7.スラムと初収入
ヨリの認識では貧民街は「スラム」なので、まだスラムとしています。
男の子を連行しました。第3者から見ると、女が少年の頭を鷲掴みにしています。
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7.スラムと初収入
子供に案内されたのは壁沿いの道だった。
街の壁のせいで陽も当たらずに肌寒さを感じる。私は服に「保温」を付与した。
道は大通りのように石畳ではなく、陽が当たらないせいか水たまりかぬかるんでいるかのどっちかのようだ。
靴を汚しながら道を進み、ほどなく子供は一軒の家の前で止まって、その家を指さした。
その家は、私の背くらいしか高さが無くて、ドアが無かった。ここから見える家の中は薄暗い。
「きみの家?」
頷いた。
「じゃあ入ろう」
言うと、おびえた顔で私を見上げた。こりゃ怖がられてるな。脅して連れてきたのでしょうがないか。なるべくおびえさせないように、静かにゆっくり話すことを心がけるしかない。
「入るよ」
子供の背中を押して中に入った。
「っっっっっくっさ!」
人ん家で「臭い」なんて、普通なら絶対言わない常識くらい持ち合わせているのだが、我慢ができなかった。
家の中は暗すぎて、何も見えない。
「点灯」
生活魔法で明かりを付ける。私のイメージにより、光は浮いて、天井に平たくペタっと張り付いた。
そして見えた光景は。
ジメジメした土の上。男の子同様ガリガリに痩せた子供が3人、壁際に敷かれたボロボロの布一枚の上に身体を寄せ合って震えている姿。
異臭の元は、どれだけお風呂に入っていないのか判らない子供たちでは無く、部屋の隅に置いてある欠けてヒビだらけの深い容器のようだ。まあ考えずともトイレだと判る。
「きみの家族?」
男の子を振り返って訊く。男の子が頷く。
たぶん、彼らには親がいない。お金が無い。子供過ぎては働かせてもらえないだろう。だから物を盗らなければ生きていけない。
元いた世界にもそういう場所があった。でも自分には何もできなくて。
今は、どうだろうか。
うん、とりあえず例のモノができてる頃合いじゃないかな。
お腹が空いていては考えれるものも考えられないだろう。
まずは家の中が土なのを利用して、地中から抽出した小石で、丸いテーブルを作った。子供用サイズなので低めだ。
家の地面を乾かしてから、テーブルの中心から1メートルの地面に「保温」を付与する。匂いが大変なことになっていたので、生活の風魔法でトイレに「無臭」を付与して空気を入れ替えた。
そしてポケットから例のモノを入れて出来上がりを加速させていた袋を取り出してテーブルへ。斜め掛け鞄から食器類が入った袋も。
この子たちには温かい飲み物も必要だと思ったので、カップに4分の1ほど水を魔法で出して、「保温」をしてテーブルの上に配置する。自分の分もだ。
子供たちの視線を感じながら木皿を出して、その上に保温をかけておいた粉ふき芋をスプーン一杯と、さっき買ったレーズンもどきを3粒ずつ載せていく。身体つきから見て、いきなりたくさん食べるのは身体に負担になるだろうから本当に少しだけだ。もちろん自分の分も同じだけ。そしてとっておきのアレである。
アツアツで美味しくて。蒸すよりも断然焼いたほうが甘くて。調味料いらずの素敵なお芋。そう、神の食材…それは…さつま芋様でっす!! そんでもって、焼き芋様に変身しておられるよ!
