71.ささやかなるベーコン事件 【食パン】
お久しぶりです。何とか今週中に書きあがりました。
大きな出来事は今のところありませんが、ヨリの中では色々進む日です。
その後は早口に水あめと板ゼラチンの設置場所も話し合い、残りのパンを食べるべく席に戻った。皆はもう済んで片付けに入り出していたので急いで食べ終えて片付けに行くと、料理番の皆とガザたちはすでに食器用の洗浄樽から洗い終わった物を取り出して異空間収納袋にしまっているところだった。それをそのまま任せて、私はボウルを人数分用意する。ロールパン生地の材料を作業台に並べて、手の空いた人にも手伝ってもらって、まずはドライイーストを各ボウルに振り入れていき、ぬるま湯も入れていく。それが終わってから、私は宣言した。
「今日は食パンを教える」
「食パン?」
「そう。材料はロールパンと同じなんだけど、二次発酵させる時にこの型を使う、だけ!」
言いながら製鉄所から引き取って来ておいた長方形の型を出した。当然ながらすぐに使えるように洗浄と乾燥は済んでいる。型を使う料理は初めてなので、皆は興味津々だ。しかし慣れたもので質問は飛ばない。どうやって使うのか、使うとどうなるのか、教える過程でどうせわかることである。というか使うその時に説明されないと、聞いたところでわからないという事がわかっているのだ。彼らはただじっと、私の声を聴き洩らさないように真剣に聞き、私の手元を見逃さないように目力を全開にして(身体強化含む)、手順を脳内に刷り込む。
「一次発酵まで手順は一緒だけど、今回は水を少しだけ減らす。水の量で味も食感も変わるから、時間がある時にでも作って比べてみるといいよ。美味しくできなかったのはパン粉にすればいいから、失敗なんか気にしないで色々やってみて」
材料が同量でも水の量、発酵度合いで味は変わるので、パンを作る時には分量と発酵具合、できたパンの感想をメモるといい。次の時にはそれを元に砂糖と塩の増減をしたりするのだと教えた。
それらを叩きこねながら教えて、一次発酵に入って皆が手を洗い終わったところで宣言2をする。この中で唯一字が書けるガザが、分量と注意点をメモしているのを捕捉してやりつつ。
「今日から、何を作るのかを皆に考えてもらおうと思う」
今までは希望がある時以外は、ほとんど私がメニューを決めていた。それを任せていきたいのだ。彼らの自立のためでもあるが、私の行動の幅を広げるのが一番の狙いである。だって時間が無いと行けないではないか。隣のダンジョンとか王都のダンジョンとかもっと遠くのダンジョンとか。
チョコやらの製菓材料も、許可が下りるかわからないアレたちも、設置されたらすぐに獲りに行きたいし自分が我慢できるとも思えない。安定した白米の確保のためにも玄米だってすぐ欲しいから、うん……やっぱり我慢できないと思う。栄養価が高いのは玄米の方で、よく噛めば美味しいとか慣れれば大丈夫とはよく聞いたが、せめて7分突きにしないと食べ辛い。こう、咽喉を通らないと言うか……。やはり食べ慣れた白米に近いものが欲しくなる。根性無しですまない。
メニューの決め方さえ覚えれば、後は自分たちで作れる料理で回してもらえば一カ月はもつだろうと確信できるくらいには教えたつもりだ。もちろん領主側からアクションがあるかもしれないので3日は留守にはできないだろうが、一泊二日ぐらいならばどうだろうか。その間はニルヴァス様に見張っていてもらって、何かあれば私だけ異空間通路を使って戻って対処すればいい。
それならば異空間通路を使わなくても西隣のミゾノと南隣のトレモアならば楽勝で行けるし、その向こう隣にも多分行ける。そう───10人くらいに付いて来てもらってだね……ククク。豆ダンジョンと蒟蒻ダンジョンが私を待っているぞ! あ、あとクレ〇ジーバジルも取りに行かねばならんよね。
