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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
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82.領主が来る日 2

やっと書けました。

ヨリにとっては「領主が来る日」ですが、領主側にとっては「ポルカにご飯に行く日」です。そうしようかと思ったんですが、次話は混ざりそうなので数字にしました。77話を読んでから読むと繋がると思います。

 ヨリが「少しでも距離を~」と南へひた走っていた頃、目覚めた領主は応接室に急いでいた。

 目覚めたものの、いつものように側仕えが声をかけに来るのを寝台の中で待ちながら、昨夜の美味しすぎた料理と謎過ぎる娘との出会いを皆にどう話そうかと考え始めて、気付いたのである。あれらを最初、得体が知れないと自分でも考えなかったか、と。


 棄てられるかもしれない。いや、何も言わなければ棄てられる。それは確信だった。それを阻止するために、領主は着替えもしないで半ば走るように応接室に向かっているのだ。扉を開け放って踏み込めば側仕え頭と側仕えたちが、大きな音を響かせて開いた扉と、普段であればまだ寝室にいるはずの領主の登場に、一斉に振り向いた。


 良かった。まだ棄てられていなかった。


 鍋に近付きフタを開けて、スープが昨夜のまま残っているのを確認した領主は1人頷き、未だ動けないでいる側仕えたちに、朝食をテーブルに載ったモノたちで済ませると宣言した。が、側仕え頭に即「なりません」と反対される。


 側仕えは主の私生活を支え秘書のような仕事もする、まさに主の万能補佐役なのであるが、側仕え頭は特に主の心に添うことが求められる重要な立場だ。それゆえ乳兄弟であることが多く、例に漏れず側仕え頭も領主の乳兄弟だった。この世の誰よりも領主のことを大事にしていると豪語する、1年年嵩なのに領主に合わせて貴族院に入った男。その男が、反対をしている。


「昨夜食したが、何ともない。安心せよ」


 側仕え頭が心配しているのは料理の安全性だと領主には判っていた。だからそう教えてやったのだが、側仕え頭のこめかみに親しい者にしか分からない程の青筋が。


 大方「私の知らぬところで何をなさっているのですか」と「安全かどうかも判らぬ物を、無断で口になさらないでください」と言ったところだろう。それに加えて、「説明していただけるんですよね」だ。


 解っている、と領主が頷き部屋に戻る共を命じると、側仕え頭は「すぐに毒見を」と言い置いて領主にへばりついた。話してもらうまでは離れませんという意思表示である。


 人体に害を為すモノは食べ物に入れないのがこの世界のルールであるのに、毒見という習慣がなぜあるのか。それは世界的な食糧難以降にできたルールだから、である。当時、毒見無しで食べ物を口に入れたことが無かった貴族たちは、結局毒見無しでは怖くて食べ物を口にすることが出来なかったのだ。


 そんなわけで臆病者と笑われたくない貴族の体面を守るために、表向きは形式美として毒見は続けられることとなった。その時から1200年も経っている今は、真実形式美として存在するのみである。が、さすがに正体不明の者が持ち込んだモノには、本当の意味での毒見が必要であった。それを無しに食べたと聞かされれば青筋も立つし、側仕え頭以外が顔面蒼白になるのも当然なのであった。


「今からですと、早くとも10時まではお待ちください」


 すでに食べてしまった後だとしても、主が食べたモノに危険性がないかを把握しておかねばならないのです。そう言われてしまえば領主は頷く以外ない。そうしながら、側仕えたちが毒見をするのをじっと見つめた。各料理をひと口ずつ食べては、毒見役の側仕えの顔が驚嘆と感動で明るくなっていくのが判る。


 これならば棄てられることはあるまい、と領主は肩から力を抜いた。目的を達成し、後は側仕えたちの仕事の邪魔になるとわきまえて領主は腰を上げる。いつも通りに側仕えの声が掛かるのを待つために、寝室に戻るのである。道中、半歩後ろを歩く側仕え頭に約束通り話をした。