買ったときは、まさかこんなことになるとは思っていなかったんだけどね。
取り出すときはさすがに火傷しそうになったので、洗浄に使った袋を手にかぶせて鍋つかみ代わりにした。
ぷにぷにの水袋みたいな柔らかさのものを、まずは1人一本ずつ分出して別の皿に一気に盛って私の皿のところに。皿には「冷却」を付与して、食べれる熱さになったところで解除するのだ。
準備ができたところで、子供たちの方を見る。男の子も3人の子供たちのところに居た。
「ごはん食べようか。こっちの床はあったかいよ。おいで」
おびえさせないように、静かに話しかける。私は自分のお皿の前に座って、じっと待った。
いきなり入ってきた人が、御飯の用意をして呼んでいる。もしかしたら理解が追い付いていないのかもしれない。でも、食べ物の匂いで、さっきから狭い家の中では胃袋の大合唱だ。4人とも涎がすごいことになっていた。あと一息かな。
「この四角いお芋を、一つずつ、ちゃんとたくさん噛んで食べるんだよ」
スプーンで食べる習慣など無いであろう子供たちに、よく見えるようにゆっくりと粉ふき芋を一つ、指でつまんで口に入れる。モグモグモグモグモグモグモグモグ……。普段は絶対そんなに噛んでないくらい、しっかり噛む。
「うん、お腹がいっぱいになってきた感じがする」
ウンウンと頷いて、次をつまんで、またひたすら噛む。
三つくらい食べたところで、一番小さい子がテーブルの向かいに座って、私を真似て食べだした。
そうしたらもう、他の子供たちも我慢できなかったのだろう、お互いの顔を伺いながら、じりじりとテーブルに近づいて結局食べ始めた。
初めて見る料理だったからか、言うことを聞かないと食べさせてもらえないと思ったのか、ちゃんと皆言うことを聞いて、私の真似をしてよく噛んだ。全員が粉ふき芋を食べ終わるのを待って、レーズンもどきを食べる前に、焼き芋様の時間である。
レーズンとさつま芋なら、たぶん? さつま芋のほうが消化にいいだろうしね。
「これはさつま芋というんだよ」
さつま芋を半分に割って、パクリと小さくかじりついて見せる。うん、ちゃんと甘くて美味しい。色がオレンジで人参芋だった。嫌いな人もいるが、私は人参芋が大好きだ。私統計ではあるが、人参芋は外れが無い。
「これも、たくさん噛んでね」
そう言って、皆のお皿に一本ずつ載せてやる。もう不安は無いのか、皆すぐに手に持って、二つに割る。先を争うようにガブリと噛んで、びっくりした顔をした。そして、めっちゃゆっくり、いっぱい噛んだ。まるでいつまでも口の中に残っていて欲しいと願うように。
至福の時間を名残惜し気に終わらせて、今度はデザートだ。さつま芋もデザートだろ? そんなことを言ったら、ダイエットにいそしむ世の女性たちは何も楽しみが無くなってしまう。そこはあくまで「根菜類だね」と思ってあげて欲しい。うん、いいこと言ったな。
レーズンもどきを一つつまんで、湯冷ましをちょびっと含んで見せて、少し大げさに口の中で舐めたら。行儀悪いけど舌べらの上に載せて、「ベッ」と見せてやる。
「干してあるから小さいけど、濡らして舐めてると、少し大きくなって、柔らかくて美味しくなるよ」
別にそんな食べ方の決まりは無いが、よく噛まずに飲んでしまうとすぐに無くなってしまうし、消化にも悪そうだ。こうすれば、レーズンもどきも柔らかくなるし、時間をかけて3粒だけのレーズンもどきを楽しめると思っただけである。
4人ともがレーズンもどきを口に入れて、ちょびっと湯冷ましを含んで舐めて、目を見開く。さつま芋の甘さが気に入ったように、レーズンもどきも甘くて気に入ったようである。うん、顔が明るくなったね。
子供たちがレーズンもどきを堪能しているのを見ながら、考える。この子たちどうしようかな。
ここまで関わって、放置というのは出来ない。放っておけない。性格だ。
自由にと言ってもらったとはいえ、本来の行動から外れているので、スポンサーの財布をこの子たちに使い続けるのには抵抗がある。まずは稼がなくては。
道具屋に付与魔術のかかった道具が置いてあった。まずはそこからかな。
あとはダンジョン潜って、売れる物を獲ってきたいが…その間にこの子らが死んでるなんてことになっては意味が無い。道具屋の前に保存食作らないとだな。
見通しを立てて子供たちに意識を戻すと、男の子以外の子が眠そうになっていた。レーズンもどきはすでに無い。一番小さい子は半分、船を漕ぎ出している。
狭い家の中だから、テーブルがあっては子供たちが横になるスペースが無い。私はテーブルを半分の大きさにして家の壁に寄せて、広がった場所にボロボロの布を敷いて子供たちを寝かせてやる。布には「保温」を付与して。
