64.続・買い物
サブタイトルが思い付きませんでした……。
買い物の続きです。
毛皮屋は2軒先にあった。布屋と同じような2階建てで、大きく切られた窓もある。カウンターもあるという事は、入店方法も布屋と同じなのだろう。案の定窓に向かった彼らに付いて行くと布屋と同じような会話で入店を促された。作ってもらいたい物は決まっているので、さっさと商談に入りたい私は談笑を始めた肉屋たちと受付の男を放って、作業台の従業員の方に近付く。私の相手をしようと腰を上げた1人に、さっき買った防寒着を渡しながら注文した。
「これと同じ形で、裏布を2枚にして作って欲しい」
私が言うと、相手をしていた1人のみならず、座って作業していた従業員までもが「は?」って顔で見てきた。
あれ? 従業員たちが作業台に座って作っているのは防寒着じゃないのだろうか。私には防寒着に見えるのだが。
「防寒着はこっちで頼めって言われたから来たんだけど、もしかして間違えた?」
後ろで談笑中の肉屋たちを振り返って尋ねる。もし間違っていたら、とんだ赤っ恥だ。
焦り始めた私を助けてくれたのは、肉屋たちではなくその隣に居た男だった。
「いんや、間違っちゃいねえよ」
そう言ってスタスタ歩いてきた男が、私が持ち込んだ防寒着を作業台に広げる。
「裏布が2枚じゃ、だいぶ寒いぞ。それでもいいのか?」
「付与を使うから大丈夫」
「冒険者か?」
「そう」
これでまだグダグダ言うつもりならこの店は諦めるつもりだ。挑発的に男を見る。
「裏布2枚だな」
しばし睨み合った後、ニヤリと男が笑ってそう言った。良かった。よそには行かなくて済みそうだ。
ならば小物も頼みたい。頷いて切り出す。
「同じように裏布2枚で作って欲しい物がある」
「なんだ」
「手首からヒジ下までを包むのと、足首から膝下までを包むのと、首に巻くの」
「何で留める?」
「手首と足首の方は細くなるように作ってくれれば付与で伸びるようにするから一周して閉じて縫って。首はこのくらいの幅で同じように閉じて欲しい」
ウォーマーの説明をすると、男は首を捻りつつ真剣にメモをし出した。男が書いたメモを横で見つつ気になる所に要求を加えて、望み通りの形に近付ける。
「おう、大きさはどうすんだ」
「とりあえず大人の大中小で1つずつ作ってくれる? それを着せてみてからどうするかは考えるよ」
そう、まずはサイズごとに1セットずつ作ってもらって、試着会をしないといけない。改良が必要かも見たいしね。男は頷いて、それをメモに追加した。そして。
「ところで、支払いはどうすんだ?」
と、こちらを試すように見てきた。うん、金があるかと言いたいんだろう?
「いくら?」
さっきの布屋での支払いは先払いだったから、こちらもそうなんだろうと思って訊いたが、男は「半額先払いだ」と告げて、先程メモしていた受注書を見ながら「裏布2枚の防寒着が3枚で大銅貨39枚、両手のが大銅貨12枚、両足のも大銅貨12枚、そんで首が大銅貨9枚てとこだな」と読み上げた。39+12+12+9は? えーとだね……。
「大銅貨72枚だね。半額だから36枚。てことは角銅貨3枚と大銅貨6枚か」
作業台に置いたのを勘定し終えた男がニヤリと再び笑んで「確かに受けた。お前らさっさと始めっぞ」と、ご機嫌な様子で私が注文したのを優先すると宣言をした。これに驚いたのは私もだが、作業員たちはもっと驚いたらしい。「え?!」「なんでですか親方!」などと困惑気味だ。
「お前ら何を聞いてやがったんだ? この人はとりあえず着せてみてからっつったんだぞ? て事は3枚だけじゃない。これを着せたい人間がどんだけ居るんだお客人?」
男はこの店の一番偉い人だったらしい。誰に窺う事無く注文を受けてくれたわけである。ならば街の子供たちの分も頼んでみるかな。
「今頼んだのを寒期までに250人分。それとは別に、私が今着ているフード付きローブの形で、子供用に80枚作って欲しいんだけど。こっちも裏布は2枚で、裾の長さは私の膝くらいにしてもらうかな。手を出す所から下はココまで縫い合わせて、足を出す所から脱ぎ着できるようにこのくらい開けてくれる?」
言いたい事を一息に言い終わって場の空気に首を傾げる。あれ? 何故に肉屋たちまで固まってしまっているのだろう。誰か変な事言った?
