新学期のふたり
新学期のふたり 進め!高校生活
『宗ちゃんと同じ学校に行く!』
今日は高校の入学式。
俺のじゃなくて、玲の。
「可愛いマネージャー入部するかなー」
「お、あの子可愛いじゃん」
「えー、どれどれ?」
今日は入学式だから、本来2年生の俺たちは学校にくる必要はないのだが、午後から部活があるし、部活の前に入学式後の体育館の片づけを命じられているから少し早めに学校へ来て、第二運動場で野球部に混ざってランニングをした後、早めの昼食をとりながら、体育館のほうをなんとなく眺めている。
「あー、あの子めっちゃかわいいー!」
「うおー!めっちゃタイプ!」
「ふざけんな!俺が先に見つけたんだ」
「ああん?」
知り合えるかどうかもわからない女の子をこんな遠く(ここは屋上)から眺めてこれだけ盛り上がれるチームメイトをよそに、俺は黙々と食べる。女の子なんて、興味ない・・・というよりは、俺の女の子への興味というのは、それはもうずっと昔から、たった一人の女の子に注がれているというだけのこと。
「なあなあ、三井」
「なに?」
「ほら、三井はあのショートカットの子と、ポニーテールの子、どっちが好み?どっちにマネージャーやってもらいたい?」
「どっちも好みじゃないよ。それに、女子マネなんか募集したってすぐに辞めてくんだから、いないほうがましだよ」
見ないで即答する。
うちの部活はきつくて、毎年新人は入っても一年たつころには五分の一くらいに減ってるし、女子マネージャーは彼氏ができただの(中では部内交際でふたりとも)あっという間に辞めていくから、今ではひとり残って、他は男子マネージャーがいるだけ。
「つれないなー、三井は」
「仕方ないだろ。三井は滝田しか見えてないんだから」
「いいよなー、彼女持ちは」
「ったく、しかも滝田だぜ?滝田!」
俺の気持ちなんてそっちのけで会話は続く。
うるさいな。滝田滝田って、そんなにいいと思うのかよ?
「で、三井はどこまで進んだの?キスした?」
「いやー、三井だぜ?それどころじゃないだろー」
してないよ。まだ付き合って2週間なんだしさ。
付き合って2週間の彼女、滝田愛也は密かに学年男子の間で行われた女子の人気投票で1年のとき2位と大差をつけて1位になった女の子だ。その人気は相変わらずで、1年のときはサッカー部の3年の先輩と付き合っていたけど、半年ちょっとで別れてしまったらしい・・・って、彼女の過去の恋愛なんて、興味ないんだけども・・・というか、俺は多分、愛也自体に興味がない。全く。
なぜ付き合うことになったかといえば、愛也が俺に告白してきたからだ。俺は彼女がいたほうが何かと便利だから、取り敢えず付き合うことにした。ただの女の子だったら、断るかもしれないけど、彼女は“滝田愛也”だった。理由はただ、それだけ。女の子に興味なんてない。小さいころからずっと、俺の中の女の子はたったひとりだけ。
「それにしてもナンバーワンを彼女にしてんだから、やっぱり三井だよな」
チームメイト兼クラスメイトの小橋いわく、俺はモテるらしい。まあ、ここ最近告白されたりっていうのはまあまああるけど、別にありがたくはない。むしろ、迷惑で、そんな告白に裂く時間があったら部活に費やしたい。だから、ちょうどよく告白してきた愛也と付き合うことにした。なんたって愛也はナンバーワンだ。校内ナンバーワンが彼女なんだから、もう、誰も俺に手出しはしないはず。
「お、そろそろ時間じゃね?」
入学式の父兄が体育館から出たころを見計らって片づけをして、それから部活だ。
「いくぞ」
部長の号令で、それぞれ重い腰をあげて体育館へ向かう。
「三井―!彼女が来てるぞー」
部活もそろそろ終わる、日が傾き始めたころ、部長から鍵を預かって居残り練習を決め込んだ俺を小橋が入り口から叫ぶように呼んだ。
「・・・・・・」
ちょこっとはにかむように顔をのぞかせた愛也・・・正直、めんどくさい。
「・・・ごめんね、邪魔、だったかな?」
くるくると巻かれた髪の毛に、そんなにしなくても、と思ってしまうような化粧、ごてごてに飾りつけられた長い爪。ものすごいミニスカートにされた制服。
「ああ、いや・・・でも俺、まだ練習していくから、帰れないよ」
外は日が傾き始めている。まだ真っ暗じゃないうちに愛也に帰ってもらわないと。暗くなったら、送っていかなければならなくなる・・・俺は曲がりなりにも彼氏だから。
「そうなんだ・・・ごめんなさい。知らなくて・・・」
「うん。いつも終わるの遅いから、だから、待ってなくていいよ」
待っていられたら面倒だよ。俺は練習が終わったらさっさと家に帰りたい。愛也の家がどこかなんて知らないけど、中学が別なんだから、離れてることは間違いない。
