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バイト先のふたり

   バイト先のふたり   進め!新しい環境!



「いらっしゃいませー」

 もう閉店間際のカフェ。外観もおしゃれで高校生が入るのはちょっとためらわれるような感じだ。でも、店に入った俺に『いらっしゃいませ』と返してくれた声は間違いなく玲だった。

「お持ち帰りですか?」

 緊張のあまりか、俺の顔を見ないで、固まったような接客をする玲。

「はい。できればもうちょっと感じのいい接客と、残りのケーキ全部ください」

 ガラスのショーケースに入っている残りのケーキは7つ。

「は・・・え?」

 俺の声を聞いてやっと顔をあげて俺を見た。

「そ、そ宗ちゃん!」

「お疲れ。そろそろ閉店だろ?」

「あ、うん・・・」

 まさか俺が堂々と店内に入ってケーキを買うとは思っていなかったのだろう。玲は驚きのあまり俺の顔を見つめたまま動かなくなった。

「あのさ、一応客なんだから、待たせないで早く箱に詰めてよ」

「はい!」

 おぼつかない手つきで箱に詰められるケーキたち。

「あ!」

「ん?」

 玲が声をあげて、ふと見れば、箱に詰められるはずだった最後の一切れが無残にガラスケースの中で崩れていた。掴むときに、力を入れすぎたのだろう。

「神崎さん?どうかした?」

 店の奥から若い男の人が出てきて、玲を見て、俺を見て、それから残念なことになっているケーキを見た。

「申し訳ございません!本日はこちらで最後でして、よろしければ代わりにシュークリームをサービスさせていただきますので」

 深々と頭を下げられ、俺は逆に申し訳なくなってきた。

「あの、申し訳ないのはこちらです。玲がドジで本当に申し訳ありません」

「えっ?」

「ちょっと、宗ちゃん」

 ぽかんとする男の人と、焦る玲。

「え、や、店長、これは・・・」

 若い男の人はどうやら店長だったらしい。

「神崎さんの、彼氏?」

「いえ、保護者です。バイトの日は帰りに迎えに来ることになっているので、よろしくお願いします」

 制服のブレザー姿で保護者を名乗る俺はどうなのだろう、と思いつつも、他に自分の立場を説明する言葉が思い浮かばなかった。

「そうですか。それはそれは、いやー、近頃の夜道は危険だから、送っていこうかとかいろいろ考えてたんだけど、お迎えが来るなら安心だ」

 にっこりと笑う店長。

「あ、神崎さん、クローズの準備してもらっていいかな?美咲ぃー」

 店長がお店の奥に声をかけると、今度は店長と同じ年くらいの女の人が出てきた。

「じゃあ、神崎さん・・・あなた、まだお客様がいらっしゃるじゃないの」

 出てきた女性は俺を見て、店長を叱る。

「いやいや、彼は神崎さんのお迎えにきてるんだ」

「あら、そうなの」

「こちらは僕の奥さんだ」

「初めまして。三井と申します」

 ご夫婦で営まれているらしいカフェに、バイトが玲ひとり。

「玲ちゃんもとっても可愛い女の子だと思ったけど、彼氏もとってもハンサムなのね」

 奥さんにも俺は“彼氏認定”された。

「彼氏じゃなくて保護者らしいよ」

「あら、そうなの?」

 玲は奥さんに教えてもらいながらクローズの準備をして、俺はお金を払うべく、レジで待機。

「あ、その崩れたケーキも入れてください。責任もって買いますんで」

「いやいや、どうせもう売れないんだから、お金も、いいよ」

「そういうわけにはいきませんよ。今日が初日で玲はどうせ迷惑しかかけてないと思うので」

「じゃあ、ケーキ代はもらうとして、シュークリームとプリンをサービスするよ」

「なんか、かえってすみません」

 俺の希望により玲がつぶした無残なケーキも箱に詰めてもらい、更にシュークリームとプリンがサービスされる。

「はい、神崎さん、お疲れさま」

「ありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」

 玲はぴょこんとお辞儀をして、俺は玲とふたりで暗い夜道をたどる。チャリは学校に置いてきたから今日は電車。


「ごめんね、宗ちゃん。疲れてるのに」

「これくらいで疲れるほど俺がヤワだと思ってるわけ?」

 俺の痛烈な切り返しに玲は焦って首をぶんぶん振る。

「そんなことないよ!」

「じゃあ、余計な心配しなくていいから」

 自宅の最寄り駅まで電車で行って、駅から家まで20分。バスもあるけど、俺と玲はバスに乗るのはあまり好きではなくて、いつも歩いて帰っている。

「初バイトはどうだった?」

「すごい緊張した!でも、ケーキ落としたのはあのときだけだよ」

「客が俺で良かったね」

「うん!」

 ドジで抜けてる玲だけど、いつでも一生懸命できらきらしてるから、きっと店長夫妻にも可愛がられるだろう。中学のとき、部活にマネージャーとして入部してきたときもそうだった。人見知りしないで、いつだって誰とでもすぐに仲良くなって、みんなのことを気にかけて、きらきらして、玲はあっという間に俺たちの勝利の女神になった。俺はそれがものすごく気に食わなかったわけだけど。

「宗ちゃん、うちでご飯食べて行って」

 玲の家で夕食をご馳走になることはよくある。逆に玲が俺の家で夕食を食べていることもよくある。

「うん。丁度デザートもあるしね」

 ふたりして、神崎家のドアから中に入る。

「おかえりなさい。宗ちゃんありがとう。初めてのバイトはどうだった?」

 玲のお母さんが俺たちを出迎えてくれて、リビングにはいると、なぜか母さんがいた。

「母さん、どうしているの?」

「宗がちゃんと玲ちゃん送ってくるか見張るため」

 そんなに親に逆らったことはないはずなのに、母さんの中での俺の信用の薄さにがっくりくる。初日ですら疑われるとは、まるで顕微鏡のプレパラート並だ。

「ちゃんと送ってきたよ」

「1日も欠かさずに続けてよ」

「はいはい」


 洗面所で手を洗って玲とふたりならんで夕食をご馳走になる。母さんたちは俺の買ってきたケーキでお茶にしている。

「玲と宗ちゃんはどれにする?」

「俺、それにします」

 最後に玲が落としたケーキ。

「私がそれにするから、宗ちゃん好きなの選んで」

「でも、それがモンブランなんだよ」

 基本的に甘いものはそれほど得意というわけではない。ケーキならモンブランか玲の焼いてくれるニューヨークチーズケーキ。アイスなら抹茶。シュークリームひとつなら、美味しく食べられる。

「・・・ごめんね」

「いいよ。玲は好きなの選びな」

 玲はキラキラのチョコレートでコーティングされたケーキを選んだ。

「ありがと、宗ちゃん」


 チョコレート以上にきらきらのその笑顔を俺に向けてもらうためなら、日々のお迎えなんて、わけない。



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