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親愛なる者へ 〜佐久間警部の苦悩〜(2024年編集)  作者: 佐久間元三
意外な繋がり
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トカゲの尻尾切り(2024年編集)

 ~ 東京都、警視庁捜査一課 ~


 森田夫婦の捜査を、開始した矢先、死亡の事実を知った佐久間は、捜査方針の変更を余儀なくされている。


「時任英二という者は、相当な詐欺師だな。十五年前から、動いているとは、驚きだ」


「十五年前は、児童養護施設にすると言って、森田夫婦に共同経営の話で釣り、いざ契約となった時には、服飾デザイナーに転職したと言って、当初条件を蔑ろにし、森田夫婦が、自発的に契約破棄する様、仕向ける事で、契約違反を誘導しました。その結果、森田夫婦は、土地を無償で奪われました」


「十五年前~八年前まで、服飾工場。経営が傾いて、自己破産したのか知れないが、現在は、板金塗装工場。職種を変えても、経営者は、時任英二のまま。その資本は、どこから流れてくる?何故、経営を維持出来る?その点が、不思議で仕方がない」


「土地取得には、専門知識と、資格が要ります。従って、時任英二と連む、不動産業者がいます。その者が、地上げ屋なのかは不明ですが、足取りを追うつもりです。法務局で、十五年前の土地売買を洗い次第、任意聴取すれば、芋づる式で、時任英二を、詐欺罪で逮捕出来るかもしれません。…ただ」


「…一事不再理か。殺人罪ではないから、量刑が軽くなってしまう」


「仰る通りです。どう足掻いても、無罪が確定している以上、森田みくるに対する罪は、問えません。ただ、十五年前の詐欺罪と、本田智恵の殺人罪を適用出来れば、関係者の無念が晴らせるでしょう」


「確かに、そうだな。でも、それだけでは、ないのだろう?」


「時任英二が黒幕とは、思えません。操る者が、いるはずです。あの土地を手放さないところを見ると、あの土地に、何かあるのかと、勘ぐりたくなります。時任英二が、共犯者と何を企んでいるのか。それを纏めて、一網打尽に出来なければ、警察組織(我々)の負けです」


「時任英二の素性を、もう少し、洗う必要があるな」


「まずは、森田夫婦の土地を不法取得した、不動産業者を洗います」


 こうして、捜査一課は、時任英二の背後関係に焦点を絞り、捜査を展開していく。



 ~ 一月三日、九時半。東京都、佐久間の自宅 ~


 時任英二の背後関係を追って、正月返上で捜査する佐久間は、一月三日だけ、休暇を取っている。


(何とか、十五年前の、全容が掴めてきた。任意で事情を聞くのが正解なのか、裁判所で令状を取って、家宅捜索に踏み切るべきか、迷うところだな。明後日には、日下から、一定の報告がくるはずだから、そこで判断する事にしよう)


「あなた、また、仕事の事を考えているでしょう?」


(------!)


「いや、ごめん。何だっけ?」


「ほら、聞いてない。折角、父さんが来たのだから、初詣どこに行こうかって、さっきしてたでしょう」


「ああ、そうだった。明治神宮はお勧めだが、混むからね。御成門駅で降りて、増大時はどうだ?」


「良いわね。東京タワーも近いし、父さんも喜ぶわ」


「では、準備して、早速行こうか」


(------!)


 ふいに、佐久間の胸元で、携帯電話が振動する。


(……この番号。課長からだ)


「どうも、課長、おはようございます」


「休暇中、すまんな」


「いえ、大丈夫です。まだ自宅ですから?何かありましたか?」


「やられた」


(………?)


「清水夫婦が、殺された」


(------!)


 安藤が告げる清水夫婦とは、年末年始を犠牲にし、やっと掴めた事件関係者である。何度も法務局に通い、取得に関与した事業者を特定し、税務署で、対象事業者の金の流れを追い、任意で事情を聞く為に、証拠を揃えた矢先の、訃報である。


「課長、どうも、タイミングが良すぎます。捜査情報が、漏れているとしか、思えないのですが?」


「同感だ。これは、時任英二の仕業なのではない。裏にいる者の、仕業だろう」


「内偵捜査は、後で考えるとして、まずは、現場に向かいます」


「休暇中だろう、大丈夫なのか?山川に指揮を執らせても、構わないぞ」


「自分が、指揮している案件ですから、構いません。山さんには、私から電話します」


「分かった。儂も、今から捜査一課に行く。詳細は、後で教えてくれ。板橋区弥生町だ」


(板橋区弥生町?)