そんな私事情をガッツリ入れ込んだメニュー講座であるが、まあ難しくはない。考え方を仕込むだけだ。常々、そのうち自分たちで考えるようになってもらうと言っておいたので、動揺は見られない。いよいよその時が来たのだと頼もしく頷いた面々に、私も頷きを返した。さあ講義を始めよう。
「私がいつも気を付けているのは、3食を違う味で作ること、パンと肉と野菜を使うことの、たったの2つ。違う味で作るのは飽きがこないためだけど、飽きないって言うなら3食同じ味でも、同じモノ食べても問題は無いよ。パンと肉と野菜を使うのは私の好みだから、パンと野菜だけでもいいし、パンと肉だけでもいい。ただね、肉と野菜は一緒に食べると両方の美味しさが引き立つからオススメ」
言いながら、作り置きのロールパンを取り出して2センチくらいにスライスして石板コンロを加熱して並べていく。もちろんここに居る人数分だ。そういえば焼いたパンを両面トーストしたことが無かったな。何をしているのか興味津々で見られる。
本当は栄養が云々言いたかったのだが───いやニルヴァス様には言ってみたのだが。逆に栄養って何なのだ? と訊かれてしまったのだった。炭水化物が~ビタミンが~タンパク質が~と説明していくにつれ、見る見るうちに眉間のシワが量産されていた。ははは。どうやらこの世界では食と健康に繋がりは無いらしい。だから肉食民族とかが存在したのだなと納得できた。
栄養概念から野菜摂取を推奨しようと思っていた私は、残念ではあるが断念せざるを得ず、『美味しいから食べる』と言うしかない。幸い野菜の美味しさも肉の美味しさも刷り込めていたので反発も質疑もされなかった。そこまで考えて料理を教えていたわけではなかったが、グッジョブ私! と自分を褒めておく。
うん。だって自分で自分を褒めなくて、誰が褒めてくれると言うのだ。私は他人も褒めるが自分も褒める。楽しいから是非やってみてくれたまえ。え? こないだもそんな事聞いた気がする? 何度も言うくらい楽しいんだって。
「今作っている食パンは、出来上がったらこんくらいにスライスして、両面を焼いてから片面にハチミツを塗って───はいどうぞ」
焼けたパンの片面にハチミツを塗って見せて配る。初めてのトースト、初めての垂れるモノだ。食べ方にもコツがいるのだと、ハチミツが垂れないように水平を心がけて手に持ち、サクリと歯を入れて見せた。齧る時も齧った後も水平に。ここ大事! と教えて促すと、手をプルプルさせたり、恐る恐る持ちながら口に運び出す。よしよし、これで自分の分に集中できる。私にしても久々のハチミツトーストなのだ。大いに楽しみたい。ひと口目は教えることに意識がいって、楽しむ余裕が無かったのだ。期待を込めてふた口目をあ~~~ん。ザクジュワ。
あっコレだわ~~。ハチミツに沈み込む歯茎に、甘さが滲みてくる。焼けて目の粗くなった表面にハチミツが溜まっていて、それがその感触を引き起こすのだが、コレがたまらなく嵌まるのである。そして噛み始めると口の中でトーストとハチミツが混ざり合い……うっま! やっぱりうっま~~~~!! 食べ始めると止まらないのでダイエットの天敵ではあったが、食欲の無いときはよくこれで乗り切ったものだ。風邪の時とか疲れた時とかね。ちなみにパンをしっかりトーストすること、ハチミツをケチらないこと、が大事なので憶えておくよーに!
堪能し終わって意識を戻せば、なるべく長く味わえるようにゆっくり咀嚼している皆が居た。鼻から抜ける吐息だとか感嘆符の付いた唸りとか蕩けるような顔が皆の感想を雄弁に語ってくれている。はっはっは、美味かろう?
