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小さな大洪水とその結末

雨が降り出した時、

詩人は小奇麗な木のベンチで思索に耽っていた。



 詩人は何ものにも縛られなかった。好きな所へ行き、好きな場所で寝泊まりした。楽器と共に好きな歌を歌い、日銭を稼いだ。旅の途中、好きな人間の元へふらりと顔を出す事もあった。


その日の昼下がり、彼は公園で歌を作っていた。久しぶりに音楽の神から天啓を得たようで、やけに晴れやかな心持ちだった。

彼は手帳を開き、黄ばんだページを眺める。そこに散りばめられているのは、今朝夜明けと共に神から授かった閃きの欠片。これを弄って、言い回しを変え、言葉を繰り返したりして、短文を幾らか作ってみる。大まかに形を成したら、メロディもつけるのだ。

そうして一時間程手帳と睨めっこして、

「……駄目だ。こりゃ」

 詩人はがっくりと肩を落とした。最高の出来栄えに見えた詞はどこか不完全で、音節も手前勝手に散らばっている。

必要な材料は全て揃っている筈だ。しかしいつまで待っても、お望みの賢者の石は出来上がらない。脳味噌ばかりが頭蓋の中で、ぐるぐると彼方此方に揺れている。いつの間にかペンを持つ手は汗で湿っていた。

さすらいの錬金術師は、自慢の想像力とインスピレーションを以ってしても、洪水めいて溢れたアイデアを使いきれなかったようだ。


嫌になった彼は、歌のおさらいでもしようと、手帳のページを捲った。もう何度歌ったかわからない彼の十八番だ。

指で太腿を軽く叩いて、一、二、三。


俺に翼があったなら

ただ零れるは月の光

あの日の夢よ左様なら

雨に打たれて泣くばかり……


小さな小さな声で子守歌のように囁く。

落ち着け、俺。何を拘る必要がある? 思いをちゃんと伝えられれば、それが傑作の条件だ。そこさえできてれば良いんだから。

そう自分に言い聞かせるも、無闇に気が焦って落ち着く事すら儘ならない。ここの所スランプ続きで何もできていないのだ。今迄の「傑作」にすら自信が持てなくなってきている。

「何やってるんだろうなぁ、俺は」

詩人はがっくりと頭を垂れた。


雨が降り出したのはその時だ。


ポタリ。

頬に冷たい水の粒が落ちて、詩人はパッと顔を上げた。

水の粒は二つ、三つ、数える間も無く降ってきて、手帳の文字を滲ませた。黒い中折れ帽がぐしょ濡れになった時には、流石の彼も東屋に避難せざるを得なかった。

雨水は木々の葉に、遊具に、東屋の屋根に、次から次へと落ちてゆく。分け隔て無く降り注ぐ。踏まれ蹴られて泥がついた遊具も、雨が洗い流してゆく。

いつか聞いた昔話を思い出す。神の降らせた長雨は洪水になって、シッチャカメッチャカになった人間世界を浄化した。世界に海を作った時も同じ手法だったそうだ。

あの話最後はどうだったんだっけ――。


屋根の下から腕を伸ばして、お椀の手で降り注ぐ雨水を掬う。

「俺も洗い清めてもらうとするか」

澄んだ水を手から口に流し込むと、涼やかな風が身体中を駆け巡った。詩人は二、三度瞬きして、大きく深呼吸する。

そしてまた手帳を持って、今朝の贈り物をもう一度組み立てる事にした。

若い葉っぱのついた枝を咥えた鳩が、木蔭から彼を優しく見守っていた。

どうも、沙猫です。

お待たせして申し訳ない。これにて完結であります。

テーマを一貫したとはいえ、てんでバラバラなお話でしたが、如何でしたでしょうか。

こちらではまだまだ雨は降りませんが、楽しんで読んでいただけたなら幸いです。

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