「信じられぬかもしれぬが事実だ」


「その者の得体の知れなさはともかく、提案は一考すべきですね。朝一番で側近たちを集めます」


 もっと反発を受けるかと思った領主は、思いの外すんなりと受け止めた側仕え頭に驚いた。驚かれたことに側仕え頭は苦笑する。どうやら領主本人は解っていないらしい、ならば教えて差し上げないと。と乳兄弟の気安さで、愛すべき主の美徳を告げた。


「あなた様に創作の才能はございませんから」


 揶揄われたのか褒められたのか首を捻る領主だったが。疑いもなく信じてくれた乳兄弟が言うのだからどちらでも良いか、と久々に声を上げて笑ったのであった。




 呼ばれる時間まで一時間少しあったが、完全に目が覚めてしまっていて2度寝ができそうもない領主はそっと妻を揺り起こし、側仕え頭にしたのと同じ報告をすることにした。領主にとって夫人は愛する妻であると共に、自領のみならず東側領地の未来を憂える同志である。話さないという選択肢はない。


 難しい顔をして聞き終わった賢夫人と名高い彼女は、側仕え頭同様に「あなた様は嘘を申しませんでしょう」と素直に信じて領主を感動させた。更にそんな話を聞いては居ても立っても居られませんと夫人は着替え始め、次には領主も着替えさせ話を再度ねだった。そうして煌めいた瞳で聞き終わった夫人は。


「その者、信用できるのではないでしょうか」


 と言い出した。


「ふむ、何故そう思う」


「意識を失って倒れたであろうあなた様が、無傷でいらっしゃるからです」


「む?」


「怪我をしていらしたなら治されたのか、怪我をする前に助けられたか、でありましょう」


「……そうかもしれぬ」


 夫人に示唆されて、領主はそのどちらかであろうと直感した。


 手伝いを持ちかけたり料理を置いて行ったりという行動は売り込みにも取れるのに、売り込みへの決定打ともなるであろう機会を使わないとなると、やはり売り込む気はないらしい。では本当に書斎だけが目的なのか……いや、それほど貴重な本などありはしない……まさか領主の手記か? いやあんなのは領主たちの愚痴ばかりで得るモノはない。……わからんな。


 やはり何度考えても領主には解らない。


「……悪い者ではなかろうと思うが、我が領地に来た理由がはっきりせぬことにはな」


 個人的にはかなり好感を持ち始めている領主であったが、目的や思惑といったことを勘ぐらねばならない立場である。領主として「信用し切る」には材料が足りていない。


「ではお尋ねになればよろしいのです。今夜お会いになるのでしょう?」


 夫人の言葉に領主がハッとなった。何故そんな簡単なことに気付かなかったのか、と次いで自嘲した。そこへそっと領主の手に夫人の手が重ねられ。


「きっと大丈夫です」


 何故かヨリと会ってもいない夫人の方が自信満々である。そのことに領主はおかしみを覚え、口元が緩んだ。


「なるべく多く話をしてくるとしよう」


「はい。楽しみにしております」


 こうして20年来になる夫婦は。

 優しく手を握り合ったまま微笑み合って、ちょうど聞こえた側仕えの声に立ち上がったのであった。










「その者は、食費を増やさずに食糧を増やせる、と申したのですか」


 領主執務室の一角に用意されたテーブルセットには、毒見が済んで許可の出たヨリの料理たちと使用済みの食器類が並べられていた。あと1時間ほどで昼食という時間である。


 そのテーブルに、領主と領主補佐である領主弟と、側近の上級貴族が4人、合わせて6人が座って話し合いが行われていた。側近の役職は騎兵団長、側仕え頭、外事長官、内事長官である。

 領主が昨夜の出来事をすべて語り───領主のみに引き継がれる隠し部屋を除いて───試食会も済んで、彼らは一通り驚いた後であった。


 身分に差はあれども幼馴染で、更に側近となるべく領主に侍るように育って来た彼らは、当然側仕え頭同様、領主が嘘を言う性質ではないことを知り過ぎるほどに知っている。よってヨリの能力に関しては現実味の薄い話だと感じはしたものの、事実として受け止めた。と言うより、攻撃性が感じられなさそうだと判断され、脇に置かれた。


