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親愛なる者へ 〜佐久間警部の苦悩〜(2024年編集)  作者: 佐久間元三
意外な繋がり
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悲しみの連鎖(2024年編集)

 ~ 一月三日、夕方。東京都 警視庁捜査一課 ~


 清水喜一と清水博美の死を踏まえ、捜査一課では、捜査の見直しを議論している。捜査会議には、科捜研の氏原誠も、臨場している。


 時任英二の身辺捜査で、清水夫婦が浮上した矢先、毒殺された事から、十五年前の、森田夫婦に関する捜査と、八年前の森田みくる誘拐事件を、紐付けて捜査しようと、整理を始めた。


 八年前の事件に、清水夫婦が関わっているのは、親戚筋の情報だけで、具体的な証拠は挙がっていない。また、当時の資料は、自宅からは確認出来なかった。預金通帳、貴金属などの資産は、盗難に遭っていないが、携帯電話は見つからなかった。


「全員、揃ったな。それでは、捜査の見直しを図る。本日発生した、清水夫婦の殺人事件について、まだ、裏付けが無い段階ではあるが、改めて整理していくぞ。この夫婦は、十五年前から、時任英二と行動を共にしているので、順に追っていこう。まずは、時系列のみを話す。見解や方針は、後で言うから、まずは、正しく把握をしてくれ」


 佐久間は、ホワイトボードに、改めて、時系列を書き出した。


「十五年前、時任英二と清水夫婦は、森田夫婦の土地に目を付けた。森田夫婦との交渉は、時任英二だが、知恵を付けたのは、清水夫婦だ。児童養護施設にすると言って、森田夫婦に共同経営の話で釣り、いざ契約となった時には、服飾デザイナーに転職したと言って、当初条件を蔑ろにし、森田夫婦が、自発的に契約破棄する様、仕向ける事で、契約違反を誘導した。その結果、森田夫婦は、土地を無償で奪われた。清水夫婦の、親戚筋の情報だと、不法に取得した土地を、高値で売れる時が来るまで、所持する計画だったようだ」


 佐久間は、この事実をAと括った。


「では、次の事案だ。八年前の六月十五日。当時、十八歳の森田みくるが、誘拐され、十五年前、不法に取得された、西巣鴨の服飾工場内で死亡。清水夫婦の、親戚筋の情報だと、二十四時間、宴会が行われていた様だが、現場不在証明(アリバイ)作りが目的だと、睨んでいる。また、八年後の六月十五日に、時任英二の愛人であった本田智恵、当時四十一歳が、森田みくると同様な手口で、遺棄された。殺害場所の公園で、いくつかの物的証拠が出たものの、犯人の特定に至っていない」


 佐久間は、この事実をBと括った。


「次に、昨年の七月二十日。桐原勇作、当時三十六歳が、板橋区前野町一丁目で、何者かに、毒殺された。直近まで、一緒にいた仲間は、居酒屋で別れた後、別の駅から帰宅していて、裏が取れているので、潔白(シロ)だ。毒物は、『サクシニルコリン』と呼ばれるもので、医療従事者などでないと、取り扱うのが、難しい。桐原勇作は、時任英二の妻、時任芳江の実弟であり、金品・携帯電話が、そのままとなっていた事から、強盗目的ではなく、純粋に殺害が目的の犯行と言えよう。この犯人も、特定に至っていない」


 佐久間は、この事実をCと括った。


「次に、本日発生した、清水夫婦の殺人事件だ。氏原、毒物の成分は出たか?」


「毒殺に使用されたのは、『アセトアミノフェン』だ。司法解剖結果も、同じ見解が出るだろう。いつの時点で、この毒物を使用されたかは、後々、分かってくるが、二人の体内から、同一成分が検出されたから、分泌時間も同一、つまり、犯人から食事を提供され、不審に思わず食べたと考えられる」


「その毒物は、素人でも、取り扱う事は可能か?」


「いいや、医療従事者が絡んでいると、考えた方が良い」


「清水博美に関しては、親戚筋の情報だと、誰かと不倫している様だった。この点を、覚えておいてくれ。それと、看護師である点も、見逃さない様にして欲しい」


 佐久間は、この事実をDと括った。


「最後に、時系列が前後するが、森田夫妻についてだ。事件対象者ではあるが、昨年の正月明けに、無理心中を図って、この世を去っている。静岡県警察本部の見解では、無理心中を図った夫が、妻殺害後、火を放ち、自宅を全焼させたと見て、捜査を打ち切っているが、事実は違うと睨んでいる」