「課長、それって…」


「流石だな。もう、ピンと来たか。そうだ、桐原勇作が殺害された場所の付近、東武東上線のときわ台駅を挟んで、反対の地区だよ」


「清水夫婦が経営する不動産屋は、横浜市だったので、てっきり、横浜市都筑区にいるものとばかり」


「自宅だそうだ。詳しくは、行ってみるしかない」


「承知しました」


(………)


 電話を切り、千春に詫びようとすると、既に、コートが用意されている。


「年始で混んでるから、風邪を貰わないでね」


(すまない)


「お義父さん、こんな事になり、申し訳ありません」


「良いって、早く行きなさい。君は刑事なんだ、心得ている。子供たちには、君の分まで、ご馳走しておくから」


 佐久間は、深々と頭を下げ、自宅を飛び出した。



 ~ 東武東上線、ときわ台駅 ~


「警部、お待たせしました」


「山さん、すまないね」


「とりあえず、飛んで来ましたが、経緯を知りません。警部は、何か、お聞きになりましたか?」


「来る途中に、通信指令室に電話で聞いた。新年の挨拶で、自宅を訪れた親戚が、発見した様だ。呼び出したが、反応が無かったから、ダメ元で、玄関を開けたら、鍵が掛かっていなかったらしい。酔っ払っているのかと、リビングを覗いたら、二人が死んでいたそうだ」


「機動捜査隊が、捜査しているでしょうね、急ぎましょう」


「新年早々、野次馬も多そうだ」



 ~ 十五分後、板橋区弥生町 清水夫婦の自宅 ~ 


「今日は、休暇中って聞いていたんだが?」


(氏原?と言う事は、毒殺か?)


「明けましておめでとう。…って、場違いか」


「いや、大事な事だ。明けましておめでとう。状況は、どこまで聞いている?」


「新年の挨拶で、親戚が訪ねて来て、遺体を発見したところまでだ。捜査一課で、任意で事情を聞こうと思っていたところ、先手を打たれた」


「そうか、先を越されたか。まあ、仕方が無い。やれる事だけ、粛々とやろうぜ。まずは、氏名の確認からだ。被害者は、清水喜一、四十五歳。それと、妻の清水博美、四十三歳。二人とも、中毒死だ。成分は調べてみないと、分からんから、迂闊に触るなよ。即死する危険性もある」


「分かった、成分捜査は任せるよ。第一発見者から、話を聞きたい」


「それなら、二階で待機して貰っている」


 佐久間は、第一発見者から、清水夫婦の事情を聞いた。


「警視庁捜査一課の佐久間と、山川です。死因は調査中で、遺体を発見した状況は、ある程度把握しましたので、他の事をお聞かせください。まずは、お二人の、氏名をお願いします」


「近藤太一、五十三歳と、妻の近藤明子、五十二歳だ」


「殺害された事から、二人は、何者かに、恨まれていた事になります。誰かと口論していたとか、揉めていたとか、ありませんでしたか?もしくは、羽振りが良かったとか、借金苦に陥っていたとか、何でも結構です」


「表立って、警察沙汰になる事はないが…」


(何だ?訳ありの様子だな)


「何でも結構です。もしかすると、この情報が、犯人の逮捕に繋がるかもしれません」


(………)


「この二人は、不動産売買を商売にしていた。昔から、人を騙しては、恨まれていたよ。親戚の者は、皆知っている。なあ、母さん?」


「…ええ、聞くに堪えられない様な、悪い事もしていたわ」


「それは、どんな悪事です?覚えていませんか?」


「十五年前か、十六年前か忘れたけど、築地だか、月島だか、良い鴨を見つけたと興奮していたわ。何でも、西巣鴨に良い物件を見つけたって」


(…警部)

(…ああ、森田夫婦の事だろう)


「ほう?鴨ですか?清水夫婦は、それから、どうしましたか?」


「知り合いの男が、口が立つから、土地を取得する秘訣を教えたって。下手を打つと、不動産業者の資格を剥奪される恐れがあるから、裏方に徹したそうよ」


(なるほどね。独立行政法人の理事を語り、共同経営を持ち掛ける手法は、時任英二の発想で、売買契約と契約を反故させる手法は、清水夫婦が考えたに違いない。悪党同士、馬が合ったのだな)


「そんな事があったのですね。それで、その土地はどうなりましたか?清水夫婦が所持を?それとも、知り合いの男が所持を?」


「無償で手に入れた土地だから、二十年位、土地価格の動向を見て、上がる様なら、転売して、山分けする話になっていたみたい。ただ、何もしないで放置すると、他の不動産業者が寄ってくるから、知り合いの男が、事業をするって聞いたわ」


(なるほど、土地の高騰を狙っていたのか)


「母さん、もう一つ、思い出した。あれは、何年前だ?えーと、何かの事件で、ひょっとして、喜一と博美が、やったんじゃないかって、親戚中が大騒ぎしたじゃないか?」


(ん?大騒ぎした?何かの事件?)

