73.デコピンの事情
長くなり過ぎたので半分先に投稿します。残りは少し手直しして、なるべく早く投稿します。
今回は少し視点やらの変化が多いです。よろしくお願いします。
靴屋の事にはまだ反応を返せた。どういう事なのか尋ねた時、「どうして作ることにしたのか」という一番知りたかった肝心な部分は入っていなかったが。まあ、ロジを連れて来なかった理由と何のために靴屋に行くのかは判った。足を計るってのは、行けばわかるだろうからいいとして、だ。俺たちが呆けたのは『作る』という耳を疑う言葉をヨリが言ったせいだった。
靴に始まり、服に防寒着だ。それらを今作ってもらっているとヨリは言った。「は?」ってならんわけがない。俺たちのほとんどは3歳までの記憶が無い。が、捨てられたことを思えば、生まれてから今まで服や靴はすべて古着屋や裏通りの露店だ。穴に継ぎが当てられていれば上等で、穴開きなどは当たり前。とっておいたボロで、その穴に継ぎを当てるのは繕い人たちの役目だった。その繕い人たちは、さっきヨリに『裁縫班』と名付けられていた。10人と一緒に首を傾げると、布を裁って服を縫うから裁縫と言うのだと教えられた。それを思い出して、ああ靴の前にあの服のこともあったなと、動かない身体を放って頭だけが働いている。
『作る』という言葉の衝撃をやり過ごすと、今度はいくらかかるのかが気になった。古着屋で一番安いのしか買わないから、上衣1枚がどれだけかかるのか考えも付かない。それを上衣、下履き、靴、防寒着、それと村で着た服を全員分? 考えようとして気が遠くなりかかったところで、お金は今までのボスドロップ品を換金すれば発言をされた。本当に足りるか? 今まで渡したボスドロップ品がいくつだったか思い出そうとする。……数えもしないで渡していたからわからないが、どう考えても足りない気がする。ボスドロップ品いくつでそれを返せるのか。一日に何回潜ればいいのか一生懸命考えていたら、そこにまたもやヨリが。
「服のお金が気になるって言うなら、他の領地のダンジョンに一緒に行って欲しいかな~なんて」
ダンジョンに潜るのにはドロップ率が何より大事、だから1人で潜るといらつくんだよね。ヨリは確かそう言ってなかったか。そこでハッと気付く。そう言えば最近、ボスドロップ品を渡すたびに「もらい過ぎだから」と言っていた。こちらの方がもらったモノにまだ足りていないと思っていたから、真に受けては来なかったが───ヨリの方では着々と準備を整えていたというわけだ。欲しいモノを訊かれた時に気付くべきだったのかもしれんが、まさかこんな事になるとは思わなかった。ここ2~3日、やけに出かけると思っていたのだ。……行動力があり過ぎだろう。
俺が気付いた事に他の奴らも気付いたのか。ユジとターヴは指で頭をグリグリと揉んで、ミノは呆れたと肩を竦め、シガはよく見れば少し嬉しそうだ。シガはすっかり料理に夢中だからな。付いて行ける方が嬉しいに違いない。
俺はどうだろうか。
今回のコレは、確実に泣いて感謝をする者が出るだろう。俺たちは誰だって一度は継ぎの無い服を着てみたいと願うが、10歳を過ぎる頃には諦める。それが叶うと、叶えさせてやれると言うなら───ダンジョンぐらい、いくら潜ってもいいと思えた。ヨリのおかげで、もうダンジョンは恐れなくともいい場所になったのだ。いや上級ダンジョンと言われれば、さすがに恐れるが。
ヨリは1人でボスまで倒してしまうし金はあるし料理もできるし荷物持ちもいらない。そんなヨリが自由にできないのがモンスター湧きだと能力開発の時に言っていた。そしてもし『湧き要員』が確保できたら、次に求めるのが速さだと。
湧き要員は居るだけでも助かるが、ある程度以上の速さで長く走れるならば、もっと助かるのだそうだ。身を守るのは付与があるのでどうとでもなる。自分1人でモンスターも倒せるから、本当に走れればいいんだよと言っていた。
「班員が皆強ければ、そうであるほど怪我は少ないし速く先に進める。覚えて終わりじゃないんだよ。教えたり、教えられたりして、皆で一緒に強くなってね」
