噂のふたり
噂のふたり 進むな!危険な予感⁈
『あの子とは、どういう関係?』
将来結婚する関係。
「宗一郎」
とある日の部活に向かう前、教室を出たところで愛也に呼び止められた。
「ん、なに?」
愛也がこうして部活前に俺を呼び止めるのは珍しい。というか、最初の頃に俺が断って以来、愛也は俺の部活を極力邪魔しないようにしてくれてはいる。
「ちょっと、話せない?」
「あとじゃダメ?部活始まるから、夜に電話するよ」
「あの、できれば直接・・・」
俺は付き合い始めてから、それこそほとんど、自分から愛也に関わっていない。電話もメールも常に愛也から。しかも、俺はひとたび家に帰れば、玲といることが多いため、iPhoneを放置しており、愛也からの連絡はもとより、部活の連絡網さえも止めてしまうありさまだ。おかげで、家電に電話をかけられたこと数知れず。
「んー、じゃあ、明日の昼休みは?」
「・・・うん、わかった」
付き合い始めたからといって一緒に昼休みを過ごしているわけでもない。俺は部活の連中と弁当食べたり学食に行ったりする。愛也が誰とどうして過ごしているのかなんて、知らないし興味もない。
「じゃあ、気を付けて帰って」
「うん、ありがとう・・・」
愛也につかまったおかげで小橋にすらおいて行かれたから、俺は急いで部活に向かう。
「三井、大丈夫?」
部室に着くなり、小橋につかまって小声で耳打ちされたと思ったら、こんな言葉だった。
「は?」
「いや、滝田に呼び止められてたじゃん?」
「あ、うん」
「『あ、うん』って、よくそんな冷静でいられるな」
「何の話だよ?」
とりあえず出遅れてるから着替えつつ小橋の話を聞く。
「おまえさ、あの玲ちゃんと、本当はどういう関係なんだよ?」
「教えたくない」
俺はあの玲の“弁当お届け事件”以来、たびたび部活内でこんなことを問われはするけど、頑として口を割らないまま、今日に至っている。
「三井さ、あの噂ってマジなの?」
部室から体育館に向かう道すがらで小橋が言った言葉に、俺は足を止めた。
「なに?噂って?」
「え?」
俺の反応に、小橋も足を止めた。
「俺に関する噂ってこと?」
「・・・っていうか、三井と、滝田と、玲ちゃん・・・」
「は?」
詰め寄った俺に小橋が教えてくれた噂はまさに最悪だった。
一般論的に学年交流会で仲良くなったとほぼ全校生徒に勘違いされている俺と玲は、学年交流会で雨に降られ、優しい三井くん(俺)が可愛い後輩の神崎さん(玲)に自分のジャージを羽織らせてまで雨から守ろうとした挙句、濡れたからというのを口実に部室に連れ込み、ワイシャツを貸して(彼シャツ)でホームルームに出した。そして、そんな噂を聞いても健気な滝田さん(愛也)は三井くん(俺)を責めることもせず、今日に至っている・・・というのだ。
「確かにジャージ貸したしワイシャツも貸したけど、別に、風邪ひかれたら困ると思っただけだし」
「それを滝田に説明した?」
「なんでそんなこと愛也にいちいち説明するんだよ?」
今度はストレッチしながら話す。
「いや、だって、彼女だぞ、おまえ。彼氏が他の女の子にジャージとかワイシャツ貸して、いい気しないだろ」
「そんなの知らないよ」
「いやいや、ちゃんと話すべきだと思うぞ」
恋愛経験ゼロっぽい小橋にそんなこと言われたくないよ。
「俺のものを俺が玲に貸しただけなんだから、愛也は関係ないだろ」
「三井、ちょっとモテるからって、おまえ、その態度よくないぞ」
「意味わかんない」
小橋のこだわりも意味わからないし、噂になるほどのことをしたつもりもない。ただ、面倒くさいのは噂によって俺と玲が近しい関係だということが認識され始めたことだ。
「三井―」
翌日の昼休み、俺は教室の入り口からクラスメイトに大声で呼ばれ、見ると、廊下に愛也が立っていた。
「あ、ごめん」
「あの、お弁当は?」
「あ、あとで食べるから、いい。とりあえず、話聞くよ」
俺は別に昼休み丸々愛也と過ごすなんていう気はさらさらない。話を聞いたらさっさと教室に戻る。
「どこいこっか?」
「あんまりその・・・」
「じゃあ・・・」