そうして立ち上がって男の子を見たら、目があった。
今度のおびえは多分、私がもう来ないと思っているからかな。それとも、また来てくれるんじゃないかと期待してしまうことへの恐れかもしれない。
「また来るよ」そんな言葉はかけられない。私に何があっても来れるとは、まだ断言できないから。言ったところで出来なければ、よけいに可哀想だ。私の中では見捨てる選択は無いが、それを言ったところで信じるかも判らない。
「きみも寝なさい」
私は男の子の頭をなでて、その家を後にした。
その後。私はとにかく市場を歩き回り、家畜のエサを買いまくった。300個くらい買って、銅貨15枚である。ホクホク。片っ端から洗浄して、袋に移して焼いていく。そして焼けた芋は3つめの袋に「保温」と「腐敗停止」をかけて放り込んで行った。
ジャガイモもガッツリ買う。一つのお店で買わずに、分散させて買った。驚きの100個だ。合わせて銅貨200枚だったが、大きさを考えると高くはない。
塩はダンジョンがこの街の近くに3つもあるとのことで、少し安くて一壺銅貨9枚で買えた。5壺買って銅貨40枚。銅貨5枚値引きさせた。
そしてレーズンもどきを米10キロ分くらい買った。こっちの世界はドライフルーツが安い。家計に優しい銅貨30枚だった。ビバ。
ジャガイモとさつま芋と塩とレーズンもどきを合わせて、銅貨285枚。あの子たちのご飯である。あの弱り具合では、しばらくはさっきのメニューが無難だろう。消化不良でお腹壊してたら、苦肉のジャガイモドロドロスープにするしかないが。
買い物に1時間くらいしかかからなかったので、唯一知ってる道具屋に向かった。
入って、今回は付与された道具たちのところへ向かう。
「異空間収納」の袋が。
小(私が買った袋のサイズ)…大銅貨1枚(銅貨で10枚)
中(小と大の半分のサイズ。取っ手付き。)…大銅貨5枚(銅貨で50枚)
大(私が食器などを入れている袋のサイズ。背負い紐付き。)…角銅貨1枚(銅貨で100枚。大銅貨で10枚)
「異空間収納」の鞄が。
小(ポシェット。腰に巻くベルト付き)…角銅貨1枚(銅貨で100枚。大銅貨10枚)
中(私が持ってる斜め掛け鞄。)…角銅貨5枚(銅貨で500枚。大銅貨で50枚)
大(大きめのリュック。ポケットがいっぱい。)…銀貨1枚(大銅貨で100枚。角銅貨で10枚)
特大(大の2倍のリュック。ポケットいっぱい。)…銀貨5枚(大銅貨で500枚。角銅貨で50枚)
「魔力増幅2倍」の装備品が。
各種、大銀貨1枚(角銅貨で100枚。銀貨で10枚)
解りやすい値段の表記のおかげで、通貨の単位が解ってきた。
えーと、銅貨10枚で、大銅貨1枚。大銅貨10枚で、角銅貨1枚。
そんで、角銅貨10枚で、銀貨1枚。銀貨10枚で、大銀貨1枚。たぶん大銀貨10枚で、角銀貨1枚だ。
今度は付与されていない物が置いてある棚に行く。
私が買った袋が、10枚で銅貨10枚だったということは、一枚で銅貨1枚。それが「異空間収納」を付与すれば銅貨10枚になる。
中の袋を見ると、1枚で銅貨5枚。付与された方は、銅貨50枚。
大の袋を見ると、予想通りの1枚で大銅貨1枚(銅貨10枚)。付与された方は、銅貨100枚。
単純に10倍されている。
鞄を見に行くと、そちらも同様に10倍計算だった。
果たして容量はどうなんだろうか。
「鑑定」でそれぞれ見てみると、入る容量にそれぞれ差があった。私が使っているのはそれらに比べると…比較にならないほど容量が多い。魔力の量の違いなのかな? これでちょっとって、ニルヴァス様ってどんだけパワーすごいんだろう。まあ神様だしね。
私は付与されていない中の袋を5枚と、大の袋を5枚買った。並べられている量が少なめだったからである。
店を出て、すぐに売られていた容量をイメージして「異空間収納」を全部に付与する。そして。
そう、また店に入って、これを売るというわけだ。
当然、店主はこちらを覚えている。眉を上げて「あんた、付与術師だったのか」と言われた。
「いくらで引き取ってもらえます?」
「中が銅貨30枚で、大が銅貨65枚だよ」
ということは、中が5枚で30×5=150。大も5枚だから65×5=…電卓欲しいな…いやメモ帳と書く物が欲しいな。なんとか脳内で計算して…325! 電卓慣れした脳みそにはキツイな。
150+325=で銅貨475枚だから、角銅貨4枚に大銅貨7枚に銅貨5枚になる。
袋にかかったお金の銅貨75枚を引くと、利益は銅貨400枚だ。
今回買った食材を買ってもおつりがくる。いいんじゃないだろうか。
この世界に来てからの初収入である。未来は明るいゾーーーー!