どうした? と肉屋たちそれぞれの顔に表情で疑問を投げかけると、ボイフが一番最初に戻ってきて私を手招いた。近付いた私は「バカお前、そんな金どこにあんだ? 俺たちじゃ貸してやれんぞ?」とガザとボイフに焦った顔で言われて噴き出してしまった。
「もちろん私が払うんだよ」
笑いながら言って親方を見ると、さすがにフリーズは解けていて一生懸命受注書に取り組んでいた。それを見守りながら、肉屋たちに教える。
「寒期が来てから作ったんじゃ遅いし、一度作れば付与でいくらでも保つからさ。ダンジョンのボスドロップ、武器以外はほとんど私がもらっちゃってるから、このくらいはさせてもらいたいなと思ってね」
肩を竦めた私に、ガザが苦い顔で言ってくる。
「さすがのあいつらも断るんじゃないか? もらい過ぎだってな」
そんな事は私にだって予想できている。ちゃんと考えてあるから心配いらないのだ。
「そこは報酬の前払い」
「は?」
そうなんである。麺ダンジョンの素麺をゲットしたい私は、何とかパーティーメンバーを確保したいのだ。それには即戦力の皆の力をお借りしたいというわけで。
「実は隣の領地のダンジョンに一緒に行って欲しいんだよね。私1人じゃレアドロップが厳しくて。だから、そのお手伝い報酬も込みでって考えれば、見合った報酬になると思うわけよ。ダンジョンは4つあったし」
ニンマリと笑った私に、ガザが「断らせる気無しかよ」と呆れる。
「お返しだよ。ボスドロップ、もういらないって言うのに持ってくるんだもん」
彼らでは換金できないので仕方なく受け取ってはいるが、付与された小袋ですらあの値段である。宝飾品すべてを換金すれば、服など新調できてしまうはずなのだ。なのにしない。私もこの街ではしたくない。
だって冒険者の居ないこの街で換金したら、出所なんてすぐに……ねえ? ポルカが奴隷のようにされそうな未来しか想像できないのだ。せっかく楽になった生活が、元通りになってしまう事請け合いである。
ちなみに彼らポルカは金を持ち過ぎると疑われてしまう為に、金を持っていてもあまり使えない。古着であっても最低、大銅貨1枚する。一度にたくさん買ったりすれば大金だ。蓄えて買ったとしても疑われるのでコツコツ間隔を開けて数枚ずつ買うしかないのである。
そこで私の出番だ。彼らには無理でも、私なら金さえ出せば一度に買えてしまう。ただポルカでないというだけで。あ~~腹が立つ!
せっかくだから新品にして付与かけまくって、もう服の心配なんていらなくしてやろうと画策しているわけである。ふふん。
もちろん隣の領地だけでなくて、王都とかのダンジョンも手伝ってもらいたいな~という下心もある。その時に普通の恰好してれば、「ポルカだ」って絡んでくる奴らに、いちいち鉄拳制裁加える手間も省けそうじゃん? 私の心の平穏にも繋がって、とても美味しい案だよね。────あれ? おかしいな。私の都合だけになってきてしまったような気がするぞ?
「そういえば、最初に組んだ時のボスドロップ品は売った?」
「売るわけがねえだろう。役所に持って行っても信じてもらえるわけがねえ。捕まって終わりだろうが」
ボイフがボソボソと、周りに聞こえないように気を配りながら返事をくれた。売ったなら、いくらで売れたか教えて欲しかったのだが残念だ。
「ポルカじゃなくても、そうなんだね」
「冒険者で実績がある奴でもなきゃ、鑑定もしてもらえんだろうな」
へえ。そうなんだ。
「じゃあ冒険者になれば? 確実に中位冒険者より上だよ」
実際にどのくらいの戦力が上位で中位なのか知らないが、ロンさんやニルヴァス様の話から推測するに、パーティーを組んでボスを倒せるなら、上位だろうと思われる。が、それは私の推測であって確定ではない。それでも下位という事は絶対無い。ゆえに中位冒険者以上と言ったのである。
冒険者はどこかで登録するわけではなく、役所で出されるダンジョン系の依頼をこなしていく事で役人に顔を覚えてもらう。これがロンさんに教えてもらった冒険者の実績の作り方だ。だったら実力を示してからドロップ品を売ればいい。私はそういう軽い気持ちで言ったのだが、何やら肉屋たちは困ってしまったようだ。全員が言葉に詰まってしまった。そして無言。
「お客人、前金で半額、払えるのか?」
そこへ計算が終わった親方から声が掛かった。彼の方へ歩み寄り、受注書を見る。ポンチョ型防寒着が80枚だ。1着が大銅貨17枚で、全部で大銅貨1360枚。子供用なのに貫頭衣より値段が少し高いのは、ポンチョ型の方が布を多く使うからだろう。
