時任の現場不在証明(2024年編集)
~ 六月十五日 夕方 ~
佐久間たちは、時任英二の、現場不在証明を確認する為、隣町の、リバーサイドホテルに来ている。
「警部、このホテルです。随分と、古い建物ですな」
「まあまあ、山さん。警察組織は、客ではないから、思っても、口にしない様にしてくれ」
「申し訳ありません」
「まあ、良い。早速、掛け合ってみよう。今なら、窓口に客もいないよ」
佐久間は、窓口で警察手帳を提示すると、支配人に取り次いで貰い、事情を説明した。
「警視庁捜査一課の、佐久間と山川です。ある事件関係者が、昨夜の二十二時~一時まで、このホテルの302号室を、利用したと証言しています。殺人事件なので、防犯カメラの映像と、この人物かどうかを、知りたいと思いましてね。覚えていませんか?」
(------!)
(殺人事件?)
山川は、時任英二の写真を、カウンターに提示するが、窓口の者と支配人は、首を横に振った。
「んー、残念ですがね、客の顔は、まず見ないですね」
「ルームサービスとかで、顔を目視する機会は、ありませんか?」
「最近のホテルは、非接触が、当たり前なんです。顧客、全ての個人情報を守る為に、顔が見えない様、百六十センチメートルの男性の、胸元くらいの高さで、小窓形式を採用してるんです。代金の支払いも、部屋の中で、自動精算機による会計システムを、導入しておりますから」
(時代は、変わるものだな)
「では、防犯カメラ映像を、見せて頂けますか?二十二時の十分前後記録と、一時の十分前後記録です。それと、防犯カメラが適正なものか、更正記録も確認させてください。裁判に使う可能性もあるので、到着時間と退出時間が、現場不在証明通りに、合っているか検証したい」
(…支配人、宜しいのですか?)
(…仕方ないだろう。逆らって、営業停止処分になりたいのか?)
(ですが、個人情報ですよ)
(殺人事件だ、断ると、後が怖い)
「捜査に、ご協力いたします。ですが、少し時間をちょうだいします。待合室、…いや、店外で、お待ち頂けますか?他の客に見られても、困りますから」
「助かります。では、準備が出来たら、呼んでください。警察組織は、正面の堤防にいます」
「承知しました」
「あっ、そうそう。くれぐれも、細工はしないでください。警察組織は、その手の捜査は、玄人です。改竄が見つかった時点で、犯罪に加担したと判断します」
(------!)
(------!)
「そっ、そんな事、あるはずがない」
「そうですよ、当ホテルは、不正なんてしませんよ」
(………)
佐久間の視線が怖いのか、窓口の者と支配人は、視線を外す。
(この二人、何か、日頃からやっているな?)
「では、お願いします。目的の部分しか、見ない様に配慮しますので、くれぐれも、ね?)
「はい、分かりました」
「準備しておきます」
(支配人?)
(馬鹿野郎、表情に出すな。勘ぐられる)
佐久間たちは、ホテルの敷地外で、待つ事にした。
「警部、ちゃんと、目的の部分が、出て来ますかね?」
佐久間は、ほくそ笑む。
「出てくると思うよ。初動捜査の、あの場面で、あれだけ、重圧を掛けたんだ。嘘の現場不在証明など、する必要がない。このホテルで、殺害でもしない限りね」
「もし、このホテル自体が共犯で、この場所で殺害して、板金塗装工場に運んだとしたら、どうでしょうか?」
「到着時間は、本当でも、退出時間は、偽証する可能性は、十分考えられる。だから、それが出来ない様に、先程の会話で、釘を刺した。二人とも、狼狽えていたから、時任から、事前に口裏合わせを、依頼されたのかも、しれないね。例えば、『刑事が、自分を調べに来たら、午前一時に、退出した様に、映像の時間を印字してくれ』とね。その場合、相当な金を積んだ可能性が高い。工場内で、現場不在証明を言えば、当然ながら、警察組織が、監視カメラ映像を解析する事は、誰にだって、予想がつくからね」
「そうですね」
「それよりも、口裏合わせ、云々よりも、もっと単純な事で、出し渋っているのかも、しれないよ」
(………?)
「どういう意味でしょうか?」
「どう見ても、あの二人は、悪党だ。映像の記録の改竄など、最初からしていない。となれば、何を隠しているのか?悪党が、安易に、金儲け出来るものと、言えば……」
(------!)
「もしかして、盗撮を、日常的に行っている?」
「その通りだよ。だから、警察組織に、映像を見られると、困るのだよ。もし、そうであれば、慌てて、確認作業をしているだろう。下手な映像を見せると、その場で、営業停止処分になるからね」
「なるほど。これは、説教どころではないですな」
「今日の目的は、違うぞ、山さん。本質を見誤るなよ」
五本目のタバコに、火をつけた時、店の従業員が、呼びにきた。
どうやら、準備が出来たようだ。
(さてと、このホテルの、普段の行いが、善か悪か、分かるね)
(悪の場合、どうされますか?摘発しますか?)