人の少ない第2号棟の空き教室で愛也と向かい合って床に座った。
「で、なに?」
ここで別れを切り出されたとしても、不思議はない。なんたって、俺は愛也のメールも電話もろくに返してない上に、デートだってしていない。挙句の果てには、あの噂だ。
「・・・その、あの」
なんと切り出していいのかわからずにもごもごしている愛也に、俺はイライラしてくる。
「なに?はっきり言って」
「あの、一年生の神崎さんとは・・・あの子とは、どういう関係・・・?」
ひとまず別れ話ではなく、玲と俺に関しての噂を確かめようって、ことらしい。
「この前の学年交流会でペアになった相手だよ。委員会も偶然同じでね」
「えっと、それ、だけ?」
「それ以外に何かある?」
あの学年交流会と同じ図書委員であるという以外、俺と玲に学校内での接点はない。校内で話しかけることもない。というか、学年が違うから、すれ違うことすらほぼない。
「うん、わかった・・・」
「話は、それだけ?」
「うん・・・」
「じゃあ、戻ろうか?」
「うん・・・あの、宗一郎・・・」
立ち上がりかけた俺の袖をとっさに愛也につかまれた。
「ごめんなさい、ちょっと、噂が気になって・・・私・・・」
「やきもち妬いてた?」
俺の言葉に、愛也は俯いて頷いた。
「俺も軽率だったよ、ごめんね?」
「ううん、宗一郎は、誰にでも優しいから。そこが、宗一郎のいいところだって、思ってるから」
物凄い都合のいい勘違いだね。でも、愛也がそういう俺が好きなんだったら、それでいいよ。誰にでも優しい俺を演じててあげる。
「でも、ワイシャツまで貸すのはちょっと・・・」
「うん、わかった。そこら辺は、これからはちょっと考えるようにするから」
早く納得してもらって教室に戻らないとこれはこれで面倒くさい。
その夜・・・。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
家に帰ると当然のように我が家のリビングでクッキーを頬張っている玲。
「ちょっと待ってね、いまご飯の支度するから」
両親共働きの我が家で、俺は子供の頃はしょっちゅう玲の家に預けられていた。玲の家はお母さんが専業主婦でいつでも家にいるから、玲のお母さんは俺にとっても母親同然だ。俺が中学にあがってからは部活で帰りが遅くなり、中一のときは小学6年生の玲が今のように我が家に着て俺の夕食の支度をしてくれていた。
「ありがとう。着替えてくるよ」
二階の自室で制服から部屋着に着替えてリビングに降りると、俺の食卓は準備されていて、玲はまたクッキーを頬張っていた。
「いただきます」
「召し上がれ」
玲が作ってくれた豚肉の野菜巻きを食べながら、ふと、玲は噂を知っているのかと思って、じっと眼の前のクッキーモンスター化している玲を見つめた。
「なぁに?」
「ん、いや・・・」
「そういえば、2年生の滝田さんって、宗ちゃんのお友達?」
「ふはっ?」
玲の口から突如きかされた愛也の名前に、俺は不覚にも味噌汁を吹き出しかけた。
「なんで?」
というか、愛也はある意味有名人だから、一年生の玲も俺と愛也が付き合ってるとか、そんな噂を知っているのだろうか?
「今日のホームルームが終わった後ね、帰ろうとしたら教室にきて」
「滝田が?」
「うん、で、なんか、宗ちゃんのこと聞かれたから」
「俺のこと?なんて?」
「どういう関係なのか?みたいなこと」
玲は首を傾げながらクッキーをポリポリ。
「え?で?」
「あ、大丈夫だよ!『この前の学年交流会でお世話になりました』って言っておいたから!これなら宗ちゃんに迷惑かからないでしょ?」
玲が得意げに言う。玲、案外賢いね。
「ありがとう」
「宗ちゃんもてるんだね」
「は?」
「滝田さんって、すごい可愛かったよ」
まあ、あれでも今年の男子限定秘密投票でも校内ナンバーワンだからね・・・言わないけど、玲はナンバースリーだよ。
「ところで玲、バイトのシフト出た?」
「うん、コピーして持ってきた」
玲のバイトは週に3日。すべて平日。
「明日もバイトなんだ?」
「うん!」
「じゃあ、終わるころに迎えに行くから、待っててよ」
玲、俺は玲が世界一好きだよ。