しろソフィーはニュースの本題であるドレスショップの話がしたくて挨拶の会話の中、ウズウズしていたのだ。




「そのドレスショップっていうのがね!お洒落でね、しかも、上等な毛皮を扱っているっていうのよ。だからもう私舞い上がっちゃって!」



ソフィーがそう言うとシェリーは、



「でもお高いんでしょう?いくら事業が成功した、とは言っても毛皮をそんな、何枚も持つほど裕福ではないもの。想像で楽しむわ。」



そう言って毛皮を早々に諦めてしまったように話した。




「いいえ、それが!決してお高いわけじゃないのよ!そのご子息が猟をしていてね。この付近の森で狩ってきて、毛皮は直接得られるのですって、つまり、どこからか買ってくるわけじゃあないから手数料がいらないって事なのよ。だからとってもお安く買えるのよ!それでみんな噂してるのよ!」



興奮が再び戻りまるで少女のようにキャッキャッと振舞いながら話すソフィーにママナはクスッと小さく笑って微笑むと、口下手な彼女らしく、うんうんと相槌で同調した。


夫であるベナンはというと、ソフィーの購買力に圧倒されて気持ちが退いたのか、少々呆れ顔になっていた。




しかし、それと対象に食いついたのはアッサムだ。



アッサムは趣味が猟であるからして“毛皮”という言葉に敏感に反応していた。




アッサム「その…ソフィーさん、その毛皮ってなんのものかな?ウサギか、キツネか…もしかしてオオカミのものかな。」



ソフィー「あらなあに?アッサムもドレスに興味があるの?着るの?うふふっ」




アッサム「あっ、いやいや、ハハッ着るんじゃありませんよ。いやだなあ。そんな冗談は。男が陰りますよ。そうではなくて、猟、と聞いたものだからもしかして、オオカミじゃないのかなって…。その毛皮の話。」




ソフィー「そうね、あら!そうね、あなた大昔に猟に出ていなかったかしら?そうだったわよね確か。それなら気になるかしらね。ええ。確かその中にオオカミの毛皮も並べてあったかしら…。ウサギやキツネが多かったけれども。」




アッサム「そうですか。そんなに記憶がないならなかなったかもしれない。そんな上品な店にオオカミの毛皮があったら目立つから…。」




ソフィー「あ!でも待ってあったわそうだ、あったあった。普通のオオカミの毛皮じゃないの、ハクギンオオカミって言ってたかしら、上等な毛皮だったわ。売り物にしていなかったので思い浮かばなかったのよ。値がつけられないほど珍しくて高価なもので、ディスプレイだけ。売るつもりはないらしいのよ。」



アッサム「ええ!本当かい!ハクギンオオカミって言ったらここいらじゃ絶対に見かけない種だよ。しかもその毛皮は艶がすごくて銀色に輝いて見る者を魅了するっていうよ。この森にそれが、いるっていうのか?ええ、興味が湧いてきたな!」



シェリー「興味がおありなら挑戦してみればいいじゃない。興味に挑戦して実現することが成功者になれる秘訣なのよ。一日だけでも探してみたら。」



ソフィー「そうよ、いいじゃない。いるかもしれないわよまだこの森にオオカミ。そんなに珍しいハクギンオオカミなら深いところに隠れているかもしれないわよ!」



シェリー「そうだわ。アッサム、あなた今度の馬車は王室にお呼びがかかるかもしれないのでしょう?王室の馬車なら豪華でなきゃ。もしも、獲れたら、そのハクギンオオカミの毛皮を座席のソファに使うのはどうなのよ!?」



シェリーのご婦人のその提案にアッサムもまんざらではなかった。


寧ろいいアイデアだ!と感心してそれは共感へと変化していった。



「ああ、燃えてきたぞ。久々だなあ。腕は落ちていないだろうか?早く獲りたい!探しに行きたい!今日行ってしまおうか、そうか、今日は大オオカミの日だよ、今日だ!今日がいい!」


アッサムはみんなを仰天させながらもうその足で自分の家へ準備をするべく颯爽に此処を後にしてしまっていた。




残された友人たちは呆気にとられそのあとクスクスと笑い始め、それが大きく朗らかなムードになっていた。




「アッサムったら!思い立ったら今日なのかしらね!」


シェリーはびっくりしながらも笑いが止まらず、ケホケホッとぬるいワインをむせてしまっていた。



「いいじゃない、まだ若いんだし、それに最近仕事にこん詰めすぎよ。たまには趣味に弾けてもいいんじゃない?」



ソフィーはもう遠くに見えるその青年の背をちゃんとうまく弾けますように、と見送っていた。



「いやあ、アッサムには驚かされるね!この行動力。今の若者だよ。やはり好景気の証拠だよ。みんな活力があるけど若者が一番あるよ!好景気だよ。」



ベナンは自慢の髭をつまみなぞりながらいつもに増して好景気のムードを味わって満足げにしていた。






「まだ着かないのかしら…。」




明るい笑い声の中でただ一人不安気な表情のママナだった。

ママナには少し心配事があった。今日ここに来るはずの娘がまだいないのだ。



辺りをを見回しながら不安な心情を募らせていた。



来る前に、寄り道があるから遅れても仕方ないけども。



でも相手は森よ。不安になるわ…。こんなことなら一緒に行くのだった…。




「どこにいるのかしら今、赤ずきん。」













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