表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
85/91

84.領主が来る日 4

昼食後です。

 靴屋で新たな5人の採寸を済ませ、街の外まで見送ってから街に取って返した。5時には領主たちを迎えに行くので、調理時間を考えれば用事は出来るだけ速やかに終わらせなければならない。速足で各所を目指す。


 鉄工所での天板の出来は素人目には充分だったので買い取って、更に前金を渡して量産をお願いし、ついでに大型バットの注文を。毛皮屋と仕立て屋には、出掛けに裁縫小屋で受け取った50人分の試着結果を書き写したモノを渡しに。鉄製所では出来上がった分のフライパンセットを回収し、それを持ってソア様宅にお邪魔して。


 集まって作業中だった奥様方にも試着結果のメモを渡しつつ、野菜炒めの実演&試食会でフライパンの使い方のレクチャーを。


「「「「「「「「っっっ!!!!」」」」」」」」


 試食してもらうまでは怪訝そうであった奥様方は、口に入れた途端に目を見張って口籠った。その後は互いの顔を見合いながら、口の中のモノをゆっくりゆっくり咀嚼し終えて。


「なんて美味しいの」

「ほんとに」

「素晴らしいわ」


 などなど、お褒めの言葉をいただきました。

 豚肉の薄切りとキャベツと玉ねぎを、油で炒めて塩コショウで味付けをするだけの簡単なやつだったが、早速作ってみるとおっしゃって下さった。ちなみに弱火調理の方も同時進行で教えたら、そっちも気に入ってくれてね。


 冷たいフライパンに油を敷いたら肉を並べて塩コショウ、その上に野菜を広げて塩コショウしてフタして弱火加熱するだけ。汁が多めに出るのだが、肉の旨味がしみ出たソレで煮られた野菜がまた美味でさ。焦げにくいから失敗が少ないのもいいんだコレが。


 後は肉に塩コショウして焼いて、そこから出た肉のエキスで炒め物をしたり、その肉汁でパンを食べたりという肉汁の有効活用法を伝授して奥様方の瞳を輝かせて──からの領主館です。







 屋根に設置してある祭壇→領主の執務室の窓か、書斎の隠し部屋→館内を移動して領主の執務室か、領主館の入口が開くのを待って入る→館内を領主の執務室まで移動か。今までにやった潜入方法を挙げてみたが、まあ一番最初のが楽だよねというわけで、コンコンと窓を叩いて存在をアピールし出したところである。


 ちゃんと机に領主が居ることを確認してからだから、よもや居留守は使うまい。よしこっちを見た。窓枠に付いた手すりにしゃがまないと顔が窓枠の中に入らないから、かなり間抜けな恰好を晒してしまっているのは解っているのだ。だから唖然とした顔の領主が招いてくれるのを待つつもりは毛頭ない。窓を開けてスルリと身体を滑り込ませた。


「お邪魔いたします」


 何と挨拶すべきか少し悩んだが、私の知る貴族モノの本では定番の挨拶、「ご機嫌うるわしゅう」を使うのは止めておいた。あっちの貴族が使っていたからと言って、こっちの貴族も使っているという保証はどこにもない。何言ってんだコイツって思われでもしたら恥ずかしかったのである。こんな時は「こんにちわ」という挨拶のありがたみが身に沁みるね。


 領主が頷いてくれたので、会話すべく机に向かって歩き出す。途中、ガチャリと扉が開く音に反射的にそちらを向いた。扉の正面を横切ろうと歩いていた私が立ち止まって視線を向ければ、当然のことながら扉を開けた人物と目が合うわけで。


 ──おやまあ。


 扉を開けた状態で動きを止めた男は、私の中でひと目で領主と同類だと分類された。宇宙服もどきの襟から覗くのは骨と筋と皮のみで形成されている首、そして落ち窪んだ目、青白い顔。漫画とかでありがちな毛先数センチのところで縛られた、切れ毛が激しすぎてボサッとしてしまっている長い黒髪が、それらをより亡霊じみて見せている。


 それにしてもこの人、どっかで見たことがあるような……。


 相手が固まっているのをいいことにまじまじと観察してみるが、貴族の知り合いなど領主とソア様と奥様方しか居ないのだから、どう考えても初対面だ。であるならば、領主館のどこかで見たに違いない。どこだ。


