xiv. sweet-revenge
どれ程の時間が経ったのかはわからない。
オオカミは目を開けるとそこには魔法使いのままのマーサが立っていた。
「少しやりすぎたかしらね?」
マーサはフフッと笑うと
「どう?すこしは懲りた?」と、オオカミに尋ねた。
はっきり目を覚ましたオオカミは反省した様子でしょげていた。
「おいらもうやらない。こんなこと。しないよ。反省するから。」
オオカミは心から反省したように両手を胸に当てて誓ったように言った。
「そう、ならみんなと一緒にシチューをお食べ。さあさ、一階に降りましょう。」
二人はトントンと階段を下ってシチューの元へと向かった。
外はもうだいぶ日も暮れてきて茜色に染まってきた。
そして、落ちた陽があちこちに影を作り出していた。
マーサの家にも影はたくさん伸びてきていた。
ダイニングのテーブルと椅子の影。
暖炉の上の燭台。
バラが挿してある花瓶。
階段の壁伝いにあるランプ。
そのランプの明かりをつけようとマッチを取りに足早に降り始めた階段の上にいるマーサを襲おうとしている大きな黒い影。
オオカミの影だった。
散々こてんぱんにやられて反省したと思っていたあのオオカミがまた攻撃に身を転じたのだ…というか、あの反省は演技だったのだろう。
魔法使いを騙すとは余程の演者である。
もう、マントを脱いで、魔法杖もエプロンのポケットにしまい込んだマーサはその気配に気付くのが遅れた。
振り返った時には自分を襲おうと飛びかかる寸前の恐ろしい人食いオオカミの姿がそこにあった。
マーサは後悔した。
オオカミの性質をこの近辺では最もよくわかっていただけに何故、騙されてしまったのだろうと、オオカミは嘘をつくのも騙すのもうまいのだということを、今更ながら思い出して後悔していた。
でもそんなマーサの危機に。
「ケダミカオオレマトデコソ!!」
呪文が唱えられた。
マーサとは違う、細く、まだ若い、女の子の声。
そんな可愛らしい声で呪文が唱えられた。
そしてその呪文はオオカミをその場に襲おうとした姿勢そのままで止めていた。
「おばあさん!危なかったわ!大丈夫?」
呪文を唱えた可愛らしい声の主は赤ずきんだった。
赤ずきんの一行はマーサが襲われる寸前で辿り着き、玄関のドアを開けたところだった。
赤ずきんはやはり、魔法使いの孫であるからゆえ同じく魔法を使うことが出来たのだ。
これで、赤ずきんが森を一人で歩ける秘密が明らかになりましたね!
そういうことだったのです、赤ずきんは森を歩いている時、例えば珍しくオオカミに出くわしても自らの魔法で難を逃れていたのです。
しかし、魔法を使えることはあまりひけらかしにしたくなかったので赤ずきんの家族が魔法使いだということは秘密にしていました。
なので、子ヤギやアッサムにも話さなかったのです。
アッサム「なんだあ!赤ずきんちゃんは魔法使いの子だったのかあ!驚いたなあ。魔法使いの家系がいるとは聞いていたけど…」
赤ずきん「実はそうなの。黙っていてごめんなさい。でもあまり、噂になりたくなくて。」
アッサム「いやあ、大丈夫だよ。俺は口が硬いし、このことは黙っておくよ。秘密にね。」
子ヤギ「すごいや!赤ずきんちゃん、うんと強かったんだね!オオカミのあの姿!止まったままだよ!」
マーサが階段を下り切ると赤ずきんたちの輪に嬉しそうに入ってきて、話に加わった。
マーサ「あらまあ、赤ずきん会いたかったよ。助けてくれてありがとうね。それに子ヤギさん?なんて可愛らしいのかしら。アッサム!私が街に出なくなったから本当に久しぶりだねえ。」
アッサム「マーサおばあさん、お久しぶりですね。お元気みたいで安心しました…といってもオオカミにやられる寸前だったけど。お怪我は?」
マーサ「ああ…私の方は大丈夫だよ。何もないさね。私もちょっとオオカミと遊んであげたもんでねえ…ふふふっ。それから、今日は赤ずきんだけの約束なのにどうしてアッサムと子ヤギさんまで一緒なんだい?」
