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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
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75.ポルカと貴族の繋がり

ポルカと貴族の繋がりが判明します。

 

「うむ、美味であるな」


「でしょう?」


 手記を読みながら、私は冬瓜スープに舌鼓を打つニルヴァス様の感想に、ドヤ顔で返していた。4歳児な甥っ子にも大好評な一品なのだ。好みもあるだろうが、これを不味いという人とは結婚できる気がしない。……今のところ『け』の字の影も見当たらないのにその単語を引き合いに出すとか、自虐あるあるだなと自嘲して手記に意識を戻す。


 手記は今半ばほどまで読めていた。領主は目覚める気配がない。心配はしているがニルヴァス様からは「生きている」と太鼓判が押されたので、こうして読み進めつつ待っていられる。


 55代目の手記は、ありがたいことに読みやすかった。もちろん相変わらず金は無いと悩んではいた。けれど文章が上手いのかさっぱりした性格なのか、問題点とそれに対する考えがさらりと書かれていて読みやすいのだ。他の手記では愚痴になるだろう所が、考察の形で書かれているのが特にいい。


 今年貴族院を出る者たちが戻って貴族になれば、当然ながら1人当たりの俸禄がまた減ることに頭を抱えていて、現状を打開するための案として話し合われた内容が書かれているところに差し掛かった。読み進めていけば、王都に行った時に俸禄を増やせないか王の側近に打診しているのだが、返事はにべもない事が書いてある。俸禄を増やしてもらえるのが一番だよね、そりゃ。


 食費を今より削るのは難しく、婚礼を略式化するしかないだろうと側近たちと話していること。金を得るために生活石各種───『生活石』とは火石ひいし水石みずいしあかり石などの生活にしか使わない、加工できない鉱石のことを言うのだとニルヴァス様に教えてもらった。ちなみに領主が持っていたランタンもどきには灯り石が使われているのだとか───の掘り出しを多くして、王都で売る量を増やすこと。などなどがあった。


 その中には当然ながらポルカからの接収量を増やす案もあった。それを心穏やかに読んでいられるのは、収穫率が大幅に増えて3食食べられていることと、いざとなったら村ごと逃げてしまえばよくなったことが大きい。ここに至っても自分たちで潜ろうと言い出していないことに腹を立てはするが、客観的に見れば食糧難でもある今、いつ接収量が増えてもおかしくないのだ。手記の始めの方にこの案が出ているのに、未だに実行されていないことの方が不思議でならないくらいである。


「どうしてポルカからの接収量が増えていないのでしょうか」


 こういう時は訊くに限る。ばっちり答えてくれる人がいる時は特に。


「反対する者たちがおるからであろう」


「反対? なんで貴族が反対するんです?」


「ポルカにその者たちの子供が、少なからずおるからであろうな」


「……ん? 娼婦や平民に産ませた子供たちですか?」


 言いながら首を傾げる。貴族というのは、使用人に産ませた子供ならいざ知らず、娼婦や平民に手を付けて子供ができてしまったとして、そこまで気にするものだろうか。首を傾げる。答えはすぐにもらえた。


「いや、貴族と貴族の間に生まれた子供たちであるぞ」


「は? そんなのが何故ポルカに捨てられるんですか」


 貴族と貴族の間に生まれるなら、ちゃんと家で育てられそうなものだ。そうでないならば……。


「……不義の子ですか?」


「そうではない。5代前に嫡子以外は結婚してはならぬと決まったのである。婚姻はできぬが、男女の仲になってはならぬとまでは言われておらぬゆえに、夫がいなくなった婦人や嫁ぐ相手がおらず婚期を逃した娘と、秘かに恋仲になる者がおるのだ。男女の関係ともなれば子ができることもあろう。子を生さぬために婚姻せぬのであるから、子ができれば捨てるか殺すしかあるまい。接収量を増やせと言い出すのは、そのような事を知らぬ嫡子であるのでな。案は出ても事情を知る領主と側近、嫡子でない者達が反対するのだ。実現するわけがなかろう」


 実行されない裏付けが取れて嬉しいが、嫡子以外が不憫過ぎだ。あれ、でもソア様って嫡子じゃないのに結婚しているぞ?


