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クローディアの涙  作者: 森心安
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第六章

 彼女の胸からは竜が滝登りするように、血が噴き出た。それがセリーヌの足元にまで及ぶと、彼は事態を飲み込んだ。彼自身の手で、クローディアを殺めてしまったという事実に。

 「クローディア! クローディア! 僕はなんてことをしてしまったんだ!」とセリーヌは彼女の元に駆け寄った。

 「ううん、もう、ダメみたい……」微かに残る気力を振り絞り、やっとのことで喋っているようだった。

 「そんなっ……僕は最低だ。君をこんなに辛い思いをさせて……」

 セリーヌの涙腺はさながら決壊したダムであった。どれだけ自ら涙を拭っても、どうしようもなく溢れてくる。涙と血の混ざったワインレッドの床は、これ以上に無い輝きを放っていた。その儚き美しさが、恨めしい。

 「わたしね、どうしてもお礼がしたかった。だからこうするしかなかったの」

 「だからこんなことをしたの? 死んじゃうじゃないかっ」

 「たとえ死んでも、わたしはセリーヌを助けたかった」

 「どうして、僕はそこまでのことをしてないのに……」

 「あなたが初めてだった……撃たれた時に泣いてくれた……しかも二度も……」

 クローディアは笑っていた。笑いながら泣いていた。セリーヌが冷たくなりつつある手を握ると、更に感情は昂ぶった。

 「わたし達エルフは、殺されるとみんな喜ぶの。『やったあ』ってね。パパとママが死んだ時も、そうだった。わたしにとっては、後を追いかけたいくらい、悲しいことだったのに」

 ギャツは目を伏せていた。しばらく前まで、殺せと連呼していたが、その言葉も辞書で覚えたのかもしれない。覚えた言葉で相手を罵倒して、得意気になっていた。そんな自分が恥ずかしくて、口をつぐんでしまった。

 「でも、セリーヌとお母さんだけは違った。本当に一緒に泣いてくれたし、元気になるまで、傍にいてくれた。あと、一番嬉しかったことは、好きになってくれた。そんなエルフはきっとわたしが初めてだよ」

 「僕も君がいたから、殺さずに済んだ。毎日が楽しくてしょうがなかった。だからこれからも一緒にいたいんだ」

 涙ながらに訴えたが、時間は残酷であった。彼女は重く咳き込むと、いよいよ呼吸すら困難になった。

 「ごめんね、それはちょっと難しいなあ。あの演技、結構疲れちゃうんだよ。それより、この涙で早くお母さんを助けてあげてね」

うん、うん、とセリーヌは手を強く握り直して頷いた。

 「うしろの、ギャツさん? ごめんなさい、演技だったんだけど、怪我させちゃって」

大男は首を左右に振った。そして、最期の瞬間に自分は相応しくないと気遣ったのか、医者を呼んでくると言い残して家を出た。すると、外から爆発音みたいな嗚咽が響き渡った。

 「ありがとう、クローディア……」

 彼がクローディアを抱き締めると、二人は精一杯温もりを分かち合った。

 「あ……りが……とう……大……好き……」

 最期の気持ちを伝えると、クローディアは息を引き取った。

 幸せになって流した涙は、真夏の空の色をしていて、どの結晶よりも大きく、眩しくきらめいていた。


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