「暗くなる前に帰りなよ。危ないから」
一応彼氏っぽいセリフ。
「あ、うん、でも、よかったら一緒に・・・」
「遅くなるし、まだ寒いから、愛也のこと待たせたくない。練習見られてるのもちょっと恥ずかしいしね」
にっこり笑ってみせると、彼女も微笑んで俺に可愛い包みを差し出した。
「これ、差し入れ・・・よかったら・・・」
「ごめん、部活の間は受け取れないことになってるんだ」
「え、でも、もう・・・」
部活の間、差し入れが受け取れないのは本当だ。けどいま、部活は終わっている。みんな手分けしてモップがけして、俺が使うスペースのみがあけてある。
「三井、もう・・・」
「とにかく、ごめん、愛也。次は部活のとき以外に、ね?」
キャプテンが『部活の時間が終わっているのだから受け取ってやれ』といいそうなのを遮って愛也に笑いかける。
「う、うん・・・わかった。邪魔して、ごめんね」
「大丈夫。気を付けて帰って」
俺は言って、愛也はおとなしく帰っていった。
「三井、部活の時間は終わってて、あとはお前の自主練だけなんだから、彼女からの差し入れくらい、受け取ってもよかったんだぞ」
制服に着替え終わったキャプテンに声をかけられた。
「あ、でも、そこで起立乱すのも何なんで」
「真面目だな」
「キャプテンほどじゃないですよ」
「戸締り、頼んだぞ」
「はい」
気の済むまで・・・とか言ったらきりがないし、今日はなるべく早く帰りたいから、切りのいいところで自主練を終わらせて、ひとり体育館を閉めて、帰り支度をする。しまいっぱなしだった携帯が着信ランプを光らせてる。
「もしもし、玲?」
「宗ちゃん遅い!」
「ごめん、いま終わった。急いで帰るよ」
やっぱり、愛也とのあのやり取りの時間が無駄だったな・・・。
そんなこと考えながらめいっぱい急いで自転車をこぐ。親に無理を言ってあの高校に入ったから、交通費を浮かすために毎日自転車をこぐ。まあ、これもトレーニングだと思えなくもない・・・結構距離あってきついから。
「・・・・・・」
漕ぐこと45分。ようやく家に到着。
「宗ちゃん!」
家の前の門を開ける音を聞きつけて玲が玄関から出てきた・・・俺の隣の家の。玲は俺の隣の家に住んでて俺の幼馴染で俺のひとつ年下で今日から俺と同じ高校に通ってて・・・俺の好きな人・・・なんていい方じゃすでに物足りなくて、俺は完全に玲を愛してて、すぐにでも玲と結婚したいくらい愛してる。でも、それはまだ、誰にも内緒。
「おかえりなさい」
「ただいま」
家の庭に自転車を入れて、俺は一度家に入る。玲も一緒に。俺の家。
「あれ?」
家の中は、ほとんど真っ暗。
「宗ちゃんのお母さんもお父さんもまだうちにいるよ」
「あ、そう。ちょっと待ってて」
俺は玲を玄関に待たせておいて、急いで二階の自室に駆け上がって、机の上に置いておいた紙袋を持って再び玄関に降りる。
「なぁに?」
「ん、秘密」
紙袋を持って両家の家族が集合している隣の神崎家、玲の家のリビングへ。
「ただいまー」
「おかえりー」
玲の入学祝にかこつけたパーティーはすっかり終わっていて、玲が冷蔵庫から俺の分の取り分けられた夕食を出してくれる。俺はすっかりくつろぎモードの家族からちょっと離れた感じで夕食をとる。玲がダイニングテーブルのベンチの俺の隣にぴったり座っている。
「宗ってば、こんな日くらいもっと早く帰ってきなさいよ」
「そうだぞ!せっかくの玲ちゃんの入学祝だってのに」
「いいのよ、宗ちゃんは部活大変なんだもの」
「すごいよなー、努力してるよなー」
すっかり酔っ払った両親に責められ、玲の両親に取りなされ、俺はこんな家族の時間が割と好きだ。
「そうだ、玲、これ、入学祝い」
俺は紙袋ごと玲に渡した。
「ありがと!開けていい?」
「いいよ」
玲がプレゼントを開けている姿はとても可愛いから独り占めしたいけど、なかなかそうもいかないから、仕方なく家族の前で開封。
「わぁー」
中身は定期入れ。俺は自転車だけど、玲はバスと電車だからと思って選んだ。女の子向けのお店にひとりで入るのは少しはばかられるので、鞄屋さんで買ったしっかりとした革製の、ちょっと可愛さには欠けるけど、大人っぽい感じのものだ。
「素敵――!」
玲は大喜びしてくれた。
「どれ、みせて」
みんなに自慢しに行く玲。
「あら、宗にしてはいいセンスじゃない」
「玲にはちょっと大人っぽいくらいね」
「平気だよ!大人になるもん」
にっこり笑って玲が俺を振り返る。
「高校卒業するころには似合うようになってるかもしれないね」
「いまから頑張るからね!」
それが俺のためだった、俺はどんなに喜べるのだろう。