えーと半額で大銅貨680枚だから、角銅貨68枚か銀貨6枚と角銅貨8枚でお支払いだね。いつものありがたい小袋から銀貨6枚と角銅貨8枚を出して渡した。
受け取った手が若干震えている親方に、笑顔でいつできるかを訊く。とりあえず1枚できたら確認のために見て欲しいと言われたのでそれに頷いて、ウォーマーも「仮縫いの段階で確認をとりたい」と、そちらは明日のまた同じ時間に来ることになった。「それまでに両手両足と首の仮縫いを済ませる」と、親方だけでなく全員が意気込んでいたので、防寒着はこれで良し。
「次は靴屋に連れてって」
私のお願いに、もう行く所は終わりだと気を抜きかけた肉屋たちが目を剥いた。
「さっき思い付いたことがあってね」
「別にいいけどよ」
頭を掻きながらバルが先導してくれる。ガザは「お前、どんだけ金持ってんだ……」と呆れ気味に、ボイフは「もう俺は驚きゃしねえ」と不貞腐れ、サイダが「冒険者ってそんな儲かんのか……」と考え込み、ビエルが「何サイダ、冒険者になるの?」とサイダを揶揄った。
冒険者だから金があるわけではないが、今の肉屋たちであればどこのダンジョンに行っても楽勝だろう。まあボス以外であればだが。ボスもそのうち楽勝になるかもしれない。肉屋の裏方をやっているより、王都から西で冒険者をやった方が儲かると思ったので黙っておいた。
靴屋までは少し歩くらしい。向かいながら仕立て屋にも行きたいと言ったら、靴屋の前に仕立て屋があると言う。予定を変更して、先に仕立て屋に行くことにした。間もなく着いた仕立て屋は古着屋のような入り方でいいらしい。肉屋たちに付いて中に入る。
中には数人の男女がいた。壁にはレキラ(綿ぽい)の布巻がたくさん並んでおり、その布巻を大きな作業台に運んで切ったりするのが男で、切られた布を縫い合わせていくのが女と決まっているようだ。ただ黙々と作業をしている。
忙しいのかと思ったが、急いでいる様子は無い。これなら頼んでも大丈夫だろうかと店員を呼ぼうとするが、全員がこちらに見向きもしないで作業に没頭している。誰かこっちを見てくれたら声を掛けやすいんだが……。
ためらっていると、ガザが代わりに声を掛けてくれた。やはり知り合いらしい。顔が広いのか、街が狭いのかどっちだろうか。そんな事を考えながら、寄って来た一番年配の男に注文する。
「下穿きを作って欲しい。こういう形のを」
紙をもらってそこに絵を書いた。さらしを脛に巻いた絵も一緒に。しゃがんだ時に窮屈に感じないように、幅に余裕を持って作ってもらう事を重点的にお願いする。まっすぐな形ではなくて腿(腿)とお尻部分を大き目に作る事に難色を示していた年配の男は、250枚という私の言葉に、途端に姿勢も態度も変えて真剣に取り組み始めた。態度に少々不満はあったが、この街の仕立て屋はここだけだと言うのでしょうがない。真剣に取り組み始めた後は素直になったので、まあ良しとした。
色は迷ったが、白以外の全色で一枚ずつをまずは頼んだ。黒が一番無難だとは思うが、押し付けはできない。上衣も6色あるので、組み合わせを試してから決めればいいと思ったのだ。大人の大サイズで1枚が大銅貨15枚だそうだ。普通のズボンより生地をたくさん使うから、それだけかかると言われた。否やは無い。こちらの世界では注文をすると半額前払いなのか、ここでも半額前払いを要求された。はいはい大銅貨45枚ね。角銅貨4枚と大銅貨5枚を払って店を出た。
さて次の靴屋は毛皮屋みたいに話の分かる人が居るといいんだけど……。
「おう、こうだな?」
「そうそう、この指だけこっちに入るようにして、後は一緒で」
「上はどこまで長くすりゃいい」
「ふくらはぎの上までにしとくかな。こう履いてヒモで巻いて留める予定だから、後ろをこういう作りにしてみたらどうかなと思うんだけど」
「そうすりゃ足の出し入れは問題無さそうだな」
「底も分厚くなるし生地も2枚、どう? 縫えそう?」
「モニ(麻っぽい)でしか作った事ねえから何とも言えんが、まあやってみるさ」
靴屋の親方も弟子たちも、とても興味津々に面白がって受けてくれた。とりあえずの試作品として、私の足で型を取って作ってもらう。私が試してみて問題が無ければ皆の分も作るのだ。色は黒にした。黒って落ち着くんだよね。
値段は普通の靴が大銅貨10枚なのに対し、地下足袋は3倍の大銅貨30枚にした。使う布がとにかく増えるし、布屋でレキラ(綿ぽい)を仕入れてもらわなければならないのもある。初めて作るということなので、失敗した時や何か試したい時のための資金にしてもらおうと私から出したのだ。研究費用というやつである。なので全額前払いで、角銅貨3枚で払った。もちろん靴屋は大感激していた。そこまで頼んではいないのに、「どの仕事よりも優先する」とイイ笑顔で送り出された。