「ソア様は嫡子ではないですが、結婚してますよ?」


「3年経っても嫡子に子が出来ぬ場合は次男が婚姻して子をすのだ」


「なるほど」


「その場合は子ができぬ嫡子は離縁であるな」


「……わざわざ別れるんですか?」


「うむ。婚姻すれば妻と子を養うために俸禄が増やされるので、子ができねば俸禄を減らすために別れるのである」


 そこまでやるか。いやそうしなければならないほど財政は逼迫しているということだろう。でもこれでソア様から自分の親や兄弟の話が出てこないことに納得した。服の話を持っていった時、奥様の姉妹繋がりしか話に出てこなかったので、おや? と思っていたのだ。離縁させられた兄からは八つ当たりを受けていそうだし、手の平を返したような親の態度にも思うところがありそうだ。


 それにしても、貴族が一番身を削っていたのには驚いた。しかも、今までは貴族と平民の間の子とか、平民や貴族の不義の子の集まりだと思っていたポルカに、貴族同士の子供が居るということが判明してしまった。


「うーん、ポルカの貴族の落としだね率ってどのくらいですかね?」


「貴族同士の子が半数を超えておるな。後は貴族と平民の間の子と平民同士の子が半々といったところか」


「貴族同士の子が多いのですね」


「婚姻や子の制限が無い平民よりも、婚姻できぬ貴族たちの方が子にかける想いは強かろう。決まった当時は育てたいと願っても他の貴族の手前、許されず泣く泣く殺していたのである。ポルカに捨てるという逃げ道を見つけてからは3歳で捨てざるを得ぬが、3歳まで慈しめ、無事育つことを祈れるだけでも良いと考えておるからな」


「……」


 賛否のどちらも、経験した者でなければ言葉にしてはならない。そう感じて口を噤んだ。ポルカに捨てられた子は、その後ボロを着て一日1食あるか無いかの生活を送るのだ。そうして少し大きくなればダンジョンに潜るという命賭けの仕事を毎日せねばならない。それをずっと心配して生きていくのか、忘れたフリで生きていくのか、それとも心配することに耐えられず、苦しい生を送らせたくなくて殺してしまうのか。自分であったらどうするのかと考えれば、どちらの可能性もあると思えた。


 ならば子を作らねばよいと思うが、想い合う相手ぐらい、身体を寄せ合う相手ぐらいいなければ、家族を持てない淋しさや悲しさを紛らわすことなどできまい。そう思うのは私がこの歳になったからなのかもしれない。20代だった頃であれば「作るようなことをしなければいい」と言い切っていただろうから。


「こちらの世界には堕胎や避妊方法などはあるのですか?」


 ふと無いのだろうなと思いつつ訊いてみた。医療は治癒術に依存していそうだから確実に堕胎は無さそうだが、一応の確認だ。


「ダタイ? ヒニン? とは何であるか」


 うん知らなかったか……。一通り説明したら、堕胎に関してはニルヴァス様はガクブルでビビっていた。もちろん堕胎に至る状況が色々とあることも説明申し上げたが、恐ろしいことに変わりはないという考えはそのままだった。まあ神様が「堕ろせばよい」なんて冷たく言い放つ世界などろくなモノではないだろうから、安心したよ。



「それにしても、なんだか話が早くなりそうですね」


「む?」


「自分の子供の生活が苦しい、でも助けてあげられない。だから見にも行けない。もしくは、合わせる顔が無いといったところでしょう? ならばポルカの今の生活ぶりを見せれば済みそうです。自分たちよりご飯が食べれて怪我も無くダンジョンに潜れていると知れば、安心するでしょうし負い目も減るのではないですか?」


「ふむ。そうであろうか?」


「捨てたおかげで自分たちより食べれているのですから、負い目は減りますよ。負い目が減れば合わせる顔ができますから、我が子の成長ぶりを見たいと思うでしょう。自分の子を探せるかもしれない、特定できずとも同じ空間に我が子が居るかもしれないともなれば、誘いに乗る人は少なくないのでは?」


「……ふむ。そうかもしれぬが……」


「はい、そうでないかもしれません」


 ニルヴァス様の言外に含まれた言葉を汲み取り、強く頷いて逆の可能性もあると明言する。どちらの可能性もあるのだ。何かを予測する時は、常に最悪の事まで考えておくのが望ましい。けれど私にとっての最悪は、ポルカの暮らしぶりを身の丈に合っていないと取り上げられることだ。避難場所に続いてニルヴァス様からの情報に、未来は随分と明るくなっていた。……だから要らぬ欲が出るのだ。


「目標が食材確保ではなくて、婚姻自由化になってしまいました。家族愛とかほんと弱いんですよ、私」


 もちろん、したい事とできる事が合致しない事もあるし、合致したとしても望む結果が得られるわけではないが、今の私にはやってみようかと思える能力がある。おまけに主はこの世界の創造神で、どの貴族にも従う義理が無いのだ。


「無理をせずとも良いのだぞ?」


 そうは言うが、ニルヴァス様ってば絶対喜んでいるよ。声が明るい。


「無理はしませんから、とりあえずやってみてもいいですか。婚礼は省略できても貴族院は省略できませんから、食材確保からの金策ですね」


「ふむ。金策の案はすでにありそうであるな」


 おいおい、ワクワクし過ぎだろう? まだ始まってもいないし、順調にいくかもわからないんだぞ。釘を無性に打ちたくなったので、すっとぼけて言ってやる。


「考えていることはあるのですが……、そういえば私の仕事はニルヴァス様のご飯をお作りすることでした。よそ事ばかりの私にお怒りになっていらっしゃるんじゃないですか? やはり出しゃばった真似はしてはいけませんよね……」


