表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
82/91

81.領主が来る日 1

お久しぶりです。時間が開いてしまい申し訳ありませんでした。


領主が来る日の午前中です。忙しいです。

 客人のテーブルと椅子を作ってもらいたいというのがロンさんへの頼み事だ。料理を配る前までに出来ればいいので、晩ご飯前に調理小屋に来てもらうことをお願いしておいた。そのためにはそれまでに人数を把握していなければならないわけで。昼過ぎならばおおよその人数が決まっているんではないかと予想を立て、領主館へ確認に行くことを予定に加える。そして料理番たちには今夜は新しいのを教えるからと手を振って村を出て。


 で、今私が何をしているのかと言うとだね。現在7時過ぎ。トレモア(バルファンの南隣の領地)の、最北ダンジョンに設置した祭壇から飛び出して、東南に向かって走っている最中だ。何で東南かって? そこから一番近いダンジョンが東南にあるからだよ。


 トレモアのダンジョンの配置はトレモアの領都周辺に3つとバルファン寄りに1つだ。そのバルファン寄りのダンジョンというのが最北ダンジョンのことで。トレモアはバルファンと同じで縦長の領地。つまりはかなり南下しないと他のダンジョンには行けない。広範囲探索で目算したところ、右回りだと7時間、左回りだと9時間掛かる。当然時間が短い方を選ぶに決まっているよねってことで東南なのだ。




 ああ、朝に走ってるなんて珍しいって? うん、実は朝食中に3つの情報が入ってさ。

 昨夜は街の家に帰っていたバル(肉屋のボイフの弟)が、仕立て屋の親方からソア様宅に行く前に寄って欲しいという伝言を預かってきていたのが1つ。そしてニルヴァス様からは避難場所の完成と、魔大陸からのお茶会の申し込みというビックリ報告で、合わせて3つ。


 ニルヴァス様がサラリと何でもない事のように告げた『魔大陸とのお茶会』は、当然ながら私を驚かせた。食べ物が口に入っていたのが良かったのだと思う。おかげで奇声を発しないで済むことが出来たが、鼻から何かが噴き出そうでやばかった……。少しのフリーズの後で頭を過ぎったのはあちらの神様のアレな伝言だったが、すぐにマッチョな女神様とニルヴァス様が、競うようにケーキを平らげていくイメージで脳内が占められる。相変わらず女神様の頭部にはモザイクが。


 うう~~~ん。ケーキどんだけ獲ってくれば足りるかな……。


 思わず某新世紀アニメの『い』から始まる親父殿の有名ポーズを取る私。全くの無意識でやってしまって、ロジ少年に「食わないのか?」とかわいらしく訊ねられて我に返ってね。気が付いて感動したよ。はは憧れのポーズを1つまた再現してしまったな、なんつって。


 その場で質問攻めをするわけにもいかず、走りながら詳しい話を聞くことに。ケーキたちの交渉が期間限定だったこと、魔大陸よりこちらが多くのケーキを入手していたこと、魔大陸が急に並々ならぬ意欲を見せ始めたことを聞いて、また例の伝言を思い出す。


 あちらの神様の意図が何なのかが解らない。もしや恩を着せて、何かで返せとでも言われるのだろうか。神様が無償で何かをするというイメージが無い私は、どうにもモヤモヤとしてしまう。ほらGをボスに設定する神様だからさ、絶対に何か企んでいそうだなって思っちゃうんだよね。


 私の懸念をよそに、ニルヴァス様の報告は続く。日時はこれから相談で、お茶を持ち込んで下さる事と、とにかく全種用意せよということだけが決まっているのだそうだ。隠し上級ダンジョンの創造とケーキたちの設置は明日にでも完了するであろうと言われたので、明日はケーキ狩りに勤しもうと心のメモに書き入れた。


 アールグレイとダージリンと煎茶をお願いして、そう言えばとジャスミン茶も追加で頼んだ。するとニルヴァス様から、それは何だとの質問が。あれ、もしかして無いです? と訊けば、無いと返事が来て。おいおいジャスミン、フリーだったんかいラッキーと、設置権の獲得を強くお願いしておいた。





 仕立て屋に入ると、一番最初に気付いて目が合った女性が、親方に声を掛けて私の来訪を教えてくれた。背を向けて従業員と話をしていた親方が、こちらを向いて手招きをする。部屋の真ん中にある一番大きな作業台に誘導されて見せられたのは。