能力開発が終わった時にヨリが言った言葉だ。湧き要員は元々充分だったところに、強さと速さの条件が揃うと収穫は倍どころではなくなった。ヨリの言ったことは正しかったと実感のし通しだ。だからヨリが一緒に潜らなくなってからも俺たちは研鑽を続けている。ヨリが求める強さと速さには遠く及ばないとは思うが、とりあえず俺たちはダンジョンの入口からボス部屋まで止まらずに走る事は出来る。
気付けば俺は、自分がヨリに付いて行く為にしなければいけないことを考えていた。村を長期で空けることもあるだろうから、行くためには頭領を誰かに代わってもらわねばならないのだ。……まあ候補は少なくはない。押し付けるのに苦労はしないだろう。先々代のホスさんに、今は班長を楽しんでいる先代のあの人に、各班の班長に。まあ副班長の誰かでもいいだろう。要は数さえ数えられればいいのだから。
それにしてもさすがに一気に全部というのは驚いた。全員分、というのにも。せめて靴だけとか上衣だけとか、数人分だけとかであればここまで呆けはしなかっただろう。それに加えて「他の領地のダンジョンを手伝え」だからな。俺たちが何かで返さないとと思うことなどお見通しというわけだ。そして俺たちにできる事で唯一ヨリが喜ぶことで返させる、と。次から次へとよく考えるものだ。というか、いつも言ってたのは本気だったんだな。まさか俺たちを連れて行くことを考えているとは思わなかった。……これからはもっとヨリの言う事を真に受けることにしよう。
シガを除いた俺たちは、誰からとは無しに顔を見合わせて、大きくため息を吐いた。俺以外が何を考えてため息を吐いたのかは知らないが、ユジはもう知らんとばかりにこめかみを指で押さえながら首を横に振り、ターヴは眉間に寄るシワを揉み解していて、ミノは苦笑いだ。俺はと言えば、ちょっとした意趣返しをしようかと考え付いた。これだけ驚かされたのだ。このぐらいは許されるだろう、と。
どうしたのかと言いたそうにこちらを見てくるヨリを手招く。警戒させないように笑顔を心掛けて、だ。ヨリは無表情ながら嬉しそうに、いそいそと寄ってきた。手をゆっくりと上げたのは、素早くやっても防がれるだろうなと思ったからだ。成功したとしても魔力障壁で衝撃は無くされるだろうが、こちらの気は済む。そんなつもりで全力で弾いたら、予想を外して自分の指は見事にヨリの額を打ち抜いた。
「いだあああああっ!!」
ヨリの叫びが響き渡る。額を両手で押さえて高速で揉み込みながら、右に左に前に後ろにと、めちゃくちゃ悶えている。ヨリが「ぬおおおおお」と唸りながら悶絶、俺は唖然。なぜこうなった……。
「おいソル、ありゃ痛えぞ」
ミノが自分がされたかのように痛そうな顔をして言った。
「いや、魔力障壁が無いとは思わなくてだな」
言い訳だが、無いとわかっていればもっと加減をしたと主張する。
「身体強化してたら、もっとやばかったな」
ユジが言ったことを想像して、全員で顔を青くした。が、気付く。
「そうした方が避けるか防ぐかしただろうから、そっちのが良かったかもしれんぞ」
ターヴも気付いたようで俺が言うより先に言った。それにシガが頷く。
「アレ、どうするよ」
ミノが未だ悶絶中のヨリを顎でしゃくって訊いてきた。いやスマン、では済まないだろう。こうなればヨリの喜ぶことを言って気を逸らすしかない。とりあえずシガは行く気だろうから、後の3人を……。
「すまん、ヨリのダンジョン巡り、一緒に付き合ってくれるか」
どうせ誘うつもりではあったが、こんな事が理由で頼むことになるとは思わなかった。「行こう」が「行ってくれるか」に変わっただけで、どちらにしろ行ってくれるのではないかと思いつつ訊いてみる。
「まあソルだけじゃ湧きが悪いだろうしな」
ユジが仕方なさげに。
「……俺は最初からそのつもりだから、いいぞ」
珍しくシガが、小さくではあるが声を出して行く気満々を主張した。やっぱりか。
「まあ、お前が何をするつもりか解ってたのに止めなかった俺らも悪いからな」
ミノがヨリを見たままでそう言う。
「お前がやってなきゃ俺がやってたかも」
