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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
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69. 誰とは言わない『話し合う会』

街の人、というか親方たちです。

前話で上客が思いもよらない超人なことにびっくりしました。

「おうボイフ、ガザ、それとお前ら、わかってんだろうな?」


 ヨリたちが去って、俺たちは換金しに布屋の連中と一緒に戻ってきた。自分たちの分がいつもより多いし、ヨリから預かった分もある。数えるのに手間と時間が掛かるから一番最後に換金する、と言ってきた親方には他の目論見もあるだろうとすぐにわかった。小さい頃から見てきたガキ共がいきなり身体強化を使えば、そりゃ呼び出し確定だ。それが解っていたからヨリのも引き受けた。



「おう邪魔するぞ」


 店に居るのが俺たちと布屋の従業員だけになった時、毛皮屋の親方もやってきた。その後ろには仕立て屋まで居る。おい靴屋のまで居るじゃないか。今朝回った店の親方が総出とは驚いた。

 立ったままもなんだと、丸椅子が出てくる。布屋の従業員が興味深々で壁際に立った。えーとなんだこの図? 部屋の中で、親方たちと向かい合わせて俺たちの席がある。左には採寸用のでかい机。


「換金が先だろう?」


 ボイフが親方たちが座ろうと動き出したところで言った。率先して座ろうとしていた布屋の親方が、思いっきり忘れてたって顔で机に戻ってくる。おいおい忘れんなよ。心の中で突っ込みながら、まずは自分たちの袋から毛玉を出して積んでいった。それを従業員たちが数える。


 俺たちはこの狩りの収入に関しては個別にしてある。いい歳だから独り立ちも視野に入れての貯蓄だ。本当なら結婚しててもおかしくない歳なんだが、ダンジョンで命を落とすことを考えると安易に結婚もできずにずるずると独身を続けていた。モテはするぞ。俺の名誉のために言っておくがな。


 まあ長男でもないし、どこかの職人の弟子になるにも遅く、畑を耕して農村に落ち着く気も無さそうで、ダンジョンでいつ死ぬかもわからない男の嫁になりたがる者もいない。畑を耕すって言えばすぐにでも嫁ができるんだろうが、どうにもその気にならない。かといってこの先はどうするのか。気楽に見せていてもそんな暗い想いに囚われる事も多くなった20代半ばの今、ヨリが昨日言った『冒険者になれば』という言葉が、頭を離れない。正直、かなり心は傾いている。


 そんな事を考えているうちに換金は終わった。いつもの10倍の収穫だ。口が綻ぶ。だがまだ終わりではない。次はヨリのを渡した。作業台に積み上がった毛玉は、俺の30倍だった。20人分だからそのくらいにはなるだろう。ヨリは別格だしな。


「お前らにいつもの10倍払っちまったから、こんなに払えねえぞ……」


 布屋の親方が計算し終わった金額にうめいた。長い付き合いだが、汗が額に浮き出るほど焦る親方を見るのは初めてだ。物珍しさに面白くなったが、身内同然のおっさんだ。助け船を出してやる。


「明日、支払いを待ってもらうように頼むか、他のことで支払うか相談すりゃいい。ヨリは金に困ってない」


「明日の朝にでも言っといてやるから、そうびびんなって」


 俺の言葉に『こんだけの金額、待ってもらえると思うか』と慄いた親方に、サイダが苦笑いで更なる助け舟を出した。ヨリがどう言うかはわからんが、怒るとも思えない。大丈夫だと宥めてやった。結局また明日、ヨリに付いて来ることになったがな。




  +    +    +






 布屋と毛皮屋と仕立て屋と靴屋。その親方たちが集まったのは、何もボイフたちを尋問や詰問するためではない。昨日の大量注文に浮足立ったその昼に、使いに出した従業員同士の情報網から、自分の店以外でも同じ量の注文がなされた、又はなされる予定だということが判明したのだ。それだけでもボイフたちに『何者だ!?』と訊きたかったのに、さらにその夜、その上客と連れ───ポルカだったのにも驚いたが───とボイフたちのあり得ない動きを目にしてしまった。彼らが感じたのは驚きと興味と怖れ。


 たぶん店に来たのがヨリ1人だけだったら得体が知れないと怖れたのだろうが、彼らにとって気心の知れたボイフたちとかなり親しいように見えたので、興味の方が勝ったのだ。そして注文も量も突飛だったが、最初から最後まで値切られず、金があるようなのに居丈高でもなかったのも好感度を上げた。支払いは言い値をその場でドン。しかも靴屋に至っては支度金まで。───未だかつてないほどの上客である。是非とも捕まえておきたいと思うのが当然だ。そのためには詮索はアウトだが、上客の機嫌を損ねない程度の情報収集は欠かせない、と彼らはここに集まったのだ。


 ボイフたちは、布屋と毛皮屋の親方にはヨリのことを訊かれると思っていたが、まさか仕立て屋と靴屋の親方までが来るとは思っていなかった。と言っても、サイダとバルは2度手間が省けて丁度いいとも思っていたが。


