部活選びのふたり
部活選びのふたり ―――進むな!オオカミだらけの部活―――
『マネージャーになったら、放課後宗ちゃんといられるね!』
そりゃああの時は俺だって名案だと思ったよ。でもさ、中学のときとは別なんだよ!危ないんだよ!オオカミの群れの中に放り込むようなもんなんだよ!
「三井、見たか?」
「三井は興味ないですよ。滝田がいますから」
「滝田より可愛いかもしれねーぞ」
「あー、いい勝負かもしれないっすね」
新学期が始まって3日。部活へ行くとチームメイトたちは何やら盛り上がっている。日直で遅れて部室に入った俺にみんな意味不明なことを次々と言う。
「新入生にものすっごい可愛い子がいるんだぞ」
「何組なんだろう?」
「何部希望かな?」
「あんな可愛いマネージャー欲しー」
はいはい。取り敢えず可愛い女子マネージャーがほしいんだね。野球部みたいに。うちの学校で美人どころが集まっているのは野球部マネージャーだ。ちなみにうちの部は練習がきつい上に真夏の体育館は炎天下より最悪な無風の蒸し暑さを発揮するため、女子マネージャーなんて、きてはさっさと辞めていく。
「今年は部員の推薦以外、マネージャーとらないらしーぜ」
「じゃあ、あの子と知り合いになれなきゃダメじゃん」
そりゃあんだけ何人も辞められたら、監督もそう言うよな。
でも、部員の推薦だけなら、俺が推薦したら玲は確実にマネージャーになれるし、玲は中学のときもマネージャーをしていたし、俺が部活に励む限り、絶対辞めずに一緒にいてくれる。俺は来週始まる1年生の入部願い受付のことをぼんやりと考えていた。
「おい、いつまでくだらない話をしている。いくぞ」
キャプテンの一声で俺たちは今日も地獄の練習メニューをこなすために体育館へと散った。
「宗ちゃん!バレー部って、マネージャー募集してないってほんと?」
家に帰ると、玲が俺の家のリビングで待ち構えていた。そしてちゃっかり俺より先に夕食なんて食べている。
「ああ。でも、部員の推薦があれば入れるらしいよ」
俺も手を洗って夕食にする。
「じゃあ、宗ちゃん推薦してくれる?」
「うん、そのつもり」
俺はそれから部活のあれこれを話して、玲は新しいクラスの友達の話をして、デザートのチョコレートプリンを食べて帰ることになった。
「じゃあ、明日は午後まで部活だから」
「わかった」
午前中で部活が終わるときは玲と自宅近所の公園で待ち合わせてふたりきりで練習をするけど、練習試合が迫った最近は1日びっしり練習がある日が多い。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。いい夢見てね」
「玲もね」
翌日、俺は自主練としての早朝ランニングを終えて、チャリを飛ばして45分。誰よりも早く体育館に到着。
「早いな、三井は」
体育館を開けて着替えていると、キャプテンが現れた。
「早く目が覚めてしまう癖がついていて」
「若いのに年寄りみたいなこと言うな」
「キャプテンだって早いじゃないですか」
着替えている間にチームメイトが集まり、軽いランニングから部活は始まった。
「こんにちはぁー」
昼近くになり、疲労もピーク。あと数分で昼休憩になる前の緊張の糸が張り詰めているとき、何とも似つかわしくない声が体育館に響いた。その声を聞いた瞬間、体育館にいた全員の緊張の糸がぷつりと途切れる音が聞こえた気がした。
「・・・玲⁈」
全員が動きを止めて体育館の入り口に注目した。俺は自分の耳も目も疑った。
「宗ちゃーん」
ふわりとした可愛いワンピース姿の玲が俺を見つけて嬉しそうに笑って手を振った。でも、練習の間に抜ける気のない俺は玲を見て声をかけはしたけど、取り敢えずサーブを打つと、あろうことか、玲のほうによそ見をしていた小橋は顔面でそれを受け止めた。
「うおっ!三井きたねーぞ!」
俺の渾身のサーブを顔面で受けたにもかかわらず、鼻血を出してなお俺に抗議する小橋。
「え?だって別にタイムかかってないだろ?」
顔面でボールを受けた小橋に唖然とするチームメイト。が、審判は冷静に点を加算し、俺のチームは勝利した。
「キャプテン!三井がズルしました!」
「してません」
「いまのは確実に・・・」
隣のコートにいたキャプテンに小橋は声をあげて抗議する。
「小橋、三井のは正当な得点だ。抗議してるより先にその鼻血を何とかしろ。三井、お客さんの相手をしろ」
キャプテンに言われて、俺はいつの間にそうなったのか、隅っこにパイプ椅子を出してもらって、そこにちょこんと座っている玲の元へ駆け寄った。
「玲、どうしたんだよ?」
「宗ちゃん、お弁当忘れちゃったでしょ」
玲が紙袋を差し出した。そう言われてみれば、今朝弁当を鞄に入れた記憶がない。
「あ・・・」
「だから届けに来たの」
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、帰るね」
「うん、気を付けて」
「部活頑張ってねー」
玲を校門まで送って体育館へ戻ると、俺は同級生や先輩に取り囲まれた。
「三井!おまえ!知り合いか?」
「っていうか、彼女か?」
「マネージャーに勧誘しろ!」
なに?何の話?