(いや、今日は、それが目的ではないから、多少の事は、目を瞑ってやろう)
監視部屋に案内されると、支配人が臨場し、立会を希望する。
「お待たせしました。では、必要な部分だけを、お見せします。操作の方は、私が行いますので、何なりと、お申し付けください。重ねてのお願いなのですが、他のお客さんの、個人情報に関わる部分なので、必要以上に、詮索をしないで頂けると、幸いでございます」
(思ったよりも、警戒されているな)
「大丈夫ですよ。今日のところは、警察組織が欲しい情報だけ、得られれば、他の部分は、決して、言及しないと、約束します。…得られればが、絶対条件ですがね」
(支配人?)
(仕方あるまい。警察に目を付けられたら、もう廃業だ。背に腹は代えられない)
「では、開始します。まずは、昨夜の二十一時五十分頃の映像です」
支配人の男は、早送りで、映像を出力していく。早送りする過程で、一瞬、ホテル入口ではなく、客室の行為映像が、映し出される。
(支配人!!!)
(やっちまった!!)
(警部、やはり、盗撮していますね?)
(裏映像のテープに、録画していると、言い訳は出来る。まずは、目的の映像を入手するんだ)
(分かりました)
支配人は、脂汗を流しながら、早送りを続ける。客室の行為映像が映し出された時、支配人のすがる様な目線が、佐久間と合ったが、佐久間は、黙って、『良いから、続けて』と、合図を送り、意図を理解した支配人は、何度も頭を下げながら、そのまま、映像を流した。
映像は、二十一時五十分を過ぎる。
(------!)
(------!)
「あっ、警部!今のところ!」
「ここで、止めて!」
(………)
(………)
「時刻は、二十一時五十六分か。確かに、映ってるな。……ん?何か、妙だな?山さん、違和感を覚えないか?」
「……んー、特に、何も変わっていないですが?」
佐久間は、画像を見た瞬間に、違和感を覚えた。
「そのまま、静止画を維持してください」
「はあ、了解です」
(何かが違う。……何だ、思い出せ。……写真……そうか、そういう事か)
記憶を頼りに、写真と映像を、何度も比較し、やっと、違和感の正体が分かった。
「服装だよ。被害者の服装が、微妙に違うんだ。ほら、この胸のデザインが違う」
「服装ですか?…本当だ!警部、よく気がつきましたね。全然、分かりませんでした」
「とりあえず、到着時の時刻は、検証出来た。あとは、退出時間の確認だ」
支配人が、再び、時間を早送りする。時刻は、六月十五日の一時を過ぎた。
「警部、時任の証言によると、この辺りです。…もう、そろそろ。はい、止めて!」
(------!)
山川の掛け声で、静止される。
「証言通り、出てきましたな。時刻は、一時六分。嘘は、ついてない様ですな」
(………)
「ああ、時任の現場不在証明は、立証された。少なくとも、この時間帯はね。しかし、何故、ホテルを出入りする服装と、遺棄現場の服装が違うのか。……考えられるのは、本田智恵は、ホテルを出た後、真っ直ぐ、帰宅した。そして、自宅で殺されたか、帰宅後に、誰かに呼び出された。その間の時間で、似た服を着てしまった可能性もある。この確認は、本田智恵の自宅でしか、出来ないな」
「これから、向かいますか?」
(………)
「そうだね。時間的にも、まだ可能な時間だ。時任の話では、本田智恵は離婚し、一人暮らしだと聞いた。アパートの大家に、事情を話して、部屋を見てみよう」
「では、そうしましょう。ところで、この映像の記録はどうしますか?」
「支配人さん、今日見た部分だけ、後日、違うテープに、頂く事は可能ですか?」
(------!)
(------!)
「ええ、勿論です。その方が、助かります」
「では、必要に応じて、取りに伺いますので、それまでに、ご用意ください。急な依頼にも関わらず、捜査に、ご協力頂き、ありがとうございました」
「いっ、いいえ、そんな、当たり前です」
(………)
佐久間は、そっと、支配人の耳元で、囁く。
「二度目はないぞ」
(------!)
(………?)
「どうされましたか?」
「いや、別に。では、支配人さん。今後とも、適切な営業を、期待していますよ」
支配人は、深々と、頭を下げる。
「ご指導、感謝します。またのご来店、心より、お待ちしております」
(これで、当面は、被害が出ないだろう)
佐久間たちは、現場不在証明の確認作業を終え、本田智恵のアパートに向かった。