「名前はヨリ。冒険者で食材を獲りに来てると言っていた。主持ちだと言っていたから、どこかの貴族に囲われているんだと思う」


 訊かれて、ガザがそう話す。そこにボイフが捕捉を入れた。


「だがまあ、かなり自由にやっている。金に関しても、好きに使えと言われていると言っていた」


 金に関して、の所で親方たちは喜色を表す。それはそうだ。囲われ者は冒険者の中では成功者と言われているが、実のところ金が無い奴は無い。例を上げれば数月すうつき前まで居た領主に囲われていた冒険者がそうだった。よくツケで買い物をされて、さらに値切られるのは当たり前。囲われ者だからといって上客にはなり得ないのだと勉強をさせられた事例となったのだ。


 他にも門の傍の独身兵舎の使い(平民)、役所の役人の使い(平民)などは値切りはしないがツケが普通だ。こっちは現在進行形だったりする。貴族相手では不本意ながら毎度頷くしかない。支払いが遅れはするが踏み倒される様子が無いことに、胸を撫で下ろしているのだ毎月の末日ごとに。

 もちろん下町の住人にも払えずに支払いを待ってくれと言われることもある。そこは信用度でご対応だ。そのあたりの裁量力も親方には求められた。この街の平民の中では富裕層だが、気苦労が絶えないのだ収入の割に。よって金払いの良い客とは末永くお付き合いしていきたい。


「それでだ。俺たちとしては、あのお人の尾鱗びりんだけは把握しとかなきゃならねえ。知ってるか」


 尾鱗とは、貴族が飼っている騎獣パーナルの尾の付け根周辺の鱗のことを差す。パーナルはこの世界で唯一繁殖によって数を増やす魔生物で、伴侶にだけその鱗に触れさせるのだが、そうでないのが触ると怒り狂い、同種であれば半殺し、人であれば蹴り殺される。ゆえに相手を怒り狂わせることを『尾鱗に触れる』と言う。親方たちはヨリの尾鱗にだけは触れたくない。今夜の狩りを直接見た布屋と毛皮屋の親方は特に。


 ボイフたちは親方たちをぐるっと見回し、そうしてから5人で顔を寄せてボソボソ話し合った。ちなみに5人全員が耳からニョロッと魔力を伸ばし、吐息だけで話している。何を相談しているのか。もちろんポルカの事をどこまで話すかだ。ボイフたちに判るヨリの尾鱗は、間違いなくポルカである。最初はロジ限定かと思っていたが、ポルカで過ごすうちに馴れ初めなども耳に入る。街のポルカの事も確実に尾鱗だろう、そしてもちろん村の皆のことも。


 肉屋の5人は自分たちがヨリにとってどういう位置に居るのかを考えた時、疑いもなくロジは当然としてポルカより下であると思っている。間違ってはいない。しかし、それはボイフたちが不遇を強制される立場ではないからという、ただ単純にソレのみの差である。本人たちは思ってもいないが、肉屋たちに何かあれば、もちろんヨリは動く。事によれば尾鱗にも触れる。それだけの信用度も親密度も稼いでいるというのに、過小評価な5人であった。


 尾鱗がポルカであるのは解り切ったことであったが、ではどこまで話すかが問題だった。ヨリに断りも無くすべてをベラベラと話すのは違う。小さい頃から知っていて信用がある相手とはいえ、勝手に話していいことにはならない。親から仕込まれる人としての常識である。解っているからこそ、親方たちも根堀り葉掘り問い詰めたりしないで待っている。肉屋5人の顔が上がった。結論が出たのだ。


「ポルカだ」


「「「「……は?」」」」


「ヨリはポルカの村に泊まってるんだ」


 ボイフの後をガザが引き継ぎ、唖然とした親方たちを更に唖然とさせた。肩を竦めて苦笑しながらバルが続ける。


「まあ俺たちもだけどな」


「「「「……え?」」」」


「そんで一緒にダンジョン潜って、一緒に飯作って、一緒に食ってる」


「「「「……はああああっ?!」」」」


 ポルカついでに自分たちの今の生活も暴露した。隠し事をすれば後々言い出しにくくなることは子供時代に学習している。最近は自分の家に居ないことなど、親から訊いているのだろうし。それならば驚かせついでに言っておけとガザとボイフが主張したのだ。

 親方4人の惚け面と驚愕具合が面白い。ぷぷっとビエルが後ろで笑う。


 親方たちが驚くのも無理は無かった。街にポルカの区画があるのは知っているがまず行かない。ダンジョンに自分で行く事もないのでポルカの村に行った事もない。

 ポルカとは死を願って捨てられた子たちだ。どうやって生きているのか、何をして生きているのか、ほとんど何も知らないと言っていい。この街で接点があるのは、パン屋と塩を持ち込まれる料理屋と古着屋くらいだ。それくらいは知っていたが、稀に見かけた時にそのボロ具合を見て憐れに思いこそすれ、自分には関係ない者たちであるとすぐに意識の外に消えた。