ぼそりとユジが言って、「まあな」とミノも同意した。アレを食らわしたかったのが俺だけでは無かったのだと勇気付けられ、切実な想いを込めてターヴを見れば。
「付き合うのはいい。けど村の状況次第だな」
と渋い顔で言ってヨリの方へ歩いて行った。何をするかと思い見ていると、ターヴがヨリに何かを言った。するとヨリの悶絶が止まり、いつもの無表情に。先程までの光景が嘘だったかのような風情でターヴを引き連れスタスタと歩いてきた。
「恥ずかしいことに、治癒を忘れてたよ。あはは」
本当に恥ずかしいようだ。顔が赤い。いや悪いのは俺なんだが。俺にヨリ以外の視線が突き刺さる。解っている。言うから待て。
「あ~、少し強すぎたな。すまん。ダンジョンには好きなだけ付き合うから行く時は言ってくれ。他の奴にはまだ訊いてないから、とりあえずこの5人だけだがな」
「えっ?! やった! ありがとう~~!!」
罪悪感に苛まれながら言うと、ヨリが笑顔全開で喜んだ。額に滲んだ汗を腰ヒモに引っかけてある手巾で拭う。「少しどころじゃない!」と責められるのを覚悟していたのだが、ヨリの気は上手く逸れてくれたようだ。安心して力が抜けた身体をミノとユジに左右から小突かれた。「良かったな」の言葉付きで。「はは」と力なく返して事なきを終え、俺たちは再び街へと向かったのだった。
+ + +
あの後、結局ヨリには訊かれた。ソルは動揺を必死に隠していて、それを庇ってターヴが答えていた。俺たちを驚かせすぎだと。新しい服なんて買ったことも無いんだから、急に言われても喜ぶ前にビビる、と説明する。さすがターヴだ。ヨリがなるほどと頷いている。そこに滅多に話さないシガが、あの指弾きは思い切り驚かせられた仕返しだと教えて、ヨリを逆に謝らせた。はは、謝られてシガが困った。そりゃそうだ、謝らせるつもりで言ったわけじゃないからな。
「ヨリ、次からは先に何か言ってくれよ。俺らはそういうの慣れてねえから」
ミノがシガを助けに入った。よし俺は礼を言おう。結局まだ言えてないのだ。
「ありがとな、ヨリ。驚いたけど新しい服とか嬉しいんだぜ」
俺が言ったら他の奴らが強く頷いて、「ユジの言う通りだ」と口々に礼を言い始める。ヨリはそれにタジタジだ。そして俺は達成感で、とても清々しい。ふっ他の奴らもスッキリした顔しやがって。
礼を言えた俺たちは、ヨリを急かして靴屋に走って向かった。さすがに表から入る勇気は無く、裏通りから裏口を目指す。人目に留まらないように、街に入ってからの方が気を遣った。歓迎されるかわからないとヨリが不安そうに言ったものだから、少し緊張して裏口から入る。ヨリが先頭で店内に声をかけると……。
「おう来たな。待ってたぜ」
「いらっしゃい」
「こっちの椅子に座ってくれ」
靴屋の親方から始まる、従業員たちの歓迎を受けた。───ああ、嘘みてえだ。と思ったんだが、嘘じゃ無かった。俺らは次々に足を計ってもらった。靴から出した自分の汚い足を触られるのが悪くて「汚くてすまねえ」と言うと、「皆こんなもんだよ」と笑ってくれたのには胸が詰まった。泣きそうになった。鼻を啜る音がそこかしこから聞こえたから、俺も混ざって鼻を啜る。俺だけじゃないなら恥ずかしくないだろ? 涙は辛うじて耐えられた。……と思う。
+ + +
ヨリたちが帰って行った靴屋では。
「……ねえ親方。あの人達、普通でしたねえ」
「だなあ」
「……俺あ足が汚いからって謝られちまったぜ」
カウンターで店番をしている青年と作業場の従業員たちと親方とが、それぞれの仕事に取り組みながら話しているのは、先程帰ったポルカの青年たちの事であった。
噂に訊いていた手癖の悪さなど無く、乱暴な素振りなど一切感じなかった。終始大人しかったし態度も悪くない。いや予想以上に良かったと言うべきだろう。足を計る時の、ああして、こうしてといった指示には戸惑いながらも素直に動いた。───今日体験した事が、彼らの認識を揺さぶっていた。いや、すでに塗り替えていたと言った方が正しいかもしれない。
「……いい奴らだったな」
普段自分から滅多に話し出さない男が言った言葉に、他の従業員が驚きながらも頷く。