 よそ事ばかりで最近ニルヴァス様にあまり新作を作れていないのは、本当に気になっていたのでそれも混ぜつつ、ニルヴァス様の本音をそろそろ聞きたいと小芝居を打つ。だってこれからやろうとしていることは、1つの領地を丸々変えるということだ。主の許可が無ければ、やっていいことでは無いだろう。許可があれば憂い無く突き進めるし、手伝って欲しいことがあった時に頼みやすい。是非ともゴーサインが欲しいのである。すぐに来ない返事に、まさかのやめておけ発言だったら困るとハラハラし始めた時にやっと。


「……我の民のためにしてくれることに怒りなどしておらぬ。ポルカへの心配りには感謝をしておるのだぞ?」


 というお言葉をいただけた。


「そうでしたか。良かったです。安心しました」


 大きなお世話とか言われなくて良かったとホッとしつつ、内心ではガッツポーズを決めた。予想はしていても、ちゃんと肯定されることは大事なのだ。間違っていなかったのだという安心と確信が自信に繋がる。続く言葉は更に私に確信をもたらした。


「我の事はバルファンが落ち着いてからで良い。おぬしの思うようにやってみよ」


 とうとう許可が出たのだ。しかも自分の事は後回しでいいとか言っちゃっている。専念できて助かるけど、落ちつくまで何年もかかるかもしれないのだが。


「何年かかるかわかりませんが……?」


「良い。数年など待つうちに入らぬし、美味なる奉納品には事欠いておらぬゆえ、バルファンの事に専念せよ」


「ご命令ですか?」


 思わず笑いを含んだ声で訊いてしまった。専念しろとか、普通にバルファン復興がお仕事になってしまったのだ。しかも予想外の命令口調。やっぱりニルヴァス様は助けられるものなら助けたいと思っているんだなーなどと、微笑ましかったので、ついね。


「うむ、命令である」


 返すニルヴァス様の声も笑いを含んでいた。「ふふ」「はは」と笑い合い、場が和む。和んだが、解かってもらっていなければならない懸念があることを、苦笑を交えて伝えた。


「ニルヴァス様、もしかしたらバルファンは手伝いを拒むかもしれません。そしたら私は手伝いませんからね?」


 成功させる気ではいるが、するかは貴族たちに懸かっているのだ。本人たちにやる気が無いならば、教えても無駄である。苦笑の中に私の決意を感じたのだろう。3拍後にニルヴァス様は答えた。


「仕方あるまい」


 苦笑しながらではあるが、多分に苦みが含まれていた言葉には───、先ほど諦めてくださいと言った時とは違う、確かな覚悟が含まれていたように感じた。








 主従の意見の擦り合わせが終わり、手記に再び視線を落とした時だった。衣擦れの音がして、


「ん……」


 という男の声が。ニルヴァス様の声ではない。いよいよお目覚めか。期待に胸が躍る。手記を閉じて机の隅に置き、領主が寝ている魔力ベッドを私が座っているのと同じ、リクライニング椅子にしてやる。こうすれば目を開けた時に、身体を起こさずとも私が見えるだろう。驚くかもしれない、いや確実に驚くだろうが、魔力椅子で側面を包むようにしたから、転げ落ちることは無いだろう。ああ、椅子に色も付けておかなくては。自分が透明な何かに座っているなんて不安この上ないだろうからね。


「茶色? いや暗いから白にしておこうか。『白』」


 白い色を付与してみれば、豪華上衣がよく映えた。思っていたよりいいかも。その作業中はまたぐったり動かなかったが、観察していれば段々身じろぎ回数が増えて、んむんむ言う回数も増えてきた。その度にいよいよかと身構えた私は、身構えるのに疲れた5度目からは手記を読んで目覚めを待つことにした。身構えるのは気力を使うのだ。


「む……誰、だ?」


 やっとお目覚めだ。誰何する声に答えるのは構わないが、せっかくの初対面だ。挨拶はしておきたい。薄く開けられたその目に向かって微笑んで、半覚醒でも伝わるようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「初めまして。ヨリと申します」







主従の意思疎通は大事ですよね。前話で我慢をしたニルヴァス様ですが、今話の語らいでやっと腹をくくりました。


ポルカがほったらかしにされている謎も判明しました。普通なら横暴な貴族や街人に、日常的に暴行を受けたり食材や金を根こそぎ持って行かれそうですもんね。知らぬは嫡子と平民たち。嫡子たちには選民意識が少なからずあるのでしょう。傲慢さが見えるがゆえに、事情を教えてもらえません。接収量を増やせと言う貴族たちは、いざ実行に移そうと強行したら消されそうですね。


次話はやっと領主とのお食事会です!

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