「もしかして、見本?」


「ああ、あった方がいいだろうと思ってな」


「うん、あった方が助かるけど、仕事増やしちゃって大丈夫だった?」


「うちが書いたのじゃ作り方が解らんって言われる方が困るんだ」


 貴族に持っていく物だから気を遣うのだろう。私にとっては作り方の解説が楽になったので非常に助かる。今は特に時間が惜しいから、心遣いがありがたい。礼を言って手数料を訊いたら、お得意様だから今回はおまけにしてくれると言われた。何それめっちゃお得だわ。私の全力の笑顔をお見舞いして、店の皆さんにも礼を言う。だってこれ全サイズあるんだもん。絶対に親方1人だけの仕事じゃないからさ。


 その見本たちを変な折れ目が付かないように丸めて鞄に入れていると、従業員2人が一抱えある布袋を持ってやって来た。親方が私の方をにこやかに見ているところを見ると、もしかしたらもしかするのかと期待する。───が、作業台に袋から出されて並べられたのは、6色3サイズの仮縫いが終わった下穿きだけではなかった。


「え、上衣?」


 そう、上衣までもが広げられていたのである。


「上下で着ないと色なんて決められんから作っておいた。急ぎだろ? 今から上衣の仮縫いを頼むんじゃ遅くなる。大きさ決めてから頼んだ方がいいんじゃないかと思ってな」


 おおいかん、鼻がツンとしてきた。込み上げてきてしまうではないか心の汗が。

 これからソア様宅に行ってまずは6色3サイズの試着用を頼もう、と考えていた流れが当然読めていたのだろう。さすがである。


「すごく助かる。ありがとう」


 本格的に声が震える前にと必死に言葉を絞り出す。広げられたそれらを大事に重ねて、丸めて鞄に入れながら報酬を申し出れば、勝手にやったことだと首を横に振られ、もうほんと言葉にならずに。お礼を考えておかねばならんなと目頭を押さえた。いかん、鼻水を啜る前には店を出ないと、と手を振り店を後にしようとした背中に、親方の声が掛かる。


「靴屋と毛皮屋も寄って欲しいって言ってたぞ」


 おいおいまさか……。ジワリと来た予感に、湧き出んとしていた水分たちが引っ込む。


「まさか、もう出来たって言わないよね?」


「あいつらもうちと同じで張り切ってるから、わからんぞ?」


 右側の口ひげを持ち上げた親方が、瞳を面白そうに煌めかせるのに目を見張った。そんな張り切ってるとは知らなんだ……。


 だそうなので、まずは靴屋に向かった。靴屋ではカウンターの青年が笑顔で出迎えてくれて、そのまま奥の作業部屋に通された。作業台の上に出来上がったと思しき5足が並べられていて親方が私に気付いてニンマリと笑う。おおう、こりゃあ出来てるな。


「できてるぜ。いつでもいいから次の5人も連れてきな」


「じゃあ今日の昼過ぎでもいい?」


 そうなった。5人分の代金を払い、5足をもらう。不具合があれば直すから言ってくれと背中に声を受けながら靴屋を後にして、毛皮屋に向かった。


 毛皮屋でも待ってましたという顔で迎えられ、防寒着と手首足首、首ウォーマーで1セットが3サイズ分できていた。こちらは仮縫いだ。毛皮は縫いを重ねると生地が傷みやすくなるそうなので目が大きく縫ってあった。


「糸が切れないように付与してから着るよ」


「そうしてくれると助かるな」


「それにしても、まさかこんなに早く用意してもらえるとは思わなかった」


 仕立て屋でも下穿きの仮縫いが終わっていたし、靴屋でも出来上がってたし、という話をすれば毛皮屋までニヤリと笑った。


「あんたはとびきりの上客だ。張り切らんわけがないだろう?」


 おお、私ってば上客認定を受けていたのか。そーかそーか、それで仕立て屋もあの変わりようだったわけね。なるほどやっと納得できた。それにしてもいきなり敬語だのおべんちゃらだの言い出すタイプの店が無くて助かった。あれ漫画とか小説で読むとイラッとするんだもん。