「はい食べたね。じゃあコレに合うのはどんな料理かな? 自分が食べたいモノでもいいから意見出してね」
ここからは黙って皆の声に耳を傾けるのが私の仕事だ。もちろんパン種の発酵具合を見守りつつ。
食パンにする時は、一次発酵を少なめにしておきたかった。目安は30分から40分くらいだ。その方が甘くみっしりと身が詰まった食パンになる……気がするのだ。ここで膨らませ過ぎると甘さが薄れて塩味が強くなるような。私が読んだレシピ本にはそんな事は書いていなかったから、あくまで主観ではあるのだが。
「パンはあるから、後は野菜と肉ってことだろう?」
「だな。甘いパンに合うのは何だ?」
「甘い味付けじゃなきゃいいんじゃないか? 同じ味付けにはしないって言ってただろ」
「ってことは塩か塩コショウ味か?」
「肉と一緒に野菜を炒めるか、野菜をサラダかスープにして、肉は肉だけで焼くのもアリだな」
「ホス、さすがだな。朝に肉団子のスープだったから、俺は肉と野菜炒めがいいと思うぞ」
「肉のどれかのステーキと、塩揉みサラダでもいいな」
「鳥肉は焼き鳥やったばっかだから似ちまうな。肉団子には牛肉と豚肉を使ったが、焼くならいいだろう?」
「牛肉か豚肉か」
「バラ肉を厚めに切って焼くのはどうだ? サラダを塩揉みせずに皿に敷いて、その上に載せるんだ。肉の脂と塩コショウ味が滲みて美味いと思うんだが」
おおおお?! その食べ方はまだ教えていないはずだぞ、ガザ。美味いこと間違いナシだ。今回は採用されなくても、そのうちでいいから作ってくれ。私が食べたい。
やはりひと月近く毎日3食食べてきて、色々思うところがあったらしい。立派に意見を出し合ってくれている。もっと早くても良かったかもしれない。
結局話し合いでガザの案が採用された。肉汁の旨味がサラダに滲みた時の美味さをプレゼンテーションしたガザの熱意が、皆の胃袋を刺激したようだ。忙しいとしても今日の昼ご飯は居なくては。あ、そういえばソア様が今日は来るんだった。どのみち居ないと駄目だったな。もしかしたら奥さんからの返事を持ってくるかもしれないから。
お昼のメニューが決まったところで、一次発酵の終わったパン生地を、手のひらより余るくらいの丸にしてベンチタイムをとる。その間に型の内側に油を塗り塗り。こうしておけば焼きたてをひっくり返して振れば、スポッと外れるのだ。その型の耐熱実験はしていないので『耐熱』『変形防止』を付与して10分から15分くらい休ませたパン生地を、もう一度丸め直してパン型に入れていく。二次発酵の時に膨らむことを予想して、生地同士を少し離すように指示をした。そうしてそれを二次発酵に。
「後は普通に焼くだけだから、二次発酵の間に肉と野菜やってくよ」
バラ肉をせっせと全員で切っていく。付与が使えないダンジョン組の4人が肉に手間取ったので、先に終わったメンバーでサラダを作った。サラダはキャベツを幅広の千切りにして、レタスとキュウリも同じように切って混ぜた。熱々の肉が載るので、予熱でしんなりするし肉汁も浸みる。細い千切りだと物足りなくなるからだ。
今回はステーキだったが、薄切り肉にして野菜を巻きながら食べるのも最高だ。塩コショウを控えめにして大根おろしと刻みネギを載せてポン酢で食べるのもイイ。あ、また涎が。
2班に分かれて作ることも考えたが、作る量が多い時は1つずつ全員でやった方が早く終わるので達成感が違った。同じ作業をひたすらやるのは正直、気が滅入るし飽きてしまって、料理は面倒だという認識を持たれかねない。作るのが好きな私でも、終わりの見えないみじん切りとかは御免こうむるのである。
使った道具類を片付ける前に二次発酵させていたパン生地が素敵に膨らんでくれたので、180度で予熱して放り込んだ。とりあえず20分焼くつもりでいるが、焼き色を見て時間を減らすか増やすかを判断する。食パンはこちらの世界に来てから始めて焼くので、少し緊張してドキドキする。焼けたのをすぐに味見して、失敗していれば改良してもう一回くらいは作れる時間もあるので、焦りはしないが。
手早く、と言っても洗浄樽に放り込むだけであるが片付けをして、今度は夜のメニューの話し合いだ。コツを掴みだした彼らは、すぐに答えを出した。結局、食パンは追加で10分焼いた。途中からは目を離さずに焼き目を監視したのだ。1つを取り出して2センチの厚みで2枚切って、それをちぎり全員で味見。
「美味い」
