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親愛なる者へ 〜佐久間警部の苦悩〜(2024年編集)  作者: 佐久間元三
プロローグ
2/18

身勝手な男(2024年編集)

 ~ 十時二十分、板金塗装工場 ~


 鑑識官が、佐久間の指示で、工場出入り口の痕跡を調べる中、佐久間は、田所から事情を聞いている。


「田所さん、粗方、現場検証が進みましたので、追加でお聞きします。この遺体ですが、この場所で、自殺を図ったのではなく、おそらく、別の場所で殺されてから、遺棄された可能性があります。この被害者に、心当たりはありますか?」


 田所は、首を横に振った。佐久間は、田所の、目の動きを観察する。


「少なくとも、初めて見ます」


(『その女性が』と、一時間前は言っていた。今の質問でも、初めてだと言う。一貫しているし、信憑性も高そうだ)


「分かりました。では、次の質問です。あなたは、毎日、この工場に、一番乗りされるのですか?」


「はい、それが、自分の役目なので」


「帰宅時間は、どうです?他の方が、最後ですか?」


「うーん、まちまちですかね。板金塗装は、先輩や社長が行うので、遅くなる事もありますが、最後の片付けや、戸締まりなどは、大抵は、自分でやります」


「昨日、帰宅する時は、最後でしたか?」


「ええ、自分が、戸締まりをしました」


「では、昨日の最後に見た景色と、現在の景色で、違和感のある場所は、ありますか?何か、移動していたり、昨日あったものが、無くなったりしているとか、何でも構いません」


 田所は、佐久間に言われるまま、工場内を見渡すが、これと言って、大きな変化は見当たらない。佐久間の方は、田所が見渡す様を、静かに見定める。


(観察する様子も、不審な点はない。今のところ、潔白(シロ)だな)


「うーん、特に盗まれた様子はないですね。不審なものは、目の前の遺体と、脚立でしょうか?」


「それは、そうですね。昨日の帰宅時間は、何時頃ですか?」


「確か、十九時を回っていました」


「入口のシャッターは、自動式ですか?防犯警備会社の、施錠システムなどは、ありませんか?」


「ボタンで、上下する自動式で、防犯システムは、ありません」


(防犯対策は、特に無しと)


「田所さん、では、当時の状況を検分します。表に来てください」


 佐久間は、田所を入口に呼ぶと、自動ボタンを押し、シャッターを朝の状態にする。工場の外では、他の従業員が、その様を見守っている。


「工場の従業員は、ここに集まってください。中には、まだ入れませんが、本日起こった事は、聞くよりも、実際に見た方が早い。側で見て頂いて、構いません。規制線の中に、お入りください」


(------!)

(------!)

(------!)


 従業員が、恐る恐る、規制線の中に入ってくる。捜査の雰囲気に呑まれ、口を開く者はいない。


「従業員は、全員集まっていますか?」


「ええ、これで全員揃いました」


「結構、では、さっそく始めましょう。今、昨夜の状態です。当時の状況を、再現願えますか?」


「分かりました。では、始めます」


 田所は、再現の為、自動ボタンを押す。シャッターが、一メートル程、上がったところで、ボタンを押して停止させた。


「ちょうど、このあたりで、工場内に誰かいると、気配を感じたんです。中を覗くと、人の足首が浮いているのが、見えました」


(おい、足首だってよ?)

(えっ、誰か死んでるの?)

(だって、全員、揃っているぞ、おかしくないか?)

(だから、規制線が張られているのか)


 田所は、当時の状況を再現しようと、腰を抜かして、座り込む仕草を見せる。


「僕は、こうして、この状態で座り込みました。シャッターは、自動なので、ゆっくりと上がっていきます。足首、膝、太股、腰の順に、ゆっくりと、姿を現していき、最後に遺体と目が合ってしまいました」


(------!)

(------!)

(------!)


「なるほど、分かりました」


 佐久間は、田所と同じ様に、その場に座り込むと、工場内を目視確認した。


(ふむ、確かに、この位置、この高さ、この角度からだと、足首だけが見える。それに、浮いているというのも、納得だな)


「では、残りの検証をしましょう。従業員の方、今から、遺体を見る事になります。顔見知りかどうか、全員に確認する必要がありますので、心労をお掛けしますが、ご協力ください。宜しいですか?」


 従業員から、声があがる。


「ちょ、ちょっと待ってください。心の準備だけさせてください」

「僕も、一分だけ、時間をください。吐きそうです」

「自分は、大丈夫です。死んだ人、見た事ないから」


「では、三分間、時間を取ります。それまでに、心構えをお願いします」


(------!)

(------!)

(------!)