「ちょっと可愛いかったっすね」
そばかすの浮いた童顔の男が顔を綻ばせながら言うと、作業台を挟んだ向かいに座った男が突っ込む。
「おい誰の事を言ってんだ。お前が計ってたのは、あの顔が変わらない奴だろう?」
「だってあの人ちゃんとお礼も言ってくれたし、ちょっと笑ったんすよ? 可愛いじゃないっすか」
「お前の理屈で言えば、ヨリさんも可愛いってことになるが」
「え? あの人も可愛いと思うっすけど。だって今日なんか1人でめっちゃ鼻水啜って隠れて泣いてたし、どこのオカンかと思ったっすよ」
地下足袋の部品を切り出しつつ「ぷぷぷ」と笑いながら言う童顔の男の言葉に、「それは俺も思った」と微笑んで言い合いが終わった。そこに「そうそう」と続けるカウンターの青年。
「計ってる時、あの人ら涙声でしたもんね。僕も釣られて泣きそうになっちゃいましたよ」
「お前アレは泣きそうっつーか泣いてただろ。涙拭いたの見てたかんな。それ見て俺も泣きそうになったっつーの」
とさっそく縫い始めている30代の男が「お前のせいだ」と青年を責める。「俺のせいじゃないですー」と返せば、親方の弟子の中では一番年嵩の男がおどけながら親方を茶化す。
「親方なんか、一緒んなって鼻啜ってたよな。俺はそっちのがやばかったわ」
「うるせーよ!」
親方の恥ずかし気な返しに全員で笑って、そうして全員でその時の彼らを思い出してしんみりとなった時に。
「……早く作ってあげたいですね」
とカウンターの青年が。
「だな」
「ああ」
と頷く面々。いい感じの空気になったその時に、だ。
「何せ250人分て話だからな。その気持ちで頑張ってやれ」
親方が手を動かしながらボソリ。しん───と靴屋に静寂が広がる。一拍後にゆっくりと従業員たちの顔が親方に向いた。
「……え、何て?」
一番最初に立ち直った童顔の男が、恐る恐る訊き返した。従業員全員が親方の返事を聞こうと耳をそばだてる。
「あ? だから250人分作るんだって話だよ。あとボイフたちのもあっからな。255人分てとこか」
その数の多さに言葉が出ない。それが終わるまでは仕事が切れないことを喜ぶべきか、忙し過ぎる今日からを思って嘆くべきか。全員が考えたことだろう。
「しかも急ぎでな」
付け足された親方の声に、全員の気持ちは後者になった。
「この地下足袋、1人分で大銅貨30枚払うとよ」
「「「「はあっ?!」」」」
靴は大銅貨10枚、それが普通だ。その3倍の金額に4人が驚愕する。カウンターの青年はその注文現場に居たので知っていた。驚いた4人は修行を終えた靴職人だ。一人前ともなると店で作業しなければならない理由も無い。普段は家で作業しているのを、昼過ぎに急遽呼ばれて来ていた。
手を止めて、信じられないとあえぐ4人の前に、帰りがけにヨリに渡されていた小袋が置かれる。親方の手がそれを逆さにして振ると。チャリンチャリンと音を立てて、大銅貨が山になった。確かな金額は判りはしないが、たぶんソレは前金の大銅貨15枚が5人分だ。ゴクリと唾を飲む音がいくつか聞こえた。
「急かされてるが、無理はするなとさ。そんで値切りも一切無しだ」
誰も動こうとしない中、親方だけがニヤリと口角を上げて───。
「そんなお人に認められてえよなあ?」
親方の、そんな煽ってくるような、それも腹の底から「自分の店を認めさせたい」と切望が籠った声を聞いてしまえば、従業員たちだとて腹が熱くなるような高揚を覚えずにはいられないのだった。強く、強く頷き返して作業に戻る男たち。ほぼ無言で集中して作業した結果その日のうちに仮縫いが出来上がり、さらに本縫いの仕方を親方にうるさいほど確認した4人は、家にソレを持ち帰った。何をするつもりなのかは親方にはお見通しだ。負けてはいられないと、店を閉めてから残りの1つを手に取った。
ソルのデコピンの裏事情判明です。魔力障壁は始動する時は魔力の動きを感じますが、付与して固定してしまえば魔力も動きません。解除しても気付きません。
靴屋の従業員に作者も癒されました。
1話を2つに分けたので、次話の最後にはやっとお待ちかねのあの人がーーーー!!