(…警部)

(…まだだ、山さん)


「お父さん、あれですよ?二回前のオリンピックが、開催された年だから、八年前の事件よ」


(------!)

(------!)


「八年前といえば、西巣鴨で起きた誘拐事件では、ありませんか?知り合いの男とは、…時任英二。この名前に、聞き覚えは、ありませんか?」


(…時任?)

(…時任英二?)


 二人は、その名を思い出した様に、同時に頷く。


「そう、時任だ。芸能人の、時任三郎と同じ苗字だねと、話したな、母さん!」


「ええ、親戚中でも話題になりました。不動産ってのは、誘拐もするのかってね。亡くなった女の子が、喜一が絡んだ土地で、発見されたと聞いて、『犯人は、絶対喜一だろう』と、疑いました」


(------!)

(------!)


(繋がった!八年前、森田みくるを、清水夫婦が殺したんだ)


「その話ですが、何故、清水夫婦がやったと、皆が疑ったのですか?」


「確か、あの当時、時任って男と、喜一が揉めてたのよ。時任って男が、『経営する工場が、危ないから、工場を転売して、穴埋めする』と、言い出したらしいの。それを聞いた喜一は、烈火の如く、怒ってね。『俺を裏切ったら、どうなるかを、分からせる必要がある』って、私たちに漏らしていたから、覚えてたの」


 山川が、憤る。


「何故、その話を、当時の警察に話さなかった?あんた達、全員、共謀(グル)だったのか?」


 近藤は、首を横に振った。


「言わなかったのは、確証が無かったからだ。事件の当日、喜一と博美は、親戚を呼んで、二十四時間、宴会してたからな」


「二十四時間、本当ですか?朝から晩まで?」


「ああ、纏まった金が入りそうだから、親戚に迷惑を掛けている分、恩返しをさせてくれと、清水夫婦からの申し出があったんだ。儂らも、素行の悪さは知っていたが、日頃の苦労も知っていたから、応じる事にしたんだ」


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。


「警部、おかしいですな。臭います」


現場不在証明(アリバイ)作りだろう。朝から晩までと言っても、空白時間を作れるはず。酔い潰せば、行動出来るからね。しかも、親戚が揃って、現場不在証明(アリバイ)を証明すれば、信じざるを得ない。人の記憶は、曖昧だが、楽しかった事や、辛かった事は、何年経っても覚えているからね。だが、記憶が飛んだ者は、大まかな部分しか、覚えていない。中々、面白い事を考えたよ。清水喜一と清水博美の夫婦は」


「貴重な情報、ありがとうございます。ちなみに、妻の博美さんは、旦那さんと同じ、不動産経営を手伝っていたのですか?」


「いや、不動産経営は、喜一だけだ。博美は、看護師だよ」


(看護師?…医療従事者か)


「お父さんは、知らんと思うけど、博美ちゃん、誰かと浮気してたわよ」


(------!)

(------!)

(------!)


「ほう?どうしてですか?」


「喜一が、不動産売買で、家を空ける時には、必ず、化粧をして、外泊するのを、把握していたからね。この夫婦は、人の弱みを見つけたら、骨までしゃぶる夫婦だから、保険の為に、弱みを掴んでおいたのよ。強請られたら、こっちも、脅してやろうと思っていたわ」


「へー、母さんも、やるねえ。何だか、おっかねえな」


「奥さんは、その浮気相手を、見た事がありますか?写真を、隠し撮りしていたとか」


「そこまで、露骨な事はしてないけど、顔を見れば、思い出す自信は、あるわね。筋肉質で、眼鏡をしていたわ、割とイケメンよ」


(筋肉質で、眼鏡、顔立ちが良いか)


「博美さんの浮気相手は、いつも同じでしたか?不特定多数でしたか?」


「多分、同じ相手だと思う。博美ちゃん、いつも決まった時間に、同じ方向に出かけていたから。少なくとも、私が見た時は、一緒だったわよ」


(………)


(少しずつ、明らかになってきた。看護師、それに、筋肉質の男。清水夫婦は、トカゲの尻尾切りされたが、親戚筋から、話が伝わるとは、犯人は予想していないはずだ。本田智恵を殺したのは、清水夫婦だとして、時任芳江の弟である、桐原勇作を殺したのは、博美か?医療従事者だと考えると、その線もあるが、もし、この二人が不倫関係だと、殺す動機が必要だ。時任英二に対して、清水夫婦が恨みを持っていたとしても、時任芳江の弟まで、手を掛けるだろうか?念の為、近藤夫婦に、桐原勇作の写真を見せて、事実確認はしておこう)

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