赤ずきん「実は、オオカミにこの子ヤギさんの兄弟達が食べられちゃったのよ。しかも丸呑みで。ううん、丸呑みだから助けられるのだから、それで運が良かったわ。」
アッサム「そうなんだ、それでオオカミの居場所を、とマーサおばあさんを訪ねに来たんですよ。ところがオオカミはなぜかここにいる。何があったんです?」
マーサ「いや、ねえ…オオカミも人間の食べ物に興味があるみたいでねえ…。シチューを食べたかったみたい。でも食べさせなくて良かったよ。丸呑みにされた子ヤギさんの兄弟が、熱々のシチューで火傷をしてしまうかもしれなかったからねえ。」
子ヤギ「僕のお兄さんたちと、お姉さんたちがあのお腹にいるんだ、どうやって助けよう。」
赤ずきん「急がないと!お腹を切って子ヤギさんたちを助けましょう!」
マーサ「まったく、このオオカミときたら。こんなことだろう思ったよ。ずっと自分のお腹を小突いてたからね。ああ、そう、そうね、お腹を切るのね、それならいい道具があるよ。これなんだけど。」
戻ってきた魔法具の“使っていない”残りの
二つを取り出すと、
「これは…赤ずきんのおかげで出番がなかったねえ。」
そう言って数字のバラバラになった時計のような魔法具「時間を止める魔時計」をしまい込んだ。
そして、残りの一つである宝石が装飾された小さなナイフを手に取り、オオカミのところへ行った。
さあさ、みんなおいで、このナイフはね、「切ったら戻せるナイフ」といって、一度その物を切って、切ったところをまたこれでなぞると元のようにくっつくという代物なんだよ。今の状況にピッタリじゃないか。さて。」
ナイフの説明をみんなにすると、マーサはそのナイフで止まったままのオオカミのお腹を縦にスーッと切った。
スーッと切ると、その切れ目からピョンっと一匹、二匹、三匹…というように小さな子ヤギがたくさん出てきた。
「お兄ちゃん!」
そういうと赤ずきんの隣にいた子ヤギは自分の兄弟たちのところへ行き、強く抱きしめた。
「お兄ちゃん!お姉ちゃん…!」
子ヤギは再会の喜びを強く噛み締めながらお腹から出てきた兄弟たちと無事を分かち合った。
「みんな、無事のようね。」
赤ずきんは今日初めてやっと安心して、胸をなでおろした。
オオカミのお腹から助け出された子ヤギたち全員ピョンピョンと跳ね喜び、元気に解放されて自由を堪能している。
そして、一番下の弟の子ヤギからここまでの経緯を聞いた後、赤ずきんたちに丁寧にお礼を言った。
「さあさ、ここからはオオカミが目を覚ますからね。子ヤギさんたちは二階へお行き、オオカミがここから遠くに行くまで二階で身を潜めておいで。」
マーサはそう言って七匹の子ヤギたちの頭をよしよし、と撫でながらをオオカミの脇を抜けさせて安全な二階の寝室へと送った。
赤ずきん「開いたオオカミのお腹どうするかしら?」
アッサム「石でも詰めておけばいいさ。」
赤ずきん「そうね、一度に六匹もの子ヤギを丸呑みにしてしまうような欲深いオオカミは一度懲らしめなければ、いけないわね。」
マーサ「でも、オオカミはもう一度私が懲らしめたから、代わりにお料理でも入れてあげようかと私は思ってるんだけど。フフフッ。」
赤ずきん「おばあさんが懲らしめたの?それなら、それでもいいかもしれないわね!たらふくお料理をお腹に入れてもう動けないほど満腹にすればもう襲わないわね!ウフフフッ。」
アッサム「じゃあそうしようか、こう言っちゃあオオカミには悪いけど、オオカミの反応が楽しみだ。」
そんな会話を終えると、マーサはキッチンから沢山のハムや、チーズ、ブルーベリーのパイ、マッシュポテトなどを持って来た。
「パイはまた焼けばいいわ。これだけ入れれば満足でしょう、このオオカミさんもね。」
そう言いながら、早速オオカミのお腹にそれら美味しいものを詰め込み、終わると「切ったら戻せるナイフ」で切った時と逆方向の下から上に向かってお腹をなぞった。
赤ずきん「じゃあ、今度は私の番ね?呪文を解くわみんな下がっていて。」
ーケダミカオオケゴウデコソー
その呪文がオオカミにかけられてさっきかけた止まる魔法からオオカミが解放された。