「今の子だよ!」
「可愛い!近くで見ても可愛い!」
同級生も先輩も興奮しながら俺を取り囲んであちこちから玲をマネージャーにしろというような内容があらゆる言葉で投げつけられる。
「早く飯を食え!時間がないぞ!」
責めたてられて身動きが取れない俺をキャプテンが一喝して救い出してくれた。そのあと玲が届けてくれた弁当を食べながらみんなが好き勝手に話す言葉のかけらを拾い集めて、俺は昨日部活前に話題に上っていた“ものすごく可愛いマネージャーにしたい1年生”が玲であることにたどり着いた。
「三井、マネージャーに推薦しろ!」
「っていうか、彼女とどういう関係なんだ?」
「・・・・・・」
玲と幼馴染であることは言いたくなかった。幼馴染=彼女ではない。という公式がほぼ必然的に出来上がってしまうから。それは当然といえば当然だ。だって、目下俺の彼女が滝田愛也・・・というか、俺が滝田愛也の彼氏であることはほぼ全校生徒に知れ渡っているらしいし。玲を紹介しろといわれるのも嫌だ。玲は俺のものなのだから、誰かに紹介したり、というか、本当は誰にも会わせたくない。
「三井、答えろ」
「ってか、“宗ちゃん”とか呼ばれやがって・・・」
「三井、まさか・・・」
「まさか、なんだよ?」
「あの滝田愛也捕まえといて、二股かけてんじゃ・・・」
伊藤さんがとんでもないことを言いだした。ていうか、俺が滝田を捕まえたわけじゃない。滝田が俺に告白してきたんだから。
「ええー・・・三井、おまえ、それはいくら何でも・・・」
「そういうのはよくないぞ」
「いくらモテるからって」
みんな好き勝手に憶測する中、俺は玲が持ってきてくれた弁当を黙々と食べた。卵焼きが黒焦げなのは玲が作ってくれたから。若干苦みもあるけれど、俺にとってはこれ以上ないくらい幸せの味だ。なぜなら、玲が卵焼きを焼くのは俺の弁当のためだけだから。
「三井、考え直せ」
「彼女たちが悲しむぞ」
チームメイトの中では俺が玲と滝田に二股をかけていることがほぼ決定しているらしい。
「いい加減に三井を離してやれ。人のことをあれこれ詮索するのはやめろ」
俺同様に一人黙々と弁当を食べていたキャプテンの一言で、全員が黙り、結局俺が何も答えないまま、休憩時間は終わって、午後の練習が再開された。
キャプテン、できれば『三井が二股かけるわけないだろう』くらいの一言がほしかったんですが。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
家に帰ると、またしても玲が俺の家で待ち構えていた。
「玲、弁当ありがとう。美味しかったよ」
「よかった。本当はちょっと部活見学していきたかったんだけど、お菓子教室の時間だったから」
「うん」
二階の自室で着替えて手を洗ってリビングに戻る。母さんはテレビドラマに夢中で、父さんは玲のお父さんと玲の家で飲んでいるらしい。だから、俺の夕食の支度は玲がしてくれる。
「来週が楽しみ。受験勉強の間サボっちゃったから、ちょっと体力つけないと邪魔になっちゃうかもしれない」
玲はマネージャーをやる気満々だけど、俺はもう、玲にマネージャーをさせる気はなかった。
「玲、そのことなんだけど」
「うん?」
「マネージャー」
「うん」
「推薦できない」
「え?」
デザートのアイスクリームを食べていた玲の手が止まった。長い睫毛に縁どられた大きな瞳が俺を見つめる。
「どういう、こと?」
「考えたんだけど、玲には無理だと思う」
俺は箸を止めずに淡々と言う。
「どうして?」
「今のキャプテンものすごく厳しいんだ。練習も中学のときとは桁違いに厳しいし、マネージャーだって忙しいよ」
キャプテンも監督も厳しいのは事実だけど、キャプテンに限って言えば、優しい。誰にでも公平で、マネージャーにだって優しい。そんなキャプテンをちょっと鬼にしてしまったのには気が咎めるけど、俺は何が何でも、玲にマネージャーをあきらめさせなければならない。だって、あんなにみんな玲のことを狙ってるんだ。ただの日常生活でだって玲に男が近づかないように俺はあちこち気を張ってるのに。学年がひとつ違うおかげでそれだってものすごく大変だ。特に俺が高校にあがって、玲が中学3年だった去年1年間の俺の苦労といえば、言葉に語りつくせない。
「だから・・・」
「宗ちゃんも頑張ってるんだから、私も頑張る」
「・・・・・・」
気を取り直してアイスを食べながら、玲はきらっきらの笑顔で俺に力説する。さあ、どうしようか。
「無理だよ」
「どうして?」
玲、覚悟してよ。俺、今からものすごくひどいこと玲に言うからね。
「中学のときから思ってたけどさ、玲、普通の人よりとろいしどんくさいしドジだし、ドリンクの準備とかタオル渡すのも遅いし、練習試合の日程表とかたまに間違ってるし、洗濯だって何時間かかってんだよ?って感じだしさ・・・」
俺は玲と目を合わさないまま淡々と話す。ひどいことを言っている自覚はある。
「今の部活だと、中学のときよりずっと人数多いんだよ。しかもいま、選手人数に比べてマネージャー少ないし、玲が入部したところで、足手まといなんだよ」
そこまで言ったところで、俺の頬にビンタが飛んできた。
パシンっ!
