犯人の狙い(2024年編集)
~ 東京都 警視庁捜査一課 ~
警視庁捜査一課では、これまでの事実を踏まえ、捜査のあり方を議論している。
本田智恵、桐原勇作の死には、時任英二と時任芳江が絡んでいる。本田と不倫関係にあった、時任英二。桐原の姉である、時任芳江。両者に共通するのは、どちらも、被害者の関係者である点だ。
結果だけを見れば、時任の性に、恨みを持つ者の犯行である。司法解剖の結果、死亡時刻と死因は、判明しているが、確たる物的証拠と状況証拠が揃わない。
「二件の殺人事件は、『連動しているぞ』と、犯人からの声明にも、思える」
「共通点は、時任夫婦。犯人は、『時任を調べろ』と、暗に言っていますね」
「本田が殺された、公園の捜査状況はどうだ?」
「犯行に使われたロープは、出て来ておりませんが、繊維の一部は、採取出来ました。神奈川県厚木市の工場で、出荷されたところまでは、調べがつきましたが、卸場所が多数あるので、まだ時間を要します」
「他の成果は、どうだ?」
「本田が、公園の前で、誰かと会っている姿を、散歩中の老婆が、見かけた様ですが、はっきりとは、見ていない様です」
「相手の顔、人数、何でも良い。もう一度、確認してくれ」
「分かりました、再度、聞いてみます」
「時任英二の現場不在証明は、どうだ?七月二十日は、押さえたか?」
「今のところ、潔白ですね。七月二十日は、同窓会が、吉祥寺で行われていて、時任英二は、それに参加しています。二十二時~二十四時まで、ボーリング場とカラオケ屋を梯子していて、裏が取れています」
(まあ、義弟に、手は掛けないか)
「板金塗装工場の経営状況は、どうだ?」
「可も無く不可も無く、と言ったところです。周辺住民からも、風評を確認しておりますが、これと言った、噂は聞こえてきません」
「土地所有者が、時任英二だと言う事は、分かっている。この土地を、いつ取得し、誰から買ったのか。その辺の捜査は、どの程度進んでいる?」
「法務局に通っていますが、中々、進展しません。履歴を一つずつしか、遡って確認出来ないので、もう少し、時間をください」
「良いだろう。どうしても、取得時期が知りたい」
「分かりました」
「では、桐原勇作についてだ。注射器で毒殺される前、体内から、アルコールが検出されたが、居酒屋の特定は済んだか?」
「事件前、板橋区大原町の居酒屋で、仲間三名と、飲食している事が分かりました。仲間は全員、桐原とは別の方向へ帰りました。都営地下鉄の本蓮沼駅の、防犯カメラ映像の記録で確認済みです。時刻も、二十一時二十二分なので、関与はしておりません」
「桐原の遺留品から、時任芳江に関するものはあったが、他の証拠品はどうだ?」
「大きな声で言えませんが、桐原は、不特定多数の人妻と、不倫関係にあった様です。携帯電話の画像、ネット履歴、通話履歴、色々出てきました」
「中々、やるじゃないか。では、その中に、医療従事者がいないかを、洗ってくれ。科捜研の見解では、毒物の成分は、人体に精通した者である者、つまり、看護師、薬剤師、医者などの、医療従事者の可能性を示唆している」
「了解です」
「どうも、この二つの事件は、きな臭い。犯人の行方を追うより、時任英二と時任芳江を調べる事が、結果的に、犯人の足元まで、近づける気がする。犯人の物的証拠を探すのと、平行して、二人の身辺を再度、洗ってみようじゃないか」
~十月二十五日。警視庁捜査一課 ~
本田智恵の死亡から、四ヶ月が過ぎた。
犯人の足取りは、途絶えているかに見えたが、新たな局面に入ろうとしている。
「課長、二点ほど、報告があります。時任夫婦に、関しての事です」
「何か、新事実が出てきたのかね?」
「一つ目は、桐原の生命保険金が、姉の時任芳江に、支払われた事実です。これは、肉親が、姉の芳江しかいないので、不自然ではありません。報告のみで終いです」
「まあ、妥当だな。二つ目は?」
「こちらは、中々、大きな収穫です。八年前に、豊島区で起こった、誘拐事件は覚えてらっしゃいますか?」
(…八年前?)
「確か、被害者が死亡し、迷宮化した、あの事件かね?」
「ご名答です。被害者の名前は、森田みくる。当時、十八歳の彼女が、何者かに誘拐された挙句、縊死の状態で、発見されました。あの時も、違う場所で絞殺され、縊死に見せかけた犯行であったと、当時の捜査記録に残っています」
「その被害者が、どうしたんだ?」
「森田みくるが、縊死の状態で発見された場所、日付けが、捜査線上に浮上しました」
(………?)
「話が見えないな。時任夫婦に関する報告では、なかったのかね?」
「森田みくるが、遺体となって発見された場所は、本田の発見場所と、同じ敷地。つまり、板金塗装工場でした。また、この事件の発生日は、今から八年前の、六月十五日。本田と同じ日です」
(------!)
「そんな偶然、あり得ない」
「犯人は、初めから、これを狙っていたんです。捜査をしていけば、警視庁捜査一課は、過去の事件に、辿り着くと判断したのでしょう。その点も含め、時任英二を調べ上げる。犯人は、時任英二に、深い執着心を持っており、恨みを晴らす為、犯行を行ったと、考えられます」
「そう言えば、佐久間警部は、当初から、この板金塗装工場に、違和感を覚えていたな。土地所有者や、過去の経緯に拘っていた」
「ええ、その通りです。誰もいない工場に侵入し、遺棄するなど、普通では考えられません。時任英二に、強い恨みをもつ者であれば、過去に、何かあると思ったんです。まだ、辿り着いておりませんが、時任英二が、この工場を建てるにあたって、土地を奪ったり、強請ったり、したかもしれません。その為、この土地を、奪われた者の、犯行ではないかと、考えました。時任芳江の事は、あまり知りませんが、時任英二は、見るからに悪党です。違法でなくとも、合法ギリギリの事は、しているかもしれません」
(これが事実なら、捜査が動くな)
「では、どう捜査展開していく?」
「まず、森田みくるが誘拐された事件に関して、捜査記録を再検証していきます。恨みの犯行で、最初に、脳裏に浮かぶのは、森田みくるの両親です。手分けして、森田みくる両親の、行方を探そうと思います。それと同時に、時任英二の身辺を、過去に特化して、洗いたいと思います。ポイントは、森田みくるが、誘拐された時の工場経営を、誰が行なっていたかです。何かしら、当時、見落とした発見が、あるかもしれません。私と山さんで、森田みくるの、両親を捜査しますので、工場の方は、課長の指揮で、お願い出来ますでしょうか?」
「良いだろう、手分けして臨もう」
「ありがとうございます。では、早速、行動を開始する事にしましょう」
迷宮入りした事件と、板金塗装工場。
八年前と、現在で、時が重なり始める。