 佐久間は、この事実をEと括った。


「これらを、一連の事件として考えると、森田みくる、森田健人、森田和子、桐原勇作、清水喜一、清水博美、本田智恵の計七名が、被害者となる。悲しみの連鎖は、ここで、食い止めたい」


(こうして見ると、全容は見えてきたが、一つ一つの正体を、特定する必要があるな)


 安藤は、佐久間の見解を尋ねた。


「関係性を追っていくしかないが、どう組立るつもりだ?」


「一連の事件は、全て時任の性がつく者が、関係していますが、実行犯が誰なのか、断定に至っていませんので、まずは、仮説を立てて、裏取りをしようと思います」


「ほう、どの様に考える?」


「十五年前、時任英二と清水夫婦が、森田夫婦を騙して、土地を取得しました。転売目的で、時任英二が、服飾工場を経営しましたが、八年前、事業が傾き、土地を売って、精算に宛がおうとした。これを看過出来ない清水夫婦は、時任英二を脅す目的で、森田みくるを誘拐し、見せしめに、時任英二の工場に遺棄した」


「その仮説は、しっくりくるな。では、本田智恵はどうだ?」


「八年前と、ほぼ同じ手口なので、時任英二を脅す為に、清水夫婦が企てたと、考えられます。服飾工場に続き、板金塗装工場の、経営状況を洗う必要がありますが、転売を阻止する為に実行したならば、本田智恵が殺害された場所のDNAと、本田智恵に付着していたDNAが、清水夫婦と一致するか、検証してみようと思います」


「時任英二は、当然、犯人に心当たりがあるから、黙秘するしかなかったのだな?」


「そうなります。だから、時任芳江の弟、桐原勇作が殺された事で、堪忍袋の緒が切れて、清水夫婦を殺害した。これが、一番、しっくりきます」


「桐原勇作は、毒殺だ。清水博美は、看護師だったな?今の話を正とすると、桐原勇作を殺したのは、清水博美か?」


「その線が、高いです。当日の現場不在証明(アリバイ)を、本人から聞けなくなってしまった以上、防犯カメラ映像の記録から、追っていく以外ありません」


(ふむ、良いだろう)


「仮説としては、順当で、的を射ている。では、その線で進めたまえ」


「承知しました」


 佐久間は、仮説の裏付けを取る為、各班に指示を出す。


「A班は、十五年前の再捜査を命じる。横浜市都筑区に赴き、清水夫婦が経営する、不動産事務所を家宅捜査し、時任英二と結託し、森田夫婦から、土地を取得するまでの、裏付け資料を探ってくれ。時任英二との、やりとりが残っていれば、裁判資料として活用出来るだろう」


「了解です」


「B班は、八年前の再捜査を命じる。清水夫婦の足取り、DNA鑑定から、森田みるくの誘拐ならびに殺害に結びつく根拠を、洗って欲しい。時任英二の関与に焦点を当てても、この事件は進まないが、清水夫婦からなら、牙城を崩せるだろう。本田智恵から採取されたDNA鑑定、下足痕、繊維鑑定の全てを使って、清水夫婦の関与が認められれば、遡って、八年前を追えば良い。現在から、過去を追う様にしてくれ。間違っても、過去から現在を追うなよ」


「分かりました、八年前の、親戚筋から得た、現場不在証明(アリバイ)はどうしますか?」


「その点は、考えなくて良い。二十四時間、一緒にいたと、親戚筋が証明したとしても、物的証拠が揃えば、状況証拠も見えてくる。現在進行形の事実確認が、まず重要だから、その点に尽力してくれ」


「分かりました」


「C班は、桐原勇作の素性を洗え。不特定多数と不倫をしている情報を得ているので、その中に、清水博美がいたかを検証するんだ。時任英二の妻、時任芳江の弟である以上、時任英二から依頼されて、清水博美を監視する為に、接近したとも考えられるし、逆に、清水夫婦が、時任英二を監視する為に、桐原勇作を誘惑した可能性が、考えられる。東武東上線のときわ台駅を中心に、清水夫婦が、事件当日に、現場にいなかったか、聞き込みと、防犯カメラ映像を洗ってくれ。ときわ台駅を中心に、北東方面が犯行現場で、南西方面が、清水夫婦の自宅だ。駅構内のカメラ映像を検証しても、時間の無駄だ。それよりも、清水夫婦の自宅から、ときわ台駅までの経路と、移動した時刻を、追った方が早い。効率良く、動く様に」


「了解です」


「D班は、時任英二と時任芳江の、身辺を洗ってくれ。清水夫婦を殺害したのは、この二人の可能性が、高い。時任英二の事だから、現場不在証明(アリバイ)は完璧だと思うが、どこかに歪みがあるはずだ。時任英二が無理なら、時任芳江の方から、切り崩しを図るんだ」