 三分間、時間を取って、検証が再開された。


「では、皆さん。ボタンを押します。よろしくお願いします」


 佐久間は、自動ボタンを押す。田所の証言通り、シャッターがゆっくりと上昇し、少しずつ、女性の遺体が現れる。


(ううう、まじかよ、女だよ)

(おええええ、吐く、吐いてしまう)

(おおおお、これが、死んだ人間かあ)

(………)


 佐久間は、従業員の反応を窺う。


(ふむ、どの従業員も、初見らしい。……一人を除いては)


「皆さん、状況を把握出来ましたね。もう、直視しなくて大丈夫です。この中で、中の被害者を見た事がある、知っている方がいたら、挙手をお願いします」


(………)

(………)

(………)


「そうですか、分かりました。では、また、規制線の外でお待ちください。田所さん、この中に、社長さんは、おられますか?」


「ええ、あの方ですが」


(ほう?思ったとおりだ)


「田所さん、捜査にご協力ありがとうございました。あなたも、お仲間とご一緒で構いません」


「本当ですか?ありがとうございます」


 田所は、嬉しそうに、同僚の元と、規制線の外へ出て行く。


「では、この工場の社長さんは、中で事情を確認したいので、私について来てください」


 一人の中年男性が、佐久間の後に、工場に入っていく。


(こういう時、経営者だと、辛いよな)

(社長、元気ないけど、大丈夫かな)

(今日は、流石に、休みだよな。捜査が終わったら、遊びに行こうぜ?)

(田所、お前も災難だったな)

(本当ですよ。自分、多分、初めは疑われていたと思います)

(マジか、詳しく聞かせてくれよ)



 ~ 十時五十分、板金塗装工場の一角 ~


 社長は、捜査に支障しない、打合せテーブルを指すと、佐久間は山川を呼んだ。


「お呼びでしょうか?」


「うん、この工場の経営者だ。今から事情を聞くから、同席してくれ」


「分かりました」


 佐久間は、山川に囁く。


(この男、事情を知っている気がする。よく観察してくれ)

(分かりました)


「では、社長さんからも、事情を伺います。まずは、お名前を教えてください。私は、警視庁捜査一課、佐久間と申します。彼は、山川刑事です。氏名を、このメモ帳に、ご記入ください」


「時任英二と申します」


 時任は、山川のメモ帳に、氏名を書くと、下を向く。


「田所さんからの通報で、八時三十分に、この工場のシャッターを開けたところ、ご覧の通り、中年女性が、縊死していました。田所さんは、この女性と、面識がない。社長さんは、如何ですか?」


(………)


 時任は、少し顔を上げて、一瞬、遺体を見ると、また下を向き、小声で答えた。身体も、小刻みに震え、挙動不審だ。


「…知りません」


(警部?)

(ああ、この男、怪しいな)


 佐久間は、少しずつ、切り込んでいく。


「お声が小さくて、聞き取れません。もう一度、伺います。知り合いでは、ありませんか?」


「この女は、知りません」


(もう、確定だな)


 佐久間は、意地悪く、もう一度問う。


「この女とは、どういう意味でしょうか?他の方なら、面識があるのですか?今、嘘をつかれると、初動捜査に関わります。最後に、もう一度だけ、伺います。面識はあるんですか、それとも、ないんですか?」


「……面識は、……あります」


 時任は、下を向いたまま、観念する様に答えた。


 佐久間は、山川に合図を送ると、山川は、鑑識官を遠ざける。


「時任さん、人払いをしました。これで、あなたの会話は、我々にしか聞こえません。被害者の情報を、教えてください」


(………)


 時任は、静かに、口を開く。


「…あの女性は、本田智恵、四十一歳。私の、不倫相手です」


(なるほど、挙動不審なのは、これが原因か)


「時任さん、本田智恵さんと、最後に会ったのは、いつですか?」


「…昨日の晩です」


「なるほど。では、昨夜は、何時に、何処で、会ったのですか?」


(………)


「昨夜の、二十二時から一時まで、ホテルで一緒でした」


「何処のホテルですか?」


「隣町の、リバーサイドホテルです」


「リバーサイドの何号室ですか?」


「…あの、そこまで、聞かれるんですか?」


「当然な事です。これは、殺人事件になるので、任意であっても、事情聴取となります」


「さっ、殺人事件って。だって、ほら、どう見ても、自殺ではないですか?首を吊ってるんですよ」


「それは、あなたが判断する事ではありません。一見、自殺に見えますが、首には、二種類のロープで絞められた跡があり、一つは、この工場で首を吊ったものですが、もう一つは、他所で絞められた跡なんです。それに、下足痕といって、犯人や、被害者の足跡を、検出する為の捜査なのですが、被害者が、あの位置まで、歩いた形跡はありませんでした。その為、捜査一課では、現在、捜査本部を設置しているのです」


(------!)