 脇に置かれたのは、それ以上に興味を惹く部分があったからである。「食糧を増やす~」という部分だ。彼らもまた領主と同じで、食糧を得られる=王都で売る量を増やせる=俸禄が増やせる、と考えるクセが付いている。俸禄が第一なのだ。それが増やせるのであれば、細い糸でも掴みたい。(藁をもつかみたいと同意。)


 バルファンのみならず東側領地はどこも食糧難だったが、それが彼らにとっての平常状態である。食費を切り詰めるのは当然のことで、そこに疑問も不満も無い。そんな彼らだから己の食事量を増やすことには考えが及ばず、まずは俸禄をいかに増やせるか、になってしまう。


 例えば角銀貨1枚は銅貨にすると10万枚だ。つまりは角銀貨1枚得られれば、最大で10万人の俸禄を銅貨1枚ずつ増やせるのである。現職の者たちに加え引退した者たちにも俸禄は分配され、独身の女たちにも手当という形で男たちほどではないにしろ与えられているのだ。分配する側も貰う側も、銅貨一枚とて喉から手が出るほど欲しい。


「手伝い、というのがどの程度であるのでしょうか」

「書斎を好きに使わせる対価を、その者がどう考えているかによるのでは」

「そもそも食糧を増やすことなど、多少手伝いがあったところで可能なのか」

「何故ポルカなのだ」


 上から内事長官、側仕え頭、騎兵団長、領主補佐である。


 領主にとってその辺りの疑問は昨夜のうちに自問済みであった。真新しい答えが出ないかと期待しつつ話し合いを見守ったが、やはりヨリが何者かを知らないままでは答えが出せないのは彼らも同じであった。答えが出ずとも、いつ現れるかわからないヨリの扱いは決めねばならない。


 領主の話の中では危険人物とは思われなかったが、今後どう転ぶか判らず、何者であるかも知らず、領主館を自由に歩けるともなれば警戒しないわけにもいかない、というわけで首脳陣の意識として『警戒厳に、敵対せず』とし、対応は『領主の賓客』とすることになった。簡単に言えば、お客様として扱いつつ、ちょっと気を付けて見ていよう、である。


 領主の賓客とするのは、さすがにやり過ぎではないか。側近の中の誰かの賓客でも良いのでは。


 そういう案も出たには出たが、それでは側近たちに張り合おうとする者たちを抑えきれないだろう───彼らの脳内には問題を起こしてくれそうな人物が幾人か思い浮かんだ───と思い至った結果であった。


「……それにしても、何が目的なのでしょうか」


 話がひと段落付き、皆が水で口を潤している最中さなかに内事長官がポツリとこぼす。実は、ヨリが目撃した枯れ木のような男が彼であった。長い黒髪にはツヤが無く、頑張って梳いている努力は窺えるものの、ガサガサなせいでボサボサに見える。表情の暗さもあって、せっかく線の細い美形であるのに、まるで幽霊のような見た目になってしまっていた。


「我が領に、見るべきものがあるとは思えぬが……」


 領主が眉間にシワを寄せて溢し返す。自領に自信を持っているのが貴族としては普通なのであるが、バルファンでは違う。領主一族は強く頷くし、側近たちは困った顔になりつつも否定できないという酸っぱい現状である。


「むしろ、いつ潰れるのかを調べに来られた可能性の方が高そうだ」


 領主の弟が片眉を上げて続けた。


 幼馴染同士であっても、領主一族と上級貴族の身分差で言えない事はある。領主の弟が言わねば、領主が言うつもりであった。言いにくいことであれ、言わねばならぬ時は身分が上の者が言うべきであろう。そんな信念を育ててきた今代の領主一族である。そんなところも多くの臣下に慕われる理由の1つだ。


「どういうつもりかは、今夜少しは判るであろう」


 いつ潰れるか、の線は無さそうだと領主は感じていたが、決めるのはまだ早い。もっとヨリを知らねば、答えなど出せるはずもなかった。他の全員も頷いて、ポルカへの護衛の話に移っていく。