「了解です」


 一通り、細かい指示を出した佐久間は、最後に、こう付け加えた。


「この仮説が崩れた場合、全く別の次元で、犯行が行われている。一連の事件は、時任英二が表に出ているが、尻尾を掴ませない。時任英二を操る、黒幕がいるのかもしれない」


 こうして、捜査一課総力を挙げて、捜査の立て直しを図るのであった。



 ~ 一月十七日、警視庁捜査一課 ~


 佐久間が、捜査を立て直してから、二週間が経過しているが、状況が芳しくない。


 一番の問題は、清水喜一と清水博美が死亡している為、事実確認が進まない点である。十五年前と、八年前の記録が、完全に消去され、用意周到だと、認めざるを得ない。本田智恵と桐原勇作の事件に、関与した疑いが強い二人だが、防犯カメラ映像のリレー捜査では、まだ、確たる証拠を挙げられていない。


(不動産事業者だから、危険を察する能力は高いな。DNA結果が紐付くまで、もう少しだけ、時間が掛かるから、一旦、別の捜査をさせるか、迷うところだな。任意でも、事情聴取出来ていれば、完落ちしていたかも知れない)


 判明した事と言えば、清水博美の不倫相手が、佐久間の予想通り、桐原勇作だった事だ。


 二人は、六年前から、不倫していた様で、色々な場所で、逢い引きした証拠が出て来た。


(ここまで、隠さないのは、ある意味、裏を勘ぐってしまうな。時任芳江と、清水喜一は、承知していたのだろうか?)


「警部、こうなってくると、益々、仮説通りになってきます。清水喜一は、時任英二を脅す為、本田智恵を殺害した。そして、清水博美の不倫相手である、桐原勇作に目を付け、殺害。これを根に持った、時任芳江が、時任英二と結託し、清水夫婦を殺害した」


(………)


(確かに、予想通りだが…)


「どうされましたか?」


「山さんの言う通りなんだが、何か、おかしくないか?時任英二は、これまで、殺害に手を染めていない。清水喜一は、不動産事業者だ。清水博美は看護師だから、桐原勇作を殺害出来たのも、頷ける。だが、清水夫婦は、毒を盛られて殺害されている。『アセトアミノフェン』は、医療従事者でないと、取り扱いが難しいと思うんだ。三日の日に、氏原も言っていたしね。それを、時任英二たちが、出来るかな?」


「そう言われてみれば、そうですね。では、一体、誰が?」


「その考えは、正しいかもしれないぞ」


(------!)

(------!)


 氏原が、会話に加わった。


「氏原、科捜研の立場でも、同じ見解なんだな?」


「ああ、素人が、簡単に手を出せる代物じゃない。何か、この事件、どこかきな臭くないか?桐原勇作の時も、不審に思ったんだが、泥酔していたとしても、屋外で、注射すると思うか?前回も言ったが、敢えて、科捜研で分かる様に、痕跡を残した。まず、この真意が分からんね。それに、清水夫婦の事件だってそうだ。清水夫婦が、時任夫婦を警戒しているならば、時任夫婦に渡された物を、素直に食べると思うか?俺なら、絶対に食べないし、自宅に、招かざる客を、呼ぶ事はしないね」


(…その通りだ。互いに、憎しみ合っている同士、面と向かって、話す事もないだろう)


 氏原は、持論を続けた。


「捜査一課の誰もが、長い間、真犯人に、騙されているんじゃないか?外から見ていると、良く分かる。それを気付かせたのは、佐久間、お前の台詞だよ」


(………?)


「『この仮説が崩れた場合、全く別の次元で、犯行が行われている。時任英二を操る、黒幕がいるのかもしれない』だよ。俺は、あの台詞で、目が覚めた気がする。警察組織(我々)は、目先の物的証拠や、状況証拠に囚われ、視野が狭くなっているのだろう。流石は佐久間だと、我が友ながら、感心するよ」


「警部、これから、どうされますか?」


(………)


(時間を掛ける程、真犯人の術中に、嵌まるかも知れない)


「時任英二と時任芳江を、清水夫婦殺害の、重要参考人として、身柄を確保しよう」


 その時だった。


 日下が、捜査一課に飛び込んでくる。


「警部!!時任英二が、殺されました。時任芳江から、119番通報が入りました」


(------!)

(------!)

(------!)


「……また、先を越されたな、佐久間」


(やはり、捜査情報が筒抜けだ。警察組織(我々)の動きを読み取って、先回りされている)


「真犯人は、警察組織に近い者かも知れない。少しだけ、地下に潜った方が、良さそうだ」


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