「それで買ってください」
内心の興奮を押し隠して? 無表情で言う。そういえば私、押し隠さなくても意識しないと笑顔になれんかった。
あのね、女は35歳にもなると能面スキルが生えてくるんだよ。はは、嘘だけど。自分の表情筋がさぼっているだけである。
お金を用意してもらっている間、ふと店主の奥に目が行った。
「店主、あれは?」
何かと訊いてるわけではない。見るからに武器である。短剣と長剣の間に、その中間の長さの細身の黒い剣が飾ってあった。短剣と長剣には値段が表記されているのに、それだけが「中剣。所有不可」とあったから気になったのだ。「鑑定」しても、そのままだった。
「あの真ん中の剣だろう? 黒くて美しいんだが、付与されてるのがアレだからな。買い手がなかなか付かんのさ」
肩をすくめた店主に訊く。
「あの付与魔術を解除する方法は?」
「そら、アレを付与したやつより魔力を多く使って解除すりゃいいのさ」
ほうほう。他人が付与したものをリセットできるなんて、知らなかった。自分のは好きにやってたから、コツは一緒だろう。
あの長さと見た目は好みだ。あとは持った感じが知りたいな。
「店主、その中剣、持たせてもらえますか?」
店主は呆れた顔でもったいぶりもしないで渡してくれた。
重さは合格だ。グリップに巻かれた何かの革も手に馴染む。
「軽く振っても?」
訊くと、店主は「外でやっとくれ」と一緒に外まで付いてきた。
店主から充分離れて、周りに人の気配が無いことを確かめて、ひと息ついて構える。
ふっと息を吐いて、仮想敵に右手の剣で突き込んで、薙いで、上から切り下して、回転して回し切りして手首を返して下から切り上げて。左に持ち替えたり、逆手に持ったり。元いた世界で見たことがある動きをやってみる。ニルヴァス様のサービスのせいで、素人の動きなのにサマになっているようだ。店主が感心している。
「いい腕してるね。あんたみたいな人に使ってもらえりゃ、その剣だって嬉しいだろうになあ」
「この剣、いくらですか?」
「は?買う気かい?」
「駄目ですか?」
「所有不可なんだぞ?」
「たぶん解除できます。」
「本当かい?」
「はい。」
たぶん、大丈夫じゃないかな。
店主はう~んと考え込んで、私を見て、また考え込んでから、
「よし売ろう」
と言った。しかし、そのすぐ後に
「あんたが解除できたらな」
とも。それでもいいや。
「値段は?解除できたら値段が上がるとか、勘弁ですよ」
疑うような私の言葉に、店主はニヤリと笑って店の中に私を促した。
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とりあえず少年たちに御飯を食べさせることに成功しました。小動物みたいでした。
付与魔術を使って、収入の模索を始めました。
ニルヴァス様は、いつ焼き芋にありつけるのでしょうか。
投稿して5分で、ちょこっと加筆しました。
2106年11月7日、道具屋で売っている物を修正しました。