「っ・・・」
玲じゃない。リビングの続きの部屋でドラマに夢中になっていると思っていた母さんがいつの間にか玲の隣に立って、俺にビンタを食らわせていた。
「宗一郎!あんた、自分で何言ってるかわかってるの?」
本気だ。いつもはめんどくさがって“宗”としか呼ばない俺の名前を“宗一郎”と呼ぶときは怒っているか驚いているかのどっちかで、今は怒っている。
「・・・・・・」
言い返さない。何も言い返さないのが得策だから。それに、俺は誰に何と言われても、玲をマネージャーにはしないし、させない。
「・・・いいんです。全部、本当だから・・・」
しばしの沈黙の後、最初に喋ったのは玲だった。
「玲ちゃん。宗一郎の言うことなんか気にしないで、やりたいことをしたらいいのよ。玲ちゃんがどんなに一生懸命でみんなの役に立ってるか、私はよく知ってるわ」
母さんが玲と目線を合わせようとするも、玲は俯いて首を振った。
「宗ちゃんがやらないでほしいって言うなら、やりません」
「玲ちゃん・・・」
「宗ちゃんの応援だけしてます。宗ちゃんの足手まといにならないように、遠くでみてるだけにします」
玲はまだ残っているアイスのカップと握っていたスプーンをテーブルに置いて立ち上がった。
「ごめんなさい、なんか、アイス多くて食べきれなくて・・・今日は帰ります。おやすみなさい」
それだけ言って、玲は逃げるように隣の家へ帰っていった。大好きなアイスだって、半分も残っているのに。
「玲ちゃん・・・!」
母さんが玄関まで追いかけていったけど、玲は帰ってしまった。
「宗一郎!」
リビングに戻ってきた母さんの怒り具合といったら、ない。自分で言うのもなんだけど、俺は特に反抗期がなかったし(これからくるのか?)わがままを言うタイプでもないし、兄弟がいないから兄弟げんかもない(玲とはよくケンカするけど)。だから、親にこうして本気で怒られる、ということ自体があまりない。今までで一番怒られたのは子供の頃、江の島水族館で玲がクラゲの水槽から離れないので、飽きて置いてきぼりにして迷子にさせてしまった時。今の母さんはそれ以上の剣幕だ。
「・・・・・・」
「行って謝ってきなさい」
「やだ」
「あんなこと言って、玲ちゃんがどれだけ傷ついたかわからないの?」
わかるよ。今まで一生懸命俺のそばでマネージャーしてきてくれた玲がどれほど傷ついたかなんて、俺が一番よくわかってるよ。でも、玲を傷つけてでも、誰にもとられたくないんだから。玲を俺だけの玲にしとくためには手段なんか選んでいられないんだよ。
「母さんには関係ないよ。俺と玲の問題だろ」
「そうはいかないでしょ。玲ちゃんは私にとって娘みたいに大切なの!その玲ちゃんを、あんたが傷つけてるの、黙ってみてるような親じゃないの!」
じゃあさ、その気持ちずっと持っててよ。いつか、そう遠くないいつか、玲を母さんの本当の娘にしてあげるから。
「ご馳走様。疲れたから風呂入って寝るよ」
「ちょっと宗一郎!」
母さんはまだ怒っているけど、俺はもう、これ以上話すことなんかない。
その夜、寝付けない俺に玲からメールが来た。
今まで足引っ張ってばっかりでごめんなさい。
玲、傷つけて本当にごめん。いつか、今日のこの傷なんか忘れるくらい、俺が玲を幸せにするから、今日は許して。