「後は、レキラのもっと薄いのがあるといいんだけどな」
靴屋を出ながら独り言を言ったらば、ちょうど隣に居たビエルから「あるよ?」と返事がもらえて、驚いて「どこ?!」と詰め寄ってしまった。
布屋や仕立て屋で見た布たちは、どれも一枚で用を成すように作られているのか、少し厚めなのだ。作務衣や靴用であればその方がいいが、私がインナー用に求めている布は、もっと薄く肌触りが柔らかい物である。布屋にも仕立て屋にも立て掛けられていなかったから、こうなれば流糸でこっそり作るしかないかな~と考えていたのだ。
つまりは口では「レキラの~」なんて言いながら、内心では「流糸で~」と決まりかかったところにビエルからの返事。食い付いてしまったのもご理解いただけよう。
詰め寄った私に顔を引き攣らせながらビエルが教えてくれる。
「レキラの薄いのは暑期用だから、布屋の2階にしまってあるハズだよ」
「え、じゃあ布屋に行きたい」
布屋の従業員は私たちの再登場に目を丸くしたが、上客認定されているようですんなり話がまとまった。『レキラの薄布』と呼ばれている事が判明したソレは、寒期の中頃から雨期の終わりにかけて織られるので、今店にあるのは去年の残り物なんだそうだ。その黒色をひと巻買って店を出た。もちろんかさばるので異空間収納にポイである。インナー用の生地をゲットできて、ホクホクと村に戻った。
その帰り途中で。
「なあヨリ、靴屋で頼んでたのは何だ?」
ガザに訊かれた。
「俺は下穿きも気になってるんだが」
バルも訊いてくる。
「僕は全部が気になったけど」
ビエルが眉を寄せて首を傾げた。
「俺は出来上がったのを試させてくれたらいいや」
サイダがニカッと笑う。ボイフは何も言わないのかと見ると、視線に気付いたボイフが肩を竦めて。
「物がなけりゃ、話を聞いたって解りゃしねえよ」
と言った。おお! 確かにその通り! 現物があった方が説明もしやすいしね。
「確かに物が無いのに説明しても伝わらないかも。出来てからのお楽しみにしよう」
ささやかなブーイングはあったが、万事順調に買い物を終える事が出来たのであった。
生ハムもどきの野菜巻きと平パンのトーストのバター載せの昼食を食べた後、私は1人貴族街へ向かっていた。足取りは軽い。なにせ昼食の時に、ガザが率先してニルヴァス様に奉納してくれたので。ニルヴァス様はさぞお喜びだろう。今晩にでも是非とも感想を聞きたいところだ。
街に着いたので普通に歩いてソア様宅へ向かう。大通りの喧騒が、貴族街と平民街を隔てる壁をくぐると遠くなった。まあこんだけ分厚い壁ならば当然か。相変わらず貴族街の建物は美しい。足元に広がる石畳と煉瓦のコラボも好みだ。
のんびりと景色を楽しみながらソア様宅のある通りに足を踏み入れる。やはり人の話し声などはしない。子供の声すらもしないひっそりとした空間は、昨日も思ったのだが絵画にでも入り込んでしまったような錯覚を起こさせた。まあこんだけ静かだって事は、どこかにそういう付与がされているんじゃないかと思う。仕組みを知った所で使い道は無───あった。この仕掛けを街のポルカにすれば、子供たちがいくら騒いでも音が漏れない。ソア様宅で仕組みを教えてもらおう。うむ。
ソア様宅では奥さんが昨日よりも打ち解けた様子で出迎えてくれた。しかしまだ緊張も見られる。昨日が初対面なのだし無理も無い。
「いただく報酬を思い付きましたので、ご相談に参りました」
報酬の件と聞いて、奥さんはただでさえ良い姿勢を正して、私を昨日の部屋に通してくれた。
「お昼ご飯はお済みですか?」
私の問いに奥さんは首を縦に振って答えた。───ふむ、今日の昼食は平パンだったと思われる。多分当たっているだろう。まだにしろ済んでいるにしろ、昼食が作られたのであれば何か食べ物の匂いはする。していないという事は、自分の家で作った物では無いし、温めて食べる物でもないわけで。出して食べる物と言えばパンしか無いというわけだ。あああ~~、肉と野菜を食べさせたい。それには交渉を早いとこ成立させないとである。席に着いた私は、さっそく本題に入った。
「服を縫っていただけないでしょうか」
ヨリはもう止まりません。ポルカの皆を着せ替えるまでは。
この街の職人さんたちにとって、ヨリは一番の上客でしょうね。
次は報酬についての話し合いです。