 毛皮屋を後にしたものの、無駄話をしない親方たちのおかげでソア様宅に行く時間までもう少しあった。それならば今村に居る人たちだけでも試着品を試してもらった方が早く注文できるではないかと思い付き、ダッシュで村に戻り裁縫小屋で作業中の裁縫班に、村中を試着させて回ってメモしてくれと頼む。


 試着をするのはインナーで経験済みなので戸惑いはなかったが、今回は重ね着だ。重ね着をしたことが無いだろうから、どれから着るのかから教えていく。そしたら一連の流れを、まずは裁縫班にやってみてもらう。


 サイズはすぐに決まったが、やはり色決めに手間取った。何せ自分たちで選ぶ習慣が無かったからね。選べと言っても困り顔で見返されるという、あれまあとなった空気をぶった切り、ほいほいほいと1人を着せ替えて他の人にどの色が似合ってるかを言わせて決めさせた。鏡が無いから自分で決めろとは言えんて。


 ちなみにインナーと腰紐と地下足袋とサラシも無ければ恰好が付かなかったので、インナーは出来ているのを着てもらい、地下足袋は私のに『伸縮』を付与してサラシも付けて履いてもらった。地下足袋を巻くサラシは白とこげ茶色で、腰紐は黒だ。腰紐もサラシも無難なのを選んだだけなので、そのうち他の色も用意するからと言っておいた。


 2人目からは皆で相談しつつやってもらい、詰まった所だけアドバイスを入れるようにして。6人目にしてやっとコツが掴めてきたので後は口を出さずに見守り、裁縫班10人分が終わったところで村に送り出した。


 自分たちの服の仕上がりが現実味を帯びてきたのだろう。遠足に行く小学生のようにウキウキしていた彼らの後ろ姿に目を細め、私もご機嫌だ。だって今10人分のが決まったじゃん? 今からソア様宅に行きがてら早速注文できるわけよ。そら喜ぶに決まってるよね。ふふふ。





 すぐに街に戻り仕立て屋と毛皮屋に注文を入れた。その足で製鉄所と木製所を回り、出来上がった物を回収していく。フィナンシェ型とタルト型が手に入って、ニンマリだ。フライパンと蓋とフライ返しのセットは20個できていた。早いと驚くと、自分の店と同じような小さい店に声を掛けて協力して作っているのだそうだ。利益を1人占めすることよりも客の要望を叶えてくれた店主に感動した。うむ、胸が熱くなり申した。今日はいい日だね。


 ご機嫌でそこを出ると少し先の建物の影から男が3人、熱い視線を寄越すのに気付いた。私の周囲の人を見ているのかもしれんしなと通り過ぎようとすれば視線が追いかけてくる。縋るように、切なそうに見られたら。ああ結局訊いてしまうんだよ好奇心め……。


「なにかな」


 近寄りつつ声をかければ、一番年嵩の男が握り拳で訴えてきた。


「俺たちは鉄工所の職人なんだが、俺たちにもできる仕事、ねえだろうか?」


 ああ、仕事が欲しいってことか。


「鉄工所って何が作れる?」


 だいぶ前に違いを聞いた気もするが、忘れてしまったんだよね。何だっけ。鉄を使うのは間違いないんだろうが……。


「鉱石を使って大きめの物を作るんだ。鉄板とか鉄の棒とか、武器とかな」


 ん? 鉄工所が武器も作るのか。あれ、そう言えば鍛冶屋を見かけたことが無いな。もしかしてこの世界では鍛冶屋=鉄工所なのだろうか。後でニルヴァス様に訊こうと頷き、3人に案内してもらう。


 3人は兄弟で、父親が店主だった。客を引っ張ってきた兄弟を「でかした!」と褒め、さっそく自分の店の売り込みを始めようとする店主を片手を上げて制する。作ってもらう物はもう決めてあった。


「天板を作ってもらいたい」


 私が鉄板と聞いて思い出したのがソレだった。今はオーブン棚に直接焼く物を置いているのだ。天板があればクッキーなどの細かいモノが作りやすくなる。是非とも欲しい。フィナンシェ型も手に入ったことだし。サイズと深さを紙に書いて、とりあえずは明日の昼までに急ぎで2枚頼んだ。