「私が行くのは当然として、他は誰が?」


 騎兵団長が振った。


「私が」


 側仕え頭が即座に立候補する。心配性の彼は、本当は書斎に行く時も付いて行きたいのである。そして、今度こそは絶対に付いて行く気であった。ちなみに主を愛するあまり親の期待を歯牙にもかけず、未だ独身である。


「……私も参ります。食糧のこととなれば、私が行かねば話になりません」


 内事長官が続いた。内事というのは読んで字のごとく「領地内の事」を担う。俸禄の分配から貴族の管理、領地内の生産物、接収や買い付けなど、ほとんどすべての事が彼ら内事の仕事であった。王都に持って行くモノを用意するのも当然内事の仕事であるので、言う通り、行かねば話にならない。


「では私は留守番ですな」


 行かなくて済みそうだという思いが透けて見える外事長官が留守番を請け負った。彼に積極性というモノは既に無い。そんなモノは貴族院で擦り減り、跡形も無く消え去った。そして誰もそれを責めない。外事長官という立場は、それほど(・・・・)の職であった。


 外事はそのまま「領地外の事」で、王都での売買、他領地貴族との交流が任されている。売買は売値が決まっている為、持って行って売るだけだ。交流の肝は婚家への挨拶と年頃の者が自領に居れば婚姻の取り付け、そして俸禄を増やすために奔走すること、であった。


 俸禄の引き上げを願うためには王都の大貴族に王族との橋渡しをしてもらわねばならず、そのためにまずは鼻で嗤ってくる大貴族の臣下に頭を低くして、助力を懇願せねばならない。そうして大貴族と主の面会を整えられるのは、20日という滞在期間中に各一回あればいい方である。


 10人の大貴族中、王族の護衛騎士の2家は清廉を保つために他家に応じることがない。よって8家に何度も訪問して、面会を願うのである。そうして叶う、やっとの1度であるのに、自分のみならず主までもが嘲笑されるだけの無駄足となるのだ。親の補佐期間も入れて20年もそれを繰り返せば、立派に拗ねた後ろ向きな人間が出来上がる。


 そういう家系と言うだけで後を継がされた彼は、側近という光栄な立場であろうとも外事長官など出来れば辞めたいと常々思っているのだが。周りを見渡しても、屈辱を耐えるという最低限のことをこなせそうな者が、同じ側近たちか下級貴族にしか居ないのである。


 側近たちには役職がすでにあり、下級貴族が大貴族の元を訪ねても相手にされるはずもなく。これで役職を退けば、逃げたのが丸判りになってしまう。せめて「私より相応しい方が」と言える状況で、外事長官は職を辞したいのだった。


 その気持ちは幼馴染であるこの場に居る全員が知っていたが、下手に慰めなど口にすれば「代わってくれ」と言われかねない。領主と領主の弟はともかく、側近たちは当たらず触らずといった姿勢を取るしかなかった。


「護衛を何人にするか」


「30人は欲しいのでは」


 護衛人数について案が出た。王都に行く時などにしてみれば30人では少なすぎるぐらいであったが、領主はそれでも多すぎると思った。あまり大人数を連れて行きたくないのだ。ポルカの状況を思うに、大人数の食事の用意は負担に違いないのである。それに、30人居たところでヨリがその気になれば意味を為しそうになく、であればその数の多さでヨリやポルカを身構えさせたくない。


「大げさにしたくはない。最小限とせよ」


 そんなわけで、お飾りではなくちゃんとした武人である騎兵団長が当然ながら領主の護衛に付いて、そこに副団長他2人が付き、内事長官と側仕え頭にも4人ずつが付くことになった。要護衛者3人と護衛12人の、計15人である。護衛はすべて身体強化を使える者、つまりは隊長たちの中から選ばれることとなった。






側近たちが出てきました。領主夫人は今からヨリの友人フラグですね(笑)

私的には誰よりもすくい上げたいのは外事長官さんです。頑張りたいと思います!


側近たちにはこれから頑張ってもらわなければならないので、納得いくまで設定をこねまわしていたらこんなに時間が掛かってしまいました。そのせいで本文から離れている期間が長かったので、おかしいな~と気付いた所があったら教えてください。他力本願で申し訳ありませんが(汗)

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