 ああ思い出した。廊下ですれ違った上級貴族だ。そうそう、印象的なロング黒髪と亡霊みたいな顔色。人違いかもしれないが、どのみち初対面であることに変わりがないので間違っていたとしても問題は無い。する事は一つだ。


「初めまして。ヨリと申します」


 相手から視線を逸らさずに膝を曲げつつ会釈する。これで合っているかいないかは気にしない。さっきだってソア様の奥様方にしたが、変な顔はされなかったのだから多分いけるのだよコレで。


 私の挨拶にハッと口を開けて動き出した男が、慌てて扉を閉めてから私に向き直った。そうして両手を胸の前で交差させ、膝をさっと曲げて伸ばすという挨拶をされて。


「ジラルデ・アレ・ニムールと申します。今夜、お供させていただきます。どうぞよしなに」


 顔を強張らせながらも、しっかりとこちらに目を合わせて名乗る意気や良し!


 この対応であるなら昨夜のことを領主から聞いているのだろうが、それにしても主の部屋に勝手に侵入していたネズミを相手に、声に敬意を持たせて挨拶をするなど、なかなかにできることではない。単独で領主の執務室に来れるとなると、彼は側近か身内かな。判断基準は名前のどこかが同じかどうかといったところか……ん?


「そう言えば、ご領主殿のお名前を伺っておりませんでした」


 今しがた聞いた名前を忘れないように、ジラルデさんの髪の毛に名前を付与してから領主に名を催促する。いやあ、すっかり忘れていたよ。だって『ご領主殿』で不自由しなかったんだもん。聞き逃すまいと、そそそっと領主の机まで移動。「聞こえなかったからもう一回」なんて、失礼過ぎて言えないからね。


 ご領主殿の名前はレルトルド・フォーダ・バルファンだそうだ。一度に二人分も聞いたら、3歩歩く間どころか、何か話をし始めたら忘れる自信しかない。即座に領主の髪にも付与をさせてもらう。え? 鳥頭を軽く超えるじゃないかって? これでも一応、コンプレックスだから抉らないでくれたまえよ。


 バルファンは領地名だから、ファーストネームってことは無いとして。うん。全然違う名前だから、身内じゃない。ならば側近だな。あくまで憶測だけどもね。


「ポルカの皆には『お腹を減らした貴族』とだけ伝えてございますので、いかにもそのように見える質素なお召し物でと、お願いをしに参りました」


 そのやたらと刺繍モリモリのキラキラの宇宙服もどきを着てくるんじゃないぞと言っているのだが、通じただろうか。ああ領主は自分が着てるのだって解ってるね。そう、ジラルデさん、アナタもですよ。


 恰幅よく見せたくて着てるのか、痩せすぎてて寒いから防寒着として着ているのかは知らないが、着古していたとしても金の掛かった贅沢な服には違いないのだ。そんな服を着て行かれては、放っておけないくらい腹を減らした貴族、という設定が霧散するではないか。


 なにせ身体の痩せ具合を服の厚みで誤魔化そうといった小細工を、ポルカが見抜けない確率が高過ぎる。そもそも服を買う前に食べるモノを買う金が無かったのだから、考え付くはずもない。そんなポルカから見れば『豪華な服を着た人』は『ちゃんと飯を食べれている人』なのである。


 じゃあなぜ着古していたとしても流糸ペレメの服を着ているソア様が、受け入れられたのだろうかって話になるのだが。


 ①服──そもそも流糸ペレメを知らないから、そういう服、としか認識していない──が擦り切れてボロいし、自分たちと同じくらい痩せてたから。

 ②接収に来てる時、他の奴より良い奴だと思っていたから。

 ③飯を食わせたら、泣いて喜んだから。

 ④元頭領が受け入れた奴だから。(ホスさんが元頭領という新事実が判明! 納得!)

