バイト選びのふたり
バイト選びのふたり 進め‼初めてのアルバイト!
『だって、放課後暇なんだもん』
確かに、それはそうかもね。
あれ以来、玲からは何の連絡もないし、家にも来ない。玲にマネージャーになるのをやめるように言ってから3日。母さんはまだ怒っていて、俺とは一言も口を利かない。父さんは事情を知ったうえで、母さん(玲)の味方だから、これまた“おはよう”“おやすみ”くらいしか話をしない。俺は一人っ子で我が家は3人家族だから、俺は家に帰るとほとんど口を利かないまま寝ることになる。
ピンポーン♪
そんな不穏な空気の我が家に、お客さんがやってきた。時刻、午後9時。
「はーい」
母さんが玄関に出ると、続いて驚いた声をあげて、誰かをリビングに連れてきた。
「・・・おじゃま・・・し、ます・・・」
部屋着のワンピースで完全に泣きじゃくっているのは玲だった。
「玲ちゃん!ど、あ、な、何がなったんだ?」
昔から玲の涙に弱い父さんはあまりの動揺に日本語が変になっている。
「お父さん、今日、泊め、て・・・くだ・・・さい」
玲は泣きながら父さんと母さんに頭を下げた。いったい、何があったというのだ。
「ああ、いいよ。いつまででも泊まっていいし、部屋があるからうちに住んで、うちの子になってもいい」
それはダメ。玲がうちの子になったら、俺と玲は兄妹になって、俺は玲と結婚できなくなるから。
「そうそう。私は玲ちゃんみたいな可愛い娘がほしかったのよ」
俺と結婚したら玲は母さんの娘になるからその日までおとなしく待ってて。
「ありが、とう・・・ございます・・・」
泣いている玲を椅子に座らせて、玲が泣き止むのを3人無言で待つ。待つこと5分。
「お父さんってば、ひどいんです・・・」
さっきの“お父さん”は俺の父さんのことだけど、この“お父さん”は玲のお父さんのことだ。俺は玲の両親に対しては“お父さん、お母さん”、自分の両親は“父さん、母さん”だから、なんとなく区別できるけど、玲はまるっきり同じように呼ぶから紛らわしい。
「どうしたの?」
「私、放課後、アルバイトしたいんです」
玲の言葉は、とても思いがけないものだった。アルバイト?玲が?このとろくてどんくさい玲がアルバイト?いったい何のバイトができるっていうのさ?
「放課後、時間あるから、学校の近くのカフェでアルバイトしようと思って・・・それなのに・・・お父さんが」
玲の話を要約すると、放課後暇なので(俺がマネージャーになるのを禁じたために、玲は他の部活に入る気にもなれず、帰宅部を決め込んでいた)学校近くのおしゃれなカフェでアルバイトをしてみたいと思い立ち、早速面接へ行ってみた(玲は無駄に行動力がある)。カフェは女の子たちに人気などこだかの有名ホテルの系列店でアルバイト採用人数がひとりに対して応募が多く、すでに玲のクラスでも何人か不採用になっていると聞いたため、面接に落ちてもまた次を探そうという気持ちで受けたが、なんと、玲は採用された。
家に帰ってお父さんにその話をしたところ、帰りが遅くなり危険だから、アルバイトは許可できないといわれ、何とか許してもらおうとしている間に口論となり、いまに至る。
「私、どうしてもやってみたくて・・・せっかく採用してくれるって言ってくれたお店の方にも申し訳ないし・・・もう、どうしていいのか」
今まで門限も特になく、さしてあれこれ厳しくされてこなかった玲だから、まさかここで父親からの反対に遭うとは予想していなかったのだ。俺に言わせれば、面接を受ける前に両親の承諾くらい得るべきだと思うけど、玲はそんなこと考えもしなかったのだろう。
「そうだね・・・でも、遅くなるのは危ないしな。暗くなってから一人で帰ってくるのはやはり心配だな」
父さんはやっぱり父親だ。
「つまり、ひとりで帰らなければいいのよね?」
母さんは、多分、母親としてはちょっと変な感覚の持ち主だと思う。