 例のごとく素材のことなど解らないし、自分たちで使う分には耐熱や耐久などは付与で何とかなる。形だけが整っていればいいのだが、小物ではないので量産するのは出来を見てからにするのだ。初めて作るので前金の計算が出来ないと言われ、相談の結果、銅貨50枚───大銅貨5枚を渡そうとしたら、銅貨で欲しいと言われて───を置いて店を出た。


 さて、10時を少し超えてしまったな。まあ約束をしていたわけでもないので気にはしない。貴族街の街並みは家同士に隙間が無いので祭壇が作れず、領主館からよりこちら側から行った方が早いのもあって歩きで向かう。さすがに街中を走れば人目に付くので、ささやかな早歩きで。




「入ってくださいな」


 ノックをすれば、奥さんの笑顔に迎え入れられた。どうぞどうぞと、前回もお邪魔した居住部分へ通される。昨日の今日だから痩せているのは変わらないが、奥さんが朗らかになっていて一安心した。私を座らせると、奥さんが袋を持って来て差し出してくる。どうやらこれは、前回渡した収納袋のようだ。


「中身を見させていただきます」


 見て欲しいから渡したのだろうが、一応声を掛けて頷きを待ってから袋に手を突っ込んだ。全部出すというイメージを持って、手に触れる物から掴んで出していく。布を巻いていた芯も出てきたので、すべて使い切ったのだろう。何本できたとは訊かない。言われたところで渡した布から何本できるかなど私が把握していないのだ。帰って数えるしかない。


「助かります」


 そう礼を言い、報酬の袋をテーブルに並べた。12人居ると聞いていたので12袋だ。中身を確かめてもらい、次をお願いしたいと頼めば喜ばれた。これからが本命だからこちらも助かる。見本と型紙と作り方の紙を渡し、説明をしてさっそく10着をお願いした。もちろん材料の入った収納袋も渡す。


「今日のところは10着ですが、3日もすれば100着を越えると思います。ご友人方にもお声掛けできそうですか」


「声を掛けるのは構わないのだけど、掛け過ぎても良くないでしょう?」


 幾分打ち解けてくれた奥さんが、こちらが報酬を用意するのが大変ではないかと心配してくれる。


「こちらは大丈夫なんですが、作り方の紙が12枚しかありませんので、作り方を持った方のお宅に集まって作業なさるのがいいかもしれません。お1人が10人の方に手伝っていただくとして、120人ですね。型紙で印を付ける役と、それを切り離す役、縫う役、と分けても良いかもしれませんし」


「それはいいかもしれないわ。皆に訊いてみます」


 以前も言ったように250人までは大丈夫だと告げ、食材だけは用意しておきますと約束してソア様宅を辞した。相変わらず人の気配がしない貴族街を抜け、誰も通らない路地裏から異空間通路に入る。いや村に戻るんじゃなくて、朝の続きをね? だってまだ10時半過ぎなんだもん。お昼ご飯は料理番たちに任せて、私は走る。走るとも!






 はい、お知らせです。ただいま11時45分、現在地はトレモアの領都北東にあるダンジョンです。やはり3時間はしっかり掛かってしまいました……。でもまあここからは2時間くらい南に行けば次に着く。2時間で着くってめっちゃ素晴らしいことだよ、うん。ただ欲を言うならあと5分、あと5分だけ走らせておくれ~~~~!


 うん、走ったともよ。5分だけだけど全速力だから距離的には結構大きいのだ。時間を見つけて5分ずつでも走れば、随分と先に進めるしね。10分でも15分でも、時間を見つけてコツコツコツコツ。うんイケそうだ。


 村に戻れば後は食べるだけだった。ハチミツトーストに癒されつつ、塩コショウで焼かれた鳥もも肉とキノコ類の美味さに、今日も元気にご飯が美味い! とテンションが上がる。


 ふふふ、さあ午後も忙しいぞっと。あれやって~、これやって~と脳内スケジュールを確認しながら、ロジ少年の成長自己申告に頬を緩ませる私に、どう考えても私にとってのご褒美が。


「俺、今日から調理小屋だからな」


 って、なぬ~~~~?! さっそく午後から一緒に居られるじゃん。いかん、お姉さん張り切ってしまいそうだよ~~~~~!!




とうとうロジ少年が調理小屋に!

ヨリは鼻の下を伸ばさずに頑張れるでしょうか。


次話は領主サイドの予定です。料理パートは次の次、かな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