 親方たちのこの考えは、何も珍しいものではない。実はこの街の富裕層であればあるだけ、その意識が強かった。貴族にしてもポルカの起りを貴族院で習うため、領のためにダンジョンに潜るのは当然と考えているが、数年もすれば当たり前過ぎて自分と直接関わりがないことなどすぐに忘れる。それは平民に対しても同じ認識で、差別対象にもしていないというのが現実だ。


 では誰がポルカを蔑み、虐げるのか。それは平民の中で貧困層に分類される者たちである。ポルカの起りから、自分たちよりも下が居ると安心するという有りがちな歪みゆえに、その蔑視は続いていた。ポルカが行く店は貧困層向けの店ばかりとなるので、自然とその蔑みや虐げを一身に受けるハメになる。そして自分たちはそういう者だと思い込まされる。完全なる悪循環だ。


 そんな悪感情を正当化するために噂を流すのにも余念がない者たちのせいで、ポルカの印象は良いモノでは無い。時々ヤケになってスリ事件を起こす者が居たせいもあるが。なので、そんな場所で寝起きをして、一緒に何かをするとなれば驚かれるのも当然なのだ。


 口をあんぐり開けた親方たちに、ポルカの村がどんなところで、どういう生活をしてきたかを教える。それをヨリが変えたことも。そのついで自分たちとヨリとの出会いと身体強化をポルカのついでに教えてもらったこと。ポルカはいい奴ばかりで、とても住みやすいと締めくくった。


 料理のことは言わなかった。ヨリが教えてもいいと思った者だけに教えているのは明らかだったからだ。ボイフたちは巻き込まれた感じで今の状態になったが、初めてダンジョンで組んだ時は、どう見ても脅しをかけられたし、ずいぶんと品定めをされているなとも感じたのだ。何度か取引もして、その結果が今である。ヨリに断りもなく料理のことは言えない。


 1日3食食べていることも言わなかった。この街では1日2食が普通だったからだ。そういう感じで、ポルカへの認識向上に努めた。そしてこの中ではガザしか知らないが、祭壇に毎食奉納をしていて、その料理が消える事も言っていないし、ヨリが夜どこかに行っているようで、もしかしたら寝ていないのも言っていない。得体が知れない部分はあれど、昏さを感じないのでそこは胸の内にしまっておこうという判断である。


「俺はてっきり良い女でもできて、そこに入り浸ってると思ってたぜ」


 毛皮屋の親方が、ため息を吐きながら何の根拠もない事を言ってきた。


「いや、5人同時とかあり得んだろう」


 ガザが突っ込むが、「いやいや」と布屋の親方がかぶせてくる。


「娼館に嵌まり込んだかと思ったね。お前らの親も心配してた」


 これには5人が苦笑いだ。そこに爆弾発言を投下したのは靴屋の親方。


「女のとこに入り浸ってるのは間違ってねえがな」


「「「「「「「「……!!」」」」」」」」


 各々、「確かに!!」と言う言葉を飲み込んだ結果の沈黙であった。







 ボイフたちを帰した後、親方たちは相談して決めた。

 ポルカの事を大事にするとまでは言わないが、普通の客のように接することを。それが一番だとボイフたちに言われたので、その通りにすることにしたのだ。


 そして、あと2回の生糸レレモ狩りで、ボイフたちとヨリに支払う金をどうするかという事も決めた。毛玉の買い取りに縁が無い靴屋と仕立て屋も、しょうがないと言いながら案を出し合って、布を売る時の値段から引くということに落ち着いた。ヨリにする支払いに青褪めていた布屋の親方は、やっと笑顔を取り戻したのだったが、それはあくまでボイフたちの言う「金に困っていない」発言を頼りにしたもので、もしかしたらすぐに払えと言われる可能性もある。その時は靴屋と仕立て屋が金を貸すことになった。


 一応の決着を見て空が白みだす前に全員が帰宅したが、その目は冴え渡って眠れなかったという。

 のちに、「誰とは言わない『話し合う会』の初回だった」と、創設メンバーが遠くを見ながら懐かし気に思い出す日が終わ……らずに始まったのだった。






誰とは言わない『話し合う会』発足です。徐々に増えていくことでしょう(笑)


ポルカの不遇は、こういう流れでした。もちろん昔は戦争の敗者として扱いがひどかったのですが、当時から女性や女子は連れ去られる事が多かったのです。当然子供は産まれ辛く、ポルカの血は500年もすればほぼ根絶されたと思われるほど薄まっています。


その頃には、ポルカは敗者としてではなく、捨て子の代名詞として有名になっていました。歴史を学ぶ機会の無い平民は、捨て子の集まりとしてポルカを見ています。


次話は、またもや店訪問です。



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