ホスさんの唸り声と共に吐き出された言葉に、全員で頷いた。成功して良かったとこっそりと胸を撫で下ろした。他のも取り出し、どんどんスライスしていって異空間収納袋に放り込んでいく。焼いてから入れても良かったが、忘れないうちにもう一度作りたいと料理番たちが言うので任せる。サラダも時間停止と冷却を付与したボウルにドカドカッと入れて棚に入っている。後はバラ肉を焼くだけだ。パン生地の発酵待ちの時に焼いてから時間停止の壺に放り込むから後はいいぞ、と調理小屋を追い出された。
「ありがとう、行ってくるね。あ、子供たちのとこ行くけど、持ってく物ある?」
「あー、じゃあ飯持ってってやってくれ」
「はいね~」
異空間収納袋を3つ受け取った。これらは子供たちの明日の1日分のご飯だ。昨日村で食べた3食がそれぞれに入っていて、それを子供たちが明日食べることになっている。毎食を作ってすぐに届けることはできなくは無いが、毎食届けてしまえばエサを待つ犬のようになってしまいそうだったので、そうした。子供たちが責任感や自主性を育てる環境は変えたくは無かったのである。飲み水の入った袋も持って出発した。
子供たちの所に行く理由を、肉屋たちはわかっているようだった。昨日買い物に付き合ってもらったのだから当然か。先に市場に寄って、クランベリーもどきを大袋で買った。子供たちへのお土産用と、自分用とポルカ用にも。
今までは子供たちへのお土産用にしか買っていなかったが、ぼちぼちクッキー欠乏症が出そうなので買ったのだ。いやー、時々激しくクッキーが食べたくなるんだよね。それも歯ごたえゴリゴリのクッキーが。私の知っている限りでは売られていないので、作るしかないのだコレが。お気に入り度ではチョコチップが一番で二番目がクランベリーだった。クランベリーもどきがあって本当に良かったよ。もうすぐチョコチップもゲットできそうだしね。ウキウキ。
街のポルカでは無言の大歓迎を受けた。いや厭味ではなくて、無言だけど満面の笑みで、ということだ。肉屋たちもプルーンもどきを渡して同じく笑みに迎えられ、破顔の極みであった。着実に餌付けで好感度は上がっている。まあ人のことは言うまい。
いつも肉屋たちと競うように差し入れをしているのだが、今日の私は一味違う。そう、古着屋で買った比較的状態のいい服を持ってきたのである。ここで差を付ける! と鼻息荒くドヤ顔で服を広げたのだが、結局サイズ合わせなどで肉屋たちの手を借りたので、子供たちには古着の差し入れは私と肉屋たちの連名に感じたことだろう。まあ喜んでくれたので良しとした。保険に多少の付与を施したが、それが役立つ状況にならないように願っている。
ボロッボロの服たちは回収して異空間収納の付いた小袋に入れた。寒期に火を焚いて暖をとるのだと聞いていたので、燃料の足しにするためだ。
それが終わったら布屋に向かうことになっていた。昨日の生糸の収穫の換金の相談をするためだ。毛皮屋には防寒着の仮縫い具合を見に行く約束もしているので、手早く済めばいいと考えている。
「布代から引いてくれればいいんだけどね」
「そう言ってやりゃあ安心する」
肉屋たちには世話になりっぱなしの今日この頃だ。何か礼を考えておくかな。そんな事を考えながら布屋に到着した。
「おう来たな」
布屋の親方は、僅かに引き攣った顔で迎えてくれた。何か言われる前に換金は布代から引いてくれと言うと、胸の詰まりを吐き出すかのように息を吐き出し、「助かった」と出窓のカウンターに突っ伏した。……私は無理にでも金を寄越せと言うタイプにでも見えたのだろうか。
「そういえば、こないだの暑期用の布が後10巻欲しいんだけど」
インナー用だ。在庫がまだあると嬉しいなと願いながら調べてもらうと、後20巻はあるのだと言ったが、黒がいいと言うとそれだと5巻しかないと言われた。後の5巻は作ってもらわないと無い。頼めるかと訊くと、時期外れの注文なので料金の上乗せを言われた。もちろんそういう事もあるだろう。疑問も挟まず言い値を払った。
希望通りに商談が早く済んだので毛皮屋に向かうと、待ち構えていたようで親方がさっそく仮縫いの終わった防寒具を持ってきた。胴着とウォーマーは3サイズ、首巻も、子供用のポンチョも出来ていた。
「……早すぎじゃない?」
さすがに昨日の今日で、これだけの量は出来過ぎなんではないだろうか。他の仕事もあっただろうに。
「いや、昨日っつーか今朝ので目が冴えちまってな。どうせ寝れねえならって作っちまったんだよ」
親方の言葉に、昨夜の狩りに参加した男たちが頷いた。知ったからなのか、途端に寝不足の顔に見える。寝た方が良さそうだが、店が閉まるまでは無理なのかもしれない。せめて針で指を刺すとかの怪我が無いことを祈っておこう。