 ⑤食わせても、自分たちの分が無くならないから。


 はっきり訊くと受け入れたのを反対しているかのように思われそうなので、あくまでそれとなく訊いたり皆の会話を拾ってまとめたのだ。これらを参考にするならば、領主もジラルデさんも見栄張り服(←決定&断言)さえ手放せばいけるんだよ多分。


 だって領主も素晴らしいが、ジラルデさんがまたスゴイのだ。いい痩せっぷりとくたびれっぷりに、その栄養の行き届いていないボサボサの長い黒髪が合わさって、まさに生ける屍風。しかも横柄じゃないのがいい。


「接収にいらっしゃる方を参考になさるとよろしいかと。皆も見慣れておりますので」


 どうかソア様を参考にして欲しいと要望を出しておくが、伝わるか。行く前に身だしなみチェックをする必要がありそうだ。


 さて後は人数と集合場所さえ聞けば帰れるぞ。さあ何人だ。何十人だ。


「──15人、でよろしいのですか?」


「あまり多くば、困るであろう」


 いや全然。でも気を遣ってくれるっていうなら、ありがたく。


「承りました。どちらにお迎えにあがりましょう」


「書斎でどうか。書斎に用のある者など滅多におらぬ。人通りも少なくて良いのではないか」


「秘密裏に、ということで?」


「うむ。おぬしの能力に頼ることとなるであろうが……」


「お任せください」


 サクサクと、領主が心なしか昨夜よりも気安く接してくれているような感じを受ける話し合いが終わった。ポルカの皆にも、こうであってくれたらいいのだが。さて、帰るよっと。





 +    +    +



「……普通の娘のようでしたが、違うのですね。」


 ヨリが窓から飛び降りる姿を見送った後、ジラルデがそっと息を吐きながらこぼした。

 それはそうだ。普通の娘だけでなく、普通の男ですら4階の窓から飛び降りはしない。


「うむ。思っていたより普通に話せたな」


 領主が、凝った肩を首を左右に倒して解しながら頷いた。領主は昨夜のこともあり窓からの訪問には驚かなかったが、手元の書類に意識を取られていた所に、人生初の窓の外からのノックである。驚きで跳び上がらず、声を出さなかった自分を褒めたい気分であった。実は会話中も動悸が激しかったのである。


「随分と話が通じやすそうに見えました」


 表情が乏しくはあるが醸し出る雰囲気は柔らかく、攻撃的な感じは無し。自分たちとの会話は極めて自然体で、上級貴族の風格さえあったような。あれは領主が身分不詳と言うわけだとジラルデは納得していた。それにああも軽やかに含みが無い会話など、家族と領主と側近たちと一部の気持ちの良い者としか、したことがなかった。


 領主に重用されているのを妬む一部の貴族共や、貴族院時代に嘲笑してきた王都や西側の貴族共を思えば、あの娘の方が遙かに高潔に思える。


「それにしては固まっていたではないか」


「扉を開けたら居たのです。驚かぬはずがないでしょう」


 領地の首脳陣への面会は領政への面会である。報告がなされないハズがないのだ。それが無かったのだから、領主の執務室に居たヨリにジラルデが驚いたのも当然であった。領主の揶揄いを鼻息で吹き飛ばす勢いで返し、そうしてさっさと気になる事へと話を移す。


「接収に行っている者を参考にせよと言っていましたね。さっそく調べさせます」


「うむ、頼んだ」








「下級貴族から15着借り受けました。書斎で着替えるのが良いでしょう」

「そうであろうな」

「でしたら4時には書斎に集まるように命じておきます」


「靴も履き古したモノの方が良かろうな」

「大至急、手配いたします」


 靴までは思い至らなかったというジラルデが去り、集められた15着の服と領主だけが執務室に残されると、領主が立ち上がった。服が重ねられたサイドテーブルに近付き、そっと服を撫でる。


「苦労しか掛けておらんな……」


 元はここまででは無かったであろう生地の薄さ。柔らかでツルツルとした手触りであったことの名残りが全く感じられないゴワゴワとした感触に、自然と言葉が落ちる。他領ではここまで着古すことなど無いのではないか。


 領主、上級貴族、中級貴族、下級貴族。それぞれの限度は異なるが、バルファンでは服の寿命を延ばそうと皆が必死だ。その中でも下級貴族が一番、着古せる。身分が上に行くほど体面が必要となり、まだ着れると本人が思っていたとしても新調せざるを得なくなるのだ。


 下級貴族ほど着古すことができたら、どれだけの金が浮くことか。手の中の感触に、領主は出来もしない夢想に耽った。




黒いローブを着た色白無表情でひょろりとした人と薄暗い所で会えば、誰でも薄気味悪いと感じますよねって話です。明るい所で会えば、ちょっと規格外かもしれませんが普通なんです。ネ、コワクナイヨー(笑)


次話は調理後半です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