現場不在証明(アリバイ)を精査する為の、必要な情報です。この被害者は、あなたと面識があり、現時点では、あなたが、一番犯人に近い。現場不在証明(アリバイ)が曖昧であれば、身柄を確保する事になります」


(------!)


 時任は、これを聞いて、観念した。


「リバーサイドホテルの、302だったと思います。…あの、この事は、女房には、黙って頂く訳には、いきませんか?」


「不倫の件は、警察組織(我々)は、関与しません。その点は、ご安心ください。誰でも、女房は怖い」


 時任は、安堵したのか、自分から、発言する様になった。


「何故、本田智恵(彼女)が工場なんかで?」


「それは、警察組織(我々)が聞きたい。間違いなく、時任英二(あなた)に、恨みを持つ者の犯行だ。そうでなければ、あなたの愛人を、この場所に遺棄する筈がありません」


「そんなあ」


「あなたは、誰かに恨まれている。それも、強烈にだ。しかし、不可解な事があります」


「不可解ですか?」


「ええ、どうせバレるなら、ただ遺棄するだけでも、効果はある。だが犯人は、自殺を装う必要があった。これは、何を意図するのかと言う事です。死んだ事は、あなたに知らせたい。でも、他殺ではないと、言いたいのか、それとも、他殺が発覚するのを、時間的に遅らせたかったのか。これを、探っていく必要があります」


(………)


「…そうですか。私に恨みを持つ、何者かが、こんな事を。…女房ですかね?」


「それは、どういう意味でしょうか?奥さんと、冷戦状態なのですか?」


「いいえ、そうではありません」


「発言には、気をつけてください。悪意を持って解釈すると、『女房が犯人なら、納得がいくから、逮捕されても、私としては、構いません』、もしくは、『女房を調べてくれ』と、言っている様に、聞こえますが?」


(------!)


「いやいや、とんでもございません。すみません、気をつけます」


(………)


「話を戻しましょう。何か、思い当たる節は、ありませんか?例えば、会社経営で、誰かに恨みを持たれたり、実は脅されていたり。警察に言えないような、際どい事をしているとか、ありませんか?先程も申し上げましたが、あなたは、誰かに嵌められている。あなたには、それを覆す証拠が、現段階では何もありません」


(------!)


 時任は、狼狽えるものの、思い当たる節がなさそうだ。佐久間は、仕方なく、質問を続ける。


「では、現場不在証明の続きを、伺います。昨夜の二十二時から一時まで、一緒だった。その後は、彼女を送り届けたのですか?それとも、現地解散ですか?」


「いつも、現地集合、現地解散です。周囲の目が、気になりますから」


(気になるなら、不倫なんかするなよ)


「今日のところは、これで終いです。今後、しばらくは、風評被害があるでしょう。身から出た錆ですが、困る事があれば、この名刺に連絡をしてください。現場検証が終わり次第、警察組織(我々)は、引き上げます。申し上げ難いのですが、あなたの現場不在証明、奥さんの現場不在証明、どちらも、後日、伺いますので、ご協力ください」


(------!)


「ちょ、ちょっと待ってください。私の現場不在証明なら、今、話しましたよね?それを、もう一度、話す必要があるんですか?それと、女房の現場不在証明が、何故、必要なんです?バレたら、困りますよ」


「まず、あなたの現場不在証明は、立証出来た訳ではない。後日、伺う事で、ボロが出る可能性が高い。先程、申し上げた通り、現在、犯人に一番近いのは、あなたなのです。次に、奥さんの件ですが、犯人に一番近い、あなたの配偶者であり、共犯の可能性があります。とはいえ、不倫しているくらいですから、奥さんは、まず潔白でしょう。奥さんには、単純に、当日、どの様に、お過ごしになったのかを、伺うだけです。まあ、見知らぬ女性が、旦那が経営する工場で、死んでいた時点で、あなたは、奥さんから、詰問される事は、避けられないと思いますが」


「そこを、何とか。女房に、事情聴取する事だけは、辞めて貰えませんか?」


 佐久間は、毅然と否を突きつける。


「それは、無理です。あなたの妻が、犯人かもしれない。関係者全員から、聴取する。それが、司法警察職員としての、使命です。そもそも、あなたが、不倫などしなければ、本田智恵は、死なずに済んだかもしれない。あなたは、自分だけ可愛い様だが、まずは、きちんと、本田智恵を弔うべきなのでは、ありませんか?誰のせいで、人が一人死んだのか。あなたは、それを理解するべきだ」


(………)


 時任は、最後まで、項垂れていた。



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