見せてもらったのを試しに着てみるとさすが毛皮に裏布が張ってあるだけあって、ちょっとした重さを感じる。普通に作れば倍は重くなりそうだ。ここの寒期はかなり寒いのだろうか。寒いの苦手なんだが。
手首から肘手前までと、両足の膝下から足首までのウォーマーも、『伸縮』を付与して装備して、仕上げに首巻きも付けてみた。もちろんローブを脱いでから。
「おおおお~~!!」
全部を装備し終わって、そんな野太い声たちを聞きながら等身大の鏡の前に立ってみる。見栄えは良さそうだ。腰は細めの帯で留めるといいかもしれない。少しきつめのウォーマーを伸縮でゴムのように伸ばして装備したので、腕を振ったり前後左右にステップを踏んでもズレは無い。非常に満足だ。
「いいね。これで進めて」
付与を解除して脱ぎながら頼んだ。視線が痛いなと思ってそちらを見たら、肉屋たちがものすごく物欲しそうにこちらを見ていた。ああ気に入ったか。
「親方、あの5人のも本縫いまで頼めるかな」
「お? じゃあ大5人分追加だな」
私が親方に頼んだ声が聞こえていなかったのだろう、親方に追い立てられるように毛皮の見本を見させられて動揺している。そこに親方がニヤニヤしながら何かを言って、その後5人が一斉にこっちを振り返った。
「いつものお礼だよ」
そう言って、弟たちが喜んだのを微笑ましく見てこの話は済んだと思っていたのだが。
「どうした?」
ボイフとガザが困り顔でこちらに向かってきたのである。買ってもらうのはプライドが許さなかったのだろうか。店の隅へと誘導される。断られるかと思い身構えたところに───ガザがポシェットから取り出した袋が差し出された。
「ん?」
何だろうか。首を傾げて、とりあえず受け取った。そうしてガザを見上げると、目が合った瞬間頭を下げられた。おおう何事?!
「すまん!」
つむじを見せられながら謝られたが、いったい何の事を謝っているのかがわからない。頭を上げる気配を見せないガザを諦めて、ボイフに目を移す。ボイフは自分の首の後ろを叩きながら、気まずそうに口を開いた。
「だいぶ前に頼まれたバラ肉、あっただろう?」
ああ、そういえばあったね。そろそろ出来上がるなーと楽しみに待っていたのだが、謝られたということは、失敗でもしたか。この袋にはその失敗した肉の残骸が? うへ悲しい。
残念な結果を先回りして想像して嘆いていたところに、ボイフが覚悟を決めたかのように言葉を吐き出した。
「あれな、もう出来てんだ」
ああそう、出来てたんだ。がっかりしたけどしょうがないよね。バラ肉を腸詰みたいにするのは初めてだって言ってたし、初めてなら失敗しても責められ───、
「え? 出来てる?」
「ああ。本当は24日もあれば出来るんだが、ガザの奴がヨリを引き留めようと長く言いやがったんだ」
あ、なんだ失敗したんじゃないのか。じゃあこの中には素敵なベーコンが出来上がって入っていると?
「じゃあコレは出来上がったのなんだね」
「ああ、俺も黙ってたから同罪だ。すまなかった」
あらボイフにも頭を下げられた。ガザはさっきから不動のままだ。頑張るではないか。
「じゃあ他の領地のダンジョンに潜る時に、手伝ってくれるなら許す。嘘吐かれて悲しいから、一か所じゃなくて私の気が済むまでね」
ガザとボイフが「許す」って言葉で顔を上げて、その後に続いた「私の気が済むまで」発言にうげっとなった。
「連帯責任で5人ともだよ」
付け足した言葉は何事かと寄ってきていた弟たち3人の耳にも入ったらしい。肩を落としながら毛皮選びに戻ったガザとボイフに、何事かと訊いている。おやまあ。兄たちに比べて弟たちは喜んだ。それを見て兄たちは苦笑しつつ持ち直した。ふふ、ダンジョンに潜るの好きなの知ってるからね? これで毎回エサをちらつかせて誘い出す手間が省ける。ラッキー!
ポルカの服が出来るまでは肉屋たちに手伝ってもらえそうで、展望が明るくなった。ベーコン事件は渡りに船だったな。ガザよありがとう。今日は手記の残りを読んで、行けるとしたら明日かな。いやソア様の奥さんの返事次第か。予定は立たぬが展望は立った。今日はいい日だなーと毛皮屋を出た。
こうしてささやかなるベーコン事件は私に福をもたらして終わった。さあ次は仕立て屋だ。
本当は店全部を終わらせたかったのですが、残りは次話へ持ち越しです。
ポルカの子供たちは、やっと肉屋たちへの警戒を解きました。良かったね、ボイフたち。