「でも、一緒にバイトする相手もいないから・・・お店が小さいから、アルバイトは私ひとりだけで・・・」
「アルバイトって、何時までなの?」
「一番遅い日は21時までで・・・」
玲の話を聞いて母さんはくるんと俺に向き直った。
「宗一郎、ちょっとお隣行って玲ちゃんのご両親にアルバイトの許可もらってきなさい」
3日ぶりに話しかけられたと思ったら、こんな命令だった。
「は?」
「ほら、はやく」
「なんで俺が?どうやって?」
我が母ながら、意味が分からない。
「あんた部活20時まででしょ。そのあと自主練してたら21時近くなるでしょ。それから玲ちゃんをバイト先までお迎えに行って、一緒に帰ってきなさい」
「俺、チャリなんだけど」
「玲ちゃんがバイトの日は自転車置いてくればいいでしょ」
物凄いむちゃくちゃだ。
「大体あんたのせいで玲ちゃんが部活に入れなかったんだから、あんたが責任取りなさい」
言われてみれば、母さんの言っていることが正しい気がしてきた。
「・・・玲、ちょっと行ってお父さんと話してくるよ」
俺が立ち上がって玄関に向かうと、玲がトコトコ後をついてきた。
「宗ちゃん・・・」
「大丈夫だよ。きっと許してもらってみせるから」
玲が俺のシャツの裾を握ったまま、一緒に神崎家へ。
「こんばんはー」
「あら、宗ちゃん・・・玲、話の途中で家出するから、お父さんますます怒ってるわよ」
玲の家出先は常に俺の家だから、さして心配はしていなかったらしい。それに、この様子だと、お母さんは玲のバイトにそこまで反対っていうわけでもなさそう。
「ちょっと、お父さんとお話させてもらえますか?」
「今ちょっと機嫌悪いんだけど、宗ちゃんなら大丈夫かもしれないわ。部屋にいるから、あがって」
「お邪魔します」
玲にシャツの裾を掴まれたまま、階段を上がって突き当りの書斎を訪ねる。
トントン
「誰だ?」
「宗一郎です。少し、お話させていただきたいのですが」
俺が来ることが予想されていたのか、お父さんはドアを開けてくれた。
「夜分に失礼します」
「玲に泣きつかれたんだろう。迷惑かけてすまないね」
「いえ」
玲は部屋の中に入ることを許されなかったために、廊下で待つことに。
「玲のアルバイトのことなのですが・・・」
「経験としてはね、悪くないと思っているよ。ただ、帰り道がやはり心配でね。中学のときは近かったし、部活帰りで暗くなっても、宗くんが一緒だったけれど、今度はそうもいかないからね」
やはり、ネックは帰り道だ。これが部活で、俺と一緒なら、何ら問題はなかったはずだ。母さんの言ったことに今の状態で同意するのは癪だけど、これはきっと、おそらく、というか確実に、責任の大部分は俺にあるというものだ。
「帰りは、俺が迎えに行きます」
「え?」
「玲がバイトの日は必ず、玲のバイト時間に合わせて俺がバイト先まで迎えに行って、ちゃんと一緒に帰ってきます。なので、どうか、玲のバイトを許してください」
俺は丁寧に頭を下げた。
「でも、宗くんは部活があるだろう」
「部活は20時までで、残りは自主練なので、玲のバイト時間に合わせます」
「そこまで宗くんに迷惑をかけるのも・・・」
「お願いします」
「・・・いいのか?」
「はい」
玲とふたりきりの時間を、たとえ帰り道の少しの間だって約束されるから俺は喜んで引き受ける。
「それなら、許可しようか・・・玲、入ってきなさい」
部屋の前に立っていた玲が呼ばれて、俺と玲は二人並んでお父さんの目の前に正座。
「宗くんに感謝するんだな」
「はい!お父さんありがとう!」
玲は大喜びで、ひとしきり二人でお父さんにお礼を言って部屋を出た。
「宗ちゃん、どうもありがとう」
「どういたしまして」
玲はきらっきらに笑って俺に抱き付いてお礼を言った。こんなふうにしてもらえるなら、割と何でもしてあげる。