アルティミシア・マクバーンの昔語り
アルティミシアは、幼い頃から、市井に出ることが好きだった。
父や母も淑女らしくないと言いながら、アルティミシアが平民たちに興味を持つのが嬉しいようであった。
そんなアルティミシアには、幼馴染といえるような少女がいた。
彼女の名はレイチェル。
三つ年上の彼女は、街の小さな喫茶店の娘で、器量の良い優しい娘だった。
そして三年前、アルティミシアが十三歳、レイチェルが十六歳の頃。
レイチェルに恋人ができた。
その人こそが、ーーキース・グリーン。
レイチェルとキースは、アルティミシアの目から見ても、とてもお似合いの二人だった。
しかし、半年ほど過ぎたある日。
店によく通っていた一人の男が、偶然レイチェルとキースの逢瀬を見てしまったことから、事件が起きた。
その男は少々頭のおかしい人で、レイチェルが自分のことを愛しているのだという身勝手な妄想を抱えていた。
身に覚えのない言いがかりに、二人は困惑した。
そして数日後、男が刃物を隠し持ってレイチェルの店へやってきた。
その日はキースも来店していて、男はキースを後ろから刺そうとした。
レイチェルはそれを庇って、胸に大きな傷を負った。
レイチェルは治療の甲斐もあってなんとか一命を取り留めたが、キースはその日からぱたりと、レイチェルのもとへやってこなくなった。
不審に思ったアルティミシアは、家の者に頼んで、キース・グリーンという男を調べさせた。
すると、レイチェルとの同時進行で合計三人の女と関係を持っていたという事実が浮上した。
しかも、一夜の関係を持った女の数は、侯爵家の力を持ってして特定不能を言い渡されるほど、酷い数。
憤慨したアルティミシアは、子爵家まで足を運んだ。
その時、キースはアルティミシアを前にして、こういったのだという。
俺は命を狙われるために、あの平民女と恋人ごっこをしていた訳じゃない。
俺のことを思うなら、もう二度と俺の前に現れるな。
レイチェルに、そう伝えろ。
アルティミシアは、レイチェルに、あの男のことはもう忘れろといった。
あんな心根の腐った男は、レイチェルに相応しくないと。
しかしレイチェルは、それでも良いからキースの側にいたいと願った。
止めるアルティミシアを跳ね除けて、彼女はキースのもとへ向かった。
だが、そんなレイチェルを襲ったのは、哀れな現実。
彼はもう既にほかの女に熱をあげていて、挙げ句の果てに、レイチェルにこういった。
お前はもう、必要ない。
キースと出会ってから、キースだけがレイチェルの世界だった。
キースが笑えばレイチェルの世界は明るくなったし、元気がなければすぐさま雨が降り出した。
アルティミシアや両親のことなど、キースの存在に比べればちっぽけなものだった。
キースに拒絶されたいま、レイチェルにはもう、生きる意味がなかった。
その日、レイチェルは、自害した。
白いベッドに鮮やかな血を垂らしてなくなっていた彼女の